期待のネット新技術

800Gで10kmの到達距離を実現する「800Gbps/10km Reach SMF」の4案

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/64GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

「光Ethernetの歴史と発展」記事一覧

「800Gbps/10km Reach SMF」を実現する4つの方式

 話を2021年8月のミーティングに移すと、もう議論はほぼ以下の2点のみとなった。

  • 800Gbps/10km Reach SMF
  • 800Gbps Copper

 このうち1つ目の「800Gbps/10km Reach SMF」について、HuaweiのTingting ZHANG/Sen ZHANG/Yan ZHUANGの3氏による"Technical feasibility of the "10km @ 800Gb/s" objective"から。

 3氏は『200Gのシリアルと800GのWDM、どっちが先に100万ポート出荷を実現できるのか?』で紹介した7月のミーティングでも"Considerations on the "10km @ 800Gb/s" objective"というプレゼンテーションを行っており、ここからもう少し踏み込んだ格好だ。

 その7月のプレゼンテーションを簡単におさらいすると、800Gbpsで10kmの到達距離を実現するため、以下5種類の方式それぞれの実現可能性を紹介したものだった。

  • 800G LR8(100G×8のLWDM)
  • 800G LR4(200G×4のLWDM)
  • 800G LR1(800G Coherent)
  • 800G LR2(400G Coherent×2)
  • 800G LR4(200G×4 SHD)

 そして、今回のプレゼンテーションは、ここから「800G LR2」を外した残り4つについて、もう少し実現可能性を詰めた格好になっている。

波長の違いに起因する分散の増大が課題の「800G LR8」

 まず「800G LR8」は、既存の100Gをそのまま使える点は問題ないものの、問題は波長の違いに起因する分散がどうしても大きくなりがち、という点だ。

 このあたりを比較した以下のスライドを見ると、CWDM8のままだと、Dispersion(分散)が-59.4~96.4ps/nmで、155.8ps/nmとかなり大きくなってしまう。同じCWDMでも、CWDM4かつ到達距離が6kmで済む「400G-LR-6」は-35.6~20.1ps/nmであり、トータル55.7ps/nmと比較的分散が少なくて済むものの、やはり8波長かつ10kmになると分散の増大は免れない。

唐突に「400G-LR4-6」が出てくるが、これは「400GBASE-LR4-6」が2021年2月に「IEEE 802.3cu」として標準化が完了したことを受けて、これを1つの基準にしたということだろう。出典は"Technical feasibility of the "10km @ 800Gb/s" objective"

 このあたりは、より波長の間隔を詰めたLWDM8にすることで、-50.8~9.4ps/nmとトータル60.2ps/nmに抑えることができるとしている。とはいえ、それでも若干分散が増えることは否めないので、400G-LR4-6より、もう少し電力マージンを取る必要があるとしている。

 また、この方式の問題は、8対の送受信を行うために、400G-LRと比較して倍のADC/DACや送受光素子が必要になることで、さらに言えばDSPも倍ではないにせよ、それなりに消費電力が増えるだろう(これも400G用のDSP×2、とかにしてしまうと倍になりかねない)。

 この点は、モジュールの供給電力に対して結構厳しい部分がある。プロセスの微細化で消費電力を下げやすいDSPならともかく、ADC/DACの場合はそこまでプロセス微細化で消費電力は下がらないし、受光素子や発光素子は微細化の恩恵は受けられない。

 さらに言えば、パワーバジェットを引き上げるということは、発光出力または受光感度を引き上げる必要があるわけで、これはそのまま消費電力増につながる。こうした辺りは、実現に際しての大きな阻害要因になるのは間違いない。

それこそ、こちらで紹介した「OSFP-XD」を使ってしまうのも、1つの解ではある

ADC/DACや送受光素子が4対で済み、消費電力面でも実現可能性が高い「800G LR4」

 「800G LR4」も、CWDM4を使えば分散は-59.4~33.4ps/nmで、92.8ps/nmほどになる。800G LR8でCWDM8にした場合に比較すればだいぶマシではあるが、それでもまだ結構に大きい。こちらもLWDM4にすれば、分散は-28.4~9.4ps/nmでトータル37.8ps/nmほどに抑え込めることになり、これは特性的には問題ないことになる。また、ADC/DACも送受光素子も4対で済むので、消費電力面でも800G LR8より実現可能性が高い。

もちろん、これは200Gの送受光素子なら、それほど消費電力が増えないという前提での話なので、本当のところ消費電力がどうかは、まだはっきりしない

 もっとも、同じ200G×4ながら到達距離2kmの「800G-FR4」と比較すると分散は大きめになるため、FECに関してはKP4のものより強化する必要がある、としている。

ここにもあるように、FECに関しては800G Pluggable MSAの「800G FR4」を基準にしている

減衰の少ないC Bandの1波長のみであるCoherentを利用する「800G LR1」

 3つ目の案であるCoherentを用いた「800G LR1」だと、そもそも波長は1つなので分散は考える必要がないし、減衰の少ないC Bandの波長を利用することで、10kmの到達もそれほど難しくないと考えられる。

 その一方、既存のCoherentは400Gbpsに対応した規格であり、既存のコンポーネントをそのまま流用するわけにはいかないとの懸念点が挙げられている。ただ、これは「現在の」という但し書き付きではある。

コンポーネントの数は今回の4つの案の中では一番少ないこともあり、量産効果が一番期待しやすいのもメリットの一つではある

 『高帯域と低レイテンシーの一方で到達距離は限界へ、800G Pluggable MSAが想定する4つのシナリオ』で説明した通り、OIFでは既に800GのCoherent通信方式(おそらくは「800ZR」)の開発を2020年末に表明しており、これの開発が進めば、この案でそのコンポーネントを流用することも現実的な選択肢となりそうだからだ。

 その詳細は『到達距離10kmの「800G-LR」に向け、Coherent-Lite方式の検討を求めるGoogle』で説明した通りで、Task Forceではもう少し詰めるべき点が残っているが、Study Groupレベルでは十分な実現可能性の検討がなされている、としている。

もっとも、上や、こちらのスライドに出てくる「C-Bandを使って減衰を減らせる」が見事に相反しているあたりは、まず利用すべき波長をもう少し詰めるべき気もする

200G×4構成のSHDを用いる「800G LR4」

 そして最後がSHDを利用した「800G LR4」だ。SHDについては『200Gのシリアルと800GのWDM、どっちが先に100万ポート出荷を実現できるのか?』の後半で一通り説明しているが、Coherent方式の派生型である。

このスライドそのものは、Bnと同一のものだ

 受信方式として、まだICRとSVDDの両方が提案されているあたり、今後Task Forceの中で詰めるべき作業ということになるのだろう。ただ、今回はSHD方式のメリットとして、もう少し実現可能性について踏み込んだ説明があった。

 従来のIM-DDを利用した方式では、信号強度しか復元できないため、分散によるTDECQペナルティが発生していた。しかし、SHDを利用すると分散ペナルティが発生しない。また、O Bandでのエッジング波長によるわずかな色分散は、簡単なイコライザで補正できる。また、構成が簡単になる点もメリットとしている。

右下は受信側の構成。上から信号が入ってきた後、従来のCoherentだとCD補償→Clock Recovery→分極/多重化解除/ISI補正→キャリアリカバリー→FECと来るが、SHDだとCD補償とCarrier Recoveryが不要になるとする

 200Gになると、分散に伴うペナルティが100Gと比べて大きくなるため、従来型のCoherentだとこの分散補償が急激に難しくなるが、SHDを利用した場合にはこれが原理的に0になるため、その分仕組みが楽になるというわけだ。

 実際に800Gで10kmが可能かどうなの試算は、あくまでもまだ研究室レベルでの話ではあるが、受信側がReceiver A/Bのどちらであってもレーンあたり200Gbps、トータルで800Gbpsの送受信には既に成功しており、また発光素子はDFBとECLのどちらであっても基本的には変わらない伝達性能が期待できるとしている(グラフ左)。

 また、OFC 2021では、到達距離40kmに関してのペーパーが出ており、40kmであっても適切な補償機構を加味すれば、現実的に信号伝達が可能とされている(グラフ右)から、10kmであれば十分実現可能性が高い、というのがここでの説明である(余談だが、この論文の筆頭筆者は、この提案の2番目に名前を連ねているHuaweiのSen ZHANG氏)。

グラフ右はBERの閾値を3.8E-3(HD-FECを前提)に設定した上で測定しており、40kmの場合はSkew Compensation(スキュー補償機構)なしでは42dB程度のOSNRが必要だが、補償機構を入れれば、37dB程度あればBER閾値を満たすとしている

 ちなみに、当該論文を読んでみたのだが、波長1547.72nmの光源を利用し、上の「Option 4 for 10km@800Gb/s(1/4)」のスライドで言うところのReceiver BタイプのものをSOI基板上に構築して利用。実際に40kmの光ファイバーを経由しての測定となっている。

 この論文そのものは、何か特定の規格に向けての実証というよりは、800Gbps~1.6Tbpsの光ネットワーク構築のための提案というものなので、例えばOIFがこれをベースに規格を構築しているとかいう話ではないようだ。その意味ではこの論文も、あくまで研究室レベルで実証されたという話でしかないのだが、Study Groupとしてはこれで十分、という判断であろう。

 ちなみに、第4案である「800G LR4」の派生型として、SHDを使いながらシンボルレートを倍に引き上げた方法も提案されている。ただし、これはSHDで116GBaudが可能なのか? という別の問題を提起しそうだ。

こちらは仮にシンボルレートを引き上げたまま光源の数を4つにすれば、1.6Tbpsまでスケールするとされていて、これはちょっと魅力的な提案である

 そして、まとめではなぜかこの派生型の方が一覧に出てきて、本来の200G×4 SHDが出てこないあたりが謎なのだが、それぞれの特性を比較した結果が以下である。

なぜここでOption 5とされていた派生型だけがリストされているのかよくわからない。このあたりは説明を聞きたかったところだ

 このプレゼンテーションも何かを提起するわけではなく、あくまでも議論のための叩き台という位置付けであるが、結論として4案ともに800Gで到達距離10kmは実現できるとしつつ、以下の項目としてまとめている。

  • 800G LR8は、LWDMを使えば実現可能
  • 800G LR4も、LWDMとより強力なFECを高性能なDSPと組み合わせれば実現可能
  • 800G LR1は実現可能であり、既に業界で検討が始まっている
  • 800G LR2は低コストに実現可能とみられる

 ちなみにこのプレゼンテーションに対してのStraw PollあるいはMotionは、8月には行われていない。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/