『フェイスブック 子供じみた王国』王は来りて笛を吹く

2013年6月28日 印刷向け表示
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フェイスブック ---子どもじみた王国
作者:キャサリン・ロッシ
出版社:河出書房新社
発売日:2013-05-24
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本書はいわゆる暴露本として世間に認知されているようだ。フェイスブックの51番目の社員、キャサリン・ロッシが社内での出来事を赤裸々に綴った内容は、確かに驚くような話が含まれている。女性社員全員に3Pを誘うメールを送りつける男性社員や著者に向かい「君はホットだね」と語りかける営業部の男性など、セクハラまがいのものから、人種的なヒエラルキーの存在があったことを臭わす内容など、世界をリードするアメリカの最先端企業とは思えない話が目白押しだ。

 

本国アメリカでもこのような点が非常に話題になったようだ。しかし、本書の真の面白さはそこではないと思う。ジョンズ・ホプキンス大学で英語の修士号を取得した文系エリートの彼女が本当に訴えたかったことはもっと他にあるはずだ。

 

フェイスブックに集うエンジニアやデザイナー、ハッカーの自意識と自我は強烈だ。「上の階の連中はみんなバカだから(上の階は営業部やカスタマーセンターのオフィス)」カスタマーセンターで働く著者がいるのもお構いなしに、呟くデザイナーもいる。雰囲気の重圧感は異なるが、そこには微かにドストエフスキーの『地下室の手記』に通じるような世界が見て取れる。

 

フェイスブックのエンジニアたちは昼間でもブラインドーを締め切り、薄暗くしたオフィスにこもりながら、『地下室の手記』の住人が、ペンと紙で世間と自らに呪詛の言葉を綴るがごとく、ネットの世界へと書き込みを続ける。ただ『地下室の手記』と違う点は、エンジニアたちはネットという世界と、それを構築するコードという武器を持っていることだ。

 

強烈な自意識はハッカーたちに共通する文化のようだ。フェイスブックをハッキングしたスラックスという男性ハッカーは自らのアイコンの写真に化粧を施し、これ見よがしな演出をしている。彼はその腕を買われ、逆にフェイスブックへと向かえ入れられることになる。

 

マークは情報の流れを効率化することに強い使命感を持ち、そのためには何としても情報の透明性が必要だと考えている。マークはやがては全ての人々がネットで繋がり、可視化され、共有された情報を基に会話を交わさなくても、お互いの事を理解できるよな世界が来ると、キャサリンに語っている。情報の透明性と、世界の情報のすべてをデジタル化しようという考えは、マーク・ザッカーバーグに限らずグーグルの創業者などにも共通している点だ。グーグルもこれらの問題で世間から多くの批判を受けている。

 

これまで社会を動かしてきたのは哲学的な道徳観を身に着けた、文系のエリート達だ。技術者や科学者はあくまでも、彼らの考えた世界を支える立場だった。しかし、科学や技術の進歩により、旧来の文系エリートでは技術を生かした、創造的な世界をデザインすることが難しくなってきている。

 

結果、マーク達のような、これまでとは違う価値観、特にデータとアルゴリズムを信奉する新たな人々が社会の前面に立つ時代が来ている。キャサリンは、マークやエンジニアたちの独特な価値観や社内の雰囲気を、新興宗教のようだと述べている。しかし、旧来の宗教や哲学的道徳観も、それを共有しない人々にとっては不気味なものであったはずだ。ネットの世界の創造主たちと旧来の価値観を信奉する者たちとの軋轢は、社会の至る所で顕在化しているような気がする。

 

かつて、シナルの平野に移り住んだ人々は、石の代わりにレンガを、漆喰の代わりにアスファルトという技術を駆使し、天に到達する塔を築こうとした。しかし、その行為は神の怒りを買う。塔は打ち砕かれ、人々の言葉は乱され、我々の先祖は世界に散らされた。

 

しかしバベルの王は再び現れ、神により散らされた私たちをフェイスブックというデジタルの世界へと糾合しつつある。レンガの代わりにネットを、アスファルトの代わりにコードを用いて築かれる新たなバベルの塔だ。ちなみに、彼の会社はフェイスブックの試験用アカウントに「創造主」という名前を付けている。

 

かつて言葉を乱された我々が、新たなバベルの塔でどのようにコミュニケーションを変化させるのだろうか。私たちは、自らの人生をデジタルの物語へと組み込み、カメラを向けられれば、SNSを通じて世界に公開されることを意識し微笑む。「いいね」を多く獲得するために、過激な投稿が繰り返される。個々人のデジタル化されたゴシップが人生の重要な部分を占めつつある。

 

私個人を見てもSNSは手放せないツールになりつつある。HONZの活動や情報収集に。遠方の友との連絡に。さらに己の自意識を満足させる道具として。だが、その先にあるコミュニケーションの変化や、企業の倫理観や価値観の変化を深く考察することは、今までしてこなかった。キャサリン・ロッシは本書を通して、その重要性を訴えているように私には思える。

 

とはいえ、もはや王の吹く笛の音には抗えない。ハーメルンの笛吹きについて行くネズミのごとく、私たちは踊りながら王について行く。その行き着く先がどんな場所か不安を感じながらも。なぜなら、もしこの笛の音から逃れたくば、多くの利点を放棄してネットの世界から断絶するより、他に道はないのだから。

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