発売直前に「原著の内容はトランスジェンダー当事者への差別を煽る」として、書籍の出版中止を求め、発行元の産経新聞出版や複数の書店に放火予告までされるなど、大騒動に発展。一部の大手書店の店頭には置かれず、ネット上では「言論弾圧だ」との声も上がった。
本書の監訳者であり、精神科医の岩波明氏はあとがきで「現在のトランスジェンダーの問題は、差別と少数者の権利擁護の側面ばかりがクローズアップされているが、本来は医療の問題だ」と述べているように、これまでは精神医学や性科学の側面から扱われることが少なかった。
そこで今回は、本書の内容に関して性別不合(性同一性障害)の治療に多く携わる精神科医の針間克己氏はこの問題をどう捉えているのか、詳しい話を聞いた。
前編《“焚書”とさえ話題になった『トランスジェンダーになりたい少女たち』を性同一性障害治療の第一人者が解説》に続き、今回は、本書で触れられていなかった日本の「トランスジェンダー」事情について解説する。
日本でトランスジェンダーは増えない
本書の邦訳出版の問題点として「日本の事例を追記すべきだった」との指摘もあった。そこで最後に日本の「トランスジェンダー」事情について、針間氏に聞いた。
「私のクリニックでも、性自認に悩む小中学生の子どもが診察に来ます。近年、増加傾向ですが、急増というほどではない。また、性別違和だけでなく、人間関係や学校生活の悩みも持つ子が多く、親身になって話を聞いてあげると、数ヵ月後には性別違和感が弱まる子もそれなりにいます。先ほども述べたように、なぜ性自認が揺れているのか、精神科医としてその原因をよく聞いていくことが重要だと思います」
また、日本では欧米諸国とは異なり、トランスジェンダーは増えないのではないかと、針間氏は推測する。
「日本では、原因はわからないのですが女性から男性に性別移行を望む20代前半のFTM(Female to Male)が昔から多かった。しかし、近年はLGBTへの理解が進んでいることもあり、手術をして戸籍を変えようとする人は以前より多くはなく、むしろ減少傾向にあります。また、周りと同じであることを強いられる同調圧力が強い日本では、トランスジェンダーを自己主張するのは勇気がいることなので、米国のように急増する可能性は低いのではないでしょうか」
思春期ブロッカーについても、日本では事例が少ないという。
「思春期ブロッカー治療の使用例はここ10年間で約100例ほどです。そのうちの大部分が、心理的、身体的フォローが十分にできる、西日本の大学病院で行われています。クリニックが治療の主体である、関東の医療機関での使用はほぼなく、私のクリニックでも思春期ブロッカーを使った事例は1つもありません。海外でも批判や問題点が指摘されている以上、日本でもこれまで以上に慎重になるべきでしょう」