田舎郡

陸奥国(現在の日本の青森県)にあった郡

田舎郡(いなかぐん、いなかのこおり)は、青森県津軽平野黒石市南津軽郡尾上町(現平川市)・田舎館村付近に存在した[1]郡である。

沿革

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かつて奥六郡の北には郡は置かれなかったが、延久蝦夷合戦の結果、糠部郡鹿角郡比内郡平賀郡鼻和郡、田舎郡が建郡された。 建郡の時期は文献がないため不明だが、清原真衡の時代という説と藤原清衡の時代(奥州藤原氏)という説がある[2]

田舎郡は、かつての陸奥国青森湾津軽平野などにかけた広い地域に位置し、建武元年(1334年)8月21日の工藤貞行譲状にあるのが初見である。

南北朝期には、田舎郡の一部である津軽平野東部に山辺郡が一時的に建てられ[3]、津軽四郡とも呼ばれた。

江戸時代前期の寛文4年(1664年)の朱印改めに際し、田舎郡・鼻和郡・平賀郡の津軽三郡はそれぞれ「田舎庄」・「鼻和庄」・「平賀庄」と改称し、郡名は消滅して津軽郡となった。

脚注

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  1. ^ 『浪岡町史』p.699-700
  2. ^ 『青森県の歴史』p.76-88
  3. ^ 『角川日本地名大辞典 2 青森県』

参考文献

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  • 『浪岡町史 第一巻』青森県南津軽郡浪岡町(現 青森市)、2000年3月15日。 
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 2 青森県』角川書店、1985年12月1日。ISBN 4-04-001020-5 
  • 小口雅史、長谷川成一・村越潔・斉藤利男・小岩信竹『青森県の歴史』山川出版社、2000年。ISBN 978-4-634-32020-8 

関連項目

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外部リンク

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