『民主主義の死に方 二極化する政治が招く独裁への道』 民主主義が民主主義を殺す

2018年10月12日 印刷向け表示
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民主主義の死に方:二極化する政治が招く独裁への道
作者:スティーブン・レビツキー 翻訳:濱野 大道
出版社:新潮社
発売日:2018-09-27
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世界各地の独裁政治を研究してきたハーバード大学教授である著者が、民主主義がどのように、そしてなぜ死ぬのかを追求する。著者はあらゆる場所、時代の民主主義が死んでしまった事例を紹介しながら、当たり前に享受している民主主義がいかに微妙なバランスのうえで成り立っているものなのかを教えてくれる。幅広いケースを考慮する本書だが、議論のフォーカスはアメリカおよびトランプ現象に当てられいるので、日々伝えられるアメリカ政治の異常事態の意味がより良く理解できるようになるはずだ。米連邦最高裁判所判事にカバナーが選ばれたことがどれほどの意味を持つ事件なのかを思い知る。

民主主義が崩壊する瞬間といえば、銃を持った兵士や市民をなぎ倒そうとする戦車を思い浮かべるかもしれない。たしかに、アルゼンチン、ブラジル、ガーナやパキスタンのような冷戦時の民主主義崩壊の4分の3は、軍事力を用いたクーデターによってもたらされた。しかしながら、ヒトラーに代表されるように選挙で選ばれた指導者も、軍事クーデターと同程度の破壊力を発揮し。特に現代の世界では、「ファシズム、共産主義、あるいは軍事政権などによるあからさまな独裁はほぼ姿を消し」ており、選挙というプロセスを挟んだ民主主義の崩壊がより顕著になっている。このような合法的な民主主義の浸食は、眼に見えにくい分、より大きな脅威となりうるのだという。

著者は世界のさまざまな国を比較することで、事前に検知しにくい独裁者の卵を見分けるための“リトマス試験紙”となる4つの行動パターンを抽出している。

1. ゲームの民主主義的ルールを拒否(あるいは軽視)する
2. 政治的な対立相手の正当性を否定する
3. 暴力を許容・促進する
4. 対立相手(メディアを含む)の市民的自由を率先して奪おうとする

ヒトラー、ムッソリーニ、チャベス等の独裁者の人間性はそれぞれに大きく異なるが、彼れらが権力の座に就くまでの道のりは、驚くほど似通っていたのだ。

上記の項目を満たす独裁者候補を排除するための責任は、有権者ではなく、民主主義の門番たる政党とその指導者にあると著者は指摘する。2016年までトランプのような扇動家がアメリカ大統領に選ばれなかったのは、そのような候補がいなかったからでも、昔の有権者がより賢明だったからでもない。有権者の30~40%が支持するほどのポピュリストはアメリカ史に度々登場していた。

多くの支持者を得た彼らが大統領候補にすらなれなかったのは、政党が門番としての機能を果たしていたからだ。共和党では1970年代まで数人の指導者たちが密室に集まり、候補者の長所と短所を注意深く検討することで、自党の大統領候補を選定していた。その過程で予備選挙の結果をひっくり返すこともあったのだ。1920年には予備選挙で圧倒的1位の得票数を得ていたレオナルド・ウッド少将ではなく、得票数4位のウォレン・G・ハーディングが共和党候補に選ばれた。民主党のエスタブリッシュメントも、1968年に有権者から大人気だった人種差別主義者のウォレスを支持しなかった。密室での非民主主義的なやり取りが、民主主義を危険にさらすポピュリストや明らかに不適切な人物を除外することに成功していたのである。皮肉なことに、より民主的なプロセスがトランプを大統領にしたともいえる。

民主主義を守るためには、政党だけでなく明文化されたルール(憲法)が必要だが、どれだけ立派な憲法があっても機能しなければ意味は無い。そして、憲法がうまく機能するためには、「共同体や社会のなかで常識とみなされている共通の行動規則」となる規範が必要であると著者は考えている。特に相互的寛容と組織的自制心という2つの規範が、柔らかなガードレールとして機能することで、政治の世界の競争が無秩序な対立となるのを防いでいる。私たちは政治家がどのような政策を提案しているかだけではなく、その主張をどのように実現しようとしているか、政敵をどのように扱っているかにも注意を払うべきなのだろう。この民主主義のガードレールがどのように機能していたか、そしてどのように失われていったかという部分は本書の読みどころの1つである。

相互的寛容はいつでも善意によって構築されるわけではない。血みどろの南北戦争後に民主党と共和党の間での敵対心が和らいだのは、アフリカ系アメリカ人から選挙権を取り上げることに両党が合意したからだ。南部における白人至上主義と独裁を保つことができたからこそ、民主党員の恐怖心が取り除かれ、共和党と建設的な議論や協力ができるようになったのである。

アメリカの政治システムを支える規範は、その大部分が人種の排斥の上に成立するものだった。(中略)人種の排斥は政党の礼節と協力の規範の大きな支えとなり、それが20世紀のアメリカ政治を特徴づけることになった。

もちろん、21世紀のおいて人種排斥を規範の土台とすることなど許されない。移民の増加、格差の拡大やメディア環境の変化によって、二極化はその度合いを増しているように感じられる。著者は、「共通の道徳的立場を見つけるために、一時的に意見の違いに眼をつぶらなくてはいけない」と主張する。生の意味を考えるためには、死を見つる必要がある。民主主義の死に方を知ることで、これからの民主主義の姿を考えるヒントを与えてくれる一冊だ。

 

未来をはじめる: 「人と一緒にいること」の政治学
作者:宇野 重規
出版社:東京大学出版会
発売日:2018-09-27
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独裁者のためのハンドブック (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)
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政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで
作者:フランシス・フクヤマ 翻訳:会田 弘継
出版社:講談社
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世界の政治体制はどうしてこれほどまでに異なるのか。どれほど努力しても民主主義が根付かない国があるのはどうしてか。人類誕生にまで遡り、政治がどのように誕生したのかを壮大なスケールで探求する。レビューはこちら

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち
作者:J.D.ヴァンス 翻訳:関根 光宏
出版社:光文社
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トランプを支持したヒルビリーたちの実態を克明に描き出す傑作。レビューはこちら

 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
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