社員が、実は経歴や学歴を偽っていたということが発覚しました。経営者であるあなたは、この社員をどうすべきでしょうか?解雇できるのか、どんな処分ができるのか、何もできないのか、悩んでいませんか?
会社においてルール違反があったとき、それに対する制裁として「懲戒処分」というものがあります。
懲戒処分には、注意や始末書の提出にとどまるものもあれば、減給や出勤停止、降格といったものもありますが、一番重いのは解雇です。
しかし、懲戒処分は、社員から見れば重大な不利益を受けることになります。解雇となれば、職を失う結果となります。そのため、懲戒処分は無条件に有効とされるものではなく、許される限界を超えた懲戒処分は、 裁判で争われた場合に、無効となったり、会社が損害賠償の責任を負ったりすることになってしまうのです。
経歴や学歴を詐称した社員に対して、懲戒処分はできるのでしょうか?解雇までできるのでしょうか?
そこで、社員の経歴詐称、学歴詐称が発覚した際に、あなたがその社員に懲戒処分をするに当たって、押さえておくべきポイントについて解説します。
ぜひ参考にしてください。
まず、懲戒処分について、次のことを確認しておきます。
- 懲戒処分は、就業規則で定めていなければ、することができません。
- 社員がどういうことをした場合に懲戒処分をするか、また、どのような種類の処分をするかについても、就業規則で定めておかなければなりません。
- 懲戒処分の種類は、一般的に、軽い順に、警告・注意・戒告、譴責・始末書、出勤停止、減給、降格・降職、諭旨退職、懲戒解雇があります。
- 懲戒処分は、社員が会社の秩序を乱したときに、その秩序を回復するために行うものです。
- 社員がした行為が、会社の秩序を乱した程度が大きければ、重い処分をすることができますし、程度が小さければ、軽い処分しかすることができません。
- 社員がした行為が、就業規則で定めた場合にあてはまるときでも、その行為の内容や結果からみて、会社の秩序を乱したとはいえない場合には、処分をすることができません。
1、懲戒処分をするには、詐称された経歴、学歴が重要なものであることが必要である
経歴や学歴を詐称した社員に対して懲戒処分をするには、詐称された経歴が重要なものであることが必要です。
経歴や学歴の詐称が会社のルール違反となるのは、2つの理由があると言われます。
1つは、経歴や学歴の詐称が、労働契約上の信頼関係に背くから、もう1つは、社員に対する評価を誤らせることにより雇入れ後の労働力の組織付けなどの企業の秩序や運営に支障を生じさせるおそれがあるからです。
そのため、詐称された経歴や学歴が、そのような信頼関係や評価に影響を及ぼすようなものであることが必要なのです。
重要な経歴の詐称とされる主なものは、次のものです。
- 最終学歴
- 職歴
- 犯罪歴
2、最終学歴
最終学歴を偽ることは、重要な経歴の詐称にあたります。
裁判例には、大学を除籍され中退していたにもかかわらず、最終学歴を高卒とした履歴書を提出して採用されたという事案で、懲戒解雇が有効とされたものがあります(最高裁判所平成3年9月19日第一小法廷判決)。
裁判例では、最終学歴を高く詐称する場合も低く詐称する場合も、懲戒解雇は有効とされる傾向にあります(東京地方裁判所昭和60年10月7日、浦和地方裁判所川越支部平成6年11月10日判決)。
しかし、採用するにあたって、学歴不問としていた場合には、最終学歴を偽ったとしても、労働契約上の信頼関係に背くわけではありませんから、重要な経歴の詐称にはあたりません。
3、職歴
職歴を偽ることは、重要な経歴の詐称にあたります。
裁判例には、インターネットのプログラム開発の能力がないにもかかわらず、その能力がないとできない仕事に従事していたかのように記載した履歴書を提出して採用されたという事案で、懲戒解雇が有効とされたものがあります(東京地方裁判所平成16年12月17日判決)。
ある社員を採用するにあたって、会社が特定の能力や技能を有することを期待していた場合に、その能力や技能の有無を偽ったような場合には、労働契約上の信頼関係に背くものですし、その社員の組織内での位置付けなどの企業秩序や企業運営に支障を生じさせるものといえます。
職歴についても、学歴と同様に、採用するにあたって、職歴不問、経験不問としていたような場合には、職歴を偽ったとしても、重要な経歴の詐称にあたるとはいえません。
4、犯罪歴
犯罪歴を偽ることは、重要な経歴の詐称にあたります。
裁判例には、自称経営コンサルタントの肩書で、他社の役員を中傷したという信用毀損罪で逮捕、起訴され懲役刑の服役をしていたにもかかわらず、服役期間を含む期間アメリカで経営コンサルタントをしていたとする履歴書を提出して採用されたという事案で、懲戒解雇が有効とされたものがあります(東京地方裁判所平成22年11月10日判決)。
有罪判決が確定して服役した事実を偽ったような場合には、労働契約上の信頼関係に背くものですし、その社員のその企業への適応性やその企業の信用の保持など企業秩序や企業運営に支障を生じさせるものといえます。
犯罪歴については、学歴や職歴と異なり、これを不問とすることはないでしょうから、広く重要な経歴の詐称にあたるといえますが、有罪判決が確定しておらず、裁判が続いている場合には、犯罪歴とはいえないことに注意が必要です。
5、まとめ
社員の経歴の詐称が発覚した際に押さえておくべきポイントをご紹介しました。
学歴、職歴、犯罪歴、いずれも、偽った場合には、重要な経歴の詐称にあたり、懲戒解雇まですることができる場合が多いですが、採用にあたり学歴や職歴を重視していない場合や、まだ有罪が確定したわけではない場合などには、注意が必要です。