「いや、卵はちょっと遠慮しているんです」。飲み会でもこう言って節制をしていたけれど、何の意味もなかったなんて。コレステロールと健康の本当の関係を明らかにする。
画期的な「変更」
何を食べても体内のコレステロール値は大きく変わらない—。
5月1日、日本動脈硬化学会がこんな声明文を出したのをご存知だろうか。
「コレステロール摂取量に関する声明」と題された声明文には次のように書かれている。
〈(厚労省のまとめた)『2015年日本人の食事摂取基準』では、健常者において食事中コレステロールの摂取量と血中コレステロール値の間の相関を示すエビデンス(編集部注・科学的根拠)が十分ではないことから、コレステロール制限は推奨されておらず、日本動脈硬化学会も健常者の脂質摂取に関わるこの記載に賛同している〉
回りくどい言い方だが、コレステロールの高い食品をいくら食べても、血中のコレステロール値にはまったく影響がないことが明らかになったというのだ。
しかし、これまで厳しい食事制限を喧伝してきたのは同学会である。『動脈硬化性疾患予防ガイドライン』('12年度版)によると、「予防のための食事」と題し、「1日のコレステロールの摂取量を200mg未満に抑える」と書かれている。
卵1個のコレステロール含有量は約210mg。たらこ1本(60g)も約210mgという数値なので、極めて厳しい基準であることがわかる。
それでも、この基準を信じ、「卵は一日1個まで」と節制してきた人も多いだろう。
そうした人からすれば、いままでの努力は一体何だったのか、と疑問に思うのは当然である。
突然の「何を食べてもコレステロール値には関係ない」という声明の背景について、医療ジャーナリストの室井一辰氏が解説する。
「今回の声明文は、アメリカの研究や厚労省のガイドライン変更に『賛同する』かたちで発表されました。
まず'13年に、ACC(アメリカ心臓病学会)とAHA(アメリカ心臓協会)が『何を食べても健康に影響はない』と発表しました。昨年3月、厚労省はこれを受け、同じようにガイドラインを改定。それから1年以上経ってようやく、日本動脈硬化学会も渋々、変更したんです」
今回の声明文作成の元になったアメリカの研究とはどのようなものなのかを、新潟大学名誉教授の岡田正彦医師が解説する。
「アメリカの研究では、卵をはじめとするコレステロール含有量の高いものを食べる人と食べない人を、数週間にわたって追跡調査しました。その結果、両者とも血中コレステロール値はほとんど変わらなかったんです。
こうした地道な研究の積み重ねにより、健康な人に関しては食事制限の必要がないという結論に至ったのです」
このガイドラインの変更について、「極めて画期的だった」と語るのが、アメリカの心臓病の権威であるクリーブランド・クリニックのスティーブン・ニッセン氏だ。
「心臓病の分野では、これまでガイドラインの細かい数値などが変わることはありました。
しかし、『食事の際、コレステロールを気にする必要がない』というこの変更は、この30年でもっとも大きい変化と言えるでしょう」
前出の岡田医師が、コレステロールについての常識を覆すような事例を紹介する。
「アメリカで'91年に報告された、88歳の男性の事例が有名です。この男性は数年にわたって毎日、卵を20~30個食べたにもかかわらず、コレステロールの検査値は、生涯にわたってまったくの平常値だったそうです。それで、この男性を精密に調査したところ、摂取したコレステロールのほとんどが代謝されて胆汁になり、排泄物となって体外に出ていたことがわかりました。
このような例は珍しいにしても、一律に摂取制限をする必要がないことは、ガイドラインが変更される前からわかっていたんです」
内科と循環器科を専門とする池谷医院院長の池谷敏郎医師も同意見だ。
「私は以前から、コレステロールだけが悪者になっている状況をおかしいと感じていました。