2024.02.23
# 源氏物語 # 翻訳

世界が絶賛した英訳「源氏物語」が現代日本に転生するまで…『レディ・ムラサキのティーパーティ』を読む

「源氏物語」を世界で初めて英訳したアーサー・ウェイリーとはどんな人物だったのか?ヨーロッパの文壇で絶賛された『ザ・テイル・オブ・ゲンジ』はどうやって生まれたのか?ウェイリーによる英訳版「源氏物語」を現代日本語に生まれ変わらせた著者姉妹が、世界文学としての「源氏物語」の魅力を読み解く。(新刊『レディ・ムラサキのティーパーティ らせん訳「源氏物語」』より再構成してお届けします。)
『レディ・ムラサキのティーパーティ らせん訳「源氏物語」』毬矢まりえ、森山恵『レディ・ムラサキのティーパーティ らせん訳「源氏物語」』毬矢まりえ、森山恵

源氏物語が現代日本に生まれ変わった

いつの時代のことでしたか、あるエンペラーの宮廷での物語でございます。
ワードローブのレディ(更衣)、ベッドチェンバーのレディ(女御)など、後宮にはそれはそれは数多くの女性が仕えておりました。そのなかに一人、エンペラーのご寵愛を一身に集める女性がいました。その人は侍女の中では低い身分でしたので、成り上がり女とさげすまれ、妬まれます。あんな女に夢をつぶされるとは。わたしこそと大貴婦人(グレートレディ)たちの誰もが心を燃やしていたのです。

これは「ヴィクトリアン源氏」。つまりわたしたち毬矢まりえ、森山恵姉妹による『源氏物語The Tale of Genji』〈戻し訳〉の冒頭部である。源氏物語の現代語訳といえば、だれもが与謝野晶子、谷崎潤一郎に始まる錚錚たる大作家、権威ある源氏物語学者の名を次々思い浮かべるだろう。

拙訳『源氏物語 A・ウェイリー版』(左右社)は、世界ではじめて『源氏物語』を英語全訳したアーサー・ウェイリーの、その英語版を現代日本語に完訳した作品である。

ウェイリー源氏の〈戻し訳〉をしよう! そう思いついたときの昂揚感はよく覚えている。たしかに源氏物語の話をしていた。けれどなんの話の流れでどちらがそんなことを思いついたのか。正直よく思い出せない。とにかく二人で源氏物語の話をしていて閃いたのである。いっしょにウェイリー源氏の戻し訳をしよう、と。「ヴィクトリアン源氏」と名づけ、翻訳を始めた。寝食を忘れて。二人熱中、没頭した。構想を得たのが二〇一三年ころ、実際に翻訳をはじめたのは二〇一四年のことである。

いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひ給ひける中に、いとやんごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめき給ふ有りけり。

だれもが知る一節。それが「いつの時代のことでしたか、あるエンペラーの宮廷での物語でございます……」となって生まれ変わったのである。

長大なる『源氏物語』の幕開け「桐壺」帖では、桐壺帝の恋、そして物語の中心となる光源氏の出生の由縁が語られる。桐壺帝と桐壺更衣の恋のはじまりは、もしかしたら「小さな恋」だったかもしれない。しかしやがては国を揺るがす大恋愛、比翼連理の深い関係となっていくのである。寵愛を受けた女性はどうなるのか。彼女はどんな運命を抱えているのか……

けれどその前に、源氏物語の初の英語全訳という偉業をなしたアーサー・ウェイリーとはだれか。拙訳〈戻し訳〉─実はわたしたちは〈らせん訳〉と呼んでいる─とはどんな作品か。まずはそれをお話ししたいと思います。

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