騎西藩

日本の江戸時代に、武蔵国に所在した藩

騎西藩(きさいはん)は、武蔵国埼玉郡(現在の埼玉県加須市根古屋に存在した私市藩とも記される。

藩史

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小田原征伐後、関東に入った徳川家康は、松井松平家松平康重を2万石で入れ、騎西藩(私市藩)が成立した。慶長6年(1601年)11月、康重は常陸国笠間藩へ3万石で加増移封となり、その後に大久保忠隣の嫡男・大久保忠常が2万石で入ったが、忠常は慶長16年(1611年)10月、父の忠隣に先立って早世する。死後、家督は子の大久保忠職が継いだ。慶長19年(1614年)、祖父・忠隣が改易されたとき、忠職は幼少であるということから改易を免れたが、騎西城での蟄居を余儀なくされた。寛永2年(1625年)に忠職は罪を許され、寛永9年(1632年)に3万石加増の上で美濃加納藩へ加増移封となった。騎西城は廃城、騎西藩は廃藩となった。その後、騎西は川越藩領となる。

歴代藩主

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松平(松井)家

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2万石 譜代

  1. 康重(やすしげ)

大久保家

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2万石 譜代

  1. 忠常(ただつね)
  2. 忠職(ただもと)