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退職した社員が、会社と競合するビジネスを始めてしまうケースは、あなたが思っている以上に数多く起きています。私たちも、クライアントからもご相談をいただくことが多い分野です。例えば、コンサルティング会社を経営されている方や、独自の顧客ネットワークが武器になっている会社を経営されている方は特にその傾向が顕著ですよね(私たち弁護士もクライアントを持って独立されてしまうケースが多い業種です。)。
もともと一緒に仲間として働いていたメンバーなので、経営者個人としては、多少は仕方ないと思うケースもあるでしょう。しかし、そのまま放置しておくと深刻な問題に発展する可能性がある以上、会社としてしっかりと対処しなければなりません。会社の重要な顧客を奪われたり、優秀な社員が引き抜かれれば被害は予想以上に大きなものになります。この場合、競業行為の差止請求等の法的手段を念頭に置いて対処していかなければなりません。
経営者として会社をしっかりと守るために、こうした問題が発生した場合の対処方法を知っておくことが重要です。今いる社員を守るために、被害を食い止める具体的対処方法についてイメージを持てるように記事を書きました。ぜひ参考にしてください。
1、被害が甚大になるかどうかを予想し、早期の解決を目指すこと
競業行為とは、法律上明確な定義があるわけではありませんが、一般的には、会社が行う事業と競合する可能性のある行為と理解しておけばよいでしょう。
退職者の競業行為が発覚した場合、まずは、会社にとって具体的にどのような損失が生じる可能性があるのかをリストアップしましょう。
例えば、会社の重要な顧客を多数担当する営業担当者が競合他社で就業すれば、顧客を奪われることが考えられますし、また、社員に影響力のある役員が退職して独立・企業した場合、優秀な社員の引き抜きがなされることがあり、いずれも、被害は甚大なものになる可能性があります。
被害が小さいことが予想される競業行為であれば放置すればよいのですが、そうでない場合、解決するまでの時間がかかればかかるほど、会社の損害は大きくなります。競業行為がきっかけとなって、様々な問題が勃発して会社は混乱していきます。また、訴訟等に発展することで紛争が長期化する場合には、経済的な面以外に訴訟対応の負担も大きくなります。裁判が長引けば本業に必ず支障が出てくるものです。
そのため、まずは、競業行為が会社にとって重大な被害が生じ得るものかどうかを明らかにし、そうである場合には、とにかく早期解決を図ることが肝要です。リスクの大きさによって「しばらく様子をみるか、すぐに対処するか」の判断を行いましょう。
では、競業行為に対処する必要があると判断したとして、早期解決を図るにはどのような手順を踏むのがよいでしょうか。
2、競業避止義務とは?【判例】競業を禁ずる合意があるかどうかが最初の分かれ目となる
競業避止義務とは、簡単に言うと、会社が行っている事業と競合する事業を行ってはならないとうのはもちろん、広い意味では、「会社の事業と競合する事業を行っている会社に就業してはならない義務」をいうと理解すればよいでしょう。会社を退職した社員や役員は、このような競業避止義務を当然に負うのでしょうか。
この点については、退職した後の社員や役員は、当然には競業避止義務を負うものではなく、「就業規則の定めや個別の合意により、退職後の競業行為を禁止している場合に限って、競業避止義務を負う。」というのがこれまでの裁判例の流れです。裁判例をご紹介します。
【東京地方裁判所平成7年10月16日決定】
退職した役員又は労働者が特約に基づき競業避止義務を負う場合には、使用者は、退職した役員又は労働者に対し、当該特約に違反してされた競業行為によって被った損害の賠償を請求することができるほか、当該特約に基づき、現に行われている競業行為を排除し、又は将来当該特約に違反する競業行為が行われることを予防するため、競業行為の差止めを請求することができるものと解するのが相当である。
しかし、競業行為の差止請求は、職業選択の自由を直接制限するものであり、退職した役員又は労働者に与える不利益が大きいことに加え、損害賠償請求のように現実の損害の発生、義務違反と損害との間の因果関係を要しないため濫用の虞(*おそれ)があることにかんがみると、差止請求をするに当たっては、実体上の要件として当該競業行為により使用者が営業上の利益を現に侵害され、又は侵害される具体的なおそれがあることを要し、右の要件を備えているときに限り、競業行為の差止めを請求することができるものと解するのが相当である。
この東京地方裁判所平成7年10月16日の決定は、退職者が「特約に基づき競業避止義務を負う場合」に初めて、差止請求等が可能となることを示しています。ここでいう、「特約」というのが、競業を禁止する個別の合意のことを指します。
「特約」がある場合に限り、差止請求等ができるとする根拠は、退職者の職業選択の自由を過度に制約しないことにあります。すなわち、社員は退職後も生活をしていかなければならず、その糧を得るためにどのような職業を選択するかは基本的には個人の自由であり、競業しないことを自ら約束しているような場合でなければ、競業を禁止するべきではないということです。そのため、裁判によって競業行為を止めようとする場合には、まず、合意があることの立証が必要になります。その立証方法(証拠)は、もちろん、誓約書や個別の合意書です。これが原則だということを、まず覚えておく必要があります。
もっとも、就業規則や個別の合意書において定めさえすれば、無制限に競業を禁止することができるわけではなく(上記裁判例の第二段落の下線部をご覧ください。)、会社の営業上の利益が実際に侵害されているかという観点も重要になってきます。
いずれにせよ、競業行為を予防するためには、就業規則や退職の際の個別の合意書の有無がまずは出発点となるということです。これまでにそのような合意書を作成していなかったのであれば、今後、重要な社員・役員が退職する場合には個別の合意書を必ず作成するようにしてください(競業行為を防止するために、社員の退職時に個別の合意書としてどのようなものを作成しておくべきかについては、改めて、【退職者に競業避止義務・秘密保持義務を課す合意書のポイント】にて解説をします 。)。
3、事実関係の確認と証拠固めをすることで交渉による早期解決を目指すことが可能になる
競業行為を止めるための第一歩は、事実関係の確認と証拠固めです。
最終的に裁判になった場合に勝てる確立が高くなることはもちろんですが、有利な証拠を固めておくことで、裁判に入る前、あるいは裁判の途中で交渉により早期に有利な解決を図ることが可能になるからです。まずは事実関係を確認し証拠を集めていきましょう。
最初に確認すべき事実関係は、以下の5つの事実が重要になります。この5つの事実関係をまずはしっかり把握してください。
- 元社員との間で、競業を禁止する合意(就業規則又は誓約書等の個別の合意)はあるか
- 合意がある場合は、競業禁止の合意がされるに至った経緯・目的、及び競業を禁止する代わりに何らかの手当て(退職金の割増等)はされていたか
- 元社員の在職中の地位・役職、従事していた具体的な業務内容、担当していた顧客等
- 元社員の新たな就業先、及びそこで従事している業務
- 具体的に、どのような競業行為が想定されるか、又は、既に実際になされているか(従前の顧客への接触、会社の秘密の利用等)
次に裁判を見据える場合、5つの事実関係に関する具体的な証拠を固めておく必要もあります。①~③については、容易に会社側で把握することができる事実であり、これに関する証拠を準備することも比較的容易です。証拠の例として、①は、退職に当たって作成した、競業行為を禁止する誓約書や合意書であり、②は、会社の上司の証言をまとめた書面(陳述書といいます。)が中心になりますし、③は、当該元社員が作成した社内の報告書、考課表や日頃のスケジュール等が証拠になってきます。
他方、④と⑤については、必ずしも、会社側で容易に把握できるわけではありません。裁判では、元社員が競業行為を行っていることを否定する場合も想定しておかなければなりません。その際にしっかり反論できるように、競業行為を認めるような内容が含まれている会話や電話の録音、メールのやり取り、顧客の証言などの証拠を集めておきましょう。
さて、事前の準備はこれで完了です。次に、競業禁止の合意があるケースとないケースの両方について、どのように対処していけばいいかを検討していきましょう。
4、競業を禁じる合意がある場合の対応 ―交渉による解決を最短距離で目指す―
少しでも早く競業行為を止めるためにどのような手順を取るのがよいのでしょうか。まずは、誓約書や合意書により、競業行為を禁ずる約束があるケースについて見ていきましょう。
競業行為を少しでも早く止めるために、元社員との間で具体的な交渉に入ることになりますが、通常はまず、確定した事実関係をもとに、元社員に対して、「競業避止義務に違反する行為をしているから直ちにやめるように」という通知書を内容証明郵便により送付します。 弁護士に委任して代理人の弁護士名義で送付するのが通常ですが、会社名義で送付する場合の文例は【内容証明ひな形】を参考にしてください。
4-1 競業を禁じる合意がある場合は最初に内容証明の送付と交渉を行う
競業を禁じる合意があれば、裁判でも有利に立てる可能性が高い場合が多いと言えますが、まずは、速やかに交渉をした上で解決を目指すことになります。元社員が、自ら、あるいは代理人(弁護士)を立てて交渉に応じるという場合、条件次第ですが、この段階で早期に解決することもあります。
元社員が何を望んでいるか、何が不満で会社を退職して競業をするようになったのかを見極め、交渉をします。被害が大きくなることに比べれば、給与を増額して会社に戻ってきてもらうこともあるでしょうし、会社に戻ってくるということはないまでも、金銭的な支払をして競業行為を止めてもらうということもあり得るでしょう。交渉により解決する場合には、元社員との間で、改めて合意書を作成し、今後同種の事象が起こらないように、競業を禁止する範囲をより具体的に明確にしておくべきでしょう。ここで、どのような合意書を作成すべきかについては、【退職者に競業避止義務・秘密保持義務を課す合意書のポイント】 を参考にしてください。
合意書を交わしていても、次に述べる仮処分や訴訟による解決は最終手段です。社員の職業選択の自由がある以上、仮処分や訴訟により最終的に会社側が勝ち切ることができる場合は限られていますし、また、競業行為や紛争が長引くこと自体があなたの会社にとっての重大な不利益となるため、交渉による解決を第一にし、何とか交渉に持ち込める可能性が無いかを常に検討していくことが大切です。最終的にどうしても交渉に応じない、もしくは通知書を無視するということであれば、速やかに次の手段に進む必要があります。
4-2 交渉で解決しない場合の手段 ―仮処分による差止請求―
4-2-1 仮処分とは?
交渉による解決ができなかった場合、裁判上の手続である仮処分の利用を検討することになります。仮処分とは、簡易な裁判のようなもので、早期に「仮」の判断を裁判所に仰ぐものです。仮処分のメリットは、端的に言えば、以下の2点に尽きます。
通常の訴訟により差止請求をする場合、判決が確定すれば、それは終局的な判断であり「仮」のものではありません。しかし、訴訟の判決による解決は、少なくとも1年以上の時間を要するのが通常であり、場合によっては2年、3年といった期間を要するケースもあり、長期戦となります。現在進行形で競業行為がなされている事案において、そのような悠長な訴訟手続を利用していれば、会社の損害が拡大するばかりです。
そこで、迅速に、会社の権利を実現する手段として仮処分の手続があります。通常の訴訟であれば、1ヶ月に1度、訴訟の「期日」(裁判所に当事者が集まり、主張や証拠を提出したり、和解について協議する日をいいます。)が開かれ、当事者双方がやり取りを繰り返して、必要があれば証人尋問を経て判決に至ります。一方で、仮処分の場合、2週間に1度ほど(場合によっては1週間に1度)の割合で期日が開かれるため進行が迅速です。筆者の経験からすると、早ければ1ヶ月、長くとも3か月程度で解決することが多いと思います。
仮処分において裁判所が下す判断は、あくまで「仮」のものであり、後から訴訟において覆る可能性はありますが、仮処分の手続を通じて紛争が終局的に解決することがほとんどです。
また、当事者間の交渉では解決しなかったような事例であっても、裁判所が、仮処分の判断(これは、判決ではなく「決定」といいます。)を出す前に、当事者の間に入って双方の言い分を聞いて、和解の可能性を探ることで、和解が成立する場合が多くあります。筆者の経験上も、およそ当事者間の交渉ではまとまらず、訴訟で決着をつけるしかないようにみえた事例でも、仮処分段階で和解により解決できた事例が多くあります。
会社側の言い分に理由がある場合はもちろん、会社側の分が悪い場合であっても、仮処分を申し立てることにより、競業行為をしている元社員を裁判所の面前での交渉に引っ張り出すことができ、和解による早期の解決を図りうる可能性があるため、会社の損害が拡大するのを可能な限り防ぐためには、仮処分の手続は極めて重要です。
4-2-2 仮処分の準備(通常は保証金を要求される)
仮処分の手続を検討する場合、重要なのが、ほとんどのケースにおいて、仮処分の申立ての段階で、裁判所から「担保」の提供を命じられるという点です(民事保全法14条1項)。「担保」とは、裁判所に対して、一定額の保証金を積むということです。
民事保全法14条1項 保全命令は、担保を立てさせて、若しくは相当と認める一定の期間内に担保を立てることを保全執行の実施の条件として、又は担保を立てさせないで発することができる。
保証金は、仮処分があくまで「仮」のものであり、後に、訴訟において逆の判断(差止を認めない判断)がされた場合に、「仮」に競業行為を差し止められた元社員が被る損害を填補するために手続上要求されるものです。裁判所が裁量によりその金額を定めるものであり、金額はケースバイケースではありますが、数百万円単位の保証金が要求されることも珍しくはありません。
4-2-3 仮処分手続において会社は何を主張立証するか?二つの要件を理解しよう!
元社員による競業行為を差し止める仮処分の手続において、会社が主張立証すべきポイントの概要は以下のとおりです(民事保全法13条1項、23条2項)。事実関係の調査で明らかになった事実をもとにストーリーを組み立て、証拠固めで作成した証拠をもとに立証していくことになります。
- 会社と元社員との間で、競業を禁止する合意がなされていること
- 当該合意は、合理的な範囲(競業禁止の期間、禁止される活動内容が明確であること等)なものであり、不当に元社員の職業選択の自由を制約するものでないこと
- 元社員が、合意で禁じられた競業行為を実際に行っているか、又は、行おうとしていること
- 現になされている(又は予想される)競業行為により、会社が被る損害が重大であり、差止を認める必要性が強いこと
5、競業を禁じる合意がない場合の対応。損害賠償請求がメインの対処となる。
5-1 損害賠償請求の訴訟がメインの対処となる
元社員との間で、誓約書や合意書による競業行為を禁止する約束がない以上、この場合、競業禁止の合意違反に基づいて、競業を禁止する仮処分を申し立てることは現実的には不可能です。
考えられる手段の一つとして、元社員を被告として、不当な競業行為を行ったことにより会社が被った損害の賠償を請求する訴訟を提起するということがあり得ます。もっとも、社員が会社のお金を横領したような場合であれば、これによる会社の「損害」は明らかですが、競業行為の場合、何をもって会社の「損害」ととらえ、金額としてどのくらい請求できるかは難しいところです。
取引先を奪われたような事例において、一般的には、その競業行為によって失った利益(競業行為がなければ、会社がその取引先と取引をすることで、得られていたであろう利益)を損害として請求することになります。具体的には、次のような算式で損害額を計算することが多いと言えます。
- 【(過去5年程度の間に当該取引先との取引によって得ていた粗利金額の1年あたりの平均額)×(競業行為がなされていた期間)】
しかし、実際に損害賠償請求が認められる場合は、かなり例外的なケースと言わざるを得ません。社員の職業選択の自由があるため、競業行為を禁止する合意がないにもかかわらず、競業行為が違法なものとして損害賠償請求が認められるのは、次の最高裁判例が述べるとおり、極めて限定的な場合に限られるのです。
この判例の事案は、金属工作機械部品の製造業を営む会社を退職した元社員が、競業避止義務に関する個別の合意等がない状況で、同種事業を営む会社の代表取締役として、かつての取引先から多くの仕事を受注したことが問題となったケースです。なお、この判決文での「上告人Y1」とは元社員を、「被上告人」とは会社を指します。
【最高裁判所平成22年3月25日判決】
「元従業員等の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には、その行為は元雇用者に対する不法行為に当たるというべきである。」
「上告人Y1は、退職のあいさつの際などに本件取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの、本件取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて、被上告人の営業秘密に係る情報を用いたり、被上告人の信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったことは認められない。また、本件取引先のうち3社との取引は退職から5か月ほど経過した後に始まったものであるし、退職直後から取引が始まったAについては、前記のとおり被上告人が営業に消極的な面もあったものであり、被上告人と本件取引先との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれず、上告人らにおいて、上告人Y1らの退職直後に被上告人の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいい難い。」 「以上の諸事情を総合すれば、本件競業行為は、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず、被上告人に対する不法行為に当たらないというべきである。」
すなわち、元社員との間で競業を禁止する合意がない場合、会社の損害賠償請求が認められるためには、元社員が、会社の営業秘密に属する情報を用いたり、会社の信用を貶めるような手法を取って会社の顧客を奪ったような悪質性が強い場合に限定されるのです。このようにハードルが高いことに加えて、損害賠償請求は、会社が被った損害の金銭的な賠償を事後的に求めるものに過ぎず、現在進行形でなされている競業行為の停止を求めるものではないため、会社にとって最適な解決とは言えません。
5-2 競業を禁ずる合意がなくとも差止ができる場合がある(不正競争防止法)
元社員との間で、競業を禁ずる約束をしておかなければ、仮処分により競業行為を差し止めることは難しいというのが原則です。しかし、そのような合意がなくとも、不正競争防止法が定める要件に該当する場合には、同様に、仮処分により当該競業行為を差し止めることができる場合があります。
具体的には、元社員が、会社の「営業秘密」を「不正の手段により」取得し、使用しているような場合には、仮処分による差止請求が可能となります(不正競争防止法2条1項4号等、3条1項)。
不正競争防止法2条1項 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
同法2条1項4号 窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「不正取得行為」という。)又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。以下同じ。)
同法3条1項 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
会社の「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」をいうとされています(不正競争防止法2条6項)。会社が、「秘密として管理」していたのであれば、例えば、顧客名簿も「営業秘密」に該当することになります。
次に、「不正の取得により」取得したといえるかどうかに関しては、退職を決意した社員が、社外持出禁止の顧客名簿を一時的に外に持ち出してコピーしたような場合はもちろん、社内で個人所有のパソコンのハードディスク内に情報を入力することまで、不正な取得であるとした裁判例もあります(東京地方裁判所平成12年10月31日判決)。
したがって、退職を決意した社員による顧客情報の持ち出しなどについては、たとえ退職時に競業を禁ずる合意をしていなかったとしても、不正競争防止法に基づいて差止の仮処分をすることができる場合があるのです。
仮処分になった場合の手続の流れは、既に述べたところと同様ですが、ここで重要なのは、このように退職時の合意がなくても、不正競争防止法を使うことで、仮処分の申立てをし、元社員を裁判所に出廷させ、裁判所の関与による早期の和解の目が出てくると言うところにあります。
これまで、元社員により、競業行為がされている場合の対処法として、①当該元社員との間で個別の合意がある場合の、競業行為の差止請求(仮処分)、②損害賠償請求、③不正競争防止法違反に基づく差止請求(仮処分)をご紹介しました。判例等を踏まえ、これらを使いやすい順に並べると、①③②となります。
イメージとしては次の図のようなものがわかりやすいかもしれません。
6、まとめ
元社員による競業行為は、会社にとって重大な脅威となりうるものです。これを防ぐには、競業を禁止する合意があるかどうかが非常に大きな分かれ目となります。
競業行為がなされた場合には、何よりもまず損害が拡大しないうちに早期に解決を図ることが重要ですが、競業行為を禁止する合意の有無にかかわらず、まずは事実関係の確認と証拠固めをした上で、交渉による解決を目指すことになります。交渉による早期の解決が難しい場合、仮処分の手続等を検討することになりますが、競業行為を禁止する合意がなかったとしても、不正競争防止法に基づく差止の可能性等、具体的な事案ごとに慎重に判断をすることが必要になります。
7、競業行為・競業避止義務に関するその他のQ&A
Q1 退職者ではなく、在職中の社員が競業行為を行っている場合、どのような対処ができるか?
A1 在職中の社員の場合、会社との信頼関係の上で労働契約を締結し、それが有効に存続している以上、特に個別に合意をせずとも、当然に、営業秘密の保持義務や競業避止義務を負っていると解されています。そのため、退職者と異なり、個別の合意書を作成していなくても、差止請求等の手続をとることは可能です。もっとも、在職中の社員の場合、差止請求等の手続をとるのではなく、非違行為として懲戒処分を検討するのが通常でしょう。競業行為を行ったことを理由として懲戒処分をしようとする場合には、就業規則中に、懲戒事由として「在職中に競業行為を行ったこと」や「許可なく他の会社等の業務に従事したこと」という定めがあることが必要です。
Q2 取締役の在職中・退任後の競業行為に関して、一般の社員と異なる点はあるか?
A2 取締役は、会社内の営業秘密等に接する可能性は、一般社員よりも多いのが通常であり、その意味では、取締役による競業行為がなされる場合には、会社にとってより脅威なものとなります。
まず、在職中の取締役に関しては、株主総会の承認(取締役会設置会社の場合には、取締役会の承認)を得なければ、競業行為自体を行うことができません(会社法356条1項1号・365条1項)。株主総会(取締役会)の承認を得ずに、競業行為を行っていることが判明した場合には、①会社による差止請求の対象となることはもちろん、②損害賠償請求も可能であり(会社法423条1項)、③さらに、当該取締役を解任することの正当な事由があることになります(会社法339条1項)。
他方、退任した取締役に関しては、一般の社員と同様、当然に競業行為が禁止されるわけではなく、競業を禁止する内容の合意書を作成し、競業避止義務を課しておくべきでしょう。