EU(欧州連合)は年内に新デジタル規制DSA(デジタルサービス法)を発効させる。前編で述べたようにTwitterはすでにEUの監視対象だ。Twitterのような巨大SNSでのヘイトスピーチ放置には巨額の罰金が課されるようになる。
この2023年6月下旬にはブルトン欧州委員が同社を訪問してヘイトスピーチ対策をしっかり実施するよう念を押した。それを考えると前述のヘイト監視団体CCDHを初めとする外部団体の指摘はTwitterにとってはありがたい助言のはずだ。指摘された不備を解決しなければEUでの事業継続は無理だからだ。
ところがTwitterは2023年7月31日、CCDHを訴える暴挙に出た。この経緯を見ると、TwitterがEUが求めるヘイトスピーチ規制を遵守するとは考えにくい。このままではTwitterのEU撤退は避けられないといえる。あるいは「罰金刑は不当だ」としてEU当局を訴える暴挙に出るかもしれないが。
極右、差別者はマスク氏の「ビジネスパートナー」
ヘイト監視団体CCDHは、どのような指摘をしてきたのか。
2023年2月9日、前出のCCDHは、Twitterが極右インフルエンサーら10名のアカウントの有害コンテンツから年間最大1900万ドルの広告売上げを得ていたとの推定を報告した。
CCDHが挙げた名前の中には、女性差別発言で有名な極右インフルエンサーのアンドリュー・テイト(Andrew Tate)がいる。CCDHは、テイト1人の投稿によりTwitterは年間128億ビュー、広告売上げ1230万ドルを稼いでいると推定している。
テイトはいわくつきの問題人物だ。元キックボクサーで、「レイプは女性にも責任がある」など過激な女性差別発言で名を上げた(この発言のため2017年にTwitterアカウントを永久凍結されたが、イーロン・マスク氏は買収後すぐ彼のアカウントを復活させた)。2022年12月には6人の女性を監禁してオンラインポルノに出演させ売上げを搾取する組織的人身売買の疑いによりルーマニアで逮捕され、今も捜査は続いている。
テイトは環境活動家グレタ・トゥーンベリをTwitterで揶揄して返り討ちに合い、このときTwitterで史上最も閲覧されたツイート(投稿)の1本が生まれた。
(女性差別で有名なアンドリュー・テイトは、環境活動家グレタ・トゥーンベリを揶揄しつつ大排気量スポーツカーを自慢した。それに対するグレタ・トゥーンベリの返答は、Twitter史上最も「いいね」を集めた投稿の一つとなった)
このほか親トランプ派の暴徒による連邦議会議事堂の侵入をライブストリーミングするなどした極右インフルエンサーで犯罪歴があるベイクド・アラスカ(Baked Alaska)、ネオナチ系ウェブサイトThe Daily Stormerの創設者アンドリュー・アングリン(Andrew Anglin)らの名前が上がっている。犯罪歴があるような極右インフルエンサーらとマスク氏は、差別発言をビジネスの糧とする点で利害を共有しているのだ。
2023年6月1日、CCDHはTwitter上で「認証マーク」付きアカウントが投稿した100件のヘイトスピーチを発見しTwitter運営に報告、そのうち99件が4日以上放置されたと報告した。残る1件も投稿を削除しただけで、アカウントまでは削除しなかった。同団体が発見したヘイトスピーチの具体例が報告書に記載されている。黒人、ユダヤ人、イスラム教徒、LGBTQ+を誹謗し危険に晒すひどい投稿ばかりだ。
7月13日に、Twitterは、コンテンツを投稿したユーザーに広告収益を配分すると発表。前出の極右インフルエンサーのアンドリュー・テイトはその先行ユーザーの一人となり「2万ドルを受け取った」と投稿した。他にも複数の極右インフルエンサーらが収益配分を受け取ったと報告している。マスク氏は、自分が気に入った極右インフルエンサーを優遇する姿勢を隠さない。収益配分により、テイトら差別者たちは、名実ともにマスク氏の「ビジネスパートナー」となった。
7月18日、イーロン・マスク氏はTwitterへの投稿でCCDHを「邪悪だ」、団体CEOのイムラン・アーメド(Imran Ahmed)氏を「ドブネズミ」と呼び中傷した。
このマスク氏の投稿の文脈もかなり奇妙なものだ。大統領選で民主党指名候補争いに出馬表明したロバート・ケネディ・ジュニアが唱える反ワクチン陰謀論言説をCCDHが指摘したのだが、これを批判する連続投稿がTwitterで掲載された(マスク氏はこの種の連続投稿を「Twitter File」と名付け、自分に親しいジャーナリストに書かせ投稿させることを繰り返している)。
この連続投稿への「合いの手」となる投稿で、マスク氏はCCDHとそのCEOを中傷した。マスク氏はCCDHを中傷するだけでなく、ロバート・ケネディ・ジュニアの反ワクチン陰謀論を擁護した格好だ。
7月19日、経済メディアBloombergは前出のヘイト監視団体CCDHの調査を元に「TwitterでLGBTQ+の人々を中傷する投稿が119%増加、 『Qアノン』陰謀論関連のハッシュタグが昨年から91%増加、2023年にはハラスメントの報告が6%増加」と伝えた。この記事を受けてTwitterはCCDHを脅かす書簡を送り、そして実際に訴えた。
7月31日に発表されたヘイト監視団体CCDHへの訴訟を伝えるTwitterの発表文は、事もあろうに「表現の自由を守る」と題されていた。同社の態度は「当社はヘイトスピーチを表現の自由として守る」というサインと受け止められるだろう。このような姿勢はマスク氏と「ビジネスパートナー」の関係にある極右インフルエンサーやその支持者に迎合したものといえる。
8月1日、TwitterのCCDHへの提訴を受けて民主党の3人の議員がイーロン・マスク氏に対して書簡を送り、独立した調査団体への「敵対的な姿勢」を取ることを批判。否定的なレポートを発表したジャーナリストや研究者に対する報復行為を止めるよう求めた。
CCDHの本拠地である英国でも動きがあった。英国で技術・デジタル経済担当大臣政務次官(Parliamentary Under-Secretary of State for Tech and the Digital Economy)を務めていた保守党のダミアン・コリンズ(Damian Collins)議員はCCDHの理事を務める。コリンズ議員はTIME紙に「イーロン・マスクの行為は異常だと思う。これはほぼ "法律戦争 "で、豊富な資金を持つ組織が非常に小さな組織を脅かしている」と語った。
SNSの有害な影響を受け14歳で自殺した少女モリー・ラッセル(Molly Russell )の父親、イアン・ラッセル(Ian Russell)氏もCCDHの理事だ。氏はCCDHへの訴訟は「市民社会に対する前例のない攻撃」と批判した。SNSに我が子を奪われた遺族が、マスク氏の反社会性を指摘した形だ。SNSは差別される脆弱な人々だけでなく、多感な少年少女や若者のメンタルヘルスを損ない、時に死に追いやってしまう。TwitterやMetaのような巨大SNS企業には、大きな社会的責任がある。
有名企業にとって、ヘイトスピーチと並んで自社広告が掲載されることは避けたいことだ。2023年7月16日、マスク氏は「広告収入は50%近く減少している」と発言した。同社の売上げは広告収入が大半であり、同社の収益は深刻なダメージを負ったままだ。
ビジネスの常識で考えると、極右インフルエンサーらのヘイトスピーチを放置した姿勢のまま広告売上げを復活させることは難しい。CCDHを訴えても広告主は戻らない。したがってマスク氏の行動は非合理的なのだが、この非合理性こそがマスク氏とTwitterを理解する鍵だ。マスク氏にとってCCDHの指摘は合理性抜きに復讐せずにいられないほど腹立たしいものだったのだ。
マスク氏以前からTwitterの有害性は指摘されてきた
ヘイトスピーチ放置を批判しているのは、CCDHだけではない。
2023年1月、「反ユダヤ言説を放置した」としてドイツの市民団体がTwitterを訴えた。訴えたのは反ヘイト団体HateAidと欧州ユダヤ人学生連合(EUJS)。ホロコースト否定を含む反ユダヤのヘイトスピーチを放置した疑いだ。両団体は発表文で「Twitterは真の憎悪と暴力を育て、その結果、我々の民主主義的価値を無視することになる」と糾弾した。
実は、Twitterの有害コンテンツの問題はマスク氏が買収する前から指摘され続けてきた。Twitterを善悪の2面性をもつ「ジキルとハイド」に例えた論評もある。善の側面は人々が平和に雑談する井戸端会議であり、国家首脳や有力メディアが発信する情報をリアルタイムで受け取れる公共の場。悪の側面は人々が党派に別れ互いに中傷しあい攻撃しあう場だ。
人権団体アムネスティ・インターナショナルは、2018年3月に「Toxic Twitter(有害なTwitter)」と題する報告書を公開。米国と英国のTwitter女性ユーザーらを16カ月にわたり調査し、また86名の女性らへのインタビューを実施。「Twitterがとりわけ女性ユーザーにとって有害な場所である」ことを実証した。この報告書には当時のTwitter社CEOだったジャック・ドーシー氏のコメントも掲載されている。
つまりTwitterもヘイトスピーチやハラスメントの問題は認識していた。そこでCCDHやアムネスティのような人権団体やヘイト監視団体と連絡を取る体制を構築し、社内にモデレーション(監視・管理)チームを置いて対処を続けてきた。成果は不完全だったかもしれないが、少なくとも問題を緩和させる措置は取っていた。
ところが、マスク氏はヘイトスピーチ対策の体制を解体してしまった。Twitterのヘイトスピーチ対策は深刻なバックラッシュ(後退)を余儀なくされていると考えるのが自然だ。
前編で触れたように、マスク氏は「買収後のヘイトスピーチは減っている」と主張する。ただし根拠は不透明だ。第3者による報告はいずれもヘイトスピーチの放置を指摘している。
児童ポルノ放置の指摘も 窓口は機能不全に
有害コンテンツはヘイトスピーチだけではない。児童性搾取資料(以下CSAM:Child Sexual Abuse Material、いわゆる児童ポルノ)の問題も指摘されている。
マスク氏はTwitter買収から1カ月たった2022年11月下旬、「子どもの搾取をなくすことが最優先事項だ」と宣言した。だが米紙New York Timesは2月6日、マスク氏支配下のTwitterでは、CSAMの掲載を報告しても、削除に今までの2倍の時間を要するようになったと報じた。しかも組織の弱体化で報告すべき窓口も機能不全に陥っている。
スタンフォード大学インターネット観測所(Stanford Internet Observatory)は3月12日から5月20日までの間、40件以上のCSAMが放置されていたと報告した。同観測所は約10万件の投稿を調べ、マイクロソフトが提供するCSAM発見ツール「PhotoDNA」と全米行方不明/被搾取児童センター(NCMEC)の画像データベースを利用した。
Twitterは指摘された問題の改善を約束するのではなく、コンテンツの調査に必要なAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)の利用料金を高額に設定した。同観測所は高額な料金を支払えず継続的な調査中止を余儀なくされた。
情報開示が極端に減少 その非合理性にこそ注目すべきだ
通常、企業アナリストや経済ジャーナリストが企業活動を分析する場合、まず年次報告書や財務情報の開示、プレス発表など公表された資料を調べ、その上で幹部へのインタビューを実施するのが通例だ。ところがTwitterはマスク氏の買収により非公開企業となり情報開示が極端に減った。
今やTwitter(X社)は対外広報組織を持たず(マスク氏が解散させた)、同社幹部にきちんと取材した記事は皆無だ。同社の公式情報は幹部によるTwitterへの投稿と、たまに発表されるBlog記事がすべてだ。異例なことに、同社はCEO交代やブランド変更という非常に重要なニュースをTwitterへの投稿だけで済ませ、発表文を公開する形の正式発表をしていない。
分析対象となる情報が極端に乏しい中で、今のTwitterが取り得る合理的な施策を考えてみたい。
オーナーのイーロン・マスク氏や、この2023年6月に着任したばかりのリンダ・ヤッカリーノ新CEO(最高経営責任者)は、決済機能を軸にいわゆる「スーパーアプリ化」、マスク氏らの言い方では「なんでもアプリ(everything app)」化を進め、新市場を創出するビジョンをTwitterの投稿で語っている。またTwitterは、米国の3つの州で送金ライセンスを取得したと公表している。ただし、それ以上の対外的な説明はない。
では、この「スーパーアプリ」の構想に基づき事業を立て直すとしたら、Twitterは何をすればいいだろうか。
まずコンテンツモデレーション、特にCSAMとヘイトスピーチへの対策をしっかり行い、広告主の信頼を取り戻し、売上げを回復させる。これによりEUから撤退しなくて済むようになる。ヘイトスピーチ対策以外にも企業コンプライアンス(法令遵守)を徹底し、ユーザーからも金融規制当局からも信頼される会社にする。それができなければ、決済機能を軸とした「スーパーアプリ化」は無理だ。弱体化したエンジニアチームも立て直す必要があるだろう。
だが、現実はその反対方向に動いている。Twitterはマスク氏らが気に入っている極右インフルエンサーとその支持者の楽園となり、広告主は戻らず、ヘイトスピーチ規制を強めるEUからは撤退を余儀なくされる可能性が大きい。げんなりする予想だが、現時点ではこれを覆す材料は見えてこない。
Threadsかそれとも 非商業SNSに注目しよう
Twitterの体験が悪化したと感じている人は、どうすればいいのか。名案はない。
新SNSのThreadsはTwitterと似た使い勝手を提供しているが、人々にとって良い場所になるかどうかはまだ分からない。運営会社のMetaはSNSの利用者のデータの使い方が非倫理的であるとして再三問題視されている。筆者はThreadsにもアカウントを作っているが、もう少し様子を見たい。
収益を広告に頼る商業SNSは、いわば利用者のコンテンツ、閲覧行動、そのデータを広告主に売ることで売上げを立てている。運営会社にとっての顧客は広告主であり、利用者ではないのだ。
今のところ、筆者はTwitterからの避難先として商業SNSではない選択肢に目を向けている。
試しているのは、公益法人が運営する招待制の新しいSNSであるBlueskyと、ボランティアのチームが運営する多数のサーバーが「連合」するMastodonだ。どちらもTwitterから避難してきた人達で賑わっている。Blueskyは8月に50万ユーザーを突破した。一方のMastodonは1000万ユーザーを突破し、月間アクティブユーザー数は180万から200万ほどの規模だ。
これら非商業SNSは、Twitterに比べれば、小規模で影響力が小さな存在に見えるかもしれない。各国元首や政府機関や主要メディアが公式アカウントを開設し毎日2億人のユーザーが使うTwitterは、いぜん代替がきかない存在だ。
それにも関わらず、英語圏ではTwitterから立ち去る人物や公式アカウントが徐々に増えている。メディアのTwitterアカウントでは米国のNPR(National Public Radio)、PBS(Public Broadcasting Service)、オーストラリアのABC(Australian Broadcasting Corporation)がTwitterの利用を停止した。Twitterから離脱した個人ユーザーも多く、英語圏では「人が減ってしまった」と嘆く論調の記事を見かける。
一方、非商業SNSにはTwitterの異変に反応して人々や団体が集まりつつある。英BBC、EU(欧州連合)、オランダ政府はMastodonの利用を始めた。BlueskyにもNew York Times、Washington Post、岩波書店のアカウントがある。新天地で自分たちにあった文化を築いていくやり方は、本来のインターネット流のやり方ともいえる。
今まで見てきたように、Twitterのオーナーであるイーロン・マスク氏は刹那的な注目への渇望にとらわれている。ヘイトスピーチは今後も実質的には見過ごされるだろう。なぜならマスク氏は自分の意見と親和性があり、しかもTwitterに多くのアクセスをもたらしてくれる極右インフルエンサーを切り捨てたくないからだ。
今後も公式発表では「ヘイトスピーチには対処済み」と言明し続け(企業に広告出稿を正当化する理由を提供するためだ)、異議を唱える外部の団体や規制当局とは揉め続けるだろう。非合理的な迷惑路線を突き進むTwitterの今後がどうなるか、それは分からない。だが、筆者はその行く末を見届けたいと思っている。