立政寺

岐阜県岐阜市西荘にある浄土宗西山禅林寺派の寺院

立政寺(りゅうしょうじ)は、岐阜県岐阜市西荘三丁目7番11[1]にある浄土宗西山禅林寺派の寺院である。山号は亀甲山。寺号は正しくは護国院立政寺。

立政寺りゅうしょうじ
立政寺
立政寺
所在地 岐阜県岐阜市西荘3丁目7-11
位置 北緯35度24分27.2秒 東経136度43分19.2秒 / 北緯35.407556度 東経136.722000度 / 35.407556; 136.722000座標: 北緯35度24分27.2秒 東経136度43分19.2秒 / 北緯35.407556度 東経136.722000度 / 35.407556; 136.722000
山号 亀甲山
院号 護国院
宗旨 浄土宗
宗派 浄土宗西山禅林寺派
寺格 准門跡
正式名 龜甲山護國院立政寺
亀甲山護国院立政寺
法人番号 2200005000741 ウィキデータを編集
立政寺の位置(岐阜県内)
立政寺
立政寺
立政寺 (岐阜県)
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歴史

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この寺は、智通上人(智通光居)が1354年正平9年)に伊勢参宮の帰りに訪れ、念仏苦行を行い、それをみた人々が集まったのが始まりと伝えられる。全盛時には浄土宗西山派の中心寺院ともなった。1891年明治24年)の濃尾地震で被災した。

文化財・史跡

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岐阜県指定重要文化財

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  • 絹本著色善導大師像[2]
  • 絹本著色当麻曼荼羅図[3]
  • 絹本著色十三尊仏像[4]
  • 絹本著色阿弥陀如来像[5]

岐阜県指定史跡

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  • 智通光居墓[6]
    • 智通上人は応永10年(1403年)に亡くなった。以前は本堂裏手に墓地があったが、現在は本堂前側(南西部)に改葬されている。

岐阜市指定文化財

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  • 淡墨の綸旨[7]
  • 本寺末寺聖教僧衆弘通定置事智通筆[7]

所在地

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その他

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1609年慶長14年)頃に安楽庵策伝が滞在していた。このこともあり、2008年平成20年)には策伝大賞の記念植樹が境内で行なわれた。

脚注

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  1. ^ 厚見郡西庄村稲葉郡市橋村西荘
  2. ^ 絹本著色善導大師像”. 岐阜県. 2013年5月11日閲覧。
  3. ^ 絹本著色当麻曼荼羅”. 岐阜県. 2013年5月11日閲覧。
  4. ^ 絹本著色十三尊仏像”. 岐阜県. 2013年5月11日閲覧。
  5. ^ 絹本著色阿弥陀如来像”. 岐阜県. 2013年5月11日閲覧。
  6. ^ 智通光居墓”. 岐阜県. 2013年5月11日閲覧。
  7. ^ a b 市指定文化財一覧”. 岐阜市 (2013年4月6日). 2013年5月11日閲覧。

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