定公(ていこう)は、魯の第26代君主。名は宋。襄公の子で、昭公の弟。昭公が晋の乾侯で客死すると、その後を受けて魯国の君主となった。
定公 姫宋 | |
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魯 | |
第26代公 | |
王朝 | 魯 |
在位期間 | 前509年 - 前495年 |
都城 | 曲阜 |
姓・諱 | 姫宋 |
諡号 | 定公 |
生年 | 不詳 |
没年 | 定公15年(前495年)5月[1] |
父 | 襄公 |
定公の時代の魯では陽虎が実権を握ったが、その後、三桓氏を排除しようとして失敗し、陽虎は最終的に晋の趙鞅のもとへ出奔した。
定公15年(紀元前495年)5月、薨去。在位15年。
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