なぜ、説明責任を果たさないのか。なぜ、メディアは沈黙を続けているのか。重苦しい空気を払いのけるため、大手テレビ局の現職法務部長は筆を執った。丹念な取材から、「木原事件」の真実に迫る。【取材・文/西脇亨輔】
種雄君の怨霊がすべてを溶かしている
会社に進退伺を出した。
長年お世話になった会社で、無事定年まで勤めあげるつもりだった。
でもこの原稿を書くならそうするしかなかった。会社に迷惑や圧力があってはいけない。
ネットで見つけた「進退伺の書き方」というページを見ながら、この事案について週刊文春誌上で実名告発した佐藤誠元警部補から聞いた言葉が、頭の中で響いていた。
「種雄君の怨霊がすべてを溶かしている。ワーッと火を噴いて。みんな火を噴いて。どうなるかわからないよ、本当に。俺も焼き尽くされそうだよ」
'19年7月には「SNSでプライバシーを侵害された」として国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴。今年6月、3年8ヵ月に及ぶ裁判の過程を記した『孤闘』を上梓し、話題を呼んだ。
その西脇氏が「木原事件」に対するメディアの沈黙に危機感を覚え、意を決して本原稿を執筆した。木原誠二氏の同窓生でもある西脇氏は、丹念に取材を重ね、事件の真相に迫った。

'06年4月、安田種雄さん(当時28歳)は自宅で血まみれの遺体で発見された。喉の刺し傷による失血死。そこには妻のX子氏と子供もいたが、大塚警察署は「種雄さんが自分で自分を刺した自殺」とした。X子氏は現職警察官の娘だった。
その後、X子氏は銀座の高級クラブで働き始め、ある政治家と出会い結婚する。
'18年、種雄さんの死について再捜査が始まりX子氏は事情聴取を受けた。しかし政治家の妻となっていたX子氏の聴取はわずか10日余りで打ち切られた。
その政治家こそ、木原誠二衆院議員だった。
これがいわゆる「木原事件」として週刊文春が報じた事案だ。
10月18日、種雄さんの遺族はこの事案を殺人罪とする刑事告訴に踏み切った。受理されれば、警察には捜査結果を検察官に報告する義務、検察官には遺族に結果を伝える義務が生じ、放置はできなくなる。遺族代理人の勝部環震弁護士が狙いを語った。
「遺族の強い意思を公の形にしました。これで捜査をしっかりやっていただけると考えています」