プヤ (写本)
プヤ(Puya、マニプリ語: ꯄꯨꯌꯥ)は、メイテイ文字で記された写本の総称である。メイテイ文字は、インド・マニプル州のメイテイ人が、マニプリ語を記すために用いる書記体系である。
形式・内容
編集プヤは、メイテイチェ(meiteiche)とよばれる伝統的な紙、あるいはアガルバク(agarbak)とよばれる伽羅の木からつくられた板、あるいは銅板・竹簡・石板・テンナ(tengna)の葉などに記される[1]。プヤの形式は、ラトゥプ(lathup)とラタム(latam)にわけられる。前者は折本形式であり、短い文章を記すために用いられる。後者はそれぞれの盤が独立しており、それぞれにページ番号が振られている。これは、長い文章を記すために用いられる[2]。また、本文の前後には宗教的な呪文が記される[3]。
プヤが聖典として崇められていることも少なくなく、プヤを読むにあたっては身を清め、香を焚くといった儀式が必要なことがある。また、吉日でなければプヤを持ち出してはいけないと信じられており、多くの所有者はこれを手放そうとしない。一方で、サナマヒ教の再興を背景として、マニプール州立公文書館をはじめとする諸組織がプヤの収集・管理をおこなうようになっている[4]。
プヤの内容はさまざまであるが、ライシュラム・サーダナー・デーヴィー(Laishram Sadhana Devi)は、これらを16種類に分類している[5]。サロージ・パラット(Saroj Nalini Arambam Parratt)は、歴史について取り扱ったプヤを「1. 『チェイターロル・クンババ』(マニプル王宮年代記)を下敷きにしたフィクション」「2. 『年代記』とおおむね同時期に記された文書」「3. 家族や集団の伝承を記した文書」の3種類に分類し、このうち 2. と 3. は歴史家にとって重要な事実を含む可能性があると論じている[6]。プヤはおおむねマニプリ語(メイテイ語)で記されるが、17世紀の写本には、現代マニプリ語とほとんど無関係の言語で記されたものもある[7]。
歴史
編集マニハール・シン(Ch. Manihar Singh)は、メイテイ文字の発祥は12世紀末ごろのことであり、遅くとも15世紀以降になることはないと論じているほか、レナ・ライシュラム(Rena Laisram)は、マニプリにおいて書記文化が発展したのはカーゲンバ王の治世下(1597年 - 1652年)であろうと論じている[8]。
17世紀以前のプヤは匿名であり、書写された日付なども記されない[8]。プヤに含まれる外来語や神・地名、あるいは人名などを分析することにより、文書が書写された年代を鑑定することができるが[1]、パラットの論じるように、プヤの史料批判はほとんど進んでおらず、執筆年代などについて定かなことはほとんど明らかになっていない。よって、歴史記述におけるプヤの利用には細心の注意が必要である[9]。
プヤ・メイタバ
編集プヤ・メイタバ(Puya Meithaba、マニプリ語: ꯄꯨꯌꯥ ꯃꯩ ꯊꯥꯕ)は、マニプル王国のヒンドゥー教化を推し進めたガリブ・ニワズ王によっておこなわれたとされる、プヤの焚書である。「異教徒がメイテイ文化を抑圧した」というナラティブは、現代のマニプル州におけるメイテイ民族主義において重要な意味を有している。多くの歴史家が、この出来事を事実としている一方で、この出来事があったことを裏付ける証拠は存在しない[10]。
代表的なプヤの一覧
編集ロージー・ユンナム(Rosy Yumnam)によれば、2021年現在、4,000以上のプヤの存在が知られている[8]。デーヴィーの分類にしたがい、代表的なプヤを以下に記す[5]。
分類 | 代表的なプヤ |
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歴史書(王国の歴史について取り扱った文書) |
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文学(説話などを記した文書) |
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地誌(マニプルの地形や景観を取り扱う文書) |
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占星術 |
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宇宙論(創世神話などを取り扱う文書) |
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系図(メイテイの氏族の出自を取り扱う文書) |
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神話(メイテイ神話の神の起源と活動を取り扱う文書) |
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行政文書 |
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Khunthoklon(マニプルへの移住・定住の記録を論じる文書) |
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舞踊・音楽 |
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戦争(戦争に関連する儀式などを取り扱った文書) |
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予言書 |
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宗教書(宗教の教義・信仰などに関して論じる文書) |
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医学書 |
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祈祷書(祈祷にあたっての呪文を記した文書) |
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祈祷書(祈祷の方法・聖地の場所を記した文書) |
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出典
編集- ^ a b Devi (2014), p. 44.
- ^ Devi (2014), p. 21.
- ^ Devi (2014), pp. 23–25.
- ^ Yunnam (2021), p. 142.
- ^ a b Devi (2014), pp. 26–34.
- ^ Parratt (2005), p. 10.
- ^ Brandt (2021), p. 9.
- ^ a b c Yunnam (2021), p. 137.
- ^ Parratt (2005), p. 11.
- ^ Brandt (2021), pp. 11–12.
参考文献
編集- Brandt, Carmen (2017-12-05). “Writing off domination: the Chakma and Meitei script movements” (英語). South Asian History and Culture. doi:10.1080/19472498.2017.1411050. ISSN 1947-2498 .
- Devi, Laishram Sadhana (2014). Conservation and Preservation of Manuscripts in Manipur (Ph.D. thesis). Manipur University.
- Parratt, Saroj Nalini Arambam (2005). The Court Chronicle of the Kings of Manipur: The Cheitharon Kumpapa : Original Text, Translation, and Notes. London: Routledge. ISBN 0-415-34430-1
- Yumnam, Rosy (2021-02-12). “Retelling the History of Manipur through the Narratives of the Puyas: History”. Journal of History and Social Sciences 11 (2) .