日本の賃金が国際的にも低い、増大する内部留保と比べても賃上げが不十分だ、という声はここ数年高まってきた。2013年には政府が春闘における賃上げを後押しする、いわゆる「官製春闘」が始まった。
そうしたトレンドを受け、コロナ禍のなかの今年の春闘でさえ、議論そのものは賃上げの流れ継続に案外好意的であった。現実のデータを見ると官製春闘開始後も必ずしも大幅な賃金上昇は見られていないものの、「賃上げをすべき」という考え方自体は、議論のレベルではコンセンサスを得たといえよう。
その背景には過去の失敗から続く異例な状況がある。まずバブル崩壊以降の日本経済の経緯をたどりつつ、賃上げの必要性がなぜ浮上したか、を振り返ろう。
内部留保が劇的に増えた理由
賃金が低い、賃上げが必要、と言われる状態はどこから始まったのだろうか。話はバブル崩壊後にまでさかのぼる。画期は1997年だ。この年、不良債権の先送りが限界となって、山一証券や北海道拓殖銀行など金融機関が相次いで破綻し、金融危機が勃発した。
これ以降、日本企業は頼りにならない銀行を見切って、財務基盤強化にまい進した。さながら要塞を固めるように、銀行から借りていた金を返し、人件費を節約し、内部留保(利益剰余金)を大幅に積み増したのである。内部留保は会計上、「利益剰余金」といい、これは他人資本である銀行借り入れと異なり、期限内に返済する必要はない。「あるとき払い」の自己資本(要は、支払いを催促されないお金)だ。そのため個別企業の経営は安定し、倒産は激減した。
図1は、財務省集計の法人企業統計を使って作成したもので、この間の経緯を明瞭に示している(縦軸の単位は兆円)。労働を表す「人件費総額」、物的資本を表す「有形固定資産」は横ばいで、債務も増加していないにもかかわらず、企業の純資産とその主内容である利益剰余金は一方的に上昇した。景況感はGDOの2%の10兆円ほどで左右されるが、それを大きく超える額だ。