外資系IT企業で⁠⁠ソリューションアーキテクトとして働く ~技術力とあわせて必要になる英語力

外資系ITのイメージとは?

外資系IT企業と聞くと、みなさんはどのようなイメージをまず思い浮かべるでしょうか?

一言で外資系といっても、GAFAM[1]のような世界的な大企業から日本に進出してきたばかりのスタートアップ企業まで大小さまざまです。企業によって違いはあれど、共通してまず気になるのが「言語の壁」でしょう。ごく一部の日本法人を除くと、日常業務において英語は必須スキルとなります[2]。例えば社内ドキュメントが英語のみだったり、入社面接も英語で行われるところがほとんどです。

これを聞いて「自分は英語ができないから外資系には入れないな」と思う方が多いかもしれません。英語が必要であることには変わりありませんが、そう結論づけるのは早計といえます。

私のキャリアは日本のIT企業でソフトウェアエンジニアとして働くところから始まりました。いくつかの日本企業を経て外資系の日本法人に移り、外資系企業も複数経験してきました。日本企業にいるときはほとんどの業務を日本語で進めていましたが、外資系へ転職したあとに働きながら英語力をつけることで、今では「言語の壁」を感じることなく、自身の業務を行えるようになっています。

また『日本法人は単なる販売代理店でしかない』⁠福利厚生が充実していない』などの「都市伝説」がよく語られますが、実際に中に入ってみると「なぜそのようなことは言われているのだろうか」と思うくらい、実態とかけ離れていると感じています。

本記事では、日本企業から外資系スタートアップに参加し、働きながら英語を学ぶことで今や外資系ITの人となった私が経験してきたことをもとに、働きながら身につけた英語の学習プロセスや、仕事内容、待遇・福利厚生など外資系の実態についてお伝えします。外資系ITで働くことに興味がある方の参考になれば幸いです。

日本における外資系ITの2つの世代

外資系ITといってもさまざまな企業があります。外資系ITで働くことについて話を進める前に、私が考える外資系ITに関する2つの世代について話しておきます。

1つ目の世代(第一世代)は、1990年代以降のITバブルで大きく成長したMicrosoft、Oracle、SAPなど、エンタープライズ向けの製品を主に展開する外資系ITです。もう1つの世代(第二世代)は、2000年代以降のWeb 2.0時代に勃興した、Webサービスや企業向けSaaSなど、Web上で自社サービスを展開している外資系ITです。第二世代の会社として、Elastic、Uber、Shopify、GitHub、私が現在所属しているStripeなどが挙げられます[3]

この2つの世代間において、それぞれの日本法人が求めているソリューションアーキテクト[4]のミッションは異なってくると私は思っています。第一世代の企業は比較的日本的な企業風土を備えており、ミッションもエンタープライズ向けの営業という面が強い一方、第二世代の企業はスタートアップの趣を残し、開発者中心の社内文化や本国の開発者と直接関わる社内体制など、いい意味でも悪い意味でも日本的な企業風土になっていないところが多いという違いがあります。

私は年代的には両方の世代に触れてきましたが、第二世代の外資系IT企業には日本での立ち上げ期からソリューションアーキテクトとして関わってきました。以降は、第二世代の外資系IT、特にスタートアップ期において必要とされるスキルや仕事内容などを私の経験を踏まえていくつかのトピックを取り上げます。

外資系スタートアップにおける英語の必要性

「外資系スタートアップは待遇が良いし、おもしろそうな仕事ができそうだ」と興味を持っている読者も多いかもしれません。ただし、特にスタートアップ期の外資系ITの場合は、相応の英語力は必須スキルとなります。

英語のドキュメントを読み解き、社内のエンジニアや他部署の人とは英語で議論を交わし、日本国内の顧客に向けたドキュメントでは、英語で吸収した知識を日本向けにアレンジして自分自身でまとめるなど、あらゆる場面で英語力が必要となります。また英語を介した技術力や製品理解力、コミュニケーション力なども当然必要となりますので、日本語だけを使って仕事するより高い能力が求められます。

これは前項で第二世代と括った企業の多く(特にスタートアップ期)は、日本法人がなかったり、あっても非常に小規模だったりするため、その企業内での日本市場の存在感が高くないことに起因しています。そのため社内ドキュメントだけでなく社外向けのドキュメントも英語だけしか用意されていなかったり、日本市場に向けた指針がそもそも示されていなかったりします。

逆に企業側でも日本での人材採用で苦労しているという話を聞いたことがあります。スタートアップ期の外資系ITは、先に述べた理由から英語力が高くない人材への忌避感は強く、また日本の一般的な就職・転職の慣行と異なったルールで動くことが多いため、応募がほとんどなかったり、求める人材にリーチできなかったりで、2~3年間誰も採用できなかった企業もあるようです。

どのように英語力を向上させたのか

「英語力は必須スキルだ!」と偉そうに述べましたが、私自身が外資系ITに足を踏み入れたときから英語ができたわけではありません。

最初の外資系IT(当時のGitHub社)の入社時[5]、私のTOEICの点数は約730点でした。この点数を聞いて「なんだ、入社のときから英語ができる人だったんだ」と思う人がいるかもしれません。しかし、TOEIC700点代は一般的な読み書きはできるが、リスニングやスピーキング力は実務レベルまで達していないというレベルです[6]

実際、英語で行われるGitHub社の面接[7]では、ほぼまともな受け答えができませんでした。何度も聞き直しをし、また相手に言い直しをしてもらったり、サポートのGitHub社の社員に通訳してもらったりするなどして、何とか通してもらったような状況でした。

ただ入社面接では英語力のみが問われるわけではなく、一番重要なのはやはり技術力です。私の場合、執筆した書籍があることや、⁠Technical Assignment」の結果を評価してもらうことで、当時GitHub社が求めていた技術力を持つことを証明できたことが非常に大きな要因だったと思います。

なお、外資系ITのエンジニア面接では「Technical Assignment」と呼ばれる技術試験が必ず課されます。この試験で自分の技術力を証明できれば、その時点での英語力は多少あまめにみてもらえるかもしれません。

私が入社した当時のGitHub社は全世界で約300人の社員がいましたが、この中で英語がしゃべれないのは私だけという状態で、外資系ITエンジニアの生活はスタートしました。

入社後1年ほどは私自身かなり苦しい時期を過ごしました。何しろ会議ではマネージャーや同僚との会話がまともに成立しませんし、出張でサンフランシスコ[8]に出向いても社員と英語で会話できるようなことがほとんどありませんでした。

それでも、サンフランシスコでは飲み会やイベントに参加し、不十分な会話でも積極的にコミュニケーションをとることで、徐々に社内に溶け込めるようになりました。

日々の業務においてもZoomミーティングでは以下のようなことを行っていました。

  • 事前に言いたいことをまとめておく
  • 会議の録画をあとで時間をかけて聞き取って理解する

英語の読み書きは多少できたので、Slackなどのテキストベースのコミュニケーションツールを最大限活用することで、仕事をスムーズに回すように努力していました。GitHub社などの「第二世代」の外資系ITはリモートワークを採用している会社が多く、テキストによるコミュニケーションが中心になっていたことも、英語力が厳しい時代の私にとっては幸いしました。また並行して、英会話スクールに通って少しでも英語力を上げることに努めるなどして、入社から2年ほど経過したときには、日常業務で支障が出ないくらいの英語力を身に付けていたと思います。

英語力の向上にはそれなりの時間を要します。私自身いろいろと努力していましたが、何ヶ月か経過しても目に見える成長が感じられず、もやもやした状態が続きました。スキルの向上は実感が得られるものではないですが、自身の努力を信じて続けていたところ、2年ほど経過したときには、英語でのミーティングにまったく抵抗を感じなくなるまで英語力が向上していました。

一番重要なことは英語漬けの環境に身を置くことだと感じています。外資系IT(特に「第二世代⁠⁠)の業務ではほぼ英語しか使わないことになるので、留学に近い状況が会社で作り出されることになります。日本にいると英語漬けの環境にするのはなかなか難しいことなので、技術力には自信はあるが、英語力は自信がないというエンジニアの方であれば、スタートアップフェーズの外資系ITに飛び込んでみるのも、自分のキャリアを広げる意味でも有効な選択肢かもしれません。

英語ができることでキャリアはひらける

英語力が向上したことで見えてくる世界は広がってきます。私の場合は、まず外資系ITの黎明期に関われる機会が増えました。たとえば日本法人を設立する前のスタートアップから日本進出についての相談を受けたり、その会社からスカウトを受けるなど、これまでなかったような話が舞い込んできました。

外資系ITのスタートアップで初期メンバーとしてのキャリアを積むと、その時の同僚などと強いつながりができます。またシリコンバレーの企業家ネットワークやAPAC[9]のスタートアップ人材とのつながりもできました。

すると、彼らが新たなスタートアップを立ち上げる際やAPACに進出する際に、積極的に声がかかるようになります。

日本は世界でも有数の大きな市場であり、今後も外資系ITの日本進出は続くと思われます。日本において英語力や技術力、顧客対応などのコミュニケーション能力などを備え、日本市場を切り開く際に力を発揮できる人材は常に不足しています。先に挙げたつながりを持った人たちがスタートアップの立ち上げやAPAC進出をする際、積極的に声がかかるようになり、私自身のキャリアの道もひらけてきたのです。

ソリューションアーキテクトの仕事

私のような日本企業でソフトウェアエンジニアとしてキャリアを積んできた人が、外資系ITに入った際に一番多く従事するであろうソリューションアーキテクトの仕事内容に話をうつします。

ソリューションアーキテクトはいわゆるプリセールスで、顧客向けに製品デモを実施したり、顧客の環境で自社製品が導入された際にうまく活用されるようなアーキテクチャの提案などが主な仕事となります。

外資系ITの日本法人では、プロダクト開発を行うソフトウェアエンジニアがいなかったり、いても少数であることがほとんどです。そのため、外資系ITの日本法人でエンジニアとして働くとなると、ソリューションアーキテクトとして働くか、サポートエンジニアやサービスエンジニアなど顧客の技術支援を行う立場を選択することになります。

このような職種に就くことに抵抗を感じるソフトウェアエンジニアも多いようですが、これは本人の意志次第になると思います。

ソリューションアーキテクトは、ただコードを書くだけでなく、顧客へプロダクトの説明や、苦情や要望をヒアリングしてプロダクトの要求として定義し、エンジニアチームやプロダクトマネジメントにフィードバックするという重要な責務を持ったロールです。特に昨今、デベロッパーファーストで選ばれるプロダクトが増えてきていることを考えると(私が所属してきたGitHub、Kong、現在所属するStripeはすべてデベロッパーによって選ばれるプロダクトです⁠⁠、顧客のデベロッパーと直接技術的な話ができ、商談につなげられるため、また日本において非常に希少性が高いこともあり、ジョブセキュリティ[10]が高くおすすめの職種です。顧客と話したり、ソリューションを考えたりするのが好きな人であればよりおすすめの職種といえるでしょう。

コードを書く機会は思ったより多く、顧客ごとの要件に合わせたデモアプリケーションを作ったり、顧客向けにサンプルコードを書いて渡す機会も多くあります。また、最近の外資系ITは社内のコード管理にGitHubを利用していることが多く、プロダクトコードへのアクセスも容易に行うことができます。場合によってはPull Requestを作ってコード修正や提案を行うこともあるので、本人のやる気次第ではできることがかなり広範囲に及ぶロールになります。

もちろん主な業務はプリセールスとなるので、提案書やパワーポイントの資料作成、Excelを使った要件整理など営業的な仕事もたくさんありますが、営業的にも技術的にも高いレベルの仕事が要求されるロールといえます。

待遇⁠福利厚生

ここでみなさんが気になると思われる待遇や福利厚生について少しお話したいと思います。ケースバイケースが前提となりますが、基本的には待遇は良いと考えてよいでしょう。

その理由として米国IT業界の好景気がありますが(少し陰りが出てきたとはいえ、依然として日本より景気は良いです⁠⁠、一番大きいのは報酬の構成の差でしょう。

多くの外資系ITにおいて、現金報酬に加えて、ストックオプションやRSU[11]などの株式による報酬があり、これが大きな割合を占めています。その結果、場合によっては大きな報酬を得られるようになっています。

また、福利厚生は日本企業と比較して充実していないイメージを持たれることが多いですが、実際には福利厚生も充実しています(もちろん会社によって差はあります⁠⁠。日本の会社と同様に社会保険は完備していますし、以下のようなものをサポートしているところも多数存在します。

  • 無料の朝食や昼食
  • 定期的にモバイルデバイスの買い替えをサポート
  • 経費とは別に教育費用や研修費用が使える
  • 健康維持のための費用(ジムやフィットネスデバイス)

現金によるベースの報酬が大きいうえ、株式などのエクイティや福利厚生も潤沢に支払われることを考えると、良い待遇であることがわかるかと思います。

まとめ

いかがだったでしょうか。外資系ITでソリューションアーキテクトとしてキャリアを積み重ねてきた私の経験を元に、外資系IT入社時や日常業務で必要となる英語力について、どのような仕事をしているなどお話してきました。

日本のIT業界は技術的なキャッチアップに主眼が置かれており、営業におけるプリセールスの重要性、技術サイドと営業サイドの両面から顧客と社内のエンジニアチームを動かす役割の重要性がまだ理解されていないと感じています。個人的には日本と外資の差は技術力よりも営業力にあるとさえ思っています。

本記事の読者のみなさんが興味を持って外資系ITに飛び込み、その経験や知見を日本のIT業界、スタートアップに還元してくれることを望んでいます。

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