結婚はうまくいかなかった
大学3年の時に、油絵科の3歳年上の女性と結婚。子供ができ、お金を稼がなければならなくなったので、道路工事などいろいろなバイトをしました。男っぽい肉体労働は当時の流行で、僕もやる気満々だったんですが、すぐクビにされちゃいました。それで音楽のバイトを始めたら、夜だけで5000円。そりゃ、みんながピアノを弾けるわけがないので、実入りがいいんですよね。
しかし、人が好む曲ばかり弾くのは音楽家としての僕には拷問でした。頭から旋律がなかなか出て行かないから。耐えられなくなり、呼ばれた時だけ弾きに行く「トラ」(エキストラ)に仕事を変えました。
シャンソンの殿堂「銀巴里」でも弾くようになりましたが、ここの仕事はチャレンジものでした。僕は初見といって、初めて見る譜面でも適当に弾けるんですが、シャンソンは語りが入るので、譜面通りに弾いても歌と合なくなることがあるんです。美輪明宏さんの伴奏も務めましたが、彼のことをちゃんと知らなかったのでなかなか伴奏を合せられず「こんなに崩して歌いやがって。今どこを歌っているんだ?」と心の中で毒づきながら弾いていました。
子供のために頑張ったんですが、結局、当時の妻とは別れることに。お互い、子供が結婚したようなものだから、うまくいきませんでした。