臨漳県
臨漳県(りんしょう-けん)は、中華人民共和国河北省邯鄲市に位置する県。漳河が流れる。
中華人民共和国 河北省 臨漳県 | |
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邯鄲市中の臨漳県の位置 | |
簡体字 | 临漳 |
繁体字 | 臨漳 |
拼音 | Línzhāng |
カタカナ転写 | リンジャン |
国家 | 中華人民共和国 |
省 | 河北 |
地級市 | 邯鄲市 |
行政級別 | 県 |
建置 | 戦国 |
面積 | |
総面積 | 744 km² |
人口 | |
総人口(2004) | 59 万人 |
経済 | |
電話番号 | 0310 |
郵便番号 | 056600 |
行政区画代碼 | 130423 |
歴史
編集春秋時代、斉により鄴城が築かれた。戦国時代には魏の陪都となる。秦が中国を統一すると邯鄲郡の郡治とされたが、前漢では魏郡の郡治とされ、鄴県が設置された。後漢になると213年(建安18年)に曹操が魏公に封じられ、この地を国都としている。
313年(建興元年)、西晋により臨漳県と改称されたが、南北朝時代には東魏により鄴県と改称、同時に臨漳県を分割設置し両県が並存するようになった。
1072年(熙寧5年)、宋朝は鄴県を廃止し、臨漳県に編入した。元末に廃止されたが、明朝が成立すると1368年(洪武元年)に再設置され現在に至る。
1949年、河南省より河北省に移管され現在に至る。
行政区画
編集- 鎮:臨漳鎮、南東坊鎮、孫陶集鎮、柳園鎮、称勾集鎮、鄴城鎮、章里集鎮、張村集鎮、習文鎮、磚寨営鎮
- 郷:狄邱郷、西羊羔郷、杜村集郷、柏鶴集郷
中国地名の変遷 | |
建置 | 古代 |
使用状況 | 臨漳県 |
春秋 | 鄴邑 |
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戦国 | 鄴県 |
秦 | 鄴県 |
前漢 | 鄴県 |
後漢 | 鄴県 |
三国 | 鄴県 |
西晋 | 臨漳県 |
東晋十六国 | 臨漳県 |
南北朝 | 臨漳県・鄴県 |
隋 | 臨漳県・鄴県 |
唐 | 臨漳県・鄴県 |
五代 | 臨漳県・鄴県 |
北宋/遼 | 臨漳県・鄴県 臨漳県 |
南宋/金 | 臨漳県 |
元 | 臨漳県 |
明 | 臨漳県 |
清 | 臨漳県 |
中華民国 | 臨漳県 |
現代 | 臨漳県 |