実川 幸夫(じつかわ ゆきお、1943年昭和18年〉10月14日 - )は、日本政治家衆議院議員(5期)、運輸政務次官(第2次森内閣)、法務副大臣第2次小泉内閣)、衆議院総務委員長千葉県議会議員(1期)などを歴任。

実川 幸夫
じつかわ ゆきお
内閣広報室より公表された肖像
2000年 撮影)
生年月日 (1943-10-14) 1943年10月14日(81歳)
出生地 日本の旗 日本 千葉県印旛郡富里町(現・富里市
出身校 法政大学法学部
前職 山村新治郎衆議院議員秘書
山村新治郎運輸大臣秘書官[1]
千葉県議会議員
所属政党自由民主党→)
新生党→)
新進党→)
無所属→)
自由民主党(加藤派古賀派古賀派
称号 旭日重光章
配偶者 実川綾子
子女 実川一夫(長男)
実川邦子(長女)[1]
公式サイト 実川幸夫オフィシャルページ

選挙区旧千葉2区→)
千葉9区→)
比例南関東ブロック→)
千葉13区
当選回数 5回
在任期間 1993年7月 - 2009年7月21日

選挙区 印旛郡選挙区
当選回数 1回
在任期間 1991年 - 1993年
テンプレートを表示

経歴

編集

千葉県印旛郡富里町(現・富里市)出身[1]成田高等学校を経て、1967年法政大学法学部卒業。同年山村新治郎秘書となる。

1991年に千葉県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し初当選。1993年、任期途中で議員を辞職し自民党を離党。衆議院議員総選挙に新生党公認で立候補し初当選。その後新進党の結党に参加するも1997年に自民党に復党し、新進党を除名される。第2次森内閣で運輸政務次官第2次小泉内閣法務副大臣を歴任。2004年衆議院総務委員長となる。2006年、党組織本部長代理に就任。

2009年第45回衆議院議員総選挙にて民主党の若井康彦との争いに敗れ落選。同年12月、政界引退を表明した。

2010年7月、自由民主党千葉県第13選挙区支部長の後任に白須賀貴樹第21回参議院議員通常選挙千葉県選挙区次点)が就任した。

2013年11月、秋の叙勲で旭日重光章を受章。

2022年11月時点で松本尚(白須賀の後継候補として第49回衆議院議員総選挙に千葉13区から立候補し当選)の後援会長を務める[2]

脚注

編集
  1. ^ a b c 運輸政務次官 実川幸夫”. 首相官邸. 内閣官房内閣広報室 (2000年7月4日). 2000年8月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月16日閲覧。
  2. ^ “松本衆議院議員の国政報告会 盛大に開催 同級生の岡田担当相もゲスト講演”. 利根新報. (2023年1月1日). https://toneshinpo.com/1369/ 2023年3月5日閲覧。 

外部リンク

編集
公職
先代
星野行男
  法務副大臣
2003年 - 2004年
次代
滝実
議会
先代
佐田玄一郎
  衆議院総務委員長
2004年 - 2005年
次代
中谷元