(文/中村淳彦)
神奈川県川崎市の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」での転落死事件で、第一発見者であり、後に窃盗の容疑で同所を解雇された今井隼人容疑者(23歳)が逮捕された。今井容疑者は2014年11月4日未明に、87歳の男性利用者の身体を抱えて転落させ殺害したと供述している。
この事件を知った時、私は、真冬の深夜に認知症高齢者が120cmの柵を越え、続々と飛び降りるとは到底考えられないと感じた。やはり「Sアミーユ川崎幸町」では常人の想像を絶する事態が起きていたのだ。
さらに同所では転落死事件のみならず、別の介護職員による虐待までもが発覚し、虐待にかかわった男性職員4名を解雇している。この事態から同施設が「人手不足による、介護人材の劣化」だけでは説明がつかない状況に陥っていると直感した。
今井容疑者が逮捕されてしばらくたった頃、転落死事件担当の某週刊誌記者から「Sアミーユ川崎幸町の虐待で自主退職した元職員を取材しないか?」という連絡があった。
世間を騒がせるほどの事件を起こした施設の現場は、間違いなく荒れている。私はすぐにその元介護職員のところへと向かった。
なぜ、虐待をしたのか
「Sアミーユ川崎幸町」の元職員・飯山氏(仮名・37歳)は2015年9月に虐待映像を公表され、自主退職した4人の男性介護職員のうちの1人だ。さらに飯山氏は転落死事件の今井容疑者とはほぼ同時期に入職した同僚でもあった。取材現場に現れた飯山氏は、年齢よりも若く見える、清潔感のある好青年で、礼儀の正しい普通の男性だった。

――飯山さんは公表された虐待映像で退職されたうちの1人ですよね。当初は4人の職員の中で、2人は施設に残ったと発表されました。
飯山 僕はナースコールを抜いたことが問題行為となりました。僕は虐待映像を公表されたことが原因ではなく、介護職をすることが精神的に限界だったので休職という形で退職しました。
虐待映像に映っていたのは暴力を奮った人、罵声を浴びせた人、それと僕。暴力を奮ったのは新人で、僕を抜かしてあと2人はベテランの介護士でした。2人とも問題など起こしたことのない、普通の介護職でした。
――「介護職をすることが精神的に限界」とはどういうことでしょうか?
飯山 昨年(2015年)の夏あたりにうつ病と診断されました。虐待映像が撮られたのも、その時期です。介護の仕事でいっぱいいっぱいになったことが理由です。入職して最初の1年間くらいは前向きに働いていたのですが、4月あたりからおかしくなりました。それまでは自分の介護が荒くなることなんてなかった。でもその頃は荒くなっているという自覚はありました。
――「介護が荒くなる」とは高齢者の状態や気持ちよりも、自分自身の都合を優先することです。認知症介護にはよくあることです。
飯山 普段だったら受け流せることに腹を立てたり。暴言は吐かないし、態度にも出さないけど、溜め込んじゃうって状態で、今までなかった感覚でした。僕はテレビCMのような、温かくてゆっくりとした、相手のスピードにあわせたコミュニケーションというか、人間関係というか――。そういう介護をしたいという理想がありましたが、どんどん理想と現実が離れていった。
――「Sアミーユ川崎幸町」は80人定員で、認知症利用者の比率が高かったようですね。日勤の職員は8~10人、夜勤は3人という少ない人数でまわしている印象ですが。
飯山 人手不足というよりも、少ない人数で合理的に運営する方針でした。今井も供述で「ライン業務がツラかった」と言っているけど、分単位でいろんな仕事をギュウギュウに詰められて本当に忙しい。だから仕事よりも、時間に追われる毎日でした。常に時間に追われ、人によっては休憩もとれない。職員のそれぞれがライン表通りに働く。その日常が精神的に負担になっていきました。
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ライン表と呼ばれる「業務表」を見せてもらった。15分単位に区切られ、 “○○様トイレ誘導” “□□様排泄介助” “△△様口腔ケア”と、びっしりとスケジュールされている。分単位で労働を管理され、介護職個人の裁量で高齢者と接する時間は一切ない。認知症高齢者の突発的な行動にも対応できない現場であることはすぐに分かった。