和光 (商業施設)

東京・銀座に本店を持つ小売店
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和光(わこう、英称:Wako)は、東京都中央区銀座に本社を置くセイコーグループ傘下の株式会社和光が展開する日本商業施設である。

株式会社和光
Wako Co., Ltd.
銀座和光本店
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
104-8105
東京都中央区銀座4-5-11
設立 1881年(小売部門独立は1947年
業種 小売業
法人番号 7010001060878 ウィキデータを編集
事業内容 高級装飾品や食品の販売
代表者 代表取締役社長 庭﨑 紀代子
売上高 160億6,400万円
(2024年3月期)[1]
営業利益 14億6,000万円
(2024年3月期)[1]
経常利益 14億9,200万円
(2024年3月期)[1]
純利益 10億5,400万円
(2024年3月期)[1]
純資産 △19億3,600万円
(2024年3月期)[1]
総資産 80億9,600万円
(2024年3月期)[1]
主要株主 セイコーグループ株式会社 100%
関係する人物 服部金太郎
外部リンク http://www.wako.co.jp/
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夕暮れの和光

概要

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本店・本館は東京銀座の中心である銀座四丁目交差点に面しており、「銀座和光」とも呼ばれる銀座のランドマーク的存在である。建物の設計は渡辺仁プライベートブランド(セイコー製)の時計や宝飾品に加え、日本国内外の腕時計、宝飾品、陶磁器バッグなどの高級装飾品や、インテリア雑貨、食品などを扱う。著名人が多く訪れる高級専門店としても有名である。アートギャラリーの「セイコーハウス銀座ホール(旧・和光ホール)」が6階にあり、様々な催事が常時行われている。

本館の時計塔は、銀座のシンボル的存在である。時計台には鐘楼があり、店舗営業時間中の毎時0分にウェストミンスターの鐘を演奏し時刻数の鐘を鳴らす。

2022年4月1日現在、銀座には本館の他に、「和光アネックス」(2012年9月オープン)、「グランドセイコーブティック 銀座」(2019年2月オープン)、「オリス銀座ブティック」(2019年6月オープン)、「セイコー プロスペックスブティック 銀座」(2019年8月オープン)、「和光ブライダルブティックギンザ」(2020年6月オープン)、「セイコードリームスクエア」(2020年12月オープン)が営業している。かつては、「並木館」、「時計サロン」、「ギフトショップ」、「メガネショップ」、「チョコレートサロン」、「ベビーギフトショップ」、「インテリアショップ」などの店舗が存在した(並木館は2008年1月にオープンしたが、不採算部門であるレストラン事業からの撤退を決め、9階の「WAKO CAFE」と10階の「レストラン THE WAKO」が2011年2月に閉店。並木館全体も同年9月に閉館した)。

本館は、2008年に300日間閉館し、耐震補強・防災機能付加を中心とした大規模な改装工事を行い[2]、同年11月22日にリニューアルオープンした。

小売業でありながら、かつては日曜日祝日は休館であった。しかし、2010年10月から、本館と並木館では日曜、祝日も営業するようになり、2011年2月のレストラン THE WAKOの閉店で銀座地区の全店舗が無休となった。2008年にセイコーホールディングス(セイコーHD)から20億5000万円の増資を受ける。セイコーHDによれば、2010年時点において17億円の債務超過の状態にある[3]

2022年6月10日には、1-4階の店舗と比べて利用が限定的だった5階以上のフロアを改修してセイコーブランドの発信拠点とし、建物の名称も「SEIKO HOUSE GINZA」(セイコーハウス銀座)と改称し新装開業した[4]

歴史

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1881年12月、服部金太郎が21歳で「服部時計店」(現:セイコーグループ)として采女町(現在の銀座)に[2]創業。服部は中古時計の修理・販売で身を立てた人物だが、服部時計店を通じて輸入時計・宝飾品の販売も手掛け始め、信用を得る[2]1947年4月に小売部門が独立して「株式会社 和光」となり、現在に至る。

現在の和光本館がある銀座四丁目交差点の角地は、1894年朝野(ちょうや)新聞社屋を買い取ったもので[2]、同年この場所に初代服部時計塔が完成、翌1895年から営業が開始された[2]。これは1921年に改築のために解体されたが、1923年に関東大震災に見舞われたため、2代目服部時計店本社ビル・時計塔の竣工は1932年6月10日[2]、営業開始はその2日後[2]と、完成まで11年の歳月を要した。これが現在も和光本館として使われているネオルネサンス調ビルディング(設計:渡辺仁)である。2代目ビルの外装には、地震・火災対策として、全て天然石が使われた[2]

1945年の敗戦直後には、銀座四丁目交差点のビルが進駐軍によりPX(基地内売店)として接収されたため、服部時計店は銀座五丁目の仮営業所での営業再開を余儀なくされた[2]。接収が解除され、本館で「和光」として営業を再開できたのは1952年12月8日で[2]、この時から本館ショーウィンドウのディスプレイも始まり[2]、今日に至る。1954年の「時の記念日(6月10日)」からは[2]、今や銀座名物となった「ウェストミンスターの鐘(ウェストミンスター・チャイム)」も鳴らし始めた。

現在の時計塔はカリヨンを備え、毎正時[5]2012年からは3月11日14時46分に、東日本大震災の犠牲者を悼んで特別に11回、その1分後に2回。当日は半旗を掲げる)、「ウェストミンスターの鐘」と時数分のゴングを鳴らしている[6]

日本におけるテレビコマーシャルの第1号とされる、精工舎(現:セイコーグループ)の午後7時の時報では、終盤に時計塔の映像が採用されている。

支店・ブティック

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羽田空港の第1ターミナルおよび第2ターミナル、大阪西心斎橋ホテル日航大阪1階に支店があり、ブティックもホテルオークラ店(東京)、名古屋観光ホテル店、松坂屋名古屋店、ホテルオークラ新潟店、札幌パークホテル店、大丸福岡天神店などに展開する。

ギャラリー

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関連項目

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脚注

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  1. ^ a b c d e f 株式会社和光 2024年3月期決算公告
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 『日経マガジンスタイル WAKO Special』2021年4月8日(企画・制作/日本経済新聞社 企画協力/和光)p.12-13「和光と時計塔の歴史を繙く」。
  3. ^ MSN産経ニュース 【ドラマ・企業攻防】名門セイコーの“病巣” 血族たらい回しで統治機能マヒ(2/3ページ) Archived 2010年5月18日, at the Wayback Machine.
  4. ^ “SEIKO HOUSE GINZA公式サイト”. SEIKO HOUSE GINZA公式サイト. (2022年6月10日). https://www.seiko.co.jp/seiko_house_ginza/ 
  5. ^ 銀座・和光 時計塔の歴史
  6. ^ 3月11日(土)、和光の時計塔から「未来への希望の鐘」を鳴らします。 和光、2023年3月6日。
  7. ^ 柳町功戦後日韓関係の形成とその経済的側面 : 担い手たちの行動を中心に」『經濟學研究』第71巻第1号、九州大学経済学会、2004年11月、51-72頁、CRID 1390290699812551168doi:10.15017/3763hdl:2324/3763ISSN 0022975X 

外部リンク

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座標: 北緯35度40分18秒 東経139度45分54秒 / 北緯35.671607度 東経139.765027度 / 35.671607; 139.765027