違法ダウンロード刑事罰化:日刊スポーツが音事協のプロパガンダを垂れ流してる件

なんだか狐につままれたような記事を見た。

■ 音楽違法DLに刑事罰 6月法案化へ - 社会ニュース : nikkansports.com

タイトルだけ見ると、ついに違法ダウンロード刑事罰化法案が6月に提出されるのか!?って思うじゃないですか。でも、中身を読んでみると…

諸外国では、すでに定められている違法DLに対する刑事罰則の法案が、6月までの今国会で成立するのか。音楽業界は、祈る思いで見守っている。

音楽違法DLに刑事罰 6月法案化へ - 社会ニュース : nikkansports.com

これだけ。「6月法案化へ」の根拠は全くない。要は音楽業界というか、議員立法による違法ダウンロード刑事罰化に向けてロビー活動を行なっている音楽事業者協会の尾木徹会長が、今国会中(会期は6月21日まで)の成立を期待している、という話でしかない。

既に条文案は固まっており、いつ提出されるのかという状況ではあるのだが、あまりに中身がなさ過ぎて脱力した。もちろん、ロビイングを仕掛けている団体の会長に聞いたくらいだから、議員さんとのやり取りの中で大っぴらには言えないお話があって、その辺を濁した結果、こんな中身のない記事なったのかもしれないけれども。

こうした中身のなさもさることながら、違法ダウンロード刑事罰化が必要とされている根拠なども、音事協の言い分だけが掲載され、しかもまるで事実であるかのように扱われている。どういう事情でこの記事が掲載されるに至ったのかはわからないが、違法DL刑事罰化推進派にとって、ずいぶん都合のいい記事になっているように思える。

「諸外国では、すでに定められている違法DLに対する刑事罰則」

日本では、アップロードに対して10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金則があるが、DLに対しては刑事罰則はない。米国やドイツでは、アップロードへの罰則と同等の刑事罰が整備されており、抑止効果が出ている。

音楽違法DLに刑事罰 6月法案化へ - 社会ニュース : nikkansports.com

この主張の疑わしさについて、細々と突っ込んでみよう。

米国

米国において違法DLへの罰則がどのように規定されているのか、不勉強ながらよくわからないのだが(ご存じの方、該当する規定をご指摘いただけると本当に助かります)、日本と比較すると、米国ではユーザ間の著作権侵害に対する刑事摘発は極めて稀である。

日本では、WinnyやShareなどのP2Pファイル共有、サイバーロッカー、動画共有サイトを利用した著作権侵害に対する摘発が頻繁に行われているが、米国では刑事的措置ではなく、民事上の解決が望まれる。営利を目的としていない、ユーザ個人の著作権侵害については、権利者とユーザとの民事上の紛争であり、当事者間で解決しましょうということ。

実際、米著作権法で規定されている犯罪としての著作権侵害罪は、日本の要件よりもかなり狭い。

第506条 刑事犯罪
(a) 著作権侵害罪
 (1) 総則−著作権を故意に侵害する者は、その侵害が以下の態様で行われる場合には、合衆国法典第18編第2319条の規定に従って処罰される。
  (A) 商業的利益または私的な経済的利得*1を目的とする行為、
  (B) 180日間に、1つ以上の著作権のある著作物について1部以上のコピーまたはレコード(その小売価格の総額が1000 ドルを超える場合に限る)を複製もしくは頒布(電子的手段によるものを含む)する行為、または
  (C) 商業的頒布を目的として作成中の著作物を、公衆がアクセス可能なコンピュータ・ネットワーク上に置いて利用可能にする方法によって頒布する行為(当該著作物が商業的頒布のために作成中の著作物であることを当該者が知りもしくは知るべきであった場合に限る)。
 (2) 証拠−本項において、著作権のある著作物の複製または頒布の証拠は、それだけでは、故意侵害を立証するに十分ではないものとする。

外国著作権法令集−アメリカ編

(A)は営利を目的としているか否か、(B)は規模の大きさ、(C)はリリース前のリークについて規定されており、いずれかを満たした場合に刑事事件として扱うことができる。基本的には、営利を目的とした大規模かつ悪質な著作権侵害を摘発するためのもので、立証のハードルも高く設定されている。

ユーザ個人による違法アップロードのほとんどは上記の要件*2を満たすものではなく、民事で解決しなければならないということになる。ただ、刑事的措置が限定的な反面、法定損害賠償や被告への裁判費用の請求権、厳格責任*3など、民事上の救済を手厚くすることでバランスをとっている。P2Pファイル共有での著作権侵害事件の裁判で、高額の賠償命令が下されているのはそうした理由からである。

かつてはRIAAが、最近では映画会社やポルノ企業が、刑事事件としてではなく、P2Pファイル共有ユーザを大量に民事で訴えているのには、こうした背景ある。そして、ユーザを著作権侵害容疑で逮捕させるという選択肢は現実的ではない。

米国がこのような状況にあることを考えると、違法ダウンロードに罰則があったとしても、これ以上に厳しい規定とは思いがたいし、実際に摘発が行われているのを聞いたこともないのに抑止効果があると言われても眉唾に思える。

ドイツ

確かに、ドイツはダウンロード違法化、違法ダウンロードの刑事罰化を世界に先駆けて導入しているのだが、著作権保護を強化した結果、社会的混乱が生じている。これは決して無視できる規模の問題ではなく、再度法改正を必要としたほどの大問題であった。

ドイツは、2007年に、ダウンロード違法化・犯罪化を世界に先駆けて行ったものの、刑事訴訟の乱発を招き、裁判所・警察・検察ともに到底捌ききれない状態に落ち入ったため、2008年に再度法改正を行い、民事的な警告を義務づけ、要求できる警告費用も限定したが、やはり情報開示請求と警告状送付が乱発され、あまり状況は改善せず、消費者団体やユーザーから大反発を招いているという状態にある

第255回:ドイツの消費者団体の著作権法改正に関するポジションペーパー(日独のダウンロード違法化・犯罪化問題): 無名の一知財政策ウォッチャーの独言

ドイツにおける刑事告訴の乱発は、2007年以前から見られていた動きではあるのだが、ダウンロード違法化、刑事罰化を受けて更に加速した。この刑事告訴の乱発の背景には、ユーザに対する民事の著作権侵害訴訟が、非常に儲かるビジネスになってしまったことがある。

ではなぜ、民事訴訟が目当てなのに刑事告訴が乱発されたのか。ドイツは日本と同様に、氏名不詳のまま民事訴訟を起こすことはできず(米国ではJohn Doe訴訟が可能)、まず当該の著作権侵害ユーザについてISPに情報開示請求を行わなければならない。しかし、罰則があれば権利者は告訴でき、著作権侵害ユーザ特定の手間や費用を警察に丸投げできる。そうして警察が個人を特定した暁には、その情報を元に民事訴訟を起こし和解金を要求する、という寸法である。

ターゲットにされたのはP2Pファイル共有ユーザなので、違法ダウンロードだけではなく違法アップロードも含んでいるのだが、彼らを訴えることが出来れば、容易に、しかも大量のユーザから和解金として数千ユーロをぶんどることができた。レコード会社、ゲーム会社、映画スタジオ、ポルノ会社などの権利者と、法律事務所、P2P調査会社が手を組み、年間十数万件の刑事告訴を行ったと言われている。

一方、汚れ役と費用負担を押しつけられたドイツ検察当局は、快く思うわけもなく。こうした告訴の乱発により過度の負担を強いられているとして、被害額が3000ユーロに満たない軽微な著作権侵害の告訴を受理しない方針を打ち出し、「商業的レベル」に達していない著作権侵害を扱わないとのガイドラインを示した。また法廷もユーザ情報取得を目的とした刑事訴訟は重大犯罪を除いて認められない、と判断した。

こうした社会的混乱の解決に向けて、著作権侵害に関わる刑事告訴の乱発ならびに民事訴訟を抑制するため、再度法改正を行わなければならなかった。しかし、一度ビジネスとして起動に乗ってしまったためか、著作権侵害から利益を上げるスキームは法改正後も続けられた。

独著作権警告対策組合がまとめた2010年の動向によれば、こうした事案を扱う法律事務所、そしてそのような法律事務所と契約を結ぶ権利者は2010年も増加し、年間60万弱のユーザに500-1500ユーロ程度を要求する警告文書を送付しているという。請求額を合計すると実に4億ユーロ(約440億円)にものぼる。

さて、このような現状を踏まえてもう一度考えてみよう。ドイツがダウンロード違法化、刑事罰化以降、違法ダウンローダーが減ったとして、「刑事罰が整備されており、抑止効果が出ている」ためなのだろうか?少なくとも、「Yes」とは答えられないだろう。

先日の参議院決算委員会で違法DL刑事罰化を求めた公明党 松あきら議員はこのように述べていた。

これは抑止力に繋がるんです。何もとっ捕まえて、お金をどうのなんて言ってるわけじゃないんです

松議員は本心でそう思っているんだろう。おそらく、そういう説明を受けているのだと思う。でも、ドイツの例を見るに、抑止力が生み出されたのだとしたら、大規模に「とっ捕まえてお金をどうの」したから、大量のユーザに高額な金銭を要求したからだろう。

そして、ありうるその次のシナリオは、P2Pファイル共有ユーザという金の卵を失った法律事務所が、次のターゲットを探してウェブを徘徊する、というところだろうか。動画共有サイト、サイバーロッカーはもちろんのこと、掲示板/フォーラム、ブログ、SNSなど、ユーザのあらゆるオンラインアクティビティに網をかけ、侵害を見つける度に喜び勇んで権利者に売り込むことになるのだろう。

「違法DLは、有料の正規DL数4・4億の約10倍の43・6億」

これについてはツッコミ疲れた。ここで「違法DL」とされている数字は、違法ダウンロードだけの数字ではなく、合法ダウンロードも含んだ数字となっている。詳細は以下の記事をご覧下さい。

違法DL刑事罰化でコンテンツ産業が持ち直す?

尾木会長は「施行されればソフト産業全体がプラスにつながる。このままでは音楽業界が廃れて、レコード会社はなくなってしまう」と危機感を強めている。

音楽違法DLに刑事罰 6月法案化へ - 社会ニュース : nikkansports.com

絵に描いた餅というかなんというか。たとえ違法ダウンロードが減少したとしても、それが購買につながるかどうか、どの程度プラスに繋がるかもわからない。

日刊スポーツの記事では「抑止効果が出ている」とされたドイツでも、産業にとってプラスに働いているとは言いがたい状況にある。

独音楽産業協会が公表する独レコード市場の推移を見ても、フィジカル(CD、レコード等)が減少しデジタル(配信等)が微増、市場全体としては減少。という世界的な傾向をそのまま見ることができる。

日本では「ソフト産業全体がプラスにつながる」と言えるだけの説明は十分になされているとは思えない。

かつて“違法DL大国”と呼ばれた韓国でも、09年7月の法改正で罰金刑を敷いて以来、2年間で音楽売り上げ(配信中心)が39%増加。音楽ビジネスが持ち直した。

音楽違法DLに刑事罰 6月法案化へ - 社会ニュース : nikkansports.com

これについても、韓国レコード市場を取り巻く状況を全く考慮せずして、回復したという事実のみを見て、法改正の影響に結びつけているように思える。Twitterで少し触れたが、もともと正規購入が配信、CDともに日本に比べると破格とも言えるほど安価であり、有料サービスに手を伸ばし安かったことや、海賊版ユーザの割合が非常に高く効果が出やすかったこと、2009年以前からレコード市場は回復傾向にあったこと、著作権侵害ユーザへの告訴、民事訴訟が乱発されたことなど、様々な要因がからみ合っているように思える。

ここまで随分長々と書いてきてしまったので、韓国の動向については次のエントリで改めて書くことにする。

違法ダウンロード刑事罰化は本当に必要?

正直なところ、違法ダウンロード刑事罰化を求める人たちは、それが実現することで、どのようなプロセスで違法ダウンロードが抑止されるのか、また落ち込む売上が回復するのかを具体的にイメージできているのだろうか。ただ厳しくすれば何とかなるはず、という漠然としたイメージで厳格化を望んでいるだけなのだろうか。それとも、その更に先の規制、たとえばブロッキングやフィルタリング、段階的レスポンス(スリーストライク)制度などの足がかりとしたいのか。

今言われている「違法ダウンロード刑事罰化を必要とする理由」についても、信憑性が感じられず、そうに違いないという漠然とした願望で語られているように思える。また、違法ダウンロードへの刑事罰導入によって生じうる混乱についても、それほど考慮されているとも思い難く、ロビー活動を行なっている人たちやそれを受ける国会議員たちですら知らないのではないかとすら思える(知ってたら知ってたでそれも大問題だが)。

何となく必要そうだ、導入すれば好転するかもしれない、ではなく、導入された際のメリット・デメリットについてきちんと議論し尽くした上で、必要か、必要でないかを判断すべきである。

*1:The term “financial gain” includes receipt, or expectation of receipt, of anything of value, including the receipt of other copyrighted works.

*2:手続きも含め

*3:故意・過失を要件としない