平桜政吉
平桜 政吉(ひらざくら まさきち、1894年(明治27年)3月14日[1] - 1976年(昭和51年)1月4日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功三級[2]。
平桜 政吉 | |
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生誕 |
1894年3月14日 日本 石川県 |
死没 | 1976年1月4日(81歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1915年 - 1945年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
経歴
編集1894年(明治27年)に石川県で生まれた[1]。陸軍士官学校第27期卒業[1]。1940年(昭和15年)8月1日に陸軍歩兵大佐に進級し[2]、9月9日に歩兵第35連隊長に就任した[2]。1943年(昭和18年)9月に水戸陸軍飛行学校生徒隊長に転じ[2]、1944年(昭和19年)5月に仙台陸軍飛行学校学生隊長に就任した[2]。
1945年(昭和20年)6月10日に陸軍少将に進級し[2]、7月5日に独立混成第117旅団長(第1総軍・第12方面軍・第53軍)に着任し[1]、静岡県沼津で本土決戦に備える中で終戦を迎えた[1]。
脚注
編集参考文献
編集- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。