佐藤業連
佐藤 業連(さとう なりつら)は、鎌倉時代中期の武士。北条氏得宗家被官である御内人。
時代 | 鎌倉時代 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 弘安10年4月4日(1287年5月17日) |
別名 | 通称:民部次郎、中務丞 |
官位 | 民部大丞、加賀権守 |
幕府 | 鎌倉幕府 |
主君 | 北条時宗 |
氏族 | 佐藤氏 |
父母 | 父:佐藤業時 |
北条時宗の側近。御内人として平頼綱らと共に時宗を補佐する。寺社奉行等を担当した後、建治2年(1276年)4月には評定衆に就任する。翌3年(1277年)には寄合衆に任じられ幕政の中枢を担う。弘安3年(1280年)には民部少丞・同民部大丞を任官。同6年(1283年)、加賀権守に任じられた。
弘安10年(1287年)、4月4日死去。
参考文献
編集- 『鎌倉政権得宗専制論』(細川重男著 吉川弘文館、2000年)
- 『関東評定衆伝』(「群書類従 補任部」 続群書類従完成会、1960年)