「日本固有種」なら、うれしいけど…
長崎県の対馬で、1970年代に目撃されたのを最後に絶滅したとされる、「ニホンカワウソ」が38年ぶりに発見されたかもしれないーーこんなニュースが8月中旬に飛び込んできました。
これが、本当に「日本固有種」であるニホンカワウソなのか? それとも、ユーラシア大陸全域に広く分布しているユーラシアカワウソなのか? という点が大きな関心を呼んでいます。
もっと言えば、「ニホンカワウソならうれしい」「ユーラシアカワウソだったら、ちょっとがっかり」というのが、多くの日本人の本音ではないでしょうか。その背景には、対馬そのものが古くから「日本の領土か、それとも韓国の領土か」という議論の対象になっていることも、多少関係があるのかもしれません。
しかし、外交上の領土問題に負けず劣らず、生物界の「領土問題」も複雑です。突き詰めて考えてゆくと、「生物の『種』とは何か?」「『日本固有種』とは何か?」、ひいては「『日本』とは何か?」という大きな問いにぶち当たります。
このような問題を扱うのが、筆者が専門とする「生物地理学」です。今回は、この生物地理学の観点から、「対馬のカワウソ」問題を考えてみたいと思います。

実は前提があいまい
まず、そもそも「種」とは何でしょうか。
地球上のさまざまな地域に棲んでいる生物たちが、おおむね現在のような種に分かれたのは、数十万年から数百万年以上前のことと考えられています(もっとも諸説あり、研究者ごとにかなり幅があります)。
生物には、種の成立時とほとんど同じ姿を保ち、同じ地域に今なお棲み続けているものもあれば、移動・衰退・拡散・適応を繰り返し、現在のような生活体系や分布域を獲得した種もあります。ヒト(ホモ・サピエンス)は、もちろん後者にあたります。
種としての「ヒト」が成立したのは、時期=数十万年前、地域=アフリカ大陸のどこか、とされています。とはいえ、よく誤解されているように、1人の女性(=イブ)からすべての現存人類が発祥したというわけではありません。
というのも、「『イブ』はヒトだが、彼女の両親はヒトではない」と切り分けることは不可能です。たまたまミトコンドリアDNA解析によって辿り着くことのできた、「現代のヒトと共通する形質を全面的に備えた母系祖先」を仮に「イブ」と名付けているだけで、当然ながらそれ以前にも、連綿と血縁の系譜は続いているわけです。
近年では、DNA解析をはじめとする分子生物学的手法の発達で、生物の分類研究が格段に進歩しました。しかし、生命は深遠で複雑であり、DNA解析だけで全体を捉えられるわけではありません。ですから、「種」をどのようにして区切るかについては、多くの部分が未だ「研究者の裁量にかかっている」と言っても過言ではないのです。