法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「ニュースの社会科学的な裏側」のいう「理論とデータ」とは何だろう

ブログタイトルの直下で「インターネット上で話題になっている事件を、理論とデータをもとに社会科学的に分析。」と称しているが、書いている[twitter:@uncorrelated]氏は、きちんと理論やデータを示していないことがよくある。特に日本の歴史認識問題において顕著な傾向だ。


たとえば金明秀教授を批判する最近のエントリもそうだ。
在日韓国・朝鮮人の歴史を粉飾したい金明秀

例えば『朝鮮学校「無償化」除外問題Q&A』の記述を見てみると、朝鮮学校の印象を良くしようと、真実に触れない作文になっている。

政府は戦後の混乱期に在日コリアンへの警戒心を強めたようで、1948年に入ると朝鮮学校を解体するべく様々な策を講じました。「阪神教育闘争」と呼ばれる激しい抵抗運動を暴力的に退け、ついに全校を強制的に閉鎖するところまで追い込みました。

金教授の書いた元ページを読むとわかるのだが*1、引用されている文章は朝鮮学校の過去から現在までを説明している一部分であり、そもそも字数を大きく使えるような場所ではない。
YAHOO!百科事典や朝日新聞キーワードの一般的な記述と比べても、大きな隔たりがあるとは感じられない。仮に金教授の主張が誤りだったとしても、教授個人の問題ではなく、日本の学問や報道まで広がっている問題ということになるだろう。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E7%AC%AC2%E6%9C%9F%EF%BC%9D%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6%E5%BE%8C%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%A8%E5%9C%A8%E6%97%A5%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA/

朝鮮学校閉鎖に抗して、在日朝鮮人は朝連を中心にして民族教育を守る運動を展開した(阪神教育闘争)。これら朝鮮人運動に対し、日本政府は団体等規正令を適用して朝連を解散させ(1949年9月)、機動隊を動員して朝鮮学校を全面閉鎖した(第二次朝鮮学校閉鎖、1949年10月、朝鮮人学校事件)。

阪神教育闘争とは - コトバンク

1948年4月、当時の文部省通達に基づき都道府県が朝鮮人学校の閉鎖に乗り出し、在日朝鮮人と対立した。兵庫県では4月24日に知事が閉鎖方針を撤回したが、連合国軍総司令部(GHQ)が非常事態宣言を発し、多くの在日朝鮮人が逮捕された。大阪では、抗議集会に参加していた16歳の少年が撃たれて亡くなった。
( 2007-04-29 朝日新聞 朝刊 京都市内 1地方 )


それでは、まずuncorrelated氏の示した「データ」について簡単に見ていこう。

当時は在日韓国・朝鮮人が数百人から数千人で暴動を起こしており、世情不安だった。生田警察署襲撃事件、下里村役場集団恐喝事件、神奈川税務署員殉職事件などで検索すると、当時の事情が理解できると思う。

社会学者へ反論をする時に、インターネット上の語句検索を勧めるのは、「データ」の信頼性が足りないのではないだろうか。実際に検索しても上位でひっかかるのはWikipedia項目ばかりで、信頼性の高そうなページが見当たらない*2。
そもそも世情不安であったことが、どのように学校解体を正当化するのかが、よくわからない。親の因果を子に負わせる政策を肯定しているとは思いたくないし、世情不安が在日朝鮮人によってのみ起こされたと主張しているとも考えたくない。

阪神教育事件で「在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余も大阪府庁に突入し、3階までの廊下を暴力で占拠した」ことなどが、無かった事にされている。

カギカッコでくくっているのは引用の意図だと思うが、引用元が示されていない。調べてみると、Wikipediaの「阪神教育事件」からそのまま引いた文章だった。引用であれば引用元を示すべきだろう。
阪神教育事件 - Wikipedia*3

15時30分、行動隊に続いて、在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余も大阪府庁に暴力で突入し、3階までの廊下を暴力で占拠した。副知事は警察官の誘導により、戦時中に作られていた地下道を通って脱出した。

それに以前から何度か批判したが*4、歴史認識問題においてWikipediaを「データ」として示す人間を、あまり私は信用しにくい。一定の信頼性しかないことに留意しているならば別だが、それでも誰でも編集が可能で、ひんぱんに記述が変わるという問題は残る。
たとえばYAHOO!百科事典は小学館のニッポニカを転載したものであり、インターネット上で簡単に調べるにはWikipediaより信頼性が高いといえる。阪神教育闘争をふくむ朝鮮学校抑圧についても、「朝鮮人学校事件」という項目で詳細な記述がなされている。読み比べると、むしろ金教授の記述は抑制されていると感じる内容だ。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E4%BA%8B%E4%BB%B6/


uncorrelated氏は、「理論」においても、はなはだ怪しいものがある。

「1948年に入ると朝鮮学校を解体するべく様々な策を講じました」とあるが、朝鮮学校を日本の学校制度にあわせるように命じたのは連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)である事に触れていない。GHQが日本を占領していたのは1945年〜1952年で、当時の日本政府は強い自主性は無かった。

上記のような主張をした少し後に、下記のような主張をしている。

日本政府が在日韓国・朝鮮人を規制しようとした理由には、上手く触れないわけだ。問題は深刻だったため当時の総理の吉田茂は、朝鮮人の本国送還をGHQに打診している。吉田は台湾人は問題なしとしていることにも、注意されたい。

反論することを優先するあまり、両立しない論理を同時に主張していることに気づいていないのだろうか。「朝鮮人の本国送還をGHQに打診」という日本国総理の行為は、仮に朝鮮学校を解体する直接的な行為でこそなくても、日本政府が講じた「様々な策」のひとつと考えるべきだろう。そもそも金教授は、日本政府だけでなくGHQの意図も介在していたこと自体は否定していない。
なお、質問や疑問という形式ならば、同時に成立しない理論を並べて懐疑すること自体は許されるべきと私は考える。批判対象が通説と理解した上で、細部の疑問点をつぶしていく作業は学問においても重要だろう。しかし、uncorrelated氏は「真実に触れない」と批判しているのだから、自らが提示した主張には整合性を持たせておくべきだ。


他にもuncorrelated氏は、文春新書『在日・強制連行の神話』を「はてサが読むべき」書籍として紹介するエントリをあげている。
はてサが読むべき『在日・強制連行の神話』

著者の首都大学教授の鄭大均氏はエスニシティや日韓関係論の専門家で、この問題を語るに相応しい人物であろう。

鄭氏は、朝鮮半島と内地の差別も、戦時中の徴用の是非も議論していない。在日が強制連行の結果ではなく、その誤解は在日一・五世や二世の論者の創作であるとしているだけだ。

しかし比率としては在日朝鮮人や在日韓国人の多くは、狭義の強制連行によってわたってきた人々の子孫でないことは、日本の近現代史を少しばかり知っていれば常識ではないだろうか。ことさら「神話」と呼んで批判する意義を、さほど私は感じない。
たとえば金教授サイトのFAQページでも、終戦当時の人数比率で1/4であること*5、そして多くが朝鮮半島へ戻っていったことが記述されている。この記述はYAHOO!百科事典の説明*6とも大きな相違がなく、やはり日本の歴史学の通説と考えていい。
HAN: FAQ for Koreans in Japan No.001

朝鮮の民衆は貧しくなり,職をうしなう人が続出したわけです。はじめに,そういう人たちが大量に職を求めて日本にやってきました。

そして1939年には,日中戦争の泥沼化や太平洋戦争突入による労働力不足のために,いわゆる「強制連行」がはじまりました。終戦までに「強制連行」で日本につれられてきた人の数は,のべ60万人にものぼります。

こうして,1945年の終戦当時には230万人をこえる朝鮮人が日本にいました。その多くはすぐに自力で朝鮮半島に戻っていきましたが,戻るためのお金や手段がなかった人は取り残されました。

しかも鄭教授の書籍に対しては、岩波新書『朝鮮人強制連行』を著している外村大教授から、すでに詳細な批判がインターネットで公開されている。初歩的な語句の誤謬や資料の恣意的な解釈を批判しているだけでなく、神話があったという主張そのものが神話ではないかという根本的な問いもしていた。
http://www.sumquick.com/tonomura/society/ronbun01.html

鄭大均氏は、ほとんど1980年代以降の歴史研究には言及しないわけであるが、実際にはこの間、在日朝鮮人の生活史、運動史等、「強制連行」以外の分野も広く明らかにされて来ている。また、在日朝鮮人を扱った歴史研究以外の著書や映画等においても、近年では、「被害者性」のみを強調するのではなく、むしろ自ら道を切り開いてきた側面を前面に打ち出した作品が多い。つまりは、「在日朝鮮人は強制連行を強調し被害者性をアイデンティティの核にしている」という鄭大均氏のいう「在日・強制連行の神話」自体が「神話」である可能性が高い。

はてなダイアリーにおいても、gurugurian氏が複数の検証エントリをあげて、鄭教授の引用が恣意的であると批判していた。
ごあいさつ - 歌ったらアカン歌なんてあるわけないんだッ!
「はてサが読むべき」というならば、こうした先行する批判も認識しておくべきではないだろうか*7。


私からの要望をまとめると、せめてuncorrelated氏は「データ」の情報源を示すべきだし、通説に反した情報であれば反論がないか注意しておくべきだ。
それ以上を求めるつもりは今はない。

*1:http://synodos.jp/faq/1965/2

*2:ちなみに「下里村役場集団恐喝事件」はWikipediaにおいてさえ記述が短く、「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です」という注意書きがされている。[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%87%8C%E6%9D%91%E5%BD%B9%E5%A0%B4%E9%9B%86%E5%9B%A3%E6%81%90%E5%96%9D%E4%BA%8B%E4%BB%B6

*3:この項目自体にも問題を感じる。「呼称」は細かく出典を記述しながら、「事件の概要」には全く出典が存在しない、いびつな記述になっている。参考文献が『警察史』三冊と、宮崎学『不逞者』しか示されていないことも特徴的で、警察視点で事件の概要が記述されていると考えるべきだろう。また、「阪神教育闘争」という一般的な呼称が項目名として使われていないが、Wikipediaノートを読むと、「当事者である在日朝鮮人にほぼ限定されることが明らか」という理由から、より数の少ない「阪神教育事件」を用いている。しかし先述した百科事典や朝日新聞キーワードだけでなく、『NHKスペシャル』でも「阪神教育闘争」が用いられていた。http://www.nhk.or.jp/special/onair/100725.html

*4:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120823/1345735992ç­‰

*5:のべ人数と終戦時人数の比較なので、実際にはより少ない比率だと読解できる。

*6:http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E5%95%8F%E9%A1%8C/

*7:gurugurian氏が「はてサ」とくくられることを好むかどうかはともかく、はてなSNSサービス利用者の批判ならば言及してしかるべきだと思われる。