多摩水道橋

狛江市と川崎市川崎区の間の多摩川に架かる道路橋

多摩水道橋(たますいどうばし)は多摩川に架かる東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線世田谷通り・津久井道)の橋。

多摩水道橋
多摩水道橋
基本情報
日本の旗 日本
所在地 東京都狛江市 - 神奈川県川崎市多摩区
交差物件 多摩川
用途 道路橋
路線名 東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線
着工 1989年11月
竣工 2001年5月
座標 北緯35度37分32秒 東経139度34分9.8秒 / 北緯35.62556度 東経139.569389度 / 35.62556; 139.569389座標: 北緯35度37分32秒 東経139度34分9.8秒 / 北緯35.62556度 東経139.569389度 / 35.62556; 139.569389
構造諸元
形式 3径間連続鋼ローゼ桁
全長 358.8 m
最大支間長 161.50 m
地図
多摩水道橋の位置
多摩水道橋の位置
多摩水道橋の位置
多摩水道橋の位置
多摩水道橋の位置
多摩水道橋の位置
多摩水道橋の位置
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
テンプレートを表示

概要

編集

多摩水道橋は狛江市内で多摩川に架かる唯一の道路の橋であり、東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線の起点側(多摩川の左岸)が東京都狛江市、終点側(右岸)が神奈川県川崎市多摩区となる都県境の橋となっている。なお、この道の愛称は東京都側が「世田谷通り」、神奈川県側が「津久井道」と都県境をもって変化する。

この場所にはもともと「登戸の渡し」があったが、東京都内の水不足対策として、川崎市の長沢浄水場から相模川の水を都心へと送る「導水管」の建設が行われることとなった際に、歩道と車道の架橋計画が行われ、1953年(昭和28年)12月に先代の道路及び水道管の併用橋として開通することをきっかけに、同年8月に廃止された。なお、この「登戸の渡し」は、廃止時点で多摩川の渡し船としては最後に残っていた区間であった。

その後、交通量の増加や橋の老朽化によって、新たな架橋及び拡幅が行われることとなり、まず旧橋のすぐ上流側に現在の上り線となる橋を架ける工事が行われ、1995年(平成7年)5月に竣工。引き続き旧橋を取り壊し、現在の下り線となる橋が架けられ、2001年(平成13年)3月に工事が完成した。これにより車道が上下4車線化された。導水管も引き続き道路橋・歩道橋の下に並行して設置されている。

多摩水道橋の下流側には、小田急小田原線多摩川橋梁がある。

なお、橋の正式名称は漢字表記で「水道橋」、かな表記で「すいどうはし」の橋銘板になっているが、文京区の水道橋駅の付近と混乱を避けるために交通情報などで多摩水道橋と呼ばれていてそれが定着しつつある

その他

編集
  • 和泉多摩川駅前郵便局の風景印の図案に多摩水道橋が使われている[1]

ギャラリー

編集


脚注

編集
  1. ^ 風景印 和泉多摩川駅前郵便局日本郵便

関連項目

編集
  • かながわの橋100選
  • 花の中の娘たち (1953年)東宝- 多摩水道橋の建設が進む時代、稲田町 字 の二十世紀梨をつくる梨農家が舞台の東宝初のカラー映画。多摩水道橋建設現場で働くシーンや完成式典関連シーンが登場する。

外部リンク

編集