スウェーデン海賊党、児童ポルノ法・非実在青少年規制にもの申す:「絵を描いたとして誰が傷つきますか」

■ スウェーデン海賊党が児童ポルノ解禁を主張: EU労働法政策雑記帳

このエントリにて取り上げられている話題を少し掘り下げてみる。

スウェーデン海賊党の党首リック・ファルクウインエが、ラジオインタビューにて、1999年に改正された児童ポルノ法は、「オープンな社会の外堀を埋めるものだ」と語り、また9月の総選挙に向けたスウェーデン海賊党のマニフェストでも、コンピューター上での「児童ポルノとされるイメージ、文章、音声の所持を合法化する」ことが盛り込まれている。これらの主張には、サイバー犯罪捜査機関のみならず、スウェーデン海賊党の支持者からも批判の声が上がった。

こうした批判に対して、スウェーデン海賊党の候補の1人、Jonatan Kindhは、同党の主張が誤解されているとEUobserverの取材に答えている。以下、記事内の同氏の発言を抜粋。

「あのラジオ局が大げさに騒ぎ立てているだけです。まるで私たちが児童ポルノを肯定的に捉えているようにいわれていますが、全く違います。」

「我々海賊党は児童ポルノに肯定的な態度を持ってはいないことをはっきりと申し上げたい。我々の主張は、現在のスウェーデンの児童ポルノ法に反対だということです。同法では、18歳未満の人物の写真、音声、絵など全ての表現が、児童ポルノだと言われかねないのです。」

「何も児童ポルノ法を無くせと主張しているわけではなく、1999年の改正前の法律に戻そうと主張しているのです。以前の法律では思春期前の児童の性的イメージ*1が児童ポルノであると定義されています。」

「1999年の改正後、スウェーデンの児童ポルノ法は、くびき(自由を束縛するもの)となっています。警察はどんな事件にも児童ポルノ法を適用することができるのですから。このことは、児童ポルノ法が誰に対しても適応しうるということをよく示しています。」

「また、17歳の時にセルフヌード写真を撮り、彼が19歳になるまで手元に置いていたという場合、彼はある日突然、児童ポルノを所有していることになってしまうのです。18歳が境目というのも大きな問題です。」

EUobserver / Pirate Party tackles ultimate taboo of child pornography

非実在青少年表現規制

日本でも「非実在青少年」を規制対象にしようとする東京都の青少年育成条例改正案が問題視されたが、既にスウェーデンにおいては実際の問題となっているようだ。

Kindhはそうしたケースの1例として、スウェーデンのジャパニーズコミック翻訳者が、児童ポルノを所持していたとして有罪判決を受けた件をあげている。

「警察は、彼が所有する1,000冊のコミックの中から51の児童ポルノ画像を発見した主張していますが、彼らが見誤っているだけです。」

「現在の児童ポルノ法はフィクションや芸術にも適用されます。我々海賊党は、架空のイメージ、音声、文章すら禁じる全ての法律に反対します。児童ポルノ法は実在の児童のイメージ(映像や画像)に限定して適用されるべきです。」

「絵を描いたとして、誰が傷つきますか。」

EUobserver / Pirate Party tackles ultimate taboo of child pornography

ごもっとも。このケースについては、「TechinsightJapan」や「なんでも評点」でも取り上げられている。

「なんでも評点」の記事のソースThe Local紙の記事によると、このコミック翻訳者が「日本のマンガの最新の動向を抑えるために」インターネット上で入手した日本のマンガ画像51点が児童ポルノであると判断され、その所持により有罪判決(罰金刑)を受けたという。これは表現の自由を脅かすものでもあるのだが、それについて裁判官はこう話している。

罰金刑を言い渡した裁判官も地元紙Upsala Nya Tidningの取材に対し、「全裁判官一致による裁定であったものの、争点の多い問題に火をつけてしまった」ことを認めている。
その裁判官曰く。「表現の自由と児童の権利保護に関する法規制の間には明確な対立があります。しかしながら、(児童ポルノ規制を定めた) 立法者の意図を鑑みれば、保護の方をより重視すべきだというのが私どもの見方です。この法律の目的は、単に個々の児童を保護するだけではなく、児童一般を保護することにあります」

なんでも評点:児童が登場する猥褻な日本のマンガを所持していたとしてスウェーデン人翻訳家に有罪判決

また罰金刑となった理由については「漫画の中でいかなる卑猥な行いがされていようとも、漫画は漫画であり、危害を加えられた実在の子どもの犠牲者はいない」(Techinsight Japan)ためだという。

なんかこう、もやもやするよね。児童一般を保護するというけれども、それが実際の保護に値するのか、それとも保護した気になれるだけなのか。私は後者だと思うけどね。

実際、この判決にはスウェーデン海賊党以外からも批判の声も上がっている。

現地の大衆紙Expressenは7月22日付けの紙面で、罰金刑を言い渡された翻訳家を支援する論説を述べている。「フィクション作品がいかに不快で猥褻なものであろうと、子供が登場する日本のポルノ漫画を誰がどう考えようと、現実の被害者はどこにもいない。生身の子供たちがわいせつ行為にさらされたわけではない。問題の漫画に登場する子供たちは、漫画のキャラクターに過ぎないのだから」

なんでも評点:児童が登場する猥褻な日本のマンガを所持していたとしてスウェーデン人翻訳家に有罪判決

なお、この翻訳者は現在控訴しているとのこと。

リソースを割くべき対象は?

スウェーデン海賊党副代表のAnna Trobergは、被害者のいない児童ポルノ犯罪を作り上げてしまうことで、別の問題も生じるという。

「現在の児童ポルノ法は、犯罪の範囲を拡大することでリソースを無駄にしています。マンガや他愛のない写真など(被害者のいないもの)ではなく、実在の児童が被害者となっている本当の児童ポルノの取り締まりに注力すべきです。(中略)被害者のいない絵を問題視して、膨大なリソースを無駄にしていることが問題なのです。」

Pirate Party: Cartoons are not child porn - The Local

これは実際的な問題だと思う。規制するということは、取り締まるということでもある。実際の被害者がいる児童ポルノの拡散を食い止められていない状況で、被害者のいない犯罪を作り上げて、そこにもリソースを配分しなければならなくなるだなんてあまりに馬鹿げている。

そもそも被害者がいないのだから、プライオリティは低く、実際に取り締まられることはないだろう、といわれそうだが、現にスウェーデンでは起こってしまったわけだ。

児童ポルノ規制が利用される可能性

児童ポルノを提供する、またはそれを入手するためのリンクを提供するサイトなどに対し、ISPレベルでフィルタリングを行うことより、問題のサイトへのユーザのアクセスを遮断するという手法は世界的に見ても積極的に行われている。個人的にもそうした措置は緊急性の高さを考えると致し方のないものだとは思っている。

ただ、こうしたフィルタリングにも問題がある。簡単に言ってしまえば、どのサイトをブロックしているかを公開できないため、本当に児童ポルノサイトをブロックしているのかを判断できないという問題。もちろん、公開してしまえば、児童ポルノサイトのリストを広めることにもなりかねないので、そうできない事情もわかる。だが、実際に児童ポルノとは無関係のサイトがブロックされている可能性もあるのだ。

2008年、Wikileaksはデンマークの児童ポルノフィルターに含まれているサイトの中に、多数の無関係なサイトが含まれていることを明らかにしている*2 *3。

The Pirate Bayのブロッキング

またスウェーデンのBitTorrentサイトThe Pirate Bayが過去に児童ポルノを理由にブロックされそうになったケースも、そうした問題の1例といえる。スウェーデンでは、警察が児童ポルノ等問題のあるサイトをリストし、それをISPがフィルタリングのために任意で使用しているようなのだが、あるとき警察がThe Pirate Bayを「児童ポルノ」サイトとしてこのリストの中に入れようとしていることが明らかになった。警察曰く、「The Pirate Bayに児童ポルノに関わるコンテンツがあるため」だとして、当該のコンテンツが翌週までに削除されなければ、リストに追加されるだろうとした。

The Pirate Bayは著作権者からの削除要請には応じないものの、児童ポルノに関してはモデレーターが積極的に削除しているし、サイト内の児童ポルノフィルタリングも実装している。ユーザが自由にTorrentファイルをアップロードできるからといって、児童ポルノ交換の温床になっているわけではない。The Pirate Bayのオペレーターは、本当に児童ポルノが問題なら、削除要請なり不正の追及なりのために、速やかに運営者にコンタクトがあってもよいはずなのに、警察側からのコンタクトは全くない、として、これは児童ポルノ問題ではなく、The Pirate Bay潰しのために児童ポルノが利用されているだけだ、と主張した。

結局、早期に問題が露呈したためか、The Pirate Bayがこのリストに掲載されることはなかったが、最後までThe Pirate Bayに警察から連絡はなく、当該のコンテンツが削除されたかどうか、そもそも存在していたかどうかも明らかにはされなかった。本当に児童ポルノの問題ならば、一刻も早く削除を要請すべきだと思うんだけどねぇ。

児童ポルノ対策への相乗り

こうした児童ポルノのためのフィルタリングを多領域に広げようとする人たちもいる。以下の発言は、デンマークの著作権団体のヨハン・シェルターが2007年に語ったもの。

「児童ポルノはありがたい存在です。」と彼は声高に話した。「政治家達は児童ポルノが何たるかをよく理解しているので、実に都合が良い。そのカードを切ることで、彼らを動かすことができる、彼らにサイトをブロックさせることができる。サイトブロックという既成事実さえ作ってしまえば、次はファイル共有サイトをブロックさせる方向に促すことができるでしょう。」

一般的な感覚からはかけ離れた反応がその会場を埋め尽くした。会場にいた人々はその講演に喝采を送ったのだ。音楽産業や映画産業は長きにわたって、パイラシーは何ら実無く彼らのビジネスを滅ぼす、ということを政治家達に信じ込ませようとしてきた。彼らはさらに、児童ポルノを口実にすることで、さらにもう一押しすることができると考えているのだろう。

「いつの日か、我々はIFPI、MPAと密に協力し、大規模なフィルタリング・システムを開発するでしょう。継続的にネット上の児童ポルノを監視し、フィルタリングの効果を政治家達に示すこともできるのです。児童ポルノは政治家が理解しやすい問題ですからね。」とヨハン・シェルターは彼のお仲間に語った。

著作権団体:「児童ポルノはありがたい存在」、児ポを口実にしたWebフィルタリング構想 :P2Pとかその辺のお話

ここまで露骨な発言ではないにしても、最近でも児童ポルノ問題に相乗りしようとする動きは見られている。

児童ポルノなら仕方ない、というところから、なし崩し的に、相乗りするかたちで規制が拡大していく懸念というのはある。もちろん、児童ポルノの拡散は深刻な問題で、解決しなければならないものではあるのだが、児童ポルノの定義やその対策の他領域への拡張可能性などについては、事前にきちんと議論しておかないと、あとあと恐ろしいことになるだろうなぁと心配になる。

なお、日本では児童ポルノフィルタリングの実装に向けて議論が進んでいるところだ。

■児童ポルノのブロッキング、試験運用が10月開始? ISP業界団体が緊急勉強会 -INTERNET Watch

全インターネットユーザの監視に向けて

スウェーデン選出の欧州議会議員Christian Engstromが以前に指摘しているのだが、インターネットユーザの検索ログの保存義務づけを目指す動きもある。

今、全ての欧州議会議員が、データ保全指令を検索エンジンにも拡張することを求める「宣言書(Written Declatatoin)( 訳註: 「児童ポルノ廃絶に向けた早期警戒システム」に関する宣言 )」 に署名することができます。 これは、私たち市民一人一人がネット上で見た情報すべてを常に記録し続けることを強制するというものです。 この監視拡大の議論は、例によって児童ポルノとの戦いであるとされています。

欧州議会:児童ポルノを口実にした全インターネット検索の監視の動き :P2Pとかその辺のお話

もちろん、この「早期警戒システム」なるものが、未来永劫、特定の事件を解決するためだけ用いるという確約があるのであれば、多少はわからないでもないやり方だとは思うのだが、容疑者リストや児童性犯罪者予備軍リストを作成したり、児童ポルノ問題を越えて利用されかねないという懸念も抱かざるを得ない。

終わりに

■ 児童ポルノ所持の恐怖:濡れ衣で失職・自殺した人々 | WIRED VISION

こういう事件を見ると、やりきれないものがある…。議論が感情によってドライブされている部分があると感じるし、その感情は児童保護に向いているだけではなく、同じくらい強く犯罪者への軽蔑や敵視にも向けられている。いや、犯罪者だけではなく、児童性愛者にも向いているのか。

あわててまとめたもんで、ややまとまりに欠けるエントリになってしまったが、児童ポルノ絡みでこういう展開もあったんだよというお話でした。

*1:images: 写真、映像等の狭い範囲を意味している?

*2:オーナーが代わったために児童ポルノサイトではなくなったサイトもあるだろうが、最初から児童ポルノサイトではなかった可能性もある

*3:このWikinewsとWikileaksの対話はなかなかおもしろかったので、是非。児童ポルノ問題に麻薬密売取り締まりの手法を用いることなども提案されている。