森田春次
森田 春次(もりた はるじ、1891年(明治24年)3月28日[1] - 1961年(昭和36年)11月16日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級[2]。
森田 春次 | |
---|---|
生誕 |
1891年3月28日 日本 佐賀県 |
死没 | 1961年11月16日(70歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1914年 - 1945年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
経歴
編集1891年(明治24年)に佐賀県で生まれた[1]。陸軍士官学校第26期卒業[1]。1940年(昭和15年)8月1日に陸軍歩兵大佐進級と同時に歩兵第8連隊補充隊長に着任[2]。1941年(昭和16年)7月5日に歩兵第8連隊長(中部軍・第4師団)となり[1][2]、太平洋戦争開戦後に南方軍・第25軍隷下に入り[1]、スマトラ島で守備に任じた[1]。
1944年(昭和19年)11月19日に留守第4師団司令部附となり[2][3]、1945年(昭和20年)2月12日に奈良連隊区司令官に就任した[3]。同年3月31日に奈良地区司令部部員に転じ[4]、6月10日に陸軍少将に進級した[2]。
脚注
編集参考文献
編集- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。