ふたご座
ふたご座(ふたござ、ラテン語: Gemini)は、現代の88星座の1つ[1][2]。黄道十二星座の1つで、帝政ローマ期の天文学者クラウディオス・プトレマイオスが選んだ「プトレマイオスの48星座の1つでもある[2]。モチーフとされたのは、古代ギリシアの伝承に登場する「ディオスクーロイ」と呼ばれるカストールとポリュデウケースの双子であると一般に考えられており[1][2]、二人の名前は2等星のα星カストルと全天21の1等星の1つ β星ポルックスの固有名にもなっている。このα・β の明るい2つの星は、ギリシア・ローマのみならず、バビロニアや日本でも双子や兄弟、夫婦などのペアとして見なされていた。
Gemini | |
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属格形 | Geminorum |
略符 | Gem |
発音 | 英語発音: [ˈdʒɛmɨnaɪ]、属格:/ˌdʒɛmɨˈnɒrəm/ |
象徴 | 双子、ディオスクーロイ[1][2] |
概略位置:赤経 | 06h 00m 30.0373s- 08h 07m 58.3755s[3] |
概略位置:赤緯 | +9.8097754° - +35.3905640°[3] |
20時正中 | 3月上旬[4] |
広さ | 513.761平方度[5] (30位) |
バイエル符号/ フラムスティード番号 を持つ恒星数 | 80 |
3.0等より明るい恒星数 | 5 |
最輝星 | ポルックス(β Gem)(1.14等) |
メシエ天体数 | 1[6] |
確定流星群 | 2[7] |
隣接する星座 |
やまねこ座 ぎょしゃ座 おうし座 オリオン座 いっかくじゅう座 こいぬ座 かに座 |
特徴
編集東をかに座、北東をやまねこ座、北西をぎょしゃ座とおうし座、南西をオリオン座、南をいっかくじゅう座とこいぬ座に囲まれている。20時正中は3月上旬頃[4]、北半球では春の星座とされ[9]、初秋から晩夏にかけて観望することができる[8]。太陽が天の赤道から北に最も離れた位置に達する夏至点は、かつてふたご座の領域にあったが、地球の歳差運動の影響によって1989年末以降はおうし座の領域にある[10]。
この星座で最も目立つカストルとポルックスのペアはちょうど4.5°離れているため、天球上の角距離を測る物差しとして有用であった[11]。ポルックスは、カペラ・アルデバラン・リゲル・シリウス・プロキオンとともに冬のダイヤモンド[8]や冬の大六角形[12]と呼ばれるアステリズムを形作る星とされる。
星と星を繋いで引かれる線、いわゆる「星座線」には公式に定められたものはなく[注 1]、ふたご座も星図の製作者によって様々な線の繋ぎ方がされている。中でも『ひとまねこざる (Curious George)』シリーズで知られるハンス・アウグスト・レイが著書『星座を見つけよう (The Stars: A New Way to See Them)』で示したふたご座の星座線は、双子が手をつないでいるような形で星々が繋がれており、国際天文学連合 (IAU) がスカイ&テレスコープ誌と共同で製作した星図でもその意匠が用いられるなどその後の星図製作者にも影響を与えている[14]。
1930年にアメリカの天文学者クライド・トンボーが冥王星を発見した際、冥王星はふたご座の領域にあった[8]。トンボーは、1930年1月23日と同29日にローウェル天文台で撮影した写真乾板を2月18日にブリンクコンパレーターで比較観察し、ふたご座δ星のわずかに東側に海王星よりも遠い位置にあると思われる動きを見せる天体を発見した[15]。
由来と歴史
編集ふたご座の原型は、メソポタミアで「偉大な双子」と呼ばれた星座を起源としていると見られている[16]が、双子の意匠がいつ頃地中海世界に伝わったかは定かではない。少なくとも、紀元前4世紀の古代ギリシアの天文学者クニドスのエウドクソスの著書『パイノメナ (古希: Φαινόμενα)』に記された星座のリストに既にふたご座の名前が上がっていたとされる[16]。このエウドクソスの著述を元に詩作されたとされる紀元前3世紀前半のマケドニアの詩人アラートスの詩篇『パイノメナ (古希: Φαινόμενα)』では、古代ギリシア語で「ゼウスの息子」という意味の Δίδυμοι (Didymoi) という名称で登場する[17]。『パイノメナ』の中でアラートスは、この星座がおおぐま座の下にあることを述べるに留まり、この双子の氏素性や伝承については全く触れていない[17][18]。紀元前3世紀後半の天文学者エラトステネースの天文書『カタステリスモイ (古希: Καταστερισμοί)』では、彼らが Dioscuri と呼ばれていたことが語られているが、二人の名前は明らかにされていない[16][19]。1世紀初頭の古代ローマの著作家ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌスの『天文詩 (羅: De Astronomica)』では、この双子が Castor と Pollux であることが明確に紹介されている[16][19]。
ふたご座に属する星の数は、『カタステリスモイ』と『天文詩』では19個、帝政ローマ期の2世紀頃のクラウディオス・プトレマイオスの天文書『ヘー・メガレー・スュンタクスィス・テース・アストロノミアース (古希: ἡ Μεγάλη Σύνταξις τῆς Ἀστρονομίας)』、いわゆる『アルマゲスト』では18個とされた[16]。17世紀ドイツの法律家ヨハン・バイエルは、1603年に刊行した星図『ウラノメトリア』の中で、ふたご座の星に対して α から ω までのギリシャ文字24文字とラテン文字7文字の計31文字を用いて31個の星に符号を付した[20][21][22]。バイエルは、Gemini というラテン語の星座名のほか、ギリシア語の ΟΙ ΔΙΔΥΜΟΙなど複数の星座名を紹介している[20]。
1922年5月にローマで開催された国際天文学連合 (IAU) の設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Gemini、略称は Gem と正式に定められた[23][24]。
21世紀現在では、ふたご座のモチーフとして紹介されるのはカストールとポリュデウケースの双子だけであるが、古代ギリシア・ローマ時代には様々なペアがそのモチーフとされていた。ヒュギーヌスの『天文詩』では、ディオスクーロイを双子のモデルとして紹介する一方で、2つの異説を紹介している。1つは、ともに女神デーメーテールから寵愛されたトリプトレモスとイーアシオーンであるとする説である[16][19]。トリプトレモスはデーメーテールから授かった穀物を世に広めた人物、イーアシオーンはデーメーテールとの間に大地の恵みの象徴とされるプルートスをもうけた人物とされる[19]。もう1つの説は、アポローンとヘーラクレースであるとする説である[16][19]。この説は、クラウディオス・プトレマイオスの占星術に関する書籍『テトラビブロス』でも支持されており、近世の星図や星表にもその影響を残している[2]。たとえばバイエルの『ウラノメトリア』のふたご座の星表では、α に Apollo、β に Hercules、δ に Apollo の右手、ζ に Hercules の右膝と説明が書かれており、17世紀においてもアポローンとヘーラクレースの姿でもあると見なされていたことがわかる[20]。また、18世紀イギリスの天文学者ジョン・フラムスティードが編纂し彼の死後の1729年に刊行された星図『天球図譜』では、アポローンの象徴である竪琴と矢を持つカストルと、ヘーラクレースの象徴である棍棒を持つポルックスの姿が描かれている[2][25]。またドイツの天文学者ヨハン・エレルト・ボーデが1801年に刊行した星図『ウラノグラフィア』でも、竪琴と矢を持つカストルと棍棒を持つポルックスの姿が描かれ、それぞれに Castor Apollo、Pollux Abrachaleus とラベルされている[2][26]。後者の Abrachaleus という名称は、ヘーラクレースの名前がアラビア世界を通じて欧州に伝わった際に転訛したものであると考えられている[2]。
- アポローンとヘーラクレースのイメージを交えて描かれたふたご座。
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フラムスティード『天球図譜』(1729) に描かれたふたご座。右のカストルはアポローンの象徴とされる竪琴と矢を携え、左のポルックスはヘーラクレースの象徴とされる棍棒を握っている。
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ボーデ『ウラノグラフィア』(1801) に描かれたふたご座。フラムスティードと同じ意匠で描かれたカストルとポルックスに、それぞれ Castor Apollo、Pollux Abrachaleus と記されている。
帝政ローマ期初期の軍人ゲルマニクスによるアラートスの『パイノメナ』のラテン語訳に付された欄外古註(スコリア、Scholia)には、7つの城門を持つテーバイの城壁を作ったゼートスとアムピーオーンの兄弟とする説、ヘーラクレースとテーセウスとする説、サモトラケ島の神々とする説など、複数の異説が記されていた[19]。アムピーオーンは竪琴の名手と伝えられており、後世のふたご座の星座絵に描かれた竪琴は彼の属性を示すものとも考えられている[19]。サモトラケ島の神々は遭難した船乗りに救いの手を差し伸べるものと考えられており、しばしばディオスクーロイと混同されたり同一視されたりした[19]。
中東
編集バビロニアでは、後世の古代ギリシア・ローマと同様に、ふたご座の星々は武装した一対の戦士と見なされていた[27]。古代バビロニアの天文に関する粘土板文書『ムル・アピン (MUL.APIN)』では、ふたご座の星はシュメール語で「偉大な双子」を意味する Mul Maš-tab-ba-gal-gal と呼ばれていた[27][28][29]。新アッシリア帝国の古文書では、右手に鎚矛を持つ男と左手に鎌斧を持つ男の双子の姿として描写されており、夏至点にある冥界への出入り口を守っていたものと考えれている[27]。この二人は、Lugal-irra と Meslamta-ea という神であるとされる[27]。Lugalirra は「強大な王」、Mesalmtaea は「冥界から現れた者」という意味があり、メソポタミアの神話で冥界の主とされるネルガルと同一視された[27]。
中国
編集ドイツ人宣教師イグナーツ・ケーグラー(戴進賢)らが編纂し、清朝乾隆帝治世の1752年に完成・奏進された星表『欽定儀象考成』では、ふたご座の星々は、二十八宿の西方白虎七宿の第六宿「觜宿」、および南方朱雀七宿の第一宿「井宿」に配されていた[30][31]。
觜宿では、1番星がおうし座139番星・オリオン座χ1・χ2の3星とともに奇怪な現象を司る役人を表す星官「司怪」に配された[30][31]。井宿では、μ・ν・γ・ξ・ε・36・ζ・λ の8星が井戸を表す星官「井」に、η が単独でまさかりを表す星官「鉞」に、57・δ・ω が酒や水などを貯える入れ物を表す星官「天罇」に、θ・τ・ι・υ・ψ の5星が帝師・帝友・三公・博士・太史の5つの諸侯を表す星官「五諸侯」に、ρ・α・β の3星がオルドス高原を東に流れる黄河の分流のうち北側を流れる支流の烏加河を表す星官「北河[注 2]」に、κ が積み上げた薪を表す星官「積薪」に、それぞれ配された[30][31]。
神話
編集古代ギリシア・ローマの伝承では、一般にふたご座はカストールとポリュデウケース(ラテン語名ポルクス Pollux、一般に、ポルックス)の兄弟を表したものであるとされた[2]。紀元前3世紀後半のエラトステネースの『カタステリスモイ』では二人の名前は明記されていないものの、ゼウスの子 (Dioscuri) と呼ばれる双子がラコニアで生まれ育って名声を得たこと、比類なき兄弟愛で結び付いていたこと、それを記念してゼウスが二人一緒に星座としたことなどが語られている[16][19]。1世紀初頭のヒュギーヌスの『天文詩』では、双子の名前を Castor と Pollux と明記した上でエラトステネースと同様の話を伝える他、海神ネプトゥーヌス[注 3]が彼らの兄弟愛に対する報酬として馬を与えるとともに、海難事故に苦しむ人々を救う力を与えた、としている[16][19]。そのため、古代ローマ期にはカストールとポリュデウケースは船乗りの守護者として信仰されていた[16][11]。大プリニウスの『博物誌』では、船のマスト等に現れるセントエルモの火はこの双子と結び付けられ、船乗りたちはセントエルモの火が2つ現れると吉兆、1つしか現れないと凶兆であるとしていたことを伝えている[16][32]。
21世紀現在では、この双子の母はスパルタ王妃レーダーで、兄のカストールの父はスパルタ王テュンダレオース、弟のポリュデウケースの父は大神ゼウスであるとされ、ゼウスの血を引くポリュデウケースは不死であったとされる[2]。しかし、より古い著述では、双子の両親はともに人間であったと伝えられている。たとえば紀元前8世紀末の吟遊詩人ホメーロスの『オデュッセイア』では彼らの父親は共にテュンダレオース、母親はレーダーであるとしている[19]。また先に挙げたエラトステネースの『カタステリスモイ』やヒュギーヌスの『天文詩』では、双子の二人の両親について特に言及されていない[16][19]。
ヒュギーヌスは、兄カストールの死について2つの説を伝えている。1つは、スパルタとアテナイの戦争の際にアフィドナイの街の前で殺されたとする説、もう1つは、現代でより一般的に伝えられる、メッセーネー王アパレウスの双子の息子イーダースとリュンケウスとの争いで殺された、とする説である[16][19]。1世紀から2世紀頃の作とされる伝アポロドーロスの『ビブリオテーケー』では、アルカディアから分捕った牛の分配をめぐる揉め事でカストールがイーダースに殺された、としている[33]。カストールたちは、イーダースとリュンケウスを待ち伏せしていたが、カストールがリュンケウスに見つかり、イーダースに殺された[33]。ポリュデウケースは槍を投げてリュンケウスを倒したものの、イーダースの投げた岩を頭に受けて昏倒した[33]。そのとき、ゼウスが雷霆でイーダースを撃ち倒し、ポリュデウケースを天上に連れ去ったが、ポリュデウケースが自分だけ不死となることを拒んだため、二人が1日おきに神々の世界と人間界を入れ替わることを許した[33]。
呼称と方言
編集ラテン語の学名 Gemini に対応する日本語の学術用語としての星座名は「ふたご」と定められている[34]。現代の中国では双子座[35][36]と呼ばれている。
明治初期の1874年(明治7年)に文部省より出版された関藤成緒の天文書『星学捷径』では、「ゼミニ」という読みと「雙女」という名が紹介された[37]。また、1879年(明治12年)にノーマン・ロッキャーの著書『Elements of Astronomy』を訳して刊行された『洛氏天文学』では、上巻でラテン語の「ゲミニ」と英語の「トウィンス」、対応する訳語の「雙女」が[38]、下巻で「雙女宿」という名称が紹介されていた[39]。これらから30年ほど時代を下った明治後期には「雙子」という呼称が使われていたことが日本天文学会の会報『天文月報』の第1巻1号掲載の「四月の天」と題した記事中の星図で確認できる[40]。この「雙子」という訳名は、東京天文台の編集により1925年(大正14年)に初版が刊行された『理科年表』にも「雙子(ふたご)」として引き継がれ[41]、戦中の1944年(昭和19年)に天文学用語が見直しされた際も「雙子(ふたご)」が継続して使われることとなった[42]。戦後の1952年(昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」[43]とした際に、平仮名で「ふたご」と定められ[44]、以降この呼称が継続して用いられている[34]。
方言
編集日本では、カストルとポルックスのペアに関する方言が多数伝わっている[45]。ガニノメ(蟹の目)のように、この2星を人や生物の眼に見立てたものも多い[46]。
2つの星であることに由来するものとして、岡山県児島郡下津井(現・倉敷市)、香川県仲多度郡與島(現・坂出市)、兵庫県姫路市阿成、静岡県志太郡焼津町(現・焼津市)、神奈川県津久井郡牧野村馬本(現・相模原市)、富山県下新川郡経田村、熊本県牛深市加世浦(現・天草市)など全国各地に「フタツボシ(二つ星)」という呼称が伝わっていた[45]。同様の呼称に、兵庫県相生市の「フタツボシサン」、静岡県庵原郡小島村の「フタツボッサン」があった[45]。また、静岡県志太郡焼津町、榛原郡吉田村(現・吉田町)、千葉県安房郡北条町(現・館山市)、神奈川県三浦郡三崎町(現・三浦市)などに伝わっていた「ニボシ(二星)」や、静岡県榛原郡吉田村に伝わっていた「オオキイニボシ(大きい二星)」も、冬の空に目立つ2つの星であることに由来する呼称である[45]。
カストルとポルックスの色の違いに着目した「キンメギンメ(金目銀目)」呼称もあった[45]。アマチュア研究家の香田壽男が岐阜県揖斐郡で採集したこの呼称は、猫のオッドアイをイメージしたものではなく、空にかかる2つの星をそれぞれ人に喩えたものであったとされる[45]。
岡山県倉敷市下津井や兵庫県姫路市家島、香川県仲多度郡牛島(現・丸亀市)には「モチクイボシ(餅食い星)」という呼称が伝わっていた[45]。これは、日の出前にカストルとポルックスが沈む頃になると餅を食べる時季を迎えることに由来する[45]。同様の呼称として「ゾーニボシ(雑煮星)」という呼称が岡山県邑久郡牛窓町(現・瀬戸内市)や香川県仲多度郡與島、櫃石島(現・坂出市)に伝わっていた[45]。
2つの星のペアを人間関係に喩えた呼称も伝わっている。兄弟に喩えた例としては、熊本県牛深市加世浦の「キョウダイボシ(兄弟星)」、京都府何鹿郡綾部町(現・綾部市)の「オトエボシ、オトトエボシ(弟兄星)」がある[45]。また、夫婦に喩えた例には、静岡県榛原郡吉田村の「ミョートボシ(夫婦星)」、兵庫県赤穂市等の「ミョウトボシ(夫婦星)」がある[45]。
2つの星を人間や動物の目に喩えた呼称もあった。人の目に見立てた呼称としては、兵庫県姫路市妻鹿の「メダマボシ(目玉星)」、香川県仲多度郡與島の「リョウガン(両眼)」、広島県呉市の「ニラミボシ(睨み星)」があった[45]。また、生物の目に喩えた呼称としては、兵庫県姫路市妻鹿、高砂市伊保、淡路市郡家などの「ガニノメ(蟹の目)」、香川県高松市男木島の「ガネノメ(蟹の目)」、兵庫県加古郡播磨町の「ガンノメ(蟹の目)」など、瀬戸内海の海岸沿いに蟹の目に喩えたものが伝わっていた[45]。また、長崎県壱岐島には鰈の目に見立てた「カレーンメ、カレーンホシ」という呼称が伝えられていた[45]。陸上生物の目に喩えた例としては、鹿児島県熊毛郡屋久町(現・屋久島町)の「ネコノメボシ(猫の目星)」、広島県安佐郡伴村(現・広島市)の「イヌノメ(犬の目)」があった[45]。兵庫県高砂市の「カタヤサン」「カドヤサン」、姫路市の「カロヤサン」、明石市の「カザエイ」、南あわじ市の「カザヤサン」などは、魚のエイの一種にちなんだものと考えられているが、定かではない[45]。
年中行事にちなんだ呼称も伝えられてきた。門松にちなんだ呼称としては、静岡県賀茂郡稲取町(現・東伊豆町)の「カドグイ(門杭)」、宮城県亘理郡荒浜村(現・亘理町)の「マツグイ(松杭)」、宮城県本吉郡唐桑町鮪立(現・気仙沼市)の「キタノマツグイ(北の松杭)」が採集されている[45]。また、節分の頃に西の空に入ることから「セツブンボシ(節分星)」や「セチボシ(節星)」などの呼称も使われた[45]。広島県呉市吉浦では、正月の明け方の西の空に見えることから、これを見ると年を1つ取るとして「トシトリボシ(年取り星)」とも呼ばれていた[45]。
その他の呼称として、兵庫県揖保郡御津町岩見(現・たつの市)には漁具に見立てた「ミトボシサン(水門星さん)」、広島県豊田郡豊浜町(現・呉市)には眼鏡に見立てた「メガネボシ(眼鏡星)」、香川県東かがわ市引田には2つのサイコロの目がともに「1」であることに見立てた「ビリボシ」、徳島県鳴門市里浦には羽織の紋に見立てた「モンボシ」などの呼称が伝わっていた[45]。また、2つの星を門柱に見立てたものとして、静岡県榛原郡川崎町静波(現・牧之原市)の「モンボシ」や志太郡焼津町の「モンバシラ」という呼称が伝わっていた[45]。
主な天体
編集恒星
編集1等星のβ星ポルックス以外に、α星カストル[47]、γ星アルヘナ[48]の2つの2等星がある。
2024年10月現在、国際天文学連合 (IAU) によって10個の恒星と1個のガンマ線天体に固有名が認証されている[49]。
- α星
- 太陽系から約49 光年の距離にある[注 4]、見かけの明るさ1.58 等の2等星[47]で、A星系(1.93 等)・B星系(2.97 等)・C星系(9.83 等)の3つの分光連星系から成る六重連星系である[51][52]。約445 年の周期で公転するA星系とB星系の外側をC星系が逆行して公転しており[51][52][53]、Aa・Ab のペアは9.21 日、Ba・Bb のペアは2.93 日、Ca・Cb のペアは0.81 日の周期でそれぞれ互いの共通重心を公転する[51]、という階層構造を持つ。太陽系からは、A と B は5.4″、A・B の中心とC は69.6″離れて見え[51]、高倍率の口径60 mmの望遠鏡を使えば A と B を分離して見ることができる[11]。C星系はM1Ve型の赤色矮星同士によるアルゴル型の食変光星で、0.81428254 日の周期で8.91 等から9.60 等の範囲でその明るさを変える[54]。またくじら座UV型(閃光星、フレア星)の激変星でもあり、不規則に増光する[52][54]。2002年にはC星系を公転する太陽系外惑星または褐色矮星が存在する可能性が報告されており、2018年の研究では49±7 MJ(木星質量)の褐色矮星が Ca・Cb のペアの周囲を軌道長半径 15.41 天文単位 (au) 、軌道離心率 0.11 の公転軌道を19785日の周期で公転しているとされている[55][56]。
- Aa星にはギリシア神話の登場人物カストールにちなんだ[57]「カストル[8](Castor[49])」という固有名が認証されている。
- β星
- 太陽系から約33.8 光年の距離にある[注 5]、見かけの明るさ1.14 等、スペクトル型 K0III の巨星で、全天に21個ある1等星の1つ[58]。2006年に、軌道長半径1.69±0.03 auの公転軌道を589.64±0.81 dの周期で公転する2.9±0.1 MJ(木星質量)の太陽系外惑星が発見されている[59]。ギリシア神話の登場人物ポリュデウケースにちなんだ[57]「ポルックス[8](Pollux[49])」という固有名が認証されている。
- γ星
- 太陽系から約109 光年の距離にある[注 5]、見かけの明るさ1.92 等、スペクトル型 A1.5IV+ の2等星[48]。近くに見えるB星・C星はいずれも見かけの二重星だが、A星自体が分光連星で、1.93 等のAa星と11.2 等のAb星が12.9年の周期で互いの共通重心を公転していると考えられている[60]。Aa星には、アラビアの月宿マナージル・アル=カマルの第6月宿アル=ハンア (al-hanʽa) にちなんだ[57][61]「アルヘナ[8](Alhena[49])」という固有名が認証されている。
- δ星
- 太陽系から約60.7 光年の距離にある、見かけの明るさ3.53 等、スペクトル型 F2VkF0mF0 の3等星[62]。3.55 等のAa星と8.18 等のAb星から成る分光連星[63]で、約6.13年の周期で互いの共通重心を公転していると考えられている[64]。Aa星には、アラビア語で「真ん中」を意味する言葉に由来する[57]「ワサト[8](Wasat[49])」という固有名が認証されている。
- ε星
- 太陽系から約880 光年の距離にある、見かけの明るさ2.98 等、スペクトル型 G8Ib の黄色超巨星で、3等星[65]。太陽の約130倍にも及ぶ1億8100万 キロメートル (km) の直径を持つと考えられている[65]。アラビア語で「ライオンの伸ばした前脚」を意味する言葉に由来する[57]「メブスタ[8](Mebsuta[49])」という固有名が認証されている。
- ζ星
- 太陽系から約1061 光年の距離にある、見かけの明るさ3.79 等、スペクトル型 G1Ib の黄色超巨星で、4等星[66]。古典的セファイド変光星に分類される脈動変光星で、10.15073 日の周期でスペクトルをF7IbからG3Ibに変えながら、3.62 等から4.18 等の範囲で明るさを変えている[67]。Aa星には、アラビア語で「ライオンの縮めた前脚」を意味する言葉に由来する[57]「メクブダ[8](Mekbuda[49])」という固有名が認証されている。
- η星
- 太陽系から約690 光年の距離にある連星系[68]。見かけの明るさ3.52 等の赤色巨星A と6.15 等のB が473.7 年の周期で互いの共通重心を公転していると考えられている[69][70]。A星はSRA型の半規則型変光星に分類されており、232.9 日の周期で3.15 等から3.90 等の範囲でその明るさを変えている[71]。A星には、コイネーで「足の前方」を意味する言葉に由来する「プロプス[8](Propus[49])」という固有名が認証されている。
- μ星
- 太陽系から約232 光年の距離にある、見かけの明るさ2.87 等、スペクトル型 M3IIIab の赤色巨星で、3等星[72]。変光星総合カタログ (GCVS) ではLB型の不規則変光星、アメリカ変光星観測者協会では半規則型変光星に分類されている脈動変光星で、2.75 等から3.02 等の範囲で明るさを変える[73][74]。何を意味していたか不明となっているアラビア語の言葉に由来する[57]「テジャト[8](Tejat[49])」という固有名が認証されている。
- ξ星
- 太陽系から約60 光年の距離にある、見かけの明るさ3.36 等、スペクトル型 F5IV-V の3等星[75]。「アルジル[8](Alzirr[49])」という固有名が認証されている。
- ο星
- 太陽系から約169 光年の距離にある、見かけの明るさ4.90 等、スペクトル型 F5-6IV の準巨星で、5等星[76]。中国の星官「積水」に由来する「ジーシュイ[8](Jishui[49])」という固有名が認証されている。
- ゲミンガ (GEMINGA)
- 全天で最も強力なガンマ線源の1つとされるミリ秒パルサー[77]。GEMINGA[49][78] という名称は、ミラノ地方の方言で「そこにはない」を意味する言葉と「ふたご座 (Gemini) のガンマ線源 (Gamma-ray source) 」のかばん語のダブルミーニングで命名されたもので[79]、2022年4月にIAU の恒星の命名に関するワーキンググループ (WGSN) によって固有名として認証された[80]。ハッブル宇宙望遠鏡の掃天観測用高性能カメラACS の広視野チャネルWFC による観測結果から、太陽系からの距離は815+120
−61 光年と推算されている[77]。
このほか、以下の天体が知られている。
- U星
- 太陽系から305 光年の距離にある近接連星[81]。1855年12月15日にイギリスの天文学者ジョン・ハインドが発見した。変光星としてははくちょう座SS型の矮新星に分類されている。[82][83]
星団・星雲・銀河
編集18世紀フランスの天文学者シャルル・メシエが編纂した『メシエカタログ』に挙げられた天体が1つ位置している[6]。また、パトリック・ムーアがアマチュア天文家の観測対象に相応しい星団・星雲・銀河を選んだ「コールドウェルカタログ」に惑星状星雲NGC 2392が選ばれている[84]。
- M35
- 太陽系から約3000 光年の距離にある散開星団[85]。ふたご座の領域の西端近く、η星の北西に位置している[8]。見かけの明るさは5等級と、肉眼や双眼鏡で視認できる[11]。すぐ隣りに見える散開星団NGC 2158 は、M35よりさらに遠い約1万4000 光年の距離にある[86]。
- NGC 2392 (Caldwell 39)
- 太陽系から約6840 光年の距離にある惑星状星雲[87]。コールドウェルカタログの39番に選ばれている[84]。その外観が北アメリカ大陸北部の先住民族グループエスキモーがかぶるフードに似ていたことから「エスキモー星雲 (Eskimo nebula)」と呼ばれていた[88]。2020年8月、アメリカ航空宇宙局は「Eskimo という言葉は、北極圏の先住民に押し付けられた人種差別的な歴史を持つ植民地用語であると広く認識されている」として、Eskimo Nebula という呼称を公式な文書に使わないようにすることを公表している[89]。
-
散開星団M 35(左)と NGC 2158(右)。
流星群
編集ふたご座の名前を冠した流星群で、IAUの流星データセンター (IAU Meteor Data Center) で確定された流星群 (Established meteor showers) とされているものは、ふたご座ε流星群 (epsilon Geminids, EGE) とふたご座流星群 (Geminids, GEM) の2つ[7]。ふたご座流星群は、1月のしぶんぎ座流星群、8月のペルセウス座流星群と並んで「三大流星群」の1つとされる流星群で、毎年12月14日頃に極大を迎える[7]。カストル付近を放射点としており、極大時のZHR (Zenith Hourly Rate) は150と非常に高い[90]。母天体とされる小惑星ファエトンは活動的小惑星に分類される小惑星で、2028年度にH3ロケットで打ち上げ予定の日本の深宇宙探査技術実証機DESTINY+でフライバイ探査される予定となっている[90][91]。
脚注
編集注釈
編集出典
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