万年橋 (多摩川)
万年橋(まんねんばし)、東京都青梅市畑中一丁目 - 大柳町の多摩川に架かる国道411号の上り橋長93 m(メートル)のアーチ橋および下り橋長96.3 mのトラス橋。
万年橋 | |
---|---|
基本情報 | |
国 | 日本 |
所在地 | 東京都青梅市畑中一丁目 - 大柳町 |
交差物件 | 多摩川 |
用途 | 道路橋 |
路線名 | 国道411号 |
管理者 | 東京都西多摩建設事務所 |
設計者 | 建設技術研究所(上り) |
施工者 |
三井住友建設(上り) 宮地鐵工所(下り) |
開通 |
2005年(平成17年)(上り現橋) 1974年(昭和49年)(下り) |
座標 | 北緯35度47分6.2秒 東経139度14分57.1秒 / 北緯35.785056度 東経139.249194度 |
構造諸元 | |
形式 |
アーチ橋(上り) トラス橋(下り) |
材料 |
鉄筋コンクリート(上り) 鋼(下り) |
全長 |
93.000 m(上り) 96.3 m(下り) |
幅 |
7.000 m(上り) 6.0 m(下り) |
最大支間長 |
82.000 m(上り) 78 m(下り) |
関連項目 | |
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 |
概要
編集万年橋旧橋は鋼アーチ橋にコンクリートを巻き立てて鉄骨コンクリートアーチ橋に改造された経歴を持つ。
万年橋は多摩川の河川管理上の境界であり、下流側は国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所が、上流側は東京都西多摩建設事務所が担当する[1][2]。
上り
- 形式 - RC上路固定オープンアーチ橋
- 活荷重 - B活荷重
- 道路規格 - 第4種第1級
- 橋長 - 93.000 m
- 支間割 - 92.200 m
- アーチ支間 - 82.000 m
- アーチライズ - 8.500 m
- 幅員
- 総幅員 - 8.000 m
- 有効幅員 - 7.000 m
- 車道 - 4.000 m
- 歩道 - 片側3.100 m
- 設計 - 建設技術研究所
- 施工 - 三井住友建設
- 架設工法 - メラン材ロアリング工法
下り
歴史
編集江戸時代の多摩川には万年橋と呼ばれる橋が3橋あり、現在の梅沢橋下流、御岳橋上流、神代橋上流のところにあった。これはいずれも木造アーチ構造であった[注釈 2][6]。
1688年(元禄元年)に六郷橋の架橋をやめて以後[7]、江戸時代中期から明治時代初期まで多摩川には万年橋はより下流には架橋されていなかった[8]。
現在の万年橋の位置にはそれまで大柳の渡しがあり、1897年(明治40年)5月に初代の万年橋となる木造アーチ橋が架橋された[6]。この橋は橋長89 m、支間74 m、幅員3.3 m、アーチライズ1/2.8のアーチ橋で戦前木造アーチ橋の最大支間長を誇った。設計は金井彦三郎、施工は久保田多三郎であった[9][10][11][12]。
1907年(明治40年)8月に永久橋として2代目の鋼上路2ヒンジブレースドリブアーチ橋が架橋された[13]。
1943年(昭和18年)にアーチ橋をコンクリートで被覆し、床版を鉄筋コンクリートに置き換えた鉄筋コンクリート上路2ヒンジアーチ橋に改造される[注釈 3][4]。
1974年(昭和49年)上流側に平行してトラス橋を架設して下り用とし、現橋は上り様用となる[4]。
アーチ橋の老朽化から2005年(平成17年)に旧橋を撤去後、同じ位置に鉄筋コンクリートアーチ橋に架替えられる[4]。
旧橋の諸元
編集脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ “多摩川の概要”. 国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所. 2021年8月18日閲覧。
- ^ “多摩川に掛かる橋 第198回 万年橋” (PDF). 西建協だより (167). (2008-06-13) 2021年8月18日閲覧。.
- ^ “PC設計NEWS No.76 万年橋” (PDF). 三井住友建設. 2021年8月16日閲覧。
- ^ a b c d e f “万年橋1943”. 土木学会附属土木図書館. 橋梁史年表. 土木学会. 2021年8月18日閲覧。
- ^ “橋梁年鑑 昭和62年版” (PDF). 日本橋梁建設協会. pp. 188, 189. 2021年8月16日閲覧。
- ^ a b 成瀬輝男『鉄の橋百選―近代日本のランドマーク』(PDF)東京堂出版 、1994年10月1日、74–75頁。ISBN 9784490202502 。2021年8月18日閲覧。
- ^ “江戸の歴史年表”. 多摩川の歴史年表. 国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所. 2021年8月18日閲覧。
- ^ “多摩川の主な構造物【橋】”. 多摩川リバーミュージアム. 国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所. 2021年8月18日閲覧。
- ^ 伊東孝 2006.
- ^ 昌子住江, 野村慎三郎 & 堀川洋子 2005.
- ^ 紅林章央, 前田研一 & 伊東孝 2010.
- ^ 岡本圭司 & 伊東孝 2003.
- ^ “万年橋1907-8”. 土木学会附属土木図書館. 橋梁史年表. 土木学会. 2021年8月18日閲覧。
- ^ 髙木千太郎 (2019年6月1日). “―分かっていますか?何が問題なのか― 50 高齢橋梁の性能と健全度推移について(その7) ―将来に残すべき著名橋になすべきことは―”. 道路構造物ジャーナルNET. これでよいのか専門技術者. 鋼構造出版. p. 4. 2021年8月18日閲覧。
- ^ “万年橋”. 歴史的鋼橋集覧. 公益社団法人 土木学会. 2021年8月18日閲覧。
参考文献
編集- 伊東孝「明治期における東京の鉄製道路橋と技術者群像―倉田吉嗣と金井彦三郎に焦点をあてて―」(PDF)『土木史研究論文集』第25巻、土木学会、2006年6月15日、27–39、doi:10.11532/journalhs2004.25.27、ISSN 13495712、NAID 130003710106、2021年8月25日閲覧。
- 昌子住江、野村慎三郎、堀川洋子「多摩川万年橋架橋の背景と経緯」(PDF)『土木史研究講演集』第25巻、土木学会、2005年、49–58、ISSN 1348-4346、NAID 40007103591、2021年8月25日閲覧。
- 紅林章央、前田研一、伊東孝「近代におけるわが国の木造アーチ橋の変遷について」(PDF)『土木史研究講演集』第30巻、土木学会、2010年、33–40、ISSN 1348-4346、NAID 40017215011、2021年8月25日閲覧。
- 岡本圭司、伊東孝「万年橋(東京都青梅市)の基礎的研究―初代萬年橋の図面分析を通して―」(PDF)『土木学会関東支部技術研究発表会講演概要集』第30巻第4号、土木学会関東支部、2003年、114–115、2021年8月25日閲覧。
外部リンク
編集- 東京都西多摩建設事務所 - 橋梁管理者