長山 こほ(ながやま こほ、1598年または1599年 - 1677年9月13日(延宝5年8月17日))は、江戸時代前期の日本の女性[1]。
父は加賀藩前田家の家臣・長山道直、母は加賀国金沢の石浦城主・山本若狭守の娘[1]。実弟の長山直政を養子とした[1]。
江戸幕府3代将軍・徳川家光の時代に御広敷で奉公して次第に取り立てられ、桂昌院(5代将軍徳川綱吉の生母)に仕える[1]。徳川綱吉が誕生してからは「御局御乳之人」の格式で奉公した[1]。
延宝5年8月17日(1677年9月13日)に病死。享年80[1]。