ヘルシンキ自然史博物館のサカバンバスピスの復元模型があまりに情けない姿をしていると話題に

ここ数年、SNSの飛躍的な発展によりフィンランドのヘルシンキ自然史博物館でひっそりと展示されていたとある復元模型が全世界に広まり、新たなネットミームが誕生しました。

サカバンバスピスと呼ばれるオルドビス紀の絶滅動物を復元した展示物の、そのあまりに情けない姿は人々を魅了し、忘れ去られた太古の歴史に新たな光を照らしています。


キャサリン・A・タークさんのTwitter投稿より

この画像はアメリカ・テネシー州ナッシュビル在住の、エディアカラ・カンブリア紀を専門とする古生物学研究者のキャサリン・A・タークさんが2020年8月にTwitterで投稿したもの。

”Absolutely dying”(「笑いが止まらん」あるいは「興奮する!」)という短いキャプションが添えられたこの投稿は、すぐに10万いいねを獲得するほどの大きな注目を集め、全世界で話題になりました。

それからというもの、このサカバンバスピスは海外の掲示板で定期的に取り上げられるようになり、ネットミーム化した今では日本のSNSでもしばしば取り上げられるようになりました。

キャサリン・A・タークさんによると、このサカバンバスピスの復元模型はヘルシンキ自然史博物館の化石ホールにあるデボン紀の展示ケースの一番左端の”見逃しやすい場所”にあるとのこと。

サカバンバスピスはオルドビス紀の生物ですが、なぜデボン紀の展示に混ざっているのかはキャサリン・A・タークさんにも謎だそうです。

地元でも話題のサカバンバスピスの復元模型

このサカバンバスピスが有名になるより前でも地元のヘルシンキではこの展示物がたびたび話題に上がられていたようで、2020年頃にヘルシンキ博物館を訪れた人のブログには「運悪くこいつを見つけて泣きそうになった」とコメントしています。


kranttu paskiaine 2020年の投稿より-tumblr-

また、ヘルシンキ自然史博物館で働いていたというTwitterユーザーの@RokuliReettaさんは「この博物館で2年働いてて、この小さいやつに今日はじめて気付いたんだが?」というコメントと共にサカバンバスピスの画像を投稿しています。

サカバンバスピス(Sacabambaspis)はどんな生き物だったのか?

サカバンバスピスは1986年にボリビアのコチャバンバ県で発見された絶滅動物で、無顎類(むがくるい)と呼ばれるグループに属しており、基準種であるS. janvieriのほか、3種の未記載種の存在が知られています。

無顎類はその名前の通り顎(あご)のない動物たちのグループで、そのほとんどが絶滅しており、現在はヤツメウナギやヌタウナギの仲間しか生き残っていません。

サカバンバスピスの体長は約25cmと、500mLペットボトルよりも一回りほど大きく、目が正面についており、さらにその内側には諸説あるものの2つの鼻孔があったとされ、体の前部上下には2枚の硬い骨板が、後部は特殊な鱗で覆われていたとされています。

かつてのゴンドワナ大陸の浅い海の沿岸地域に生息していたとされており、常に開いたままの口で海底の食べ物を吸い込んで食べていたようです。

また、尾びれしか持っていないことから、おそらく泳ぎが下手だったと考えられており、その形状からオタマジャクシのように泳いでいたとされています。

研究成果によるとどうやら、このサカバンバスピスは現生の魚類にもみられる側線(そくせん)と呼ばれる感覚器官を備えており、水中での水の動きを捉え、捕食者との距離や方向を感知して避けていたと考えられています。


Prehistoric jawless fish -DK findout!-

近年に製作された復元図をみると、ヘルシンキ博物館の復元模型がどのような完成度であるのかは言うまでもありません。しかし、この模型の製作者は高名な古生物学者であることが明らかとなりました。

サカバンバスピスの復元模型の作者はエルガ・マルク=クリクさんであることが判明

2023年6月22日追記

現在、サカバンバスピスを商業利用とする場合の著作権について、一部のユーザーにより慎重な確認が進められており、そのうちの1人であるうさぎメン(@USGMEN)さんがヘルシンキ博物館にサカバンバスピスの著作権について問い合わせたところ、博物館側から回答があり、復元模型の製作者は古生物学者のエルガ・マルク=クリク(Elga Mark-Kurik)博士であることが明らかになりました。

エルガさんはエストニアの地質学者および古魚類の古生物学者で、1928年にエストニアのタルトゥに生まれ、エストニアの名門大学であるタルトゥ大学で地質学を学び、後年はタリン工科大学の地質学研究所に在籍し、2016年に亡くなるまで精力的に研究を続けました。

製作者についてエピネシスであらためて調査したところ、エストニアの科学雑誌『Eesti Loodus』(エストニアの自然)の2012年10月号にエルガさんのインタビュー記事が掲載されており、どうやら模型を作り始めたのは1994年の展覧会がきっかけだそうで、エルガさんは模型を作る理由について”博物館を訪れる人にとって、骨やその破片にはあまり興味がなさそう”と考えたためだそう。

このインタビュー記事によると、エルガさんはこれまで模型作りの経験がなかったそうですが、やがて発泡スチロールから切り出してパテで固め、塗装してニスを塗る手法を確立させたといいます。

また、模型の大きな目はフィンランドの格安の雑貨屋であり、日本における100円ショップのようなお店『Tiimari』で入手していたのだそう。

すべての復元模型が同じ工作過程で作られているわけではないようで、例えばサカバンバスピスの目はどうやら塗装のようですが、エルガさんの他の模型にはおもちゃの目が使われているものもあるようです。


ホマラカントゥス
『Eesti Loodus』2012年10月号


ミクロブラキウス
Eesti paleontoloog aitas muuta arusaamu iidsete selgroogsete elust

極め付けはこのプサムモレピスの復元模型。大きさはなんと83cmもあり、なんとなくサカバンバスピスと同じ雰囲気を感じます…


プサムモレピス
Tuuling CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

インターネット百科事典のWikipediaではこの画像が説明として利用されているうえに、論文にも登場するこの模型は一部のマニアにはすでに知られていたようで、2021年にとあるTwitterユーザーは「エルガさんは自分が一番かわいいプサムモレピスの模型を作ったことを知ってるのだろうか」という文章とともに投稿しています。

このプサムモレピスの模型は現在、ラトビアのリガにある博物館に所蔵されているのだそう。

生涯のほとんどを研究に注いできたエルガさんが作る模型は、実際の大きさや大まかな特徴を再現している一方で、そのどれもがどこか愛らしいものばかりで、エルガさんのそれぞれの生物への思い入れや愛着を感じずにはいられません。


『Eesti Loodus』2012-10

1994年から模型作りをはじめたとなると、サカバンバスピスを作製したときにエルガさんは少なくとも66歳を過ぎていたはずですが、研究に没頭する傍ら、それぞれの生物に思いを馳せ、工夫を重ねながら一つ一つ模型を作り上げてきたことを考えると、この復元模型もより一層愛おしく思えてきます。

これからさらに研究が進み、本来のサカバンバスピスの姿が明らかになろうと、私たちはこの復元模型の姿をおそらく忘れることはないでしょう!

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この記事について
記事の特筆にあたっては注意を払っていますが、エストニア語の翻訳は非常に難しく、場合によっては今後修正が行われる場合がございますので予めご了承くださいますようお願い致します。

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Reference
Prehistoric jawless fish -DK findout!-
『Eesti Loodus』2012年10月号 エルガさんのインタビュー記事は36P以降より

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