人権は大事。だが…
先日、国内のある講演会に呼ばれた。
1950年代にドイツのキリスト教団体が創設した由緒ある日本の財団の主催である。その財団の目的に「キリスト教精神に基づき、立場の相違を越えた対話を通し、自由、平等、正義、平和に基づく社会の実現」とある。
聴講者は30名ほど。「9条、自衛隊、日米地位協定」という題目で、今回僕を呼んでくれたのは古くからの友人で、研究者の彼自身を含めて、9条の護持を大切に思っている人々の集まりである。
その内訳は、現役の聖職者、そして社会運動家と研究者。ほぼ全員が高齢者である。紅一点のように、3人の若い女性の大学院、大学生、そして僕の本を読んだということで、わざわざ駆けつけてくれた中学生の少女もいた。
過去このような講演会はかなりの頻度でこなしてきたが、今回は、ひとつ思うところがあり、ある問いかけを冒頭で行った。本日のテーマの講演を始めるに先立って皆さまの大元の意識を知りたい、と断って。
この一文をスクリーンに投影し、全員にゆっくり音読をしていただき、これをどう思うか、三択で挙手してもらったのだ。それも他の出席者の動向に左右されないように目を閉じて。
結果はどうであったか。
①「至極当然」が15名
②「間違っている」が5名
③「どちらとも言えない」が残りの10名ほどであった。
聖職者と運動家の全員が①に挙手した。研究者は①と③に分かれた。
②、つまり上文は間違っているとはっきり意思表示したのは、若手の研究者と3人の学生だけ。特に中学生の女の子のまっすぐ上に伸びた手は印象的であった。だから聞いてみた。なぜ間違っていると思うか、と。
はにかみながらこの少女は言った。
「……だって、すぐに戦争になっちゃう」
この人権感覚はマズい!
日本人の人権感覚がおかしくなっている。
それも人権派のそれが。護憲派のそれが。大戦の悲劇を経験したとされる高齢者のそれが。そして、法曹界のそれが。
そう感じ始めたのは、ほんの1年ほど前だ。