冷戦下のソヴィエトでスノートレッキングに出かけた男女9人の若者グループ全員が命を落とした。気温はマイナス30度(体感ではなんとマイナス40度!)だったにも関わらず、見つかった遺体の多くはまともに衣服を身に着けていなかった。また、一部の遺体からは頭がい骨骨折の痕跡が発見され、舌が失われていた遺体もあったという。さらに、一部の遺体からは微量の放射能が検出された…。
これが「世界一不気味な遭難事故」として、50年以上を経過した現在でも語り継がれている「ディアトロフ峠事件」の概要である。
最近でもロシア検察庁がこの事件の再調査をすることが報じられたばかりだ。
ロシア検察がディアトロフ峠事件を再調査 殺人説も排除 - ライブドアニュース当局による最終報告書によれば、若者たちの死因は「未知の不可抗力によって死亡」とされている。
この理解不能な表現は様々な憶測を呼んだ。雪崩、吹雪といった自然現象説から、痴情のもつれによる刃傷沙汰説や脱獄犯による殺人事件説。熊や雪男などによる襲撃説。果ては何らかの機密に触れてしまったことでソヴィエト政府によって口封じされたという陰謀論や宇宙人による実験だとするトンデモまで、本当にさまざまな解釈がされてきた。
そんな事件の真相解明に挑もうとしたのが、アメリカ人のドキュメンタリー作家、ドニー・アイカ―であり、彼によって書かれたのが本書「死に山-世界一不気味な遭難事故の真相」である。
検索すれば、様々なサイトが出ては来るけれど…
このご時世、「ディアトロフ峠事件」と検索すれば、事件に関する様々な情報にアクセスできる。「世界の不気味な事件〇選」「ディアトロフ峠事件について調べてみました!」「亡くなったディアトロフ氏の彼女は?出身地は?年収は?」なんてサイトにたどり着いて、満足はいかないまでも何となく事件について知った気になれるだろう。
しかし、本書の著者であるドニー・アイカ―はわざわざ極寒のロシアに行く。彼は39歳で恋人との間で子供が生まれたばかり。そんな男性が貯金をはたいて、よその国の未解決事件の謎解きに挑むのだ。
さらにドニー・アイカ―は、マイナス32度の気温の中、最寄りの村から70キロ離れた現地へと向かおうとする。さすがに徒歩ではなく、スノーモービルを使うのだが、それでも率直に言って、頭のネジが外れているとしか思えない。
だが、そうやって「その足で現地の土を踏み、その目で現地を見た」という事実が、本書の記述を圧倒的にリアルなものにしている。これまで唱えられてきた数多の死因の中には、現地に立った瞬間に否定できるものすらあったのだ。
そして、事件発生から50年以上が経過し、この事件について語り合った人間が何十万、ともすれば何百万といたかもしれないのにもかかわらず、現地を訪れた人間はドニー・アイカ―以外、ほとんどいないという事実に呆然としてしまう。
壮大な伝言ゲームのすえに表層の情報が独り歩きし続ける不気味な難事件を、ドニー・アイカ―は"実際に現地に行く"という凡庸な手法で解決する。彼は本書でこの事件について一定の結論を出しているのだ。
その妥当性について、僕は語ることはできない。実際、すでにアメリカではドニー・アイカ―の主張する説への反論本が出版されたりもしているらしい。ただ、彼が一つの結論にたどくりくまでのドラマに、多くの読者が敬意を払わざるを得ないだろうと思う。
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