そこで、昨年4月まで4年6ヵ月にわたり、23万自衛官のトップを務めた河野克俊前統合幕僚長と、東アジア取材31年の現代ビジネスコラムニスト・近藤大介が、120分にわたって「いまそこにある日本の危機」について語り合った。
生身の自衛隊員として
近藤: ご無沙汰しております。奇しくも菅新政権発足の日に統幕長が出された『統合幕僚長』(WAC出版)を、一気呵成に拝読しました。つい「統幕長」と呼んでしまいますが、もう退役されたから「河野さん」とお呼びした方がよいのかな。河野さんには統幕長時代から酒を酌み交わしたりして、大変お世話になりました。
河野: こちらこそ今日はよろしくお願いします。
近藤: この本を読んでまず思ったのは、日本もようやく政権中枢にいた大物が、回顧録を書く時代に入ったということです。欧米では「回顧録文化」が根づいていて、それは自伝であると同時に、時代の貴重な記録でもあります。ところが日本を含むアジアでは、守秘義務が優先されたり、嫉妬を気にしたりして、なかなか読みごたえのある回顧録が世に出てこない。それを打ち破っていただいたという意味で、『統合幕僚長』は画期的な本だと思います。

河野: ありがとうございます。昨年、46年在籍した自衛隊を離れて、少し時間が空いた時に、「北朝鮮のミサイルや尖閣諸島の騒動など、日本の危機に自衛隊トップとしてどう対処し、決断したのかを書いてほしい」とWAC出版からお声がかかって、少しずつまとめていったのが本書です。「もう忘れたよ」と思っていた過去のことが、書き出すにつれて鮮明に思い出されてきたのには自分でも驚きました。
近藤: 私も読んでいて、あの時はあんな記事を書いたなと、懐かしく思い出しました。同時に、自衛隊の内部ではどのように考え、動いていたのかが分かり、胸のつかえがとれたような気分でした。
河野: もちろん、書けることと書けないことがありました。他人を傷つけないようにという配慮もしました。しかし、自衛官も生身の人間ですから、その時々に思うこともあったわけです。
近藤: 本当ですね。例えば、2017年5月23日に、FCCJ(日本外国特派員協会)で行われた河野統幕長の記者会見。私も参加したんですが、この月の憲法記念日に安倍晋三首相が、憲法9条を改正し自衛隊を明記することに言及し、当の自衛隊のトップが憲法改正をどう考えるのかに注目が集まっていました。
だから、私もそこをぜひ聞きたいと思って会見に行ったら、ブルームバーグの特派員が先に聞いてしまった。この時のくだりが、『統合幕僚長』に詳述されていて、非常に興味深く読みました。
河野: あの時は、入念な準備をして行きました。自衛隊法61条の規定(自衛官の選挙権行使以外の政治的行為の禁止)があり、「その件(憲法改正)については申し上げられません」と答えれば、私は安泰です。
しかし記者会見の向こう側には、多くの国民がいます。「国民に顔の見える自衛隊でなければ信頼を得られない」というのが私の持論でしたから、そっけなく答えたくはなかった。この複雑な連立方程式を解いた結果、導き出したのが、「自分の気持ちを述べる」ことだったのです。
近藤: あの時の河野幕僚長の発言を、もう一度正確にテープ起こししてみると、以下の通りでした。
「憲法という非常に高度な政治的問題なので、統合幕僚長という立場から申し上げるのは適当ではありません。ただ、一自衛官として申し上げるならば、自衛隊というものの根拠規定が、憲法に明記をされるということであれば、されることになれば、非常にありがたいなあとは思います」

河野: そうです、そのように答えました。「改憲すべきだ」とは一言も言っていません。その上で、受け身の形で個人的な心情を述べたのです。しかも、「ありがたいなあ‘とは’思います」と、「とは」というヘッジまでかけました。
近藤: この後半の一文は、いまでも発言時の表情が目に浮かびますが、一語一語噛みしめるように述べておられましたね。自衛隊トップとしての威厳を保ちながら、生身の自衛隊員としての心情を国民に訴えかける、一世一代の名セリフだと感心しました。われわれ記者だって、生身の人間ですからね(笑)。
河野: それはありがとうございます。一部でご批判も受けましたが、幸い多くの国民に、すんなり受け入れられただろうと思っています。菅官房長官も翌日の会見で、「あくまでも個人の見解として述べたということで、まったく問題あるとは思っていません」とフォローしてくれました。