衝撃!下流老人に一番なりやすいのは「年収700万円世帯」だった
あなたに忍び寄る、老後破産という現実「日本の中流」といえば、豊かな暮らしの象徴。もちろん自分もその一員だ。人並みに家を買い、子供を育てる—なんとなくこう考えている人が、老後に真っ先に「下流」へ落ちる。時代は変わった。
「普通より上」と思っていたら
「もう、食費や生活費を切りつめた生活にも慣れました。働いていた頃は、年収は700万円ほどありましたから、『老後もきっと大丈夫だろう』と思っていたんですが」
こう言って苦笑するのは、東京都内に住む72歳の男性である。この男性は、現役時代は有名外資系ホテルに勤めていた。しかし、長期間の海外勤務で手当も受け取っていたにもかかわらず、浪費が多く、まとまった貯蓄ができなかった。退職後、妻が病気を患ってからは、ギリギリの生活を強いられているという。
「海外生活が長かったため、年金は夫婦合わせて月に17万円しかもらえていません。今は家賃4000円の都営住宅に住んでいます。家内が人工透析を受けていて、障害者手帳1級なので、この家賃で住めるんです。これでも昔は都心のマンションに住んでいたのですが、それも売り払うはめになりました。
食費は数百円の惣菜も買うのを控えるほど節約しているつもりですが、医療・介護費、交通費、光熱費などを差し引くと、自由に使えるお金はまったく残りません。
普通のサラリーマンは、退職金もあるので、定年して数年は余裕があるんです。問題はその後。急な病気や家族の介護といった想定外のことがあると、あっという間に貧困に落っこちてしまう」
貧しい老後を過ごす「下流老人」が増えている—こんな話を昨今、しばしば耳にするようになった。だが、どれほどの人が、それを自分のことだと考えているだろうか。「もともと貧乏な人の話だろう」「ウチは中流だから、何とかなる」と、高をくくっている人が、なんと多いことか。
先の男性の例をひくまでもなく、その認識は大間違いだ。むしろ「中流家庭」、しかも「年収700万円」前後の、現役時代に比較的恵まれていた世帯こそが、いちばん下流へ転落しやすいのである。ベストセラーとなった『下流老人』の著者で、NPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏が警鐘を鳴らす。
「ふつうは、それだけの年収があれば余裕をもって暮らせるはずです。しかし、人は毎年700万円が入ってくると、自然と700万円に見合った額を使ってしまう。入るお金の額が多いか少ないかは、下流老人に転落するか否かとは、実は関係がありません。
むしろ『自分は中流だ』と思っている人こそ油断しやすく、お金も貯まらないものなのです」
日本人の年間世帯所得の中央値(全世帯を所得順に並べたとき、真ん中になる額)は415万円。これを大きく上回る「年収700万円」という額は、サラリーマンなら有名企業・一流企業に勤める人、中小企業でも役職者でないともらえない。
首都圏ならば、都心へ1時間程度で行ける私鉄沿線のマンションに住み、地方であれば、一戸建てでゆとりのある生活を送る、「普通よりも少し上」の家庭。「ものすごく贅沢ができるわけではないが、たまのプチ贅沢が許される程度には余裕がある」と思っている人。
だからこそ油断してしまい、危機感を持てない。プライドのせいでつい見栄を張ったり、身の丈に合わない買い物をする。そしていざ定年となったとき、老後の資金がろくに貯まっていないことにはたと気づくのだ。不測の事態に見舞われれば、ひとたまりもない—。
「背伸び」が命取り
多くの中流家庭がはまる落とし穴は「住宅」と「教育」である。ファイナンシャルプランナーの中村宏氏が言う。
「年収700万円クラスの家庭は、住居費と教育費の2つに暮らしを圧迫されているケースが非常に多いですね。大企業のサラリーマンには、30代中盤で30〜35年ローンを組み、家を買う人が珍しくない。購入時は『定年になったら、退職金がもらえるから何とかなるだろう』と思っているのですが、ほとんどの人は、想定外の医療費や学費を甘く見積もっています。
それに住宅ローンは、繰り上げ返済で期間を短くすることはできても、借り換えて期間を延ばすことは意外と難しい。そのため、分割回数を多めにする人が多いのですが、60歳で定年を迎えて再雇用、という時にまだ返済が終わっていないと、老後の生活がいきなりカツカツになるのです」
前出の藤田氏も言うように、人は収入の額にそってカネを使う。いや、正確に言えば、少し背伸びをするものだ。年収700万円でも、5000万円以上のローンを組む人、少し高級なマンションや新築物件を購入する人は少なくない。
「他人よりも、ちょっとだけいい場所、いい家に住みたい」という欲望が、貴重な老後の資金と引き換えになると気づかずに。
子供の教育もまったく同じ。他の家の子よりも、少しでもいい大学に行き、いい仕事についてほしい—そう思った瞬間から、終わりなき「出費のスパイラル」が始まる。
「『子供を私立の学校に入れてから、生活が苦しくなった』という家庭は跡を絶ちません。たとえ収入が多くとも、私立の中高一貫校は公立の3倍、最低でも年間150万円以上は学費がかかります。
そのうえ、私立の場合は保護者同士の付き合いも公立に比べて密でお金がかかるので、ついつい見栄を張ってしまい、暮らし全体がインフレしてしまう。『参観日がベンツやBMWの見本市のようだから、ついウチも外車を買ってしまいました』と話す保護者もいました」(前出・中村氏)
都内の有名私立校には、学校での授業を重視せず、もっぱら進学塾での自主学習で力をつけさせる学校もある。私立校の高額な学費に塾代が積み上がると、富裕層であればともかく、年収700万円クラスではギリギリのやりくりを強いられ、とうていお金は貯まらない。「早慶などの有名私大に行くために浪人する」ということになれば、負担は増す一方だ。
「それでも、子供が収入の高い仕事についてくれれば、せめて独り立ちさえしてくれれば、いつかは親を援助してくれるようになるはず」という目算も、今の世の中では成り立たない。
「最近では就職がなかなか決まらず、社会人になってからも、ブラック企業に入って鬱病になるとか、会社を辞めて再就職できないケースも多い。そうなると30歳前後の子供を養わなければなりません。『親の年金に頼って暮らしている』という若者に相談されることもあります」(前出・藤田氏)
節約ができない人たち
東証一部上場のメーカーに長年勤務してきた、埼玉県在住の男性(65歳)は、36歳のとき結婚し、翌年に長男が生まれた。
「私は晩婚だったので、40歳手前で30年のローンを組んで一戸建てを買ったんです。息子が私立の中高一貫校に受かってからは、ほとんど生活に余裕はありませんでしたね。それでも1000万円くらいの貯蓄はありましたし、退職金も満額もらえるだろうから、ローンは繰り上げて返せるし、老後も贅沢はできないけれど、どうにかなるだろうと思っていました」
しかし、定年を目前にした57歳のとき、不測の事態が起こる。郷里の岡山に独りで住む母親が、認知症を発症したのだ。ヘルパーの利用や帰省のための交通費で、月に10万円近い出費を強いられるようになった。
「交替で面倒をみる兄弟も私にはいませんし、母には財産もなかった。最終的に関東の施設へ入居させることを選びましたが、母が亡くなるまでの5年間で、介護費用は最終的に600万円ほどかかりました」
苦境に追い討ちをかけたのが、実家を離れて一人暮らしをしていた息子の、就職の失敗だ。
「100社近く受けたけど、ダメだった。かといって留年もさせられないと言ったら、息子と大ゲンカになってしまいましてね……最終的に家に戻らせたのですが、今ではほとんど引きこもりのようになってしまった」
地獄は介護から始まった
まったく予想していなかった事態にたて続けに襲われ、貯蓄はあっという間に底をついた。住宅ローンは何とか完済が見えてきたそうだが、ローンを返しながら年金で妻と息子を養う生活は、爪に火をともすような苦しさだという。
順風満帆だった現役時代には、想像すらしなかった「下流老人」に、彼はあっと言う間に落ちてしまった。
長野県に住む60歳の男性は、数年前に80代の父親が倒れて介護が必要になったため、勤めていた大手メーカーを辞めて、東京から地元に戻った。いわゆる介護離職である。
「長野では同じ業界の小さな会社に再就職しました。収入はかなり下がりましたし、私立大学に通う子供の教育費もかかるので、自由になるお金はほとんどありません。保険を見直したり、軽自動車に乗り換えたり、外食をやめたり、努力はしているつもりですが……。
この前、結婚して東京に住んでいる娘が『マンションを買う頭金を出してほしい』と言ってきたときは、妻と一晩悩んで、なけなしの300万円を出すことにしました。これも老後に何かあった時の資金にしようと、貯めていた金だったんです」
確かに、まだ働き盛り、稼ぎ盛りの50代半ばで転職を余儀なくされたことには同情すべきだろう。しかし、ひとつ引っかかるのは、この男性が「軽自動車に乗り換える」「外食をやめる」といったことを「努力」ととらえている点だ。
世の中にはこれを「努力」だと思っていない人、最初からそうしているという人もたくさんいる。多少手狭でも公営住宅でがまんし、子供を公立の学校に通わせ、型落ちの中古車に乗る。
身の丈に合ったものを買い、無謀な投資をしたりローンを組んだりせず、地道に貯金する。年収700万円層もこうした暮らしを心がけていれば、不測の事態が起きても、慌てずに済むはずである。
しかし「自分は中流だ」というプライドと油断は、簡単には抜けない。そのせいで、せっかくの老後資金を失ってしまう人が続出している。
「年収700万くらいだと、退職金を2000万円前後もらえる人も多い。しかし、いきなり口座に大金が振り込まれて気が大きくなると、銀行や証券会社の言いなりになってしまう。若い異性のコンシェルジュが付いたり、他の客とは違う窓口に案内されたりして、勘違いするのです」(投資家・経営コンサルタントの岩崎日出俊氏)
恐ろしいのは、近い将来、政府が年金支給年齢のさらなる引き上げや、大幅な減額を行うことがほぼ確実ということだ。すでに欧米では、67歳以上への支給年齢引き上げが順次始まっている。現在40代から下の世代は、「無年金」「無収入」の老後を過ごす覚悟を固めねばならない。
先の60歳男性がこう言って溜め息をつく。
「私も昔は『日本は世界で指折りの豊かな国だ』と思って、わけもなく安心していました。でも、これが現実なんですね」
この「自分だけは大丈夫」という根拠のない思い込みが、「下流老人」への落とし穴なのだ。
「週刊現代」2015年11月7日号より