クロゾン
クロゾン (Crozon、ブルトン語:Kraozon)は、フランス、ブルターニュ地域圏、フィニステール県のコミューン。
Crozon | |
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行政 | |
国 | フランス |
地域圏 (Région) | ブルターニュ地域圏 |
県 (département) | フィニステール県 |
郡 (arrondissement) | シャトーラン郡 |
小郡 (canton) | 小郡庁所在地 |
INSEEコード | 29042 |
郵便番号 | 29160 |
市長(任期) |
ダニエル・モワサン (2008年 - 2014年) |
自治体間連合 (fr) | fr:Communauté de communes de la presqu'île de Crozon |
人口動態 | |
人口 |
7 809人 (2009年) |
人口密度 | 97人/km2 |
住民の呼称 | Crozonnais, Crozonnaise |
地理 | |
座標 | 北緯48度14分45秒 西経4度29分15秒 / 北緯48.245834度 西経4.4875度座標: 北緯48度14分45秒 西経4度29分15秒 / 北緯48.245834度 西経4.4875度 |
標高 |
平均:m 最低:0m 最高:102 m |
面積 | 80.37km2 |
公式サイト | Site officiel de la commune |
地理
編集クロゾンは、クロゾン半島の中心に位置する小郡庁所在地である。半島の面積の大部分がクロゾンで、155箇所の地区や集落を含んでいる。その中には南のリゾート地・モルガ、北はマリーナのあるル・フレがあり、ブレスト港を見下ろしている。
モルガ湾の東側の境はクロゾン市街、西はカゾール岬である。かつてのモルガ港はマグロやイワシの水揚げがされる港だった。漁業資源の枯渇によって、漁港からマリーナに変貌した。
由来
編集クロゾンという名称のブルトン語の語源は不明である。クロゾンは『石』を意味するcarに基づいている(11世紀はCrauthon、12世紀にはCraothonと呼ばれていた)。これは実際にクロゾンのある場所の地質学的特徴に由来する。その後、言語学者ベルナール・タンギは『隆起する』を意味するKrugまたはKrugellを提唱した。すなわち『高地』である。
歴史
編集ロスマールの巨石記念物、そしてTy-ar-C'huréは先史時代の建造物である。ロスマールの岬砦は、実際に鉄器時代に人が定住した跡であり、その後ガリアやケルトの人々の避難所として役立っていた。この原史時代の砦は、2つの巨大な堤防で構成され、おそらく溝を囲んで塀が建てられていた[1]。これらの防御施設を背後に住民は、敵の攻撃を受けると避難していたのである[2]。
1543年、ブルターニュ防衛のためやってきたロアン公爵ルネ2世に同行してきたフランス王室のお抱え外科医、アンブロワーズ・パレは、『人々は武装し、あちこちで警鐘が鳴っていた』と記している。人々はイングランド軍上陸の脅威を何とか退けたのだった。ブルターニュで彼は、ブルトン人のレスリングの説明を受ける機会を得ている[3]。
人口統計
編集1962年 | 1968年 | 1975年 | 1982年 | 1990年 | 1999年 | 2006年 | 2010年 |
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6741 | 6895 | 7297 | 7525 | 7705 | 7535 | 7684 | 7809 |
ブルトン語
編集2007年の新学期において、コミューンの児童4.1%が二言語学校に在籍していた[7]。
姉妹都市
編集- スライゴー、アイルランド
- プラロニャン=ラ=ヴァノワーズ、フランス
出身者
編集脚注
編集- ^ http://patrimoine.region-bretagne.fr/sdx/sribzh/main.xsp?execute=show_document&id=MERIMEEIA29001315
- ^ http://www.crozon-bretagne.com/tourisme/decouverte/crozon/eperon-barre-lostmach.php
- ^ Wiki-Brest
- ^ http://cassini.ehess.fr/cassini/fr/html/fiche.php?select_resultat=11247
- ^ http://www.statistiques-locales.insee.fr
- ^ http://www.insee.fr
- ^ Ofis ar Brezhoneg : Enseignement bilingue