愛知町 (名古屋市)
名古屋市中川区の地名
愛知町(あいちちょう)は、愛知県名古屋市中川区にある町名。丁番を持たない単独町名である。住居表示実施済み[WEB 4]。
愛知町 | |
---|---|
北緯35度9分14.33秒 東経136度52分31.68秒 / 北緯35.1539806度 東経136.8754667度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 愛知県 |
市町村 | 名古屋市 |
区 | 中川区 |
人口 | |
• 合計 | 1,941人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
454-0807[WEB 2] |
市外局番 | 052 (名古屋MA)[WEB 3] |
ナンバープレート | 名古屋 |
地理
編集歴史
編集江戸時代は愛知郡北一色村の一部であった[1]。町村制施行に伴う合併で笈瀬村が成立し、その後笈瀬村は町制施行に合わせて愛知町と改称した[2]。愛知町は1921年(大正10年)に名古屋市に編入され、かつての北一色村の区域は中区北一色町となった[3]。
人口が増加する中、分離・独立する形で1928年(昭和3年)、北一色町に愛知尋常小学校が創立された[4]。学制改革により名古屋市立愛知小学校となった後、1980年に移転するまで愛知町に所在した[5]。これは笹島駅と中川運河の建設に伴い、露橋尋常小学校を露橋耕地整理組合地区内に移転、愛知高等小学校を中京土地区画整理組合地区内に移転・改築して愛知尋常小学校として利用したものであったという[6][7]。
1937年(昭和12年)に北一色町は新設された中村区の所属となった[8]。翌1938年、北一色町の一部により新たな町名「愛知町」が設けられた[1]。その後、愛知町は1944年に中川区に移されている[9]。
1973年に愛知町を含む愛知地区で住居表示が実施された[10]。
町名の変遷
編集- 1938年(昭和13年)4月1日 - 中村区北一色町の一部により、同区愛知町として成立[11]。愛知県告示第346号による[12]。
- 1942年(昭和17年)1月15日 - 一部が運河通に編入される[13]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 行政区域の変更により、中川区愛知町となる[11]。
- 1973年(昭和48年)11月10日 - 中川区運河通・小栗通・五月通・中京通の各一部を編入[11]。また、一部が豊成町・澄池町となる[14]。
実施後 | 実施年月日 | 実施前(各町名ともその一部) |
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愛知町1丁目 | 1938年4月1日 | 北一色町(字大南・西浦・浦山) |
愛知町2丁目 | 北一色町(字西浦・大南・浦山・大海・柳原) | |
愛知町3丁目 | 北一色町(字柳原・大海・船戸) | |
愛知町4丁目 | 北一色町(字柳原・大海・船戸) | |
愛知町5丁目 | 北一色町(字船戸・大海) | |
運河通 | 1942年1月15日 | 愛知町 |
愛知町 | 1973年11月10日 | 愛知町 |
運河通 | ||
小栗通 | ||
五月通 | ||
中京通 | ||
豊成町 | 愛知町 | |
澄池町 |
世帯数と人口
編集2019年(平成31年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 1]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
愛知町 | 925世帯 | 1,941人 |
人口の変遷
編集国勢調査による人口および世帯数の推移。
1995年(平成7年)[WEB 5] | 810世帯 2,190人 |
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2000年(平成12年)[WEB 6] | 791世帯 2,022人 |
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2005年(平成17年)[WEB 7] | 816世帯 2,005人 |
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2010年(平成22年)[WEB 8] | 817世帯 1,900人 |
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2015年(平成27年)[WEB 9] | 813世帯 1,848人 |
学区
編集市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 10]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 11]。
番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
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全域 | 名古屋市立愛知小学校 | 名古屋市立長良中学校 | 尾張学区 |
交通
編集- 大須通(名古屋市道愛知名駅南線)
- 明石通
施設
編集- 愛知コミュニティセンター - 会議室を2室、10畳の和室を2室備える[WEB 12]。
- 愛知公園[1] - 街区公園[16]。1989年(平成元年)7月1日開園[16]。0.62ヘクタール[16]。
- 善行寺[1] - 山号を安井山と号する[17]。山号については、第2世の海善師なる人物が、京都東山の安井御門跡に仕え、春日井郡安井村に隠遁したことに由来すると寺伝にあるとされる[18]。
- 熊野神社[1]
- 神明社[19] - 天照大神を祀る[19]。熊野社は神明社の末社であったが、合殿となった[19]。境内に安井徳左ヱ門の顕彰碑がある[17]。安井は文久ごろの豪農であり、当地の水害を案じて私財により水路を拓いた[17]。そのために安井の名をとって、徳左川と呼ばれ顕彰されたという[17]。
- 法誓幼稚園
-
善行寺(2017年5月)
-
神明社(2014年10月)
-
パイロットコーポレーション中部支社(2014年10月)
その他
編集日本郵便
編集脚注
編集WEB
編集- ^ a b “町・丁目(大字)別、年齢(10歳階級)別公簿人口(全市・区別)”. 名古屋市 (2019年1月23日). 2019年1月23日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2019年2月10日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。
- ^ “中川区の町名一覧”. 名古屋市 (2015年10月21日). 2019年2月13日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年3月28日). “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月20日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年5月30日). “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月20日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ “市立小・中学校の通学区域一覧”. 名古屋市 (2018年11月10日). 2019年1月14日閲覧。
- ^ “平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
- ^ 名古屋市中川区役所 区政部地域力推進室地域力推進係 (2012年10月24日). “愛知コミュニティセンター”. 名古屋市. 2019年5月19日閲覧。
- ^ 郵便番号簿 平成29年度版 - 日本郵便. 2019年02月10日閲覧 (PDF)
書籍
編集- ^ a b c d e 名古屋市計画局 1992, p. 448.
- ^ 中村区制十五周年記念協賛会 1953, pp. 90–91.
- ^ 中村区制十五周年記念協賛会 1953, pp. 81, 83.
- ^ 中村区制十五周年記念協賛会 1953, pp. 235–236.
- ^ 中川区制50周年記念誌編集委員会 1987, p. 409.
- ^ 名古屋市役所 1929, p. 41.
- ^ 安井金一 1983b, p. 33.
- ^ 中村区制十五周年記念協賛会 1953, pp. 114–116.
- ^ 中村区制十五周年記念協賛会 1953, pp. 117–118.
- ^ 名古屋市計画局 1992, p. 448,887.
- ^ a b c 名古屋市計画局 1992, p. 829.
- ^ a b 中川倶楽部 1971, p. 24.
- ^ 名古屋市計画局 1992, p. 830.
- ^ 名古屋市計画局 1992, p. 822,829.
- ^ 名古屋市計画局 1992, pp. 822, 829–830.
- ^ a b c 名古屋市農政緑地局管理部緑地管理課 1996, pp. 70–71.
- ^ a b c d 山田寂雀 1982, p. 137.
- ^ 安井金一 1983a, p. 10.
- ^ a b c 山田寂雀 1982, p. 136.
参考文献
編集- 名古屋市役所 編『市民病院敷地及建築問題』名古屋市役所、1929年9月14日。NDLJP:1095574。
- 中村区制十五周年記念協賛会 編『中村区史』中村区制十五周年記念協賛会、1953年5月20日。
- 中川倶楽部 編『名古屋市中川区町名一覧』中川倶楽部、1971年8月1日。
- 山田寂雀『中川区の歴史』愛知県郷土資料刊行会〈名古屋市区史シリーズ 2〉、1982年8月20日。全国書誌番号:83027745。
- 安井金一「安井姓の由来」『中川区の昔をたずねて』 第二巻、中川区老人クラブ連合会、1983年4月1日、10–12頁。NDLJP:9539176/12。
- 安井金一「おしゃごじ」『中川区の昔をたずねて』 第二巻、中川区老人クラブ連合会、1983年4月1日、33–34頁。NDLJP:9539176/24。
- 中川区制50周年記念誌編集委員会 編『中川区史』中川区制50周年記念事業実行委員会・中川区役所、1987年10月1日。全国書誌番号:88007237。
- 名古屋市計画局『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年3月31日。全国書誌番号:93012879。
- 名古屋市農政緑地局管理部緑地管理課 編『名古屋市の公園 1996年』名古屋市農政緑地局管理部緑地管理課、1996年。
関連項目
編集外部リンク
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