や行え
この項目では、や行え段(やぎょうえだん、𛀁、エ、ye)について述べる。
- 万葉仮名では「延」などの文字でこの発音が表された。
- 国頭語、沖縄語、八重山語、与那国語では、あ行えとは異なる発音として、現在でもつかわれている。
- 現代の日本では、この発音を表す仮名文字はない(もしくは定まっていない)。ただし外来語に対して「イェ」などの表記が見られる。
平仮名 | |
---|---|
文字 |
𛀁 |
字源 | 江の草書体 |
Unicode | U+1B001 |
片仮名 | |
文字 |
エ |
字源 | 江の旁 |
JIS X 0213 | 1-5-8 |
Unicode | U+30A8 |
言語 | |
言語 | ojp |
発音 | |
IPA | je̞ |
種別 | |
音 | 清音 |
上代日本語における「や行え」 |
発音
編集日本語では、古くは「e」と「ye」とは異なる発音と認識され、区別があった。
- 標準語においては10世紀後半に両者の区別が消滅し[1][2]、「ye」と発音された。
- 江戸時代に「e」と発音されるように変化し、現在に至る。
- 国頭語、沖縄語、八重山語、与那国語には現在でも区別が残ったままとなっており、や行、およびつや行の発音として区別される[3]。
古代の発音
編集「ye」と発音された語の例
編集古代に「ye」と発音された音節を含む語には、次のようなものがある(「e (あ行え[4])」とは区別された)。
- 兄(え)
- 江(え)
- 枝(え)
- 枝(えだ)
- 楚(すはえ)
- 机(つくえ)
- 鵺鳥(ぬえどり)
- 笛(ふえ)
また、十干の「〜え」という読みは「兄」に由来するため、甲(きのえ)から壬(みずのえ)まで全てが、や行えである。
助動詞「ゆ」
編集受け身の助動詞「ゆ」は、や行えにも活用した。後にこの助動詞は用いられなくなったが動詞の一部として残った。
- 未然形:え
- 連用形:え
- 終止形:ゆ
- 連体形:ゆる
- 已然形:ゆれ
ヤ行下二段活用
編集動詞「越ゆ」の例では、未然形・連用形・命令形内の「え」は、「ye」と発音された。 他例は、「覚ゆ」、「聞こゆ」、「見ゆ」、「絶ゆ」、「消ゆ」など。
- 未然形:越え
- 連用形:越え
- 終止形:越ゆ
- 連体形:越ゆる
- 已然形:越ゆれ
- 命令形:越えよ
文字
編集奈良時代 - 平安時代
編集万葉仮名の時代には、文字でも「e」と「ye」を区別した。また、平仮名・片仮名の誕生初期も区別した。
e | ye | |
---|---|---|
万葉仮名[5] | 愛、哀、埃、衣、依、榎、荏、得、可愛(2字1音) | 延、曳、睿、叡、盈、要、縁、裔、兄、柄、枝、吉、江 |
平仮名[6][7] | え 他 | 他 |
片仮名[8] | 他 | エ 他 |
10世紀後半以降
編集10世紀後半、発音上の区別がなくなった(双方とも ye の発音へ変化した)。上記の平仮名・片仮名は異体字の扱いとなった。
江戸時代 - 明治時代
編集江戸時代から明治時代の間に、あ行え段 (e) 、や行え段 (ye) の仮名をふたたび区別しようとする者が現れた[9]。字の形は文献によってまちまちである。「 」と「 」はその内の二つに過ぎない。
ただし、この時に作られた仮名は、奈良時代や平安時代に於けるeとyeの書き分けにそぐわない字母を持つものもある。
e | ye | |
---|---|---|
古くからある仮名 |
|
|
新しく作られた仮名 |
このような使い分けは、音義派の学説に基づいて考え出された。音義派は、あ行い段とや行い段、あ行え段とや行え段、あ行う段とわ行う段は、本来違う音であると主張していた。そこで、それぞれに違う仮名を当て嵌めようとしたのである[29]。
しかし、日本語の研究が進み、それぞれに区別はないとする学説が出た[29]。琉球諸語では区別されていたにも拘らず、区別がないとされたのは、研究時点では琉球が合併する前だった場合や、琉球諸語に関する研究が行われていなかったためである。
しまくとぅば正書法では「イェ」および「ツイェ」(「ˀイェ」)と表記される。
天地の詞などでの「ye」
編集天地の詞
編集「天地の詞」に「え」が2回出てくるのは、成立時期が「e」と「ye」を区別していた九世紀にさかのぼるためと考えられている。「えのえを」を「榎の枝を」と解釈する[2]。万葉仮名で榎はア行のエ、枝はヤ行のエである[30]。
大為爾の歌
編集天地の詞よりも後に作られた「大為爾の歌」には「え」は1回しか出てこないが、本来「e」と「ye」の二つが含まれていた可能性が指摘されている[31]。なお、「e」と「ye」を区別した場合、この歌の「え」衣は万葉仮名で、ア行のエである[32]。
いろは歌
編集大為爾の歌よりも後に作られた「いろは歌」にも「え」は1回しか出てこないが、こちらも本来「e」と「ye」の二つが含まれていた可能性が指摘されている[33]。
なお、「e」と「ye」を区別した場合、この歌の「え」は「けふこえて(今日越えて)」で、「越えて」は「越ゆ・越ゆる・越え」と活用していたことから、ヤ行のエである[34]。
符号位置
編集2010年10月11日、Unicode 6.0 に「𛀀 ( )」(U+1B000, KATAKANA LETTER ARCHAIC E) と「𛀁 ( )」(U+1B001, HIRAGANA LETTER ARCHAIC YE) が採用された[35]。
2017年6月20日、Unicode 10.0 に「𛀁 ( )」が採用された。「𛀁 ( )」は「𛀁 ( )」と統合され、「HENTAIGANA LETTER E-1」という別名が与えられた。
2021年9月14日、Unicode 14.0 に「 」(U+1B121, KATAKANA LETTER ARCHAIC YE) が採用された[36]。
記号 | Unicode | JIS X 0213 | 文字参照 | 名称 |
---|---|---|---|---|
𛀁 | U+1B001 |
- |
𛀁 𛀁 |
Hiragana Letter Archaic Ye |
𛀀 | U+1B000 |
- |
𛀀 𛀀 |
Katakana Letter Archaic E |
𛄡 | U+1B121 |
- |
𛄡 𛄡 |
KATAKANA LETTER ARCHAIC YE |
脚注
編集- ^ 上代特殊仮名遣の消失(徐々に区別が消滅し、「コ」の甲乙類の区別が最後に消滅)から間もなく(イ・エ・オとヰ・ヱ・ヲより早かった)。
- ^ a b 小松英雄『いろはうた』(中公新書、1979年)p107。
- ^ “『沖縄県における「しまくとぅば」の表記について』(令和4年3月、沖縄県文化観光スポーツ部)”. 沖縄県. 沖縄県文化観光スポーツ部. 2024年1月28日閲覧。
- ^ 例:衣(え)
- ^ 『世界の文字の図典普及版』2009年, 世界の文字研究会, 吉川弘文館
- ^ 平仮名(大辞林特別ページ)
- ^ 石塚秀雄 「『土佐日記』における仮名表記の特色:「ア行のエ」「ヤ行のエ」に注目して」
- ^ 片仮名(大辞林特別ページ)
- ^ 馬渕和夫『五十音図の話』大修館書店、1994年(原著1993年)、17-24,93頁。ISBN 4469220930。
- ^ 『小学第一教 綴字篇』1873年、万蘊堂、魁文堂。
- ^ a b c d 綴字篇
- ^ a b c d e f g h i j k l 古言衣延辨證補
- ^ a b 音韻啓蒙 : 2巻. 上巻
- ^ 雅語綴字例
- ^ a b 小学日本文典入門. 巻之1
- ^ 語学捷径. 上
- ^ 訓蒙明声初途. 初編
- ^ 日本文典大綱
- ^ 語学捷径. 上
- ^ 西字五十音図 : 一名・羅馬字五十音
- ^ 仮名遣の栞
- ^ 日本新文典
- ^ 日本文法問答. 初編
- ^ a b 新式漢文捷径初歩
- ^ 実用日本語法 : 日清対訳
- ^ 小学教師心得・小学入門
- ^ 英和単語図解. 前篇
- ^ a b 辞礎
- ^ a b 唐澤るり子 五十音図の不思議な文字
- ^ 万葉仮名|国史大辞典・日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典|ジャパンナレッジ (japanknowledge.com) 2022年5月24日閲覧。
- ^ 小松英雄『いろはうた』(中公新書、1979年)p131 - 134。
- ^ 万葉仮名|国史大辞典・日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典|ジャパンナレッジ (japanknowledge.com) 2022年5月24日閲覧。
- ^ 小松英雄『いろはうた』(中公新書、1979年)p134 - 136。
- ^ / 古文 by 走るメロス |マナペディア| (manapedia.jp) 2022年5月24日閲覧。
- ^ Kana Supplement, Unicode, Inc.
- ^ Kana Extended-A, The Unicode Standard, Draft Version 14.0