鉄道史資料保存会
設立
編集1970年頃から形式図集や時刻表の翻刻頒布を始めていた太陽社奥田印刷所代表の奥田晴彦を筆頭に、鉄道友の会阪神支部の一部メンバーを中心とする鉄道史資料の散逸と消失を惜しむ人々によって1975年秋に創設された。
初代会長は、大阪市交通局で路面電車廃止時に史資料の保存に大きな役割を果たした宮本政幸[1]で、1976年1月より奥田を編集長として季刊体制にて会報『鉄道史料』の頒布を開始、平行して様々な鉄道関連史資料の翻刻出版事業に取り組み始めた。
刊行物
編集鉄道史資料保存会の創設以来、現在に至るまで刊行が継続されている[2]会報『鉄道史料』は、その誌上に図面や古写真といった貴重な1次資料の翻刻を多数掲載し続けている点で、他の一般的な鉄道雑誌などとは一線を画する。
その内容は、明治期の蒸気動車や客貨車、戦前期の電車や気動車、あるいは戦前の日本で統治地域向けに製造した車両など、主に古い車両関係資料の掲載を基軸とするが、内燃動車研究の大家である湯口徹や古典客車研究で知られる鈴木啓之らによる一連の車両研究記事や、上野結城による『伊勢電気鉄道史』などの、社史を刊行することなく終わった私鉄の社史研究記事、それに高山禮蔵による古地図研究記事など、貴重な史資料を基礎とした研究記事も多数掲載されている。
また、その一方で奥野が地方私鉄を回って統一された記法の下で複写・製図した車両形式図集や、『鉄道史料』の編集長を創刊から120号まで務めた奥田[3]のライフワークとなった関西鉄道の研究書第1弾である『関西鉄道略史』、また日本車輌製造製台車の組み立て図を集成した『NSKトラック組立図』といった単行本の刊行もその最初期より行っており、その数は奥田が没する2009年4月までに刊行されたものに限っても117冊もの多数に達している。
それらの中には、近畿一円の図書館からの注文が殺到し、急遽例外的に増刷の手配がとられた[4]竹田辰夫の『阪和電気鉄道史』や、日本車輌製造との共同編集による『日車の車輌史』シリーズ[5]などが含まれており、また各種組立図集などの他、『大阪電気軌道営業報告書』[6]のようにまとまった形での蒐集が困難な資料の翻刻刊行や、『新京阪車輛構造図集』[7]のように劣悪な状態の資料の修復刊行など、通常の商業出版では刊行困難なものも公刊書籍として出版し続けてきたことは特筆される。
『鉄道史料』主な所蔵施設
編集- 大阪府立中之島図書館:1号~
- 国立国会図書館本館:24号(1981年)以降(33号欠) 関西館:114号、122号以降
- 鉄道博物館ライブラリー:1号以降
- 京都鉄道博物館図書資料室
- 東京都立多摩図書館:1、7、8、22(1981年)~100号(2000年)
- 三重県立図書館:32(1983年)~58、66~100号
図書館によっては、地元に関する記事が掲載された号のみ所蔵している場合もある(神戸市立図書館など)。
『鉄道史料』は最新号の刊行からしばらくして、鉄道ピクトリアル、鉄道ファンの新刊図書欄に最新号の情報と購入方法が掲載される。鉄道ピクトリアルは内容、鉄道ファンは連絡先と取扱書店(大阪・東京にのみ存在)が詳細である。最新号のみ書泉グランデで通販が行われることがある[8]。バックナンバーの在庫状況は『鉄道史料』の誌上に掲載される。公式サイトは無い。
受賞
編集上記のように、長期にわたって貴重な史資料の蒐集・保存に努め、また33年の間に120冊もの会誌を刊行しそれらの史資料の公開を続けてきた功績が評価され、鉄道友の会による「島秀雄記念優秀著作賞」特別部門賞を『定期刊行物「鉄道史料」の継続出版に対して』として2008年に受賞している。
参考文献
編集- 『鉄道史料』各号、鉄道史資料保存会
- 日本車両鉄道同好部 鉄道史資料保存会 編著 『日車の車輌史 図面集-戦前私鉄編 下』、鉄道史資料保存会、1996年
- 赤松義夫「宮本政幸氏と大阪の地下鉄」『鉄道ピクトリアル No.585 1993年12月臨時増刊号』、電気車研究会、1993年、pp.83-87
脚注
編集- ^ 当時は京都教育大学教授。大阪市交通局で名車として知られる「無音電車」こと3001形の開発を推進するなど、戦後、技術部長職をもって定年退職するまで同局の技術開発を主導したことでも知られる。
- ^ 当初の25年間に100号まで年4回のペースを守って定期刊行後、ムック形式へ移行して年2回から3回の間隔で刊行が継続している。
- ^ 121号の編集作業中に病に倒れ、そのまま逝去した。なお、奥田は本会の専務理事でもあった。
- ^ 鉄道史資料保存会では、基本的には刊行物の増刷は行わない。
- ^ 同社の創業100周年記念事業の一環として刊行された。この事業を通じ、1910年から1970年までの日本車輌製造の売り上げ台帳が1994年に発見され、同社で製造された車両についての製造コストや販売価格、納入先とその両数などの詳細な基礎データ、特に従来不明な点の多かった内燃動車の試作車製造やその売り込みなどの実態を示すデータが判明し、設計図の工号と呼ばれる一連の管理番号等と照合することで車両史研究に大きく貢献する重要な成果が多数得られている。
- ^ 株主名簿を除く、同社の創業から関西急行鉄道成立までの間に発行された全営業報告書を4分冊1セットとして刊行した。
- ^ 正雀車庫から宝塚ファミリーランド電車館へ移管された直後に、同館を襲った水害で濡損した組み立て図を丹念に修復の上で刊行した。なお、『鉄道史料』掲載の図面においても、経年変化などで線が消えかけた青図から線を拾い出して修復されたものが少なからず存在する。
- ^ shosengnd_rwのツイート(745205409363812352)(書泉公式X)