壊れかけたアメリカ社会
アメリカ大統領選は、民主、共和両党ともアウトサイダーが大健闘する展開になっている。
自称「社会民主主義者」のバーニー・サンダース氏(民主)と、扇動的な発言で物議を醸す不動産王ドナルド・トランプ氏(共和)は、候補指名レースの第2戦となった9日のニューハンプシャー州予備戦でそれぞれトップになった。
従来なら泡沫候補で終わっていただろう両候補が巻き起こしている政治的ムーブメントは、何を意味するのか。
筆者には、経済格差がいかに民主主義、社会を蝕むのかというドラマを同時進行で目撃しているように思えてならない。
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今回大統領選の報道で最も驚いたのは、2月7日に英紙フィナンシャル・タイムズに掲載された「麻薬、鎮痛剤、そしてニューハンプシャー予備選」というコラムだ。記事の内容をかいつまんでみる。
“アメリカでは、ヘロインやオピオイド(麻薬性鎮痛剤)などの薬物過剰摂取による死者が2000年から3倍に増えている。ニューハンプシャーは問題が最も深刻な場所の1つで、薬物による死者は過去3年で2倍になり、同州の有権者はこの問題を雇用や経済より優先度の高い大統領選の最大の争点に挙げている。
薬物中毒急増の背景には、処方薬の過剰摂取があり、中間層の経済的苦境とも関係がありそうだ。アメリカ国民の所得の中央値は1990年代より低くなっている。停滞する小都市、地方が薬物の需要を高めている。”
調べてみると、2014年のアメリカの薬物過剰摂取による死亡者は約4万7000人に及び、前年より14%も増えている。
その悲劇的な実情は、候補指名レースに参加する各候補にとっても他人事ではない。記事によると、ジェブ・ブッシュ氏(共和)の娘はコカインで逮捕歴があり、テッド・クルーズ氏(共和)の異母姉とカーリー・フィオリーナ氏(共和、10日に撤退)の義理の娘は薬物過剰摂取で死亡している、という。
2014年秋の中間選挙で主要報道機関が行った出口調査では、アメリカが「非常に間違った方向に向かっている」と思う有権者が65%にも上った。薬物過剰摂取問題の深刻さは、この数字に象徴される「壊れかけたアメリカ社会」を垣間見せてくれるものだろう。
米労働統計局が昨年4月に公表した所得データによると、2014年7月までの1年間で所得が増えた層は上位20%の層だけで、それ以下の層は2%以上減少している。
アメリカ経済の堅調さにもかかわらず、こうした結果が出るのは、経済のグローバル化はエリート層を利するばかりで、中・低所得者層にはその恩恵がなかなか回らないという指摘を傍証するものだ。格差は確実に拡大しているのである。