作詞家・松本隆が語る「言葉が息を始める瞬間」 ゲストに曽我部恵一を迎え、京都でトークイベント
京都に縁のある作詞家・松本隆さんが、ゲストを迎えて対談するトークイベントが、8月11日、ホテルオークラ京都別館の小さなカフェ 「りょーい」で開催された。8月のゲストはサニーデイ・サービスのボーカル&ギターで、ソロ活動も行う曽我部恵一さん。はっぴいえんど時代からの松本さんの楽曲に影響を受けてきた曽我部さんが、一度聞いてみたかったことを思いのまま松本さんにインタビュー。当時を振り返り、松本さんが少しずつ語ったあとで、曽我部さんがその名曲をアコースティックギターの弾き語りで披露。会場は優美な時間で満たされた。
トークショー当日、2人が登場すると、会場は熱気を帯びる。トークは、一昨年に武道館で開催された、松本隆さんの作詞活動50周年記念ライブ「風街オデッセイ2021」の話から始まった。
そのライブで、はっぴいえんどの3人に加わり、「12月の雨の日」のボーカルを務めたのが曽我部さん。松本さんはその経緯を振り返る。
◇
松本:はっぴいえんどの4人に大瀧(詠一)さんが欠けているから、さて誰を入れようかなと思っていて、曽我部くんを推薦したんだ。
曽我部:はっぴいえんどは、僕が本格的に音楽を始めるきっかけになったようなバンドです。あの場所で歌わせていただいて、夢のような時間でした。はっぴいえんど時代の曲は詞先(※1)が多かったと聞いています。大瀧さんと細野(晴臣)さん、どちらが歌われるかを想定して、歌詞を書き分けていらしたのですか?
松本:そうだね。大瀧さんと作るのは「朝」のようなラブソング。細野さんは「しんしんしん」みたいな、社会的な視線を織り込んだ曲が合うんだよね。大瀧さんと出会って間もない頃は、まだお互い価値観もわからなくて、情景を描いた曲が多かった。「12月の雨の日」は大瀧さんの家を訪ねる道すがらで、タクシーを待ちながら眺めた雨上がりの通りに着想を得た曲。その夜に、「春よ来い」の歌詞も書き上げたんだ。2人に書いた詞に曲がうまくつかない時は、詞を交換するなんてこともあったよ。
曽我部:はっぴいえんど時代のお話は貴重なお話ですね。すごく興味深いです。
松本:「暗闇坂むささび変化」は、始めは細野さん、次に大瀧さんが曲作りをしたけれどどちらも苦戦して、京都のライブで移動中、ガラガラで貸切状態の深夜バスの中で細野さんと大瀧さんが合作して作り上げたんだ。そんな作り方をしたのはこれ1曲だけ。
曽我部:それでお2人がずっとハモっているんですね。はっぴいえんどの楽曲に出会った時は、すごく衝撃を受けたんですけど、実はそれだけじゃなくて、子どもの頃から心を掴まれてきたあの曲もこの曲も、みんな松本さんの作詞だったと後から知ったんです。そういう意味で、松本さんの言葉は僕に染み込んでいます。
―― ここで、はっぴいえんど「空いろのくれよん」を弾き語り
松本:曽我部くんはシルクのような声だね。当時の大瀧さんはハンク・ウィリアムズに代表されるカントリーに惹かれていたし、僕はソウルに惹かれていた。みんな自分の興味を模索していた時期だったね。
曽我部:アルバムを出されるにつれ、大瀧さん、細野さんがご自身で詞を書くことも増えていきましたよね。松本さんとしてはいかがでしたか。
松本:はっきり自分の書きたいテーマを意識して作り始めたかな。それまでも無意識に都市の歌を作っていたんだけど。それが後々僕が書くJ-POPの基礎になっていったと思う。3枚目のアルバム『HAPPY END』は、アメリカでレコーディングしたんだ。もうネタは出尽くしたんじゃないかというほど、2枚目の『風街ろまん』が重みのあるアルバムだったから、僕はそれほど乗り気ではなかったけど、みんなアメリカでのレコーディングに憧れていたからやることになった。
曽我部:当時のアメリカは今以上に憧れの国ですからね。
松本:それで、誰かから聞きつけてスタジオにヴァン・ダイク・パークス(※2)が現れたんだ。楽曲を共作できてすごくラッキーだった。詞はワンフレーズの繰り返しで、と言われてその場で書いたんだ。すぐにできたよ(笑)。それが「さよならアメリカ さよならニッポン」。これはロサンゼルスで録音して帰国してから音を整える予定だったけど、独特の乾いたサウンドが再現できなくて、そのまま現地のラフミックスを出したんだよ。本当に偶然だよね。
曽我部:そんな偶然から、すごい名曲ができることもあるんですね。
松本:詞も、案外さっと書けたものが良くて、直せば直すほどつまらなくなったりすることもある。
曽我部:僕もそういうことあります。一筆書きのようにできた曲には、何かがありますよね。あとで見ると辻褄の合わないところもあるけれど、直すと何かが死んでしまうという。
松本:直すこともあるけどね。特に歌手が歌いにくいと言ったらパッと直す(笑)。
曽我部:制作には多くの人が関わるので、詞を直してくださいと言われて戦うこともあるのではないですか。
松本:メロディに入りきらないとか、イメージに影響しないところは直すけれど、よっぽどの時は「降ります」と言えばいい(笑)。僕は、自分が気に入らない詞が世に残るのが一番イヤなんだ。その思いがあったからこの世界を生きて来られたと思う。
―― ここで、大瀧詠一「それはぼくぢゃないよ」を弾き語り
曽我部:これははっぴいえんど時代の大瀧さんのソロアルバムの曲で、恋人と微睡む明け方のひと時を切り取った素敵な曲ですね。たしか曲先(※3)だと聞いたことがありましたが。
松本:メロディじゃなくて、大瀧さんの指定した音数に合わせて作詞した曲だね。少し実験的で、五七五で詠む俳句のようなところも日本的な感じがして面白かった。大瀧さんとだから描けるロマンチックな世界で、完成した時はすごく嬉しかったのを覚えているね。
曽我部:自由で何ものにも縛られていないような、なんともいえない素晴らしい情景の歌詞とメロディですね。これはご自身の体験が反映されているんでしょうか。
松本:作詞でよく言うのは、95%虚構で5%が真実。どこかに本当のことがないと説得力が生まれないよ。
―― ここで、大瀧詠一「指切り」を弾き語り
曽我部:歌詞には鋭い爪でみかんの皮をむいているという表現が出てきます。そんなわずかな言葉から、女性がどんなタイプで、2人がどんな恋人たちなのか、自分がすぐそばで見ていたかのように、微妙な関係を浮かび上がらせます。この曲で松本さんの描く恋人たちには、お互いが距離を測っているような、独特の空気感がありますね。
松本:恋愛では男女の自我が一致する時と、ずれる時があるよね。そのずれる瞬間が、僕にとっては大切なところ。
曽我部:やはり、ご自身の体験、ノンフィクションという感じがします(笑)。
松本:振り返ってみると、フィクションなんてないんだよ(笑)。詞を書いているとね、言葉が息を始める瞬間がある。
―― ここで、YMO「君に、胸キュン。」を弾き語り
曽我部:たとえば相手に「気があるの?」と聞かれたときのシーンの描写。それだけで状況や関係が浮かぶフレーズが何度も出てくるんです。当時僕は田舎の小学生で、楽しいこともあんまりなかったけど、心の中には「君に、胸キュン。」の素敵な世界があった。そのことが本当に救いでした。
松本:YMOもいいけど、今の弾き語りも最高にいいね。この曲は当時、YMOの3人から「アイドルをやりたい」って言われて、オリコンで1位を獲れる楽曲を依頼されてたの。でも、オリコンでの最高順位は2位。1位はといえば、松田聖子「天国のキッス」だった。僕が作詞で、細野さん作曲の。自分たちで1位を阻んだんだよね(笑)。
曽我部:この曲もそうだし、僕は松本さんが紡いでこられた言葉に勇気づけられ、救われ、生きてこられた。自分のカバーアルバムでもカバーさせていただきました。松本さんの言葉が自分の人生にあることに感謝しています。
松本:僕も曽我部くんの歌声が好きで、ソロの曲もよく聴くよ。カバーしてもらえるのはとても嬉しい。これからも、いろいろな形で歌い継いでいってもらいたいと思う。
松本 隆
1949年生まれ、東京都出身。1969年に結成したはっぴいえんどでドラムを担当し、多くの楽曲で作詞を手がける。生まれ育った東京の情景や都市に暮らす人々の心象風景を描いた歌詞でファンを獲得。解散後は作詞家として活動。太田裕美「木綿のハンカチーフ」、近藤真彦「スニーカーぶる〜す」などミリオンセラーを連発し、寺尾聰「ルビーの指環」で第23回日本レコード大賞を受賞した。2021年に作詞活動50周年を記念してトリビュート・アルバム『風街に連れてって!』を発売し、ライブ『風街オデッセイ2021』を開催。2017年秋に紫綬褒章を受章。
曽我部 恵一
1971年生まれ、香川県出身。92年にサニーデイ・サービスを結成し、ヴォーカリスト/ギタリストとして活動。作詞作曲を担う。同バンドは94年にメジャーデビューし、95年に1stアルバム『若者たち』をリリース。はっぴいえんどを始めとする70年代日本のロック・フォークを新たな解釈で再構築したサウンドと、日常を詩的に描き出す歌詞でファンを集める。2001年、シングル『ギター』でソロデビュー。楽曲提供やプロデュースのほか映像監督や執筆など幅広い活動を行う。2023年9月から『サニーデイ・サービス TOUR 2023 第2部』で全国ツアー予定。
※1 詞先:楽曲制作において、作曲より先に作詞を行う手法のこと。
※2 ヴァン・ダイク・パークス:アメリカの作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。ザ・ビーチ・ボーイズのアルバム『スマイル』の制作に携わったことで有名。
※3 曲先:楽曲を制作する際に、作詞より先に作曲を行うこと。
【次回予告】9月30日には、松本隆さんの特別トークイベント第2回を開催。ゲストに「久保田麻琴と夕焼け楽団」「裸のラリーズ」他数々のバンドで活動し、現在音楽プロデューサーとして活躍する久保田麻琴さんを迎える。
主催:株式会社山岡白竹堂
企画・運営:株式会社ユニオン・エー