鈴木 幸治(すずき こうじ、1916年大正5年〉6月19日[1][2][3] - 1998年平成10年〉3月6日[2][4])は、日本政治家宮城県泉市(現・仙台市)長。

鈴木幸治
すずき こうじ
生年月日 1916年6月19日
出生地 日本の旗 日本 宮城県宮城郡根白石村
(現・宮城県仙台市泉区
没年月日 (1998-03-06) 1998年3月6日(81歳没)
出身校 宮城県農学校卒業[注釈 1]
前職 根白石村農協理事
現職 仙台市顧問
称号 勲三等瑞宝章

泉市長
泉町長
当選回数 6回
在任期間 1967年 - 1988年2月29日

泉村議会議員
在任期間 1955年4月 - ?

根白石村議会副議長

根白石村議会議員
在任期間 1951年 - ?
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来歴

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宮城県宮城郡根白石村(のち泉村→泉町→泉市、現・仙台市)出身[5]。鈴木兵治・はるの長男[1]1935年昭和10年)、宮城県農学校[注釈 1][3]。同年、宮城県公立青年学校教員[3]1938年(昭和13年)、根白石村農業技手[3]1939年(昭和14年)から3年間、歩兵第4連隊に入隊する[3]。除隊後は根白石村に戻り、農会に勤務する[3]。戦後は根白石村農業協同組合理事、同農地委員長などを務め、1951年(昭和26年)、根白石村議会議員に当選[3]。副議長も務めた[3]。根白石村は1955年(昭和30年)4月に合併で泉村となり、泉村議会議員となる[3]1956年(昭和31年)、泉村助役、翌1957年(昭和32年)、町制施行により、泉町助役となる[3][3]1967年(昭和42年)4月、泉町長に当選[3]1971年(昭和46年)11月1日の市制施行に伴い、泉市長となる[3][6]。泉市長を1988年(昭和63年)に仙台市と合併するまで6期21年務めた[5]。合併後は仙台市顧問となった[5]。同年、勲三等瑞宝章を受章。1998年3月6日、硬膜下血腫のため死去した[4]

脚注

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注釈

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  1. ^ a b 2006年に廃止された宮城県農業短期大学の前身

出典

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  1. ^ a b 人事興信所 1975, す86頁.
  2. ^ a b 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、663頁。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m 『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、364頁。
  4. ^ a b 仙台経済界 15(3)(95) 70コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  5. ^ a b c 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』282頁。
  6. ^ 河北年鑑 昭和53年版 93コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション

参考文献

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  • 人事興信所 編『人事興信録 第28版 上』人事興信所、1975年。 
  • 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、1983年。
  • 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』日外アソシエーツ、2005年。
  • 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年。