椙杜正太郎
椙杜 正太郎(すぎのもり しょうたろう、1905年(明治38年)4月[1] - 1977年(昭和52年)4月20日)は、商工省ないし通商産業省の官僚。東京帝国大学卒。72歳で没した[2]。元アラビア石油常務。元石油鉱業連盟顧問。
経歴
編集著作・論文
編集家族
編集脚注
編集- ^ 人事興信所編『人事興信録』第14版 上、1943年、ス46頁。
- ^ 『朝日新聞』1977年4月22日、23頁「椙杜正太郎氏 訃報」
- ^ 報知新聞 1934.5.19(昭和9年)
- ^ 大阪朝日新聞 1940.9.1(昭和15年)
- ^ 商工省工芸指導所編集
- ^ 米国戦略爆撃調査団日本産業・軍・政治指導者尋問記録
- ^ 第九〇回帝国議会
- ^ 官報号外 昭和21年9月11日
- ^ 第001回国会 鉱工業委員会 第16号
- ^ 第001回国会 鉱工業委員会 第39号
- ^ 『朝日新聞』東京朝刊、1949年8月3日、1頁、16段「日銀政策委員に椙杜氏」
- ^ 経団連月報
- ^ 国際技術協力協会
- ^ 海外石油開発の現状と問題点
- ^ 天然ガス鉱業会