Netpress 第2442号 冷静に毅然と対処することが重要 “モンスター社員”をめぐるハラスメント騒動

Point
1.「業務命令に従わない」「他の従業員の執務に悪影響を及ぼす」など問題行動の多い、いわゆる“モンスター社員”への対応に頭を悩ませている会社もあるでしょう。
2.業務命令に従わない従業員からのハラスメントの訴えが認められなかった事例(参考判例/東京地裁2013年9月26日判決)から、会社として求められる対応などを確認します。


弁護士 佐藤 みのり

1.問題となった事案の概要

(1) 度重なる改善要求・業務命令

 Aさんは、X社での勤務開始から2か月ほど経ったとき、上司であるB部長から「業務命令」と題された書面の交付を受けました。「緊急の場合を除き、必ず出勤してから営業に出かけ、訪問先から帰社するようにすること」などと記載されており、Aさんはこれに確認の署名をしました。


 その4日後、AさんはB部長から「勤務態度改善命令」と題された書面を交付されました。その書面には、Aさんの勤務態度が上司や同僚に不快な印象を数多く与えているとして、具体的な指示事項が複数記載されていました。Aさんは、B部長から内容確認の署名を求められましたが、署名しませんでした。


 その後、Aさんは休職やY営業所への異動を経て勤務を継続していましたが、女性従業員から作業効率について注意を受けたことを根に持ち、その女性従業員が倉庫に1人でいるときに、威圧的な態度で自らを注意したことを責めるなどしました。女性従業員は恐怖を感じて、倉庫での1人の作業を嫌がるようになり、倉庫業務に支障が生じました。


 Aさんは指導を受けるも態度を改めず、C営業所長より自宅社員寮(その後、会社内個室)で業務にあたるよう命じられ、その後も複数回退職を勧められました。


 また、X社はAさんの身元保証人に対し、これまでのAさんの勤務状況に問題があり、話し合いによってもそれが改善されるに至っていないこと、身元保証人からも指導するよう求める旨の文書を送付しました。


 そして、D取締役はAさんに対し、次のように記した書面を送付しました。


 「貴殿は、ご自身で選んだ会社において、現在に至るまで本当に給与に値する業務を遂行しているか、ご自分で正当な評価を行っていただきたい……3年間にわたり最善を尽くしている会社としては、これ以上環境を変えることも不可能です。貴殿に対して今後の進路に対する考え、および生き方を伺いたく、別紙におきまして、真摯に考え、ご意見をお書きください」「貴殿に対して〇日に最終提案をします」


(2) 復職拒否と提訴

 Aさんは、不安神経症のため3か月の休職を要するという診断書をX社に提出し、休職が決まりました。休職発令書には、「復職にあたっては主治医と産業医の両医師の復職可能との診断を必要とします」との記載がありました。


 その後、Aさんは主治医の「復職可能」との診断書を提出しましたが、X社は産業医の診断書がないため復職を認めませんでした。


 Aさんは、X社から不当な差別的取り扱い、退職強要、違法な復職拒否などをされたと主張し、提訴しました。

2.裁判所の判断

 裁判では複数の争点がありましたが、それぞれについて裁判所は以下のように判断し、Aさんのいずれの主張も認めず、X社の責任を否定しました。


●業務命令と勤務態度改善命令

 Aさんが、上司や先輩から指導を受けていたにもかかわらず、上司に対して営業活動の報告をせず、上司の確認を得ずに退勤し、社会人としてのマナーを守らないなど、その勤務態度に改善すべき点があったことも考慮したうえで、業務命令等に記載された事項の一部についてAさんに心当たりがなかったとしても、Aさんに対する相当な指導の範囲を逸脱するものとはいえず、不当な差別的取り扱いその他の嫌がらせ行為であると認めることはできない。


●C営業所長による退職勧奨

 C営業所長による退職勧奨は、あくまでAさん自身によって決定すべき事柄であるとの姿勢で臨んでいることが認められ、その際、脅迫行為や人格を否定する言動に及んだとは認められず、違法な退職強要とはいえない。


●身元保証人に対する文書送付

 Aさんは、勤務態度について度々注意・指導を受けてきたところ、文書送付の前日にも騒動があり、このような状況下では、身元保証人に対して文書を送付するという措置を執ったとしても何ら非難されるいわれはなく、これをもってX社がAさんの親族等にも圧力をかけ、Aさんを不安にさせ、違法に退職を強要したものと評価することは到底できない。


●D取締役による文書送付

 D取締役はAさんに対し、入社以来、注意・指導を重ね、Aさんと面談する機会も持ったものの、Aさんの勤務態度が改まらないことから文書を送っており、あくまでAさんに対し、真摯に自己評価をして、これまでの勤務態度について考え直すよう求めたものというべきである。これがAさんに対する退職勧奨の趣旨を含むものであったとしても、違法に退職を強要したと認めることは困難である。


●復職拒否について

 休職の事由が消滅したかどうかを判断する方法については、就業規則上、特段の定めはなく、合理的な方法であるかぎり、その選択は会社に委ねられていると解するのが相当である。


 その方法として、Aさんが信頼する主治医とX社が信頼する産業医の双方の診断を経たうえで、その結果がいずれも復職可能であるというものである場合にかぎり、休職の事由が消滅したと判断するものとすることは、何ら不合理なことではなく、当然に許されるというべきである。したがって、X社の措置は何ら不当なものではない。

3.事例から得られる教訓

 大きな問題を抱える従業員に対しては、周囲も感情的になりがちで、対応を誤ることが少なくありません。


 本事例のX社は、冷静に注意・指導を続けながら、相当な範囲で退職勧奨を行い、結果的に違法なハラスメントは認められませんでした。


 適切な対応にとどまるかぎり、たとえ裁判になったとしても会社が責任を負うことにはなりません。次々と問題が起こったとしても、1つずつ毅然と対応しましょう。


 ただし、適切な対応とハラスメントとの境界線は曖昧なこともあり、少し事実関係が変わると違法になることもあり得ます。企業としては、弁護士に相談しながら問題社員への対応を行うことも検討するとよいでしょう。


 また、いわゆるモンスター社員はメンタル面に問題を抱えていることも多いので、安全配慮義務の観点からも、産業医等と連携して対応するようにしましょう。



◎協力/日本実業出版社
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