子育て、介護、更年期……山ガールたちが山から下りた理由

市川明代
市川明代
2008年夏、登山専門誌用の取材で、登山道最難関ルートとされる「西穂高岳-ジャンダルム-奥穂高岳-大キレット-槍ケ岳」を大縦走した際に撮影=本人提供
2008年夏、登山専門誌用の取材で、登山道最難関ルートとされる「西穂高岳-ジャンダルム-奥穂高岳-大キレット-槍ケ岳」を大縦走した際に撮影=本人提供

 かつての「山ガールブーム」をけん引したイラストレーターの鈴木みきさん(52)が、このほど20冊目となる新刊「知っている山からはじめよう! 大人の日帰り登山」(講談社)を出版しました。敷居の高かった登山の世界をわかりやすく説き、女性たちから支持されてきた鈴木さん。インタビュー前編では、大人の女性たちが山に登れなくなる理由、そして、それを乗り越えるすべについて聞きました。

(上)子育て、介護、更年期… 山ガールたちが山から下りた理由 鈴木みきさん ←今回はココ
(下)登り続ける、でも執着しない 大人になった山ガールの「山との付き合い方」

「これから楽しみを見つけたい」超初心者へ

 ――登山の本は、実に6年ぶりとのことですが、今回は今までよりぐっと初心者向けのような印象を受けました。何か考えるところがあったのでしょうか。

 ◆新型コロナウイルスが落ち着いてきたころ、さまざまな媒体から「登山を始めるためのアドバイスを教えてほしい」というお話がありました。その全てが、「これから楽しみを見つけたい」というミドル世代向けのものでした。

 そこで、はっとしたんです。これまで初心者向けの読み物を執筆してきましたが、読者層はもう少し若い人たちを想定していたので、「登山靴がなければスニーカーで構いません」「何もそろえなくていいので、まずは登ってみましょう」と書いてきました。でも大人たちに向けて、それを言うのは怖いなと。

 私自身、50代になって、体力が落ちて無理が利かなくなっています。若い頃なら転んでもパッと手をつけたところでも、今はそうはいかないかもしれない。だから、準備にじっくり時間をかける、超初心者向けの本を書こう、と思ったんです。

登山系イラストレーターの鈴木みきさん=東京都千代田区で2024年6月26日、市川明代撮影
登山系イラストレーターの鈴木みきさん=東京都千代田区で2024年6月26日、市川明代撮影

山ガールが山を下りた理由

 ――「山ガール」という言葉がユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされたのは2010年。戦後の第1次、バブル崩壊後の第2次に続く、「第3次登山ブーム」と言われた時期です。当時、登山雑誌でイラストを描いたり、登山の指南本を出版したりしていた鈴木さんは、ブームのけん引役とも呼ばれましたが、そういう意識はありましたか?

 ◆実際に山を登っていると、その少し前から、若い女性がじわじわと増えてきたなという印象がありました。

 山ガールブーム以前の山業界は、完全に男の世界でした。登頂が大前提で、「○○岳を制覇してやる」という感じで。私を含め、女性たちはそこにフィットしなくて、逆に嫌悪感みたいなものを感じていたように思います。

 「別に山頂まで行けなくても、山小屋まででもいいよね」って。大好きな山を「制覇する」なんて言われると、「山はアナタのものなの?」と言い返したくなったりして。

 ちょうどシニアの登山愛好家がリタイアし始めた頃でしたので、登山人口が減り続けていけば、山小屋や登山道を維持管理できなくなってしまう。だからとにかく裾野を広げて登山者を増やしたい、ボリュームを膨らませたい、というのは関係者の誰もが思っていたことでした。

 そこにメディアが乗っかって、「山ガール」という言葉を作り出したのでしょうね。

 ――おしゃれなパーカやスカートを、アウトドアブランドがこぞって出しましたよね。ブームの中心にいたのは、どんな人たちだったのでしょう。

 ◆「フジロックフェスティバル」のような音楽フェスブームがあって、そこから流れてきていたり、キャンプブームを経てきていたり。ヨガやマラソンからという人も多かったかもしれません。結構若い人が多かったですね。今思えば、少し子育てが落ち着いた40~50代ぐらいの人たちもいました。

 ――かつての山ガールたちは、今どうしているのですか?

2015年、ネパールエベレスト街道トレッキング中、標高4000~4500メートル付近で撮影=本人提供
2015年、ネパールエベレスト街道トレッキング中、標高4000~4500メートル付近で撮影=本人提供

 ◆一部は本当に山が大好きになって、いまでも登っています。でもブームはブームなので、大半は山を下りたのではないかと思っています。

 ライフステージの変化で、結婚や出産をしたり、会社で役職が上がったり、というので山に登っていられなくなった、という人たちが多かったように思います。

 ――いまは、どんな人たちが鈴木さんの本を読んでいるのですか?

 ◆今回の本を出す前は、読んでくれるのは子育てが一段落した40~50代の女性だろうと思っていました。でも、サイン会の会場には、「親の介護が終わったので…」という人たちが目立ちました。想像していたよりもう少し上、50~60代の女性たちです。

 当初、初心者本にはそこまでのニーズはないと思っていました。私の本の読者には初めて登る人は少ないし、既に登ったことのある人にとっては既知の情報が多いし。でも、そんなことはなかったようです。

 「コロナで家に閉じこもっているうちにすっかり体力が落ちてしまって、登る自信を失って、もう山はいいかなと思っていました。でもみきさんの本を読んで、やっぱり登りたいと思いました」という声を何人もの人からいただきました。

大人の登山に立ちはだかる障壁

2008年夏。中央アルプスの千畳敷カールから木曽駒ケ岳に向かう途中、友人に撮影してもらった写真=本人提供
2008年夏。中央アルプスの千畳敷カールから木曽駒ケ岳に向かう途中、友人に撮影してもらった写真=本人提供

 ――大人にとって、登山を始める、再開する、というのはかなりハードルが高いものなのでしょうか。

 ◆仕事にしても介護にしても、日々の生活で何らかの障壁を抱えている時に、それを調整してまで山に登ろうと思えるかどうか、だと思います。そのための気力、体力があるかどうか。

 若いうちは、突然「明日、山に登ろう」と思い立ったら、自分の意志だけの勢いで予定をねじ込んでしまったりできます。体力があるから高いテンションのまま帰ってこられる。

 でも年を重ねると、実際に登る日が近づくと本当に登り切れるかと不安になったり、ちょっと面倒になったり。体力もないから、クタクタになって帰ってきたら、復帰するのにものすごく時間がかかると分かっている。「山に登るんだ、登れるんだ」という自己暗示をかけないと登れないところもあると思うんです。

 ――今回の新刊では、日常生活でできるトレーニングとして階段の上り方なども紹介しています。大人の登山には、こうした下準備も重要ですか?

 ◆実際には、本に書いたような階段の上り下りだけでは、現場で疲れなくなるほどの体力・筋力がつくわけではありません。でも、「毎日、階段を上って頑張ってきたじゃないか」という気持ちが、へこたれてきたときの心の支えになったりするんです。

 ――気持ちの問題ですね。

 ◆私もそうなのですが、やる気が出てこない、モチベーションが上がってこない、まさに「欲が出ない」、そういう年代の人たちにとって、「あの山に登るんだ、あそこまで行くんだ」という目標を掲げるのは大きいかもしれません。

2008年ごろ。プロフィル用に撮影した写真だという=本人提供
2008年ごろ。プロフィル用に撮影した写真だという=本人提供

 山登りは確かに体力を消耗するけれど、「登頂」というおまけみたいなものもついてくるから、頑張ることが成功体験につながります。もちろんそれは年齢問わずあると思いますが、その実感の度合いが、若い頃とは違うんじゃないかなと思います。

 年を重ねてから初めて山に登って、登頂できたりしたら、「この年でも新しいことにチャレンジできた」と思えますよね。更年期特有の症状が出てきたり、外見も含めて自分に自信を無くして卑屈になっていたりする中で、「年を取るのも悪くないじゃない」と感じてもらえるんじゃないかと。

 ――登る人にも、登らない人にも、参考になりそうなお話です。

 ◆私には山のことしか分かりません。でも、他のことで、同じような経験をしている人は多いと思います。

 これまで出した20冊の本には、もちろん登山のことを書いてきましたが、登山になぞらえながら「生き方」について書いてきたようにも思います。そこに共感してくれたり、「励まされる」と言ってくれたりする人は多いですね。

母への申し訳なさが先に立って

最新刊「知っている山からはじめよう! 大人の日帰り登山」(講談社)を出版したイラストレーターの鈴木みきさん=東京都千代田区で2024年6月26日、市川明代撮影
最新刊「知っている山からはじめよう! 大人の日帰り登山」(講談社)を出版したイラストレーターの鈴木みきさん=東京都千代田区で2024年6月26日、市川明代撮影

 ――最近は、鈴木さんもあまり山には登っていないそうですね。

 ◆コロナが落ち着いてきたころに、東京の実家に一人で暮らしていた母が認知症になって。昨年夏に札幌から東京に戻ってきたんです。

 ――お母様のことが心配で登れなくなったのですか?

 ◆24時間付き添いが必要というような状況ではまだなかったのですが、母への申し訳なさが先に立って、家を留守にできない。自分も介護になれていないので気持ち的に無理でした。特に高い山とか、数日間かかる縦走登山は、全く行けなくなりました。もうこのまま、一生登れないんじゃないかと思ったこともありました。【聞き手・市川明代】

 インタビュー後編では、登山ブームをけん引した若い頃のこと、そして、年を重ねたいま思うことについて聞きました。

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