室賀 三郎(むろが さぶろう、1925年3月15日[1] - 2009年12月9日[1][2])は、日本の情報通信コンピュータ分野の科学者。日本のコンピュータパイオニアとして知られ[1]アメリカイリノイ大学教授を38年間つとめた。

経歴と主な研究

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静岡県沼津市生まれ[1][2]。1947年、東京大学電気工学科卒業[1][2]、国有鉄道技術研究所に就職[1][2]。世界最初の音声タイプライタの特許を申請する[1]。1950年電波庁に転職し[1]、1953年フルブライト奨学金でマサチューセッツ工科大学に留学[1]。1954年から半年間、イリノイ大学に研究助手として留学[1]。日本人として初めての大型コンピュータの使用経験を持つ人物となった[1]。1955年に帰国[1]後藤英一高島堅助らと共同で、日本初のパラメトロンコンピュータMUSASINO-1開発に関わる[1][2]。1958年東京大学工学博士[2]

1960年、再渡米し、IBM Research Centerに勤務[1][2]。1964年イリノイ大学に移り[1][2]、しきい値理論に関する書籍を出版し[1][2]、Tran sduction法を開発した[1][2]。2002年までイリノイ大学で教鞭を取った[1][2]。2004年4月、瑞宝中綬章受章[2][3]

著作

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脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 室賀三郎”. museum.ipsj.or.jp. 情報処理学会歴史特別委員会 コンピュータ博物館実行小委員会. 2023年5月1日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 戸田巌名誉会員 室賀三郎博士を偲ぶ」『情報処理』第51巻第2号、情報処理学会、2010年2月、219-220頁。 
  3. ^ 平成16年春の叙勲 瑞宝中綬章受章者” (PDF). 内閣府. p. 19 (2004年4月29日). 2004年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月26日閲覧。