ほむら「手段は択ばないわ」
- 2013年04月29日 23:36
- SS、魔法少女まどか☆マギカ
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- 1:1:2013/04/21(日) 12:34:30.25 ID:mQAtD2s70
諸注意
このSSは、まどかマギカ本編の11話からの分岐になります。
ワルプルギスの夜に追い詰められたほむらが、もう一度時間遡行をしていたら?というIFストーリーです。
- 2:1:2013/04/21(日) 12:35:32.80 ID:mQAtD2s70
プロローグ
立ちはだかる、舞台装置の魔女。通称、ワルプルギスの夜。
ほむらは幾度と無く挑み、その度に叩きのめされ、逃げる様に時間を遡り続けた。
――君のおかげで、最強の魔女が出来上がったんだ。
その結果は、親友を苦しめる最悪の状況を作り出してしまっていた。
何度も見てきた、退院日の病院の天井。
(また、ダメだった……。それどころか、私の願いがまどかを苦しめていたなんて……)
ほむらの頬に、一滴の雫が流れ落ちた。
(……ダメだ!! これ以上弱気になったら、無駄な魔女が増えてしまう!!)
手の甲で拭い、奮い立たせるように自分に言い聞かせる。
(これ以上時間を繰り返せば、まどかの因果が増える一方……。もう時間を戻す訳には行かないのに……どうすれば良いの?)
自問自答しても、活路は見えてこない。大きく溜息を吐き出し、自分のソウルジェムに目を向ける。紫の宝石は、かすかに濁りを溜めていた。
(……私の願いが原因。……私の願い?)
そのキーワードが、頭の片隅に引っ掛かった。
- 3:1:2013/04/21(日) 12:36:21.92 ID:mQAtD2s70
――鹿目さんを守れる自分になりたい!!
契約の願いを思い出す。
何度も繰り返した時間の中で、幾つ物真実を目に焼き付けてきた。
(もし、この理屈だとすれば……)
希望の光、道標の先が見えた気がした。
(可能性は低いけど……賭けるしかない!! もう、これ以上は繰り返せないから……)
ほむらの眼つきは鋭く研ぎ澄まされ、表情は凛と張りつめた。
暁美ほむらは知りたい。あの戦いの結末を……。
- 4:1:2013/04/21(日) 12:37:07.32 ID:mQAtD2s70
1.接触
退院したその日。新たな住居に身を移したほむらは、荷物を解くよりも先に起こした行動。
≪……キュウべえ。聞こえるかしら?≫
それは、殺し足りない位に憎らしい、契約請負人にコンタクトを取る事だった。
≪君は魔法少女の様だけど……僕と契約した記録は残っていないよ?≫
感度は良好。返信はすぐにキャッチ出来た。
≪それを今から説明するわ。すぐに来てもらえるかしら?≫
≪……解った。今から向かうよ≫
- 5:1:2013/04/21(日) 12:37:42.05 ID:mQAtD2s70
一分と経たない内に現れた契約請負人、インキュベーター。
ほむらは、鋭い目付きでキュウべえを見下ろす。
「ここでは初めまして、ね。キュウべえ。私の名前は、暁美ほむらよ」
「……暁美ほむら。その名前の少女と契約した記憶は無いね。しかし、君はソウルジェムを持っている……。君は何者なんだい?」
キュウべえは、少し首を傾けてほむらをジッと見つめる。
「私は、時間遡行者よ。違う時間軸のインキュベーターと契約したから、この時間軸の貴方が知らないのも無理はないわ」
「……そういう理屈なら、合点は行くね。しかし、君の様子を見ていると、時間遡行をしたのは一度や二度じゃ無い様だね」
「そうよ。今から一か月後に現れる、ワルプルギスの夜を倒す為に、この一か月を繰り返しているわ」
ほむらの口調は、淡々としていた。
- 6:1:2013/04/21(日) 12:38:17.62 ID:mQAtD2s70
「……ワルプルギスの夜。歴史に名を残す最悪の魔女だね。確かに、並の魔法少女が集まった位では、あの魔女を倒す事は不可能さ。
でも、この街には、巴マミと言うベテランの魔法少女も居る。何よりも、途轍もない才能を持った、魔法少女の候補も発見したんだ」
「鹿目まどか……でしょ?」
キュウべえよりも先に、ほむらはその名前を口に出した。キュウべえは、思わず言葉を止めてしまった。
「……知っていたのかい?」
「ええ。彼女の才能は、確かにずば抜けているわ。彼女が魔法少女になれば、ワルプルギスの夜を倒す事は造作も無いでしょうね……。
ただ、その後には、それ以上に最悪の魔女が生まれてしまう……」
「……全てお見通しって事か」
「私はソウルジェムの全貌も、貴方達の目的も知っているわ。
私の目的は、鹿目まどかを契約させないで、ワルプルギスの夜を倒す。その為に、この一か月を何度もやり直しているのよ……契約してからずっとね。
しかも、それが原因で、鹿目まどかに莫大な因果が集中してしまった……。彼女の素質が破格なのは、私が原因だったのよ」- 8:1:2013/04/21(日) 12:39:13.85 ID:mQAtD2s70
キュウべえは、ほむらをマジマジと見つめる。
「なるほどね。彼女の因果は、理論上ありえない数値を出しているの。しかし、君の能力が原因だとすれば、全て説明が付くよ」
「……お蔭様で、貴方を殺しても、足りない位憎んでいるわ」
ほむらは、溜息交じりにそう告げた。
「……妙な事を言うね。
だったら、何故僕をこの場に呼び出したんだい? それに、わざわざ君の知っている情報まで提供してくれる。
ありがたい話だけど、どう考えても企んでいるとしか思えないよ」
「交換条件よ。少なくとも、貴方に有益な情報を与えたんだから、私に協力してくれても良いんじゃないかしら?」
「仮に、鹿目まどかと契約するなと言う条件は受け付けないよ。僕達も、宇宙の寿命がかかってるんだ」
「そこまで、高望みはしないわ。
要望は二つよ。一つは、ワルプルギスの弱点を教える。もう一つは、ワルプルギスの夜が過ぎるまでは、彼女と契約しない」
「……厳しい要求だね」
「そうかしら? ワルプルギスの夜までの限定なら、決して悪い条件ではない筈よ。
それに……ワルプルギスには、私一人で挑むわ」- 9:1:2013/04/21(日) 12:39:59.37 ID:mQAtD2s70
ほむらの一言に、キュウべえは反応を見せた。
「……正気かい?」
「当然よ。私一人で戦うなら、貴方も教える事位してくれるでしょ?」
ほむらの口元は、小さな笑みを作っていた。
「はっきり言って、まともじゃ無いよ。君はワルプルギスの夜と、何度も戦ってきたんだろう? だったら、それがどれ程無謀な事か理解出来ている筈だ……」
「そんな事は解っているわ。
でも、後戻りが出来ない以上、ここで刺し違えてもあの魔女を倒すしか道は無いのよ」
「……末恐ろしいね。
君の様な魔法少女は、敵に回すと非常に恐ろしいタイプだよ……」
「どういう意味かしら?」
「目的達成の為なら、どんな手段も択ばないという事さ」
「ええ。その通りよ」- 10:1:2013/04/21(日) 12:40:27.70 ID:mQAtD2s70
キュウべえは意を決した様に呟いた。無表情だという事に変わり無いのだが、ほむらは確かにそう感じた。
「君には、興味が沸いたよ。協力とは言わないけれど、手は組ませてもらうよ」
「……ふふ。頼りにしているわ……インキュベーター」
ほむらは含み笑いを見せた。もっとも、その視線は、冷たいままなのだが。
「僕は、ここで消えさせて貰うよ。ワルプルギスの事はまた後日に話す事にするよ」
そう言うと、キュウべえはほむらの前から消えていった。
(……まず第一段階ね)
ほむらは、ホッと胸を撫で下ろした。
- 11:1:2013/04/21(日) 12:41:16.21 ID:mQAtD2s70
転校日。
「暁美ほむらです。よろしくお願いします」
何時ものループと変わらない、淡々とした挨拶。しかし、クールビューティーな容姿が手伝って、クラス中の話題はほむらで持ちきりとなる。
休み時間になると、ほむらの周囲はクラスメイトでごった返すのだった。
「ねーねー。暁美さんって、東京から来たんでしょ? どんな学校だったの?」
「ミッション系の学校だったわ。病気で余り、通学してなかったけれど……」
「髪の毛綺麗だよねー。シャンプー何使ってるの?」
「そんな良い物は使って無いわ。ホームセンターで売ってる物よ」
多数の質問に、淡々と答える。
ただ、今までのループとは大きく違う点がある。それは、鹿目まどかに対し自分から接触する必要が無いのである。
- 12:1:2013/04/21(日) 12:41:46.85 ID:mQAtD2s70
と言っても、ここで言葉を交わす事は、もはや運命なのかもしれない。
「あの、暁美さん?」
「……?」
ほむらに声をかけてきたのは、鹿目まどか。幾つ物ループで、守ろうとしてきた、大切な親友。しかし、まどかにその事実を知る由は、まだ無いのだが。
「私、鹿目まどかって言います。保健委員やってて、早乙女先生から保健室を案内してあげてって言われてて」
まどかは、屈託のない笑みを見せて、ほむらにそう言った。
「……そうだったわね。案内をお願いしたいわ。皆ごめんなさいね」
ほむらはそう断りを入れて、席を立った。
(好都合ね……)
内心では、ほくそ笑んでいたに違いない。
- 13:1:2013/04/21(日) 12:42:14.57 ID:mQAtD2s70
先導するまどかの背中を見ていると、ほむらの自然と険しくなってしまう。
(今回で確実に終わらせなければ……。貴女を呪縛から解かなきゃいけない……)
そう思い込んでいると、不意にまどかの方から言葉がかかってきた。
「……暁美さん。やっぱり、気分が悪いの?」
まどかは、余りにも険しい表情を見かねて、ほむらを体調を心配していた。
「大丈夫よ。それと……私の事はほむらで良いわ」
「……そっか。じゃ、私の事はまどかで良いよ」
まどかは、そう言いながらニコッと笑みを見せた。
「ええ。よろしくね、まどか」
ほむらも、笑みを見せてそう返答した。
「でもさ、ほむらってカッコイイ名前だよね」
「そうかしら? ちょっと変な名前だから、あんまり気に入って無いわ」
「私は、カッコイイと思うよ。燃え上がれーって感じでさ」
言葉を幾つか交しながら歩いていると、保健室は目前だった。
「ここが保健室だよ」
「ありがとう。助かったわ」
ほむらに言われると、まどかは照れた仕草を見せる。
- 14:1:2013/04/21(日) 12:42:41.49 ID:mQAtD2s70
「ねえ、まどか。一つだけ聞いても良いかしら?」
「どうしたの?」
ほむらが少し間を置くと、まどかは周囲の空気が張りつめた事を感じた。
「……貴女は、家族や友達の事。大切だと思ってる?」
「……えっ?」
「どうなの?」
一呼吸して、まどかは凛とした顔付きで答えた。
「勿論、大切だと思ってるよ。家族も、友達も、皆大好きな人達だから」
「……そう。ならば、一つだけ忠告させて。
もしこの先、何が起ころうとも“自分を変えよう”だなんて、決して思ってはいけないわ。そうで無ければ……貴女の大切な物を、全て失う事になるわ」
「ほむら……ちゃん……?」
「変な事を言って、混乱させてしまったかしら? でも……私の忠告を忘れないで」
そう伝えて、ほむらは保健室の扉を潜って行った。
(……何の話なんだろう)
取り残されたまどかは、呆然と立ち尽くすしか無かった。
- 15:1:2013/04/21(日) 12:43:21.36 ID:mQAtD2s70
その日の放課後。
ショッピングモールのファストフード店で、談笑するまどかとさやか、そして仁美。内容が、転校生の事に偏るのは、致し方なしと言えよう。
「あっはっはっは……。ちょっと、それってマジなの!?」
大爆笑で、目に涙を浮かべながらさやかはそう言った。
「さやかさん……笑いすぎですわ」
呆れながら、仁美はそう呟いた。
「うぅ~……言うんじゃ無かった」
まどかは、顔を赤くしながらポツリと言った。
「いやー悪い悪い。
でもさ、才色兼備でミステリアスな転校生。だけど、実はサイコな電波さん。もしくは重度の厨二病……そりゃ笑っちゃうよ」
さやかに反省の色は無かった。
「所でまどかさんは、あの暁美さんとはお知り合いなのですか?」
仁美はさやかを一旦置いて、まどかに話題を振った。
「ううん。今日、保健室を案内しただけだよ。あ……でも」
「……でも?」
まどかの思い出した様な一言に、さやかと仁美は注目した。
「夢の中で会ったような……」
その言葉を聞いて、さやかと仁美は盛大に噴き出してしまうのだった。
- 16:1:2013/04/21(日) 12:43:59.01 ID:mQAtD2s70
同時刻。同じショッピングモール内の改装中エリアにほむらはキュウべえと居た。
「……確かに、魔女の反応が有るね。君が過去をやり直しているのは、本当なんだね」
キュウべえは、感心しきりだった。
「……信じていなかったのね」
ほむらの返答は淡白な物だった。
「正直、半信半疑だったよ。だけど、確信できた。
実際、予知能力の魔法を使う魔法少女でも、魔女の現れる場所や日付まで正確に当てる事は不可能だ。過去を見てきたからこそ、出来る芸当だね」
「そんな事はどうでも良い事よ……」
溜息を吐き出しながら、ほむらはそっぽを向く。丸で、魔女と戦う意志が見られない。
「……魔女を倒さないのかい?」
「今倒す必要は無いわ。むしろ、この魔女を倒しに来る魔法少女に用が有るのよ」
「巴マミの事だね」
キュウべえの言葉に、ほむらの首は縦に動く。
- 17:1:2013/04/21(日) 12:44:37.38 ID:mQAtD2s70
お互いが無言のまま、数分経過。キュウべえはピクリと反応を見せた。
「その当ては外れた様だよ。あの魔女の結界に、鹿目まどかと美樹さやかが捕えられたみたいだ……」
「……何ですって?」
ほむらは目を見開く。
「……魔女に捕えられるのは、何も口づけを受けた人間だけじゃないさ。
魔法少女の素質を持つ人間も、結界に捕えられるのさ」
キュウべえは得意気に言う。
「そんな事、初めて聞いたわよ……」
ほむらは、キュウべえを鋭く睨みつける。
「それは聞かれなかったからね。
魔女は魔法少女の末路。かつての姿を重ね合わせて、取り入れようとしているんじゃないかな?」
「……ちっ。御託は良いのよ!!」
ほむらは焦った様に駆け出し、キュウべえはポツンと取り残されていた。
- 18:1:2013/04/21(日) 12:45:10.06 ID:mQAtD2s70
まどかとさやかの目前に広がるのは、異空間と形容できる光景だった。
綿毛のバケモノに取り囲まれて、動く事もままならない。
「……何よこれ」
さやかは背筋から、冷たい汗が流れている。
「解んないよ……こんなの夢だよね!?」
まどかは、体の芯から震えている事を感じていた。
このままここに居れば、間違いなく死ぬ。本能が、そう察知していた。本物の恐怖に理性を支配され、叫び声さえ出せなかった。
(……誰か……助けて!!)
声にならない叫びを、まどかは叫んだ。
- 19:1:2013/04/21(日) 12:46:13.01 ID:mQAtD2s70
カツン、と床を踏みつける音が、耳に飛び込む。
「危ない所だったわね……」
そう聞こえた時、黄色いリボンが二人の周囲を包み込んだ。思わず辺りをキョロキョロと見渡すと、見滝原中学の制服を着た女性が、すぐ近くに立っていた。
「……ど、どちらさまでしょうか?」
「貴女達、見滝原中学の生徒ね」
女性は、二人に向けてにっこりとほほ笑みを見せた。
「でも、その前に……ちょっと一仕事片付けてもいいかしら!!」
力強く、それでいて優しい声だった。女性が可憐なポージングを決めると共に、きらびやかな光を放つ。
- 20:1:2013/04/21(日) 12:46:38.61 ID:mQAtD2s70
その中から再び姿を現すと、制服姿から変身を遂げていた。
「使い魔共、すぐに終わらせて上げるわ!!」
女性はスカートの中から、大量のマスケット銃を一斉に召喚。
大きく息を吸い込んで、集中力と魔力を高める。
「ティロ・ボレー!!」
打ち上げ花火の如く、マスケット銃からの一斉砲撃で、無数の使い魔を蹴散らしていく。
派手な発砲にも関わらず、魔弾は的確に的を撃ち抜いていた。
「……逃がしたわ」
そう呟いた少女は、顔を少し苦々しくしていた。
- 21:1:2013/04/21(日) 12:47:25.61 ID:mQAtD2s70
同時に、取り囲んでいた空間が、改装中の殺風景な物に戻っていた。
「……」
まどかとさやかは、呆然と少女を眺めるしか、リアクションが取れない。
「……自己紹介が遅れたわね」
少女は変身を解いて、元の制服姿に戻っていた。
「私の名前は、巴マミ。貴女達と同じ、見滝原中学の三年生よ」
そう名乗った少女は、ニコッとほほ笑んだ。
「せ、先輩だったんですね。私は、二年の美樹さやかって言います」
「わ、私も二年の鹿目まどかです。助けてくれてありがとうございます」
あたふたと自己紹介する二人を見て、マミは少しだけ吹き出してしまった。
「そんなに、畏まらなくても平気よ。二人とも、怪我は無いかしら?」
「は、はい!!」
さやかは背筋を張りながら、大きな返事を返す。
「私も、大丈夫です……」
ちょっと、しり込みながら、まどかも答える。
「フフ……そんなに緊張しなくても良いのよ」
マミは温和な笑顔で、二人を見つめていた。
- 22:1:2013/04/21(日) 12:48:38.30 ID:mQAtD2s70
コツ、コツ、と床を鳴らす足音。三人は、思わず足音の主に目を向ける。
「見事な戦いね。流石はベテランの魔法少女、と言った所かしらね……」
不敵な笑みを見せながら、ほむらはそう声をかけた。
「……て、転校生!?」
「ほむらちゃん……!?」
思わず声を裏返し、まどかとさやかは驚きを隠せなかった。
「あら? 見かけない子ね……」
マミは内心では警戒しているのか、視線は僅かに鋭くなる。
「……そうね。最近、見滝原に引っ越してきたばかりなのよ」
その一言で、マミはより警戒を高め、再び魔法少女に変身した。
「そう。……だったら、今回の獲物は貴女に譲ってあげるわ」
マミはそう言って、ほむらを牽制する。
「どういう意味かしらね……」
ほむらは微笑を浮かべたままだ。
「呑み込みが悪いのね……見逃してあげるって言ってるのよ」- 23:1:2013/04/21(日) 12:49:23.12 ID:mQAtD2s70
マミの言葉は、尻上がりに強い物に変わって行く。更に、左手にマスケット銃を召喚して、ほむらに銃口を向けた。
いきなりの険悪な雰囲気に、まどかとさやかは呆然と見る事しか出来ない。
「……貴女、思ったより間抜けね」
ニヤッとしながら、ほむらはそう言った。この一言が、マミの神経を思いっきり逆撫でした。
一瞬の間に、右手からリボンを召喚し、ほむらに向けてリボンを投げつけた。
――シュン。
しかし、投げつけたリボンは何も捉えておらず、絡まったまま地面にポトリと落ちていた。
「……え!?」
マミは我が目を疑った。
「……嘘?」
「どういう事……?」
さやかは呆気にとられるしか無く、まどかには理解出来る時間も与えられなかった。
「……どう? 驚いたかしら?」
得意げに声をかけるほむらは、一瞬の間にマミの後ろに回り込んでおり、頭に拳銃を突きつけている。
- 24:1:2013/04/21(日) 12:50:24.33 ID:mQAtD2s70
「……喧嘩売る時は、少しは相手を見た方が良いわよ? 相手に武器を向ける行為は、自分も殺される覚悟があるって事になるわ。脅す為に使うのは、馬鹿のやる事よ。
私がその気なら、貴女の脳みそに鉛弾をプレゼントしてたでしょうね……」
口元をニヤリとさせるほむらだが、その眼は全く笑っていない。
「……くっ」
意図も容易く手玉に取られ、マミの内心は屈辱を味わされていた。
「……貴女、目的は一体何なの? 縄張りなの? それともグリーフシードなの?」
矢次口調のマミ。明らかに焦っている様だ。
「そうね……貴女の命」
「……!?」
「なーんてね」
そう言って、ほむらは拳銃を下ろした。
「……まどか、美樹さやか、そして巴マミ。また明日学校で会いましょう。では、ごきげんよう」- 25:1:2013/04/21(日) 12:50:54.12 ID:mQAtD2s70
次の瞬間、ほむらの姿は再び消え失せた。
「な……何なんだよアイツ……」
ほむらの行動と言動に、苛立ちを隠せないさやか。
「ほむらちゃん……?」
不安に駆られ、表情を曇らせるまどか。
(……怯えてた。銃を突き付けられた瞬間……私は確かに怯えてた)
マミの右手は、握り拳を作りながら、小さく震えていた。
- 38:1:2013/04/21(日) 20:52:11.43 ID:mQAtD2s70
2.憂鬱
翌日。まどかとさやかは、何時もの様に登校していた。
「凄い話だよね。何か、マミさんって、正義の味方って感じがしてカッコイイよね」
明るく話すさやか。
「うん。でも……ほむらちゃんも魔法少女なのに……」
まどかがそう言うと、さやかはあからさまに嫌そうな表情を見せた。
「あんな奴、私が同じ魔法少女だったら、コテンパンにしちゃうのに」
「だけど……あんな行動するなんて、何か有るんじゃないかな~って思うんだけど……」
強気な発言をするさやかを、なだめる様にまどかはそう言った。
昨日まどかは、さやかと共にマミから、魔法少女の事、そして魔女の事。一通り聞く事となった。その際、マミの仲介でキュウべえとも顔を合わせた。
その為、登校中の話題は魔法少女の事ばかりだった。偶々、日直で登校時間の合わなかった仁美が居なかった事も、理由の一つだろう。
- 39:1:2013/04/21(日) 20:52:40.29 ID:mQAtD2s70
学校に二人が到着すると、昇降口で不審な動きをするほむらを見かけてしまった。
(……転校生? アイツ、何してるんだ?)
さやかは、ほむらの姿を目で追った。
「さやかちゃん? どうしたの?」
「まどか……あれ見てよ」
さやかが指差した先は、下駄箱に何かを入れるほむらの姿だった。
「……何してたんだろう? まさか、ラブレター?」
「そんな訳無いじゃん。アイツ、もしかして嫌がらせとかしてるんじゃない? ほら、性格悪そうだし……」
こそこそと話をしていると、ほむらは下駄箱から立ち去って行った。
「まどか……後付けて見ようよ」
「でも……」
「良いから、行くよ!!」
さやかに押し切られて、まどかに選択権は無かった。二人はほむらの後を追う事になった。
- 40:1:2013/04/21(日) 20:53:17.03 ID:mQAtD2s70
ほむらの向かった先は、学校の屋上だった。フェンスにもたれかかって、誰かを待っている様である。
物陰から、ほむらの姿をうかがうさやかとまどか。
「……誰を待ってるんだろう?」
「もしかして、本当にラブレターだったとか?」
こそこそと話していると、ほむらの元にその呼び出した人物が現れた。
「……一体、何のつもりなの?」
呼び出された張本人、巴マミは明らかに不機嫌そうに表情を曇らせていた。
「あら? 私からのラブレターは気に入らなかったかしら?」
「そういう事を言ってるんじゃないの。貴女みたいな怪しい魔法少女に呼び出されたら、誰だって警戒するわよ」
マミの視線は、睨む様に尖っている。
- 41:1:2013/04/21(日) 20:54:10.44 ID:mQAtD2s70
「テレパシーの方が早いけど、キュウべえに聞きとられるのよ。それに、手紙の方が粋だと思わない?」
「ふざけないで。意味も無い用事なら、私は教室に戻るわよ」
ほむらは、フッと息を小さく吐いた。同時に、表情もキリッと引き締まった。
「呼び出したのは、昨日の事の釈明ですよ。
私は、別に先輩の縄張りを荒らそうとか、グリーフシードを奪おうとか。そんな事は考えてません」
「……そんな言葉、本気で信用できると思ってるの?」
「別に信用しなくても良いですよ。
仮に私が本気で縄張りを奪うつもりなら、魔女退治で消耗しきった後に、徹底的に痛めつけて二度と刃向わない様にする。それ位の事は平気でしますよ。
そんな人間が、わざわざ一対一の話し合いをする訳がないじゃ無いですか」
自信満々にほむらはそう告げた。
「最低の魔法少女ね……」
この考えには、マミはドン引きしていた。
(……最悪)
(そんなの酷過ぎるよ……)
隠れて盗み聞いている二人も、正直引いていた。
- 43:1:2013/04/21(日) 20:55:11.95 ID:mQAtD2s70
「話を戻します。同じ街に複数の魔法少女が居る事が、どういう事か……。先輩だって、理解出来ますよね?」
「そうね……。普通だったら、縄張り争いやグリーフシードの奪い合いになる。下手に話が拗れてしまうと、魔女退治どころか、魔法少女同士の争いに発展してしまう……」
「そういう事ですよ。
それを未然に防ぐって意味でも、舐められない様にするしかない。その為にも、あれ位の行動を起こさなきゃ、収まりがつかないんですよ。
この縄張りを共有させて貰う以上、最低限の礼儀と筋は通します。だから、この見滝原での活動を認めて貰いたいという訳です」
ほむらの言葉を聞いて、マミは少し考えを素振りを見せた。
「……一つだけ聞かせて。貴女は、誰かと仲間になる気は有るの?」
「有りませんね。
ただ、利害の一意が有れば、当然ながら協力しますよ」
「……そう」- 44:1:2013/04/21(日) 20:56:13.52 ID:mQAtD2s70
「解って貰えますか?
お互いの均衡を保つ為ですよ。仲間になった振りをして、後から裏切る様な魔法少女は腐る程存在します。
それ位だったら、最初から適度な距離感と緊張感を持っていた方が、良い方法だと思いますけれど……」
「……」
「納得いきませんか……先輩?」
「……引っ越してきて、今更活動するな何て事言えないわ」
マミは、少し渋っていたが、結局折れてしまった。
「……感謝しますよ」
「でも、正直な事を言わせて貰うわ。私は、貴女の事が一切信用出来ない。
もし、万が一縄張りを奪う様な素振りを見せれば……その時は一切容赦しない。それだけは肝に銘じて起きなさい」
「活動を認めて貰えれば、私はそれでいいですよ……」
そう言って、ほむらは屋上から立ち去ろうとした。
- 45:1:2013/04/21(日) 20:56:57.67 ID:mQAtD2s70
「……あ、そうそう。まどか。それと、美樹さやか」
(……バレてた)
隠れているさやかとまどかは、ドキリとしてしまう。
だが、ほむらは構う事無く言葉を続けるのだった。
「盗み聞きとは、悪趣味ね。これは、貴女達が立ち入って良い話では無いのよ?」
ほむらの言葉が、グサッと突き刺さった。
「……アンタ何様のつもりなんだよ」
眉間にしわを寄せながら、さやかはいきり立っていた。
「さやかちゃん……やめようよ」
「まどかは黙ってて!!」
まどかの制止も頭に入らず、さやかはほむらに突っかかる。
「マミさんは、この街を守ろうとする立派な魔法少女じゃない!! なのに、いきなり現れたアンタみたいな魔法少女が偉そうに……」
「黙りなさい」
さやかの言葉を遮るように、ほむらはそう言った。静かでも力強い台詞。そして、刀の如く研ぎ澄まされた視線に、さやかはたじろいでしまう。
- 46:1:2013/04/21(日) 20:57:52.94 ID:mQAtD2s70
「一応言っておくけれど、私は巴マミの考えを否定する気は無い。ただ、私自身が賛同していないだけよ。どう言う考え方で活動するかは、人それぞれ……そうでしょ?」
「だけど……」
「けど、何かしら? 自分の考えと合わないってだけで、その人間の意見を簡単に否定するものではないわ」
「……」
さやかは、反論の言葉を見つけられなかった。
「今、確信できたわ。
美樹さやか……貴女は魔法少女になってはいけない。貴女は、魔法少女になる上で、一番重要な物が欠けてるわ」
「……何だって?」
「冷静さが無さすぎるわ。そんな簡単に熱くなる様では、魔女の餌になるか、余計な死体が増えるだけよ。
如何なる時も、頭を冷やせなければ、戦い続ける事など不可能。無謀と勇気を履き違えてはいけないのよ」
「……そんなの……やってみなきゃ解らないじゃん!!」
「解るのよ……。巴マミに聞いてみればどうかしらね」
そう言いきって、ほむらは屋上から立ち去って行った。
- 47:1:2013/04/21(日) 20:58:32.35 ID:mQAtD2s70
「くそ!! 何なんだよ!!」
さやかは、当り散らす様に叫んだ。
「……美樹さん。落ち着きなさい」
マミは、さやかにそう促した。
「……マミさん。さっき、転校生が言ってた事って……」
助けを求める様に、さやかの視線はマミを捉えていた。
「正直、言い方は最低で酷いものだわ。ただ……概ね内容は間違ってはいない」
「そんな……」
「確かに、酷な意見かもしれないわ。だけど、魔法少女ってそんな簡単に勤まる物でも無いのよ……」
マミは、諭すようにそう告げた。
「マミさんは……あんな奴に好き勝手言われて、何も思わないんですか?」
「……滅茶苦茶頭に来てるわね。もし、仲間になりたいって言われても、あの子だけは願い下げよ……」
「……」
「でも……あの子の考えを聞いて、少し思う事も有ったのも事実なのよ」- 48:1:2013/04/21(日) 20:59:19.53 ID:mQAtD2s70
「思う事……ですか?」
「ええ。
願いが叶うってだけで、誰かに契約を勧めてはいけない……それだけは解った。いえ、気付かされたって方が正しいわね……。
当たり前の事を、すっかり忘れてたのよ……魔女と戦う事は、常に死と隣り合わせ……」
「マミさん……」
「魔女がどれ程、恐ろしい物か……。ベテランの癖に、それを忘れてる何て魔法少女失格ね……」
「そんな事有りません!!」
ここまで黙り込んでいたまどかは、声を荒げた。
「……マミさんの考えは、とても立派だと思います。
それに、ほむらちゃんは言ったじゃ無いですか……マミさんの考えは否定しないって」
「鹿目さん……」
「きっと、ほむらちゃんにはほむらちゃんなりの考えが有るんですよ……」
「……そうかなぁ」
まどかの言葉に、さやかは何処か納得の出来ない様子だった。
- 49:1:2013/04/21(日) 20:59:47.25 ID:mQAtD2s70
「私とさやかちゃんは、魔法少女じゃないけれど……マミさんの事を応援する事は出来ます。
それだけじゃ、頼りないかもしれないけど……私達に出来る範囲なら、マミさんに協力したいんです」
まどかは、力強く言った。
「まどかに良い所持ってかれたかなぁ……。
確かに、マミさんは命の恩人です。だけど、あたし達はそういうの抜きで、マミさんの事をもっと知りたいんです」
さやかも、そう言ってまどかの意見に追従した。
「鹿目さん……美樹さん……。ありがとうね」
マミは、感謝の言葉を述べた。そして、その瞳はかすかに光る物を浮かべていた。
- 50:1:2013/04/21(日) 21:00:24.36 ID:mQAtD2s70
その日の夕方。
昨日取り逃がした魔女を、マミは追っていた。
使い魔の魔力の痕跡から、じっくりと足取りを追う。華やかなイメージとは対照的に、実に地味な作業と言える。
(……近いわね)
魔女の行先は見えた。標的の近くまで来ている事を確信した。
ソウルジェムの点滅が、次第に速度は増していく。路地を曲がり、目前に見えたのは廃墟となった雑居ビルだ。
(……あれは!?)
ビルの屋上に、人影が見えた。しかも、フェンスから飛び出している。
そのまま、フラリと人影は屋上から飛び降りた。
(いけない!!)
咄嗟に変身を完了させて、落下する体をリボンで包み込む。落下速度は次第に遅くなり、体はゆっくりと地面に据えられた。
- 51:1:2013/04/21(日) 21:01:14.11 ID:mQAtD2s70
飛び降りたのは、女性だった。今は気絶している様で、目を覚ます気配は無い。介抱していると、首筋に奇妙な痣が付いていた。
(……これは、魔女の口づけね)
魔女は、このビルに潜んでいると、マミは確信した。しかし、このまま女性をほおって置くのも、少々気が引ける思いもあった。
「私がその人を見ておくから、貴女が魔女を倒しに行けば良いんじゃないかしら?」
その言葉を聞き、マミは思わず振り返る。
「……何のつもりかしらね、暁美ほむらさん?」
きつめの口調で、マミはそう告げる。
- 52:1:2013/04/21(日) 21:01:53.78 ID:mQAtD2s70
「魔女の痕跡を追ってきたら、偶々出くわしただけよ。魔女を追うのは、魔法少女の習性みたいな物でしょ」
「どうかしらね……。言ったでしょ? 貴女は信用できないって……」
「流石に見ず知らずの一般人にまで、手はかけないわ」
「……その言葉の通りなら、私には手をかけても良いと言う訳ね?」
マミは相当に警戒をしている様だ。
「……ならば、こうしましょう。貴女がその女性を介抱している間に、私が魔女を倒してくる。
それなら、私も貴女に狙われないで済む。それに、全ての魔女がグリーフシードを落とすとは限らない。そうでしょ?」
ほむらは、間髪入れず別の提案を出した。
「……したたかね。この魔女は、貴女に任せるわ……」
マミは渋々ながら、ほむらの提案を受け入れた。
「恩に切りますよ、先輩」
不敵に微笑しながら、ほむらは魔女の結界へと向かった。
(……仕方ないわね)
マミはフッと溜息を吐き出した。
- 53:1:2013/04/21(日) 21:02:28.68 ID:mQAtD2s70
意識の戻らない女性を介抱していると、反応を嗅ぎ付けたのか、キュウべえも現れた。
「やぁ。どうやら、暁美ほむらに横取りされたようだね」
「……キュウべえ」
マミはキュウべえを見つめた。
「君がこうも簡単に手玉に取られるなんて、思ってもみなかったよ」
キュウべえの言葉に、マミはムッとした顔付きになる。
「手玉に取られてないわ。今回は、この人を介抱する必要があったんだし……」
「そういう事さ」
「……どういう事よ?」
「暁美ほむらの実力からすれば、強引に横取りする事も可能だ。
しかし、不可抗力を上手く利用して、奪う事無く魔女を仕留める様に仕向けている。彼女は、恐ろしく頭の切れる魔法少女だね」
「…………」
「冷徹でいて狡猾。そして、強い。ある意味、最も敵に回してはいけないタイプさ」
「……キュウべえは、随分とあの子の事を買ってるのね」
「君の実力を否定する訳じゃ無いよ。ただ、暁美ほむらが異常なのさ……」
「その様ね……」
マミの表情は、実に憂鬱そうだ。
- 54:1:2013/04/21(日) 21:03:12.70 ID:mQAtD2s70
暫く時間が経過すると、女性はゆっくりと眼を覚ました。
「……こ、ここは? あなたは一体……?」
女性は周囲を見回しながら、キョトンとしていた。
「……たまたま通りかかったら、ここであなたが倒れていたんですよ。お怪我は有りませんか?」
マミは、女性を不安にさせない様に、ニコッと微笑んで見せた。
「は、はい……。特には何とも……」
そう言って立ち上がろうとするが、女性の体は酷く震えており、真っ直ぐには立っていられなかった。
「大丈夫ですか!?」
「何とか……大丈夫そうです」
気丈に振る舞っているが、女性は一人で帰る事は不可能だろう。
「……家まで送りますよ」
相手の体を支えながら、マミはそう言った。
「はい……すいません」
顔を青白くさせ、女性は弱弱しくなっていた。
≪これって、口付けの影響かしら……? それとも、落ちる時の光景が、本能的におぼえているのかしら……?≫
マミはテレパシーでキュウべえに聞いた。
≪どちらかと言えば、前者だね。魔女の口付けは、精神面に大きく影響を及ぼすよ≫
≪そう……≫
このまま、暁美ほむらが魔女に負けるとは考えにくい。そう判断したマミは、一つ提案を挙げた。
- 56:1:2013/04/21(日) 21:03:42.73 ID:mQAtD2s70
≪ねぇキュウべえ。……暁美ほむらの様子を見ててくれないかしら。私は、この人を家まで送ってくるから≫
≪僕は一向に構わないよ。そういう事なら、後でまた落ち合おう≫
≪よろしくね≫
女性を気遣うマミは、タクシー会社に電話をかけるのだった。
- 57:1:2013/04/21(日) 21:04:15.23 ID:mQAtD2s70
女性を自宅まで送り届けると、辺りはすっかりと暗くなっていた。雲一つ無く、月明りと街灯で見通しは悪く無い中、マミは帰路に付いている。
(……暁美ほむら。彼女は、何を狙っているのかしら)
マミの中に、ほむらに対する疑念が渦巻いていた。
(……協力を求める訳でも無く、縄張りを奪う訳でも無い。それでいて、あんな行動を取る魔法少女は、初めてだわ……。
キュウべえの言ってた通り、強い上に頭が恐ろしく切れる……。狙いが解らない以上、こっちから手を打つ事も出来ないなんてね……)
幾つかの推測を思い浮かべるが、決定的な策は見つけられない。
「……はぁ」
思わず、大きなため息を吐き出していた。
(……考えてても仕方ないわね。コンビニでケーキでも買って帰ろ……)
進路を変えて、公園を横切るように歩いていると、一番会いたくなかった人物がベンチに座って待ち構えて居た。
- 58:1:2013/04/21(日) 21:05:07.42 ID:mQAtD2s70
「ここで待っていれば、貴女に会えるってキュウべえが言ってたわ」
ほむらに声をかけられて、マミは心底嫌そうに表情を歪める。
「……待ち伏せのつもりかしら。とうとう、本性を現したのね?」
マミは苛立っている様で、口調もきついものだ。
「随分と嫌われたものね……。ま、無理も無いけれど」
「今度は何のつもり? 言ったわよね……素振りを見せたら容赦しないって」
「私は、貴女に話したい事が有るから待っていたのよ。今朝は、部外者が居たから、話さなかったけれど……」
「……信用出来ないわね」
マミは極めて警戒しているが、ほむらはお構いなしに口を動かし始めた。
「……鹿目まどか。彼女だけは、魔法少女として契約させてはいけないわ」
「あら……貴女も気が付いて居たのね。彼女の素質を……」
「そうよ。正確には、知っていたと言う方が正しいかもしれないわね」
「自分より優れた才能が有る。だからこそ、鹿目さんに契約されると、商売敵が増えてしまう……。貴女みたいな魔法少女なら、確かに契約されると困るかもしれないわね。
自分よりも強くなりそうな芽は、早めに積んでおく。丸で、いじめられっこの発想ね」
「……」
「確かに、鹿目さんが契約するかどうかは、私が口を出す所では無いわ。
ただ、彼女は貴女の様に非道で残虐な考えは持ち合わせていない。もし、魔法少女になったとすれば……きっとこの街を護る為に戦ってくれるでしょうね」
マミは、ここぞとばかりに捲し立てる。今まで好き勝手言われたお返しとばかりに。
- 59:1:2013/04/21(日) 21:05:48.50 ID:mQAtD2s70
「一つ聞くわ。貴女は、鹿目まどかや美樹さやかに契約して欲しいのかしら?」
「……それを貴女に言う必要は無いわ」
ほむらはフッと息を吐いてから、言葉を吐き出す。
「私の様な卑劣な考えの持ち主が現れれば、他の魔法少女を殺しかねない。経験の浅い、契約仕立ての魔法少女ならば尚更危険。
そう考えて、貴女はあえて契約を考える様に伝えたのでしょう?」
「……何が言いたいの?」
「仲間を手に入れられるチャンスを潰されて、尚更私が気に入らない。違ったかしら?」
「……違う。それは違うわ!!」
マミは、思わず声を荒げた。
「……だけどね。私は何があろうと、新たな魔法少女を増やす事には反対なのよ」
「鹿目さんや美樹さんの様な、立派な考えを持つ子が魔法少女になれば、縄張りを争う事は減ると思うわ……。魔女を倒す事も楽になるでしょうし……」
ほむらとマミの意見は平行線だった。ここまでは。
「……私が断固として、契約に反対する理由は、縄張り争いうんぬんじゃないわ。
ソウルジェムの本当の秘密も……グリーフシードの正体も……インキュベーターの目的も知ってるからよ!!」
「……!?」
ほむらは力強く言い切った。
- 80:1:2013/04/23(火) 20:21:30.12 ID:sbMsI/FL0
3.真相
マミは思わず言葉を止めていた。
「何よ……? その秘密って?」
ほむらの瞳は、真っ直ぐにマミを射ぬいていた。
「ソウルジェムは、私達の魂を宝石に変えた物。言うなれば、ソウルジェムが私達の本体で、体は後付けの様な物よ」
「……貴女、何を言ってるの?」
「体から全ての血が抜けても、心臓が破れても、骨が粉々に砕けても……ソウルジェムが無事なら生き返られるわ。無論、魔力は使うけれどね。
言い換えれば、ソウルジェムが砕け散ってしまうと、私達は死んでしまうわ。
ちなみに、ソウルジェムが半径100メートル以上離れると、体の機能は全て停止する」
「ちょっと……訳が解らないわよ。性質の悪い嘘は止めなさいよ!!」
「……この目を見て、私が嘘を言ってるとでも思うの?」
「……」
あまりの威圧で、マミは黙り込むしかなかった。
- 81:1:2013/04/23(火) 20:22:24.28 ID:sbMsI/FL0
「次は、グリーフシードの事ね。
貴女は、今まで疑問を持ったことが無いかしら? 何故、ソウルジェムの穢れはグリーフシードでしか浄化出来ないのか……」
「それは……グリーフシードは、魔女の卵。呪いから生まれる代物……」
「違うわね。元が同じ物だからこそ、浄化が出来るのよ」
「……!?」
「グリーフシードは……絶望するなり、魔力を使い果たすなり……ソウルジェムが穢れきって壊れた時に生まれ変わる物よ。
つまり……魔女は元々は魔法少女だった」
「……嘘よ」
「嘘じゃ無いわ。この目で、私は見てきたの」
- 82:1:2013/04/23(火) 20:23:30.52 ID:sbMsI/FL0
「だったら……キュウべえは何の為に魔法少女を生み出しているって言うのよ!!」
「私達の感情をエネルギーに変えて、宇宙の寿命を延ばしているらしいわ。特に、魔法少女が魔女になる時は、極めて効率よくエネルギーを回収が出来るとか抜かしてたわ。
私はあいつ等じゃないから、良く解らないけど……」
マミの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。体は酷く震えだし、顔色は真っ青だった。
「ねぇ……キュウべえ。近くにいるんでしょ!? 嘘よね!? 魔法少女は希望を生み出す存在で、魔女は絶望を生み出す存在なんでしょ!?」
マミの後ろに、キュウべえは現れた。
「ねぇ……彼女の言ってる事は……でたらめでしょ!?」
「全て真実だよ。
それと、誤解している様だけど、魔法少女は希望から生み出される存在で、魔女は絶望から生み出された存在だと僕は教えた筈だ。
ニュアンスは似ているけれど、意味合いは大きく異なっているよ」
マミの理想は、呆気なく打ち砕かれていた。
- 83:1:2013/04/23(火) 20:24:25.25 ID:sbMsI/FL0
「……何よそれ。
……それじゃ、私は何の為に魔女と戦って来たっていうのよ!!
ソウルジェムが魔女を生み出すなら……皆死ぬしか無いじゃない!! 貴女も!! 私も!!」
半狂乱となったマミは、黄色い光を生み出して、魔法少女姿に変身した。
(……きたわね!!)
ほむらも、同調するように変身し、魔法少女姿になって見せた。
- 84:1:2013/04/23(火) 20:25:13.28 ID:sbMsI/FL0
マミは即座にマスケット銃を召喚し、ほむらに向ける。ソウルジェムに照準を合わせて、引き金を引く。
銃声が、漆黒の夜に響き渡った。
しかし、魔弾は空を切って公園の地面を抉ったにすぎなかった。
「……!?」
目前から消えた標的。マミは本能的に後ろに向けて、リボンを放出させた。
(……居ない!?)
絡みつくリボンは、何も捉えていない。
「……ここよ」
「……!?」
突然のささやきは、右耳から聞こえた。
「……え?」
- 85:1:2013/04/23(火) 20:26:07.20 ID:sbMsI/FL0
今度は、左から鎖が飛んできた。マミの体に絡みつき、あっという間に拘束されてしまっていた。
「……ちょっと!! 何てことするのよ!!」
「殺されかければ、それ位しなきゃ大人しくしてないでしょ」
声を荒げるマミに、ほむらの突っ込みは冷静だった。
マミは力を込めて引き千切ろうと試みるが、纏わりついた鎖はビクともしない。
「無駄な抵抗よ。魔力を込めているから、そう簡単に切れる訳がないわ」
「…………」
マミの体から力が抜けて、その場に両膝を着いてしまう。
- 86:1:2013/04/23(火) 20:26:52.27 ID:sbMsI/FL0
長い間、魔法少女として戦ってきたにも関わらず、意とも容易く負けていた。こうなってしまえば、魔法少女としては死を意味している。
ほむらはゆっくりと歩み寄り、マミの頭に。否、ソウルジェムに向けて、銃口を突きつけた。
「……貴女の負けよ。巴マミ」
この時点で、マミのプライドはズタズタだった。
「……殺してよ」
マミの声は涙交じりだった。
- 87:1:2013/04/23(火) 20:27:40.80 ID:sbMsI/FL0
「このままソウルジェムを、さっさと撃ち抜きなさいよ!! この縄張りも手に入るし、私の持っているグリーフシードは貴女の物になる!!
もう十分じゃない!! 私は魔女になりたくない!! 早く引き金を引いて、私を殺せばいいじゃない!!」
理性が切れた様に、マミは捲し立てた。
「……フフ」
「…………?」
「クックック……フフフ……アーッハッハッハ……」
何を思ったのか。ほむらは、今まで見せた事の無い位に高笑いを始めた。
「何がそんなにおかしいのよ……」
「……そんなに死にたいなら、その命……私が貰ったわ。
今すぐ、私に忠誠を誓いなさい……巴マミ」
- 88:1:2013/04/23(火) 20:28:30.21 ID:sbMsI/FL0
「……!?」
「殺すなんて、勿体ないじゃない。死ねばゼロだけど……生きている限りは駒として動かせる。そうでしょ?」
この一言は、屈辱だった。
「……貴女は、命を何だと思ってるよ!!」
「何とも思っていないわ。
ただ、私は自分の目的の為なら、どんな手段も択ばないわ。例え恨みを買う方法でも、他人の命を踏みにじろうともね……。
使えるなら、魔女だろうが魔法少女だろうが、何だって使うわ」
「……信じられない。魔女より性質が悪いわ……」
ほむらの言葉を拒絶する様に、マミは吐き捨てた。
- 89:1:2013/04/23(火) 20:30:02.86 ID:sbMsI/FL0
「ねぇ……魔女になる事って怖い?」
「怖いに決まってるでしょ!! 誰かを呪いながら生きながらえる何て、私はまっぴらよ!!」
マミは、怒りで顔を真っ赤にしながらほむらに告げる。
「そりゃ、魔女になるのは私も御免よ。
でも、魔女になる事が避けられないなら……私はそれを受け入れるわ」
「何よそれ……狂ってる……」
「普通に考えれば、そうかもしれないわね。
だけど、仮に私が魔女になったとすれば、貴女が殺せばいい。そうすれば、少なくとも貴女は延命できるわ」
「……嫌よ。誰かを犠牲にしてまで生き延びるなんて……。私はそこまでして生きたくない!!」
「……本当にそう思ってる?」
「そうよ!!」
マミの言葉を聞いて、ほむらは拘束する鎖を解いた。
- 90:1:2013/04/23(火) 20:30:43.20 ID:sbMsI/FL0
「……何のつもり!?」
マミはほむらと向き合う様に、体勢を変える。
「覚悟を試させて貰うわ」
そう言うと、ほむらは盾の中から、リボルバー式の拳銃を取り出した。
「コルトパイソン。リボルバー式の拳銃でも、極めて威力の強い物よ。仮に頭を撃ち抜けば……脳みそは軽く飛び散るでしょうね」
ほむらは銃弾の装備されるシリンダーに、一発だけ装弾。そして、シリンダーを思いっきり回転させたままリロードする。
「……まさか!?」
「そのまさかよ!!」
- 91:1:2013/04/23(火) 20:31:12.86 ID:sbMsI/FL0
ほむらは何のためらいも見せず、自分のソウルジェムに銃口を当てた。
そして、一切の迷いも見せないで、引き金を引いた。
――カチン。
空発。
――カチン。
二回目も、弾丸は飛びださない。
――カチン。
三度目の正直には至らない。ほむらの顔は、何時もと違わぬポーカーフェイスを保ったままだ。
「……ま、こんな所よ。
言ったでしょ? 何とも思っていないってね」
得意げに言いながら、ほむらはマミに拳銃を差し出す。
- 92:1:2013/04/23(火) 20:31:54.02 ID:sbMsI/FL0
「次は貴女の番よ?」
「……」
無言で受け取り、マミはソウルジェムに拳銃を突きつける。
ドクリ、と心臓が高鳴り、全身の汗腺から汗が噴き出る。拳銃を持つ手は震え、奥歯がガチガチと鳴る。
マミは、怖かった。死ぬ事は怖い。トリガーにかかる指を、動かす事が出来ない。
改めて突きつけられた現実は、あまりにも非情であった。
拳銃を構えて、数十秒。マミは、引き金を引く事が出来なかった。
「……これが、現実よ」
ほむらは、冷たく言い放った。そのまま、マミから拳銃を取り上げる。
「……」
全身の力が抜けた様に、マミは地面にへたり込んでしまう。
- 93:1:2013/04/23(火) 20:32:32.91 ID:sbMsI/FL0
「怖いと思ってる?」
ほむらの言葉に、マミの首は縦に動く。
「それが心理よ。だけど、怖さを知らない者は、強くなれないわ。
自分の無力さを認める事は、悪い事ではない。少なくとも、私は全てを受け入れた上で行動を起こしているのよ。近い将来、魔女になる事も含めてね。
出来もしない理想論を語るより、現状を見つめて出来る事を考える。それが私なりに導き出した、魔法少女の生き方よ」
マミの反応は無いが、ほむらは言葉を続ける。
- 94:1:2013/04/23(火) 20:33:20.30 ID:sbMsI/FL0
「……巴マミ。貴女は、自分に厳しすぎる。
正義の味方とか、街を護るとか、その考え方は素晴らしいわ。だけど、自分でハードルを上げてしまい、自分自身を苦しめていては意味が無い。
もっと、ズル賢くても良い。もっと、楽にすればいい。少し位、自分に甘えたってバチは当たらないわ」
「違うの……」
弱弱しくマミの口は動く。
「私は……本当は弱いの。
強がってばかりで、魔女と戦うのが怖くて……本当に死にたいと思っても、自決する勇気だって持って無い……。
願いが叶う事は素晴らしいって、あの子達に言ったわ……。だけど、本当はそんな事を思って無い。
私は、ただ魔法少女の仲間が欲しかった……」
「やっと、自分自身に向き合ったわね」
そう呟いてから、ほむらは今日刈り取ったばかりのグリーフシードを、マミに差し出した。
- 95:1:2013/04/23(火) 20:33:58.28 ID:sbMsI/FL0
「……?」
「早い内に浄化しないと、魔女になるわよ?」
マミはグリーフシードを受け取った。その様子を見て、ほむらは再び口を動かす。
「自分のエゴは醜いと思うかもしれない。だけど、汚い部分も含めて、それが自分なの」
その言葉は、マミの心に深く刺さった。
「巴マミ。これからどうするかは、貴女が決める事。
もし、魔法少女を続ける気が有るのなら……明日の夕方。この公園で待っているわ」
そこまで言うと、ほむらはマミに背を向け、足を進め出す。
「……待って」
その一言に、ほむらの足はピタリと止まった。
- 96:1:2013/04/23(火) 20:34:38.64 ID:sbMsI/FL0
「一つだけ聞かせて。
暁美さん……貴女に取って、魔法少女はどんな存在なの?」
「そうね……。
強いて言うなら、願いを叶えたが為に魔女退治をやらなければいけない、自業自得な存在かしらね」
「……貴女っぽい意見ね」
「ええ。気に入らないかしら?」
「いいえ。それも、魔法少女の有り方なんじゃないかしら……。
……本当なら今日で、私は殺されているわ。だからこそ、今の私は助けられたようなもの……。
私は貴女と手を組みたい。いいえ、私に忠誠を誓わせてほしいの!!」
マミの言葉は吹っ切れた様に、はっきりとしていた。
(……陥落したわね)
ほむらは、ニッと口元を歪ませた。
- 97:1:2013/04/23(火) 20:35:24.23 ID:sbMsI/FL0
「まぁ……そこまでは言わないわよ。だけど、貴女の力を借りれるのなら、心強いわ。
よろしくね……マミ」
ほむらは振り返りながら、スッと右手を挙げた。
「こちらこそ、よろしくね。暁美さん」
マミも同じ要領で右手を挙げる。
パン、とハイタッチする音が、公園に響いた。
- 98:1:2013/04/23(火) 20:35:50.68 ID:sbMsI/FL0
「……そう言えば、何時の間にキュウべえは消えているわね。根掘り葉掘り問いただしたい事があったのに……」
マミは、周囲を見渡したが、キュウべえの影は何処にもない。
「アイツの事だから、その内現れるわ。
それと、アイツを見つけて、殺したところで意味は無いわよ。一匹殺したところで、別の個体が出てくるだけだから」
「……初めて聞いたわ」
「アイツらの事は、私でも解らない事は、まだまだあるわ。だから、あまりアイツの事を当てにしてはいけないのよ」
ほむらは、鬱陶しそうに溜息を吐き出す。
「……ねぇ、暁美さん。まだまだ色々話もしたいから、ケーキでも食べに行きましょう」
「この時間じゃ遅すぎるわ。私はラーメンが食べたいわね」
「女子中学生二人でラーメンはちょっと……」
この後、相談の末ファミレスに行く事となり、二人は夜の街に消えていった。
- 99:1:2013/04/23(火) 20:36:41.95 ID:sbMsI/FL0
何時の間にか姿を消したキュウべえは、ビルの屋上から街を見下ろしていた。
「やれやれ……。まさか、巴マミを手籠めにするとはね。
しかし、ワルプルギスの夜に挑むのは、彼女一人だと言っていた。無論、嘘だと言う可能性も十分に有るけれど……。
暁美ほむら……彼女は何を企んでいるんだ?」
ほむらへの疑惑は、キュウべえさえも抱いていた。
- 100:1:2013/04/23(火) 20:37:13.11 ID:sbMsI/FL0
翌日の登校。
「おはよ~……」
まどかは、眠たそうに眼をショボショボさせて、何時もの待ち合わせ場所に到着した。
「おはよ。遅いぞ~」
さやかは、茶化すようにまどかに挨拶をした。
「おはようございます、まどかさん」
仁美もにこやかに微笑みながら、まどかに挨拶をした。
「じゃ、行こっか」
三人が揃った所で、学校へと向かい始めた。
そして、待ち合わせていた公園を抜けると、さやかとまどかは思わず立ち止まってしまったのだ。
- 101:1:2013/04/23(火) 20:38:00.49 ID:sbMsI/FL0
「どうかなさいました?」
足を止めた二人に向けて、仁美はそう声をかけた。
「嘘……?」
呆然とするまどか。
「何がどうなってるのよ……」
さやかにも、その光景は信じられない物だった。
思わず我が目を疑うのも無理はない。
「あら、おはよう。まどかに、美樹さやかに、志筑さん」
と、淡々と挨拶するほむら。
「おはよう。奇遇ね」
そう言って、にこやかに挨拶するマミ。
- 102:1:2013/04/23(火) 20:38:27.07 ID:sbMsI/FL0
昨日、散々いがみ合っていた二人が、仲良く一緒に登校していれば、驚くなと言う方が無理である。
「……転校生とマミさんが、仲良く登校してるって。何かの間違いよね?」
信じられないとばかりに、さやかはそう聞きただしてしまう。
「紛れも無い事実よ。
強いて言えば、昨日取っ組み合いの喧嘩してから、一緒に食事をしたからかしらね」
ほむらは、事情を簡潔に説明した。
「まぁ……青春ですね!!」
何の事情も知らない仁美は、その説明に目をキラキラと輝かせていた。
「まぁ……間違ってはいないけれど」
マミは苦笑いを浮かべながらそう言った。
「……訳が解らないよ」
流石に事情が呑み込めないまどかは、呆れ気味だ。
「そんな事より、早く行かないと遅刻するわよ」
そう告げて、ほむらは先に足を進め始めた。
- 132:1:2013/04/25(木) 22:09:34.30 ID:FZPh3Pup0
4.覚醒
マミとほむらが協力関係を作って、三日ほど経過した。
昼休みの屋上に、ほむらはマミを呼び出していた。
「暁美さんが呼び出す時って、あまり良い予感がしないのよね……」
マミは、若干皮肉っぽく言い付けた。
「酷い言い草ね。ま、それ位の事をしてる自覚はあるけれど……。
それはそうと、本題に入るわ」
ほむらは一旦、咳払いを入れる。
「ちょっと、二、三日の間は魔女退治に参加できないのよ」
「そう。わざわざ断りを入れるという事は……何か考えが有るのよね?」
「ええ……」
- 133:1:2013/04/25(木) 22:10:05.00 ID:FZPh3Pup0
ほむらの眼光が、一瞬の間に鋭く尖った。
「……今から、約二週間後。ワルプルギスの夜が襲来するわ」
「……!?
貴女、その情報を何処で手に入れたの!?」
「それは内緒。だけど、来る事は確実よ」
ほむらがこういう場面で嘘を言うタイプでは無い。マミは十分に理解している。
「……貴女がそういう眼をしている時は、紛れも無い真実よね。だけど、それと魔女退治を休む事に、何の関係が有るの?」
「……この近辺の街の魔法少女を集めるわ。風見野町にあすなろ市。それに、この街にもまだ隠れている可能性だって有るわ」
「…………そう」
マミの返事は、歯切れが悪い。
- 134:1:2013/04/25(木) 22:10:48.89 ID:FZPh3Pup0
「何も、貴女が頼りない訳じゃ無いわ。
ただ、確実に仕留めるのなら、人数が多い方が確実よ。“きっと勝てる”のでは無く“絶対に負けない”様にしなければならないのよ。
仲間になるかは解らない。だけど、その時だけ手を借りる様に交渉をしてくるわ」
(……交渉というか、貴女の場合は脅し同然じゃない)
マミは内心で突っ込んだ。
「……そういう訳だから、少しの間は単独になるわ。油断して、首を飛ばすような真似だけはしないでね」
その言葉に、マミは少しムッとした。
「……あんまり、甘く見ないで」
「冗談よ。貴女の実力は、良く解ってるわ」
「……冗談に聞こえないわよ」
マミは、げんなりとした顔だった。
- 135:1:2013/04/25(木) 22:11:34.13 ID:FZPh3Pup0
その日の夕方。
まどかは、病院の待合室にいた。
(……今日は、随分と長いな)
さやかは、幼馴染の上条恭介の元にお見舞いに行っている。まどかは連れられてきただけで、待合室で待っているだけである。
病院で買ったホットレモンティーの温度は、既に温くなっていた。
「お待たせ、まどか」
幼馴染のお見舞いを終えたさやかは、ようやく待合室に戻ってきた。
「上条君、どうだった?」
「うん……ちょっと精神的に参ってるみたいでね。あんまり元気はなかったよ」
そういうさやかも、ちょっと落ち込んだ様子だった。
トボトボと歩く二人は、病院の駐車場を横切って行く。
- 136:1:2013/04/25(木) 22:13:32.45 ID:FZPh3Pup0
「……はぁ。どうにか、元気になってくれないかなぁ」
力無くぼやくさやかだが、まどかは全く聞いておらず、呆然と病院の壁を見つめていた。
「まどか? どうしたの?」
「ねぇ、さやかちゃん……あそこに何か刺さって無い?」
「え? どこどこ」
二人は、何かが刺さっている壁に向かった。
「二人とも。今すぐ離れた方が良いよ」
突如後ろからの声に、足を止めてしまう。
- 137:1:2013/04/25(木) 22:14:33.04 ID:FZPh3Pup0
「キュウべえ?」
さやかは、裏返った様な声を出しながら振り返った。
「そこに刺さっているのは、グリーフシードだよ。しかも、孵る寸前だ」
「……!?」
突然の告知に、二人の顔は青ざめる。
「どうしよう……マミさん前に言ってたよね。病院で魔女が生まれると、ヤバいって……」
さやかは、マミの助言を思い出した。その瞬間、冷や汗が背中を滑り落ちた。
「そんな……。早く、マミさんかほむらちゃんに知らせないと……」
まどかは、おろおろとしながら、携帯電話を取り出した。
「……少し待ってて。マミにテレパシーを送るから」
キュウべえは、至って冷静だった。もっとも、焦る様な感情は持ち合わせていないのだが。
- 138:1:2013/04/25(木) 22:15:05.83 ID:FZPh3Pup0
≪……マミ。聞こえるかい?≫
≪キュウべえ……何の様かしら≫
テレパシーをキャッチした様だが、マミの声のトーンは低い。
≪市民病院で、グリーフシードが孵ろうとしてる。まどかとさやかもここに居るんだ。今すぐに、来れるかい?≫
≪……解った。だけど、急いでも五分はかかるから、早く逃げるよう……≫
マミからの返信は、プツリと途切れた。
「……遅かったね」
キュウべえは、淡々と告げた。
「嘘でしょ……!?」
さやかは息を飲んでしまう。
「……そんな」
まどかは、周囲の光景を見て、思わず目を覆っていた。
- 139:1:2013/04/25(木) 22:16:10.19 ID:FZPh3Pup0
辺りは、既に病院の駐車場の光景では無くなっていた。
甘ったるい匂いが立ち込め、山盛りのお菓子が立ち並ぶ魔女の結界。
「これは、お菓子の魔女の結界だね。幸い魔女の方は、まだ孵っていない様だけど、結界に取り込まれてしまっては、僕達では脱出不可能さ」
「……何とかならないの?」
キュウべえの説明を聞き、さやかは思わず聞きただす。
「方法は二つある。
一つは、マミには魔女の結界の場所は教えてあるから、助けに来て貰う。結界に入ってからなら、最短ルートを僕から発信する事も出来る。
だけど、急いでも五分はかかるって言ってたからね。それまでに、魔女が生まれない保証は無い」
- 140:1:2013/04/25(木) 22:16:56.43 ID:FZPh3Pup0
「もう一つは?」
「君達が僕と契約して魔法少女になる方法さ。ただし、この方法は推奨しないよ」
「……どうして?」
思わず、さやかは聞いてしまう。
「暁美ほむらの信頼を失うからね。彼女は、君達を魔法少女にする事を望んでいないのさ」
キュウべえの言葉を聞き、さやかは納得が出来無い様だった。
「……アンタ、随分と転校生の事を買ってるのね」
「その件を、君達に話す筋は無いよ」
キュウべえは、それ以上は語らなかった。
- 141:1:2013/04/25(木) 22:17:25.37 ID:FZPh3Pup0
「……大丈夫だよ、さやかちゃん」
まどかは、はっきりと言い切った。
「まどか……」
さやかは、まどかに視線を向けた。
「きっと、マミさんもほむらちゃんも来てくれるよ。私達が信じなきゃ……」
まどかは、凛とした声でそう言った。
「……残念ながら、ほむらは今日は居ないよ。用事で、別の街に居る」
希望を打ち砕くかの様に、淡々と告げるキュウべえ。
「アンタは……少し位空気を読めっての」
さやかは、苦々しく顔を歪めて、そう突っ込んだ。
(……こりゃ、腹を括るしかないかな)
そして、内心では覚悟を決めていた。
- 142:1:2013/04/25(木) 22:18:48.60 ID:FZPh3Pup0
マミは、全力疾走で病院へと向かっていた。しかし、気持ちばかり先走って、足の進むペースは上がらない
「もう!! こうなったら!!」
決めポーズも忘れた様に、路地裏で変身を完了させた。そして、強化した身体能力を駆使して、屋根へ飛び乗る。そこからは、忍者の如く屋根から屋根へと飛び移って行く。
病院までの道のりを、真っ直ぐに突っ切ってショートカットする考えだ。
(……急がないと!!)
懸念している点は二つ。一つは、魔女に殺されないか。もう一つは、閉じ込められた状態で、先走って契約していないか。
(……待ってて。鹿目さん!! 美樹さん!!)
マミは最短距離で、目的地を目指す。友人を助ける為に。
- 143:1:2013/04/25(木) 22:19:26.62 ID:FZPh3Pup0
キュウべえはピクリと反応を見せた。
「……来たようだね」
その一言に、まどかとさやかは、少しホッとした表情を浮かべる。
≪……キュウべえ!! 今、結界に入ったわ!!≫
マミのテレパシーを、キュウべえは受信した。
≪予想よりも随分早かったね。魔女の方は、まだ孵化していないけれど、予断は許さない。僕達の位置を送信するよ≫
キュウべえからの情報を、マミはキャッチした。
≪……最下層ね。すぐに向かうから、間違っても契約はしないでね!!≫
そう釘を刺した。
≪信用無いなぁ……≫
ちょっと残念そうに、キュウべえはぼやいた。だが、マミは既に電波を切っていた。
- 144:1:2013/04/25(木) 22:19:59.94 ID:FZPh3Pup0
「……マミさんは?」
さやかは、慌ただしくキュウべえに詰め寄る。
「もう結界に入ってるよ。最短ルートは教えてるから、すぐに到着するさ」
「良かったー。さっすがマミさんだね」
安堵の息を漏らすさやかだった。
「……ねぇ、さやかちゃん。あの箱……何か震えて無い?」
まどかに言われ、さやかもその箱に視線を向けた。
「何? あの馬鹿でかいお菓子の箱……」
その箱は、確かにガタガタと震えている。
「……まずい。魔女が孵るよ」
キュウべえの一言で、二人の顔は一気に青ざめた。
- 145:1:2013/04/25(木) 22:20:42.63 ID:FZPh3Pup0
「恐らく、魔法少女の気配を感じ取ったんだ。下手すれば、使い魔達の動きも活発になるだろう」
「嘘……」
まどかは、体の芯が震える事を感じた。
「……マミさん」
願う様に、さやかは呟いた。
「使い魔に足止めをされたら、間違いなくマミは間に合わない。後は、運を天に任せるしかないだろうね……」
キュウべえの言葉は、重苦しい雰囲気を助長した。
- 146:1:2013/04/25(木) 22:21:19.00 ID:FZPh3Pup0
その直後だった。
――パキン。
金属がひび割れる音が響いた。大きなお菓子の箱は、無数に亀裂が入り、丸で卵から雛鳥が生まれる時の様だった。
「……魔女が生まれる」
キュウべえが呟くと同時に、お菓子の箱はボロボロと崩れていった。
【お菓子】の魔女 シャルロッテ その性質は【執着】
崩れ去った箱から出てきたのは、ぬいぐるみの様な風体の魔女であった。
「……あれが……魔女?」
まどかは拍子が抜けた様に、キョトンとしている。
「何か……思ってたより怖くないな」
さやかも、見た目で判断して、ちょっと舐めている様だ。
「確かにね。ただ、魔女で有る事は間違いないよ」
キュウべえは、そう促した。
- 147:1:2013/04/25(木) 22:22:04.59 ID:FZPh3Pup0
バン、と扉が開いた。
一同が一斉に振り返ると、頼みの綱の人物が姿を現した。
「……お待たせ。真打登場よ!!」
ニヤリと笑みを見せながら、マスケット銃を構えたマミ。
「マミさん!!」
まどかとさやかは、同時に声を張り上げた。
「もう大丈夫よ。今日と言う今日は速攻で片づけるわ!!」
マミは、二人の周囲をリボンで取り囲み、結界を張りめぐらせた。
(……普段と。否、今までと雰囲気が違っているね……)
マミの様子を見て、キュウべえは何かを感じていた。
- 148:1:2013/04/25(木) 22:22:53.60 ID:FZPh3Pup0
お菓子の魔女と対峙するマミに、臆する様子は微塵も無い。
しかし、魔女の方も、特に攻撃を仕掛けてくるような様子も見られない。
(……何か有るわね)
マミは、勘ぐっていた。
右手からリボンを放出して、魔女の体を一気に拘束する。宙にブラブラと浮き上がる魔女の本体は、抵抗するような様子さえ見受けられない。
「……一気に決めるわ」
マミの持つマスケット銃は、黄色い光に包まれ、大砲へと早変わりした。
大砲に魔力を込めると、銃口は黄色い魔弾を生み出していた。
「……ティロ・フィナーレ!!」
トリガーを引くと、強烈な魔弾が標的に向かって、一気に炸裂した。
爆発音と共に、魔女の胴体を一気に貫く。
「やったぁ!!」
さやかは、ガッツポーズを作り、まどかもホッとしたような笑みを作っていた。
- 149:1:2013/04/25(木) 22:23:24.78 ID:FZPh3Pup0
ぬいぐるみの体は、確かに貫いていた。
しかし口からは、ニュルン、と蛇のバケモノの様な物体が飛び出していた。
「……!!」
その蛇のバケモノは、とんでもない速度で真っ直ぐにマミに向かって突っ込んでいた。
大口を開けて、マミを目掛けて噛り付く。
――ガチン!!
大口は何も捉えていなかった。
咄嗟の判断で、マミはバックステップで距離を取っていたのだ。
(……一瞬でも遅れてたら危なかったわ。やっぱり、裏が有ったわね……。恐らく、人形みたいな恰好は囮。本体はあの黒い奴……)
- 150:1:2013/04/25(木) 22:24:08.66 ID:FZPh3Pup0
マスケット銃を幾つか召喚。次々と手に取って、魔弾を連射。
しかし、魔女の本体は全く怯まない。再び大口を開けて、マミに喰らい付く。
「……くっ!!」
身を反転させてかわしたが、魔女の動きは想像以上に早い。
(……頑丈な上に、素早いわ。普段のマスケット銃じゃダメージは与えられないけど、大技を構える隙も無いわね……)
マミは奥歯をギリッと噛み締めた。
魔女は、再び襲い掛かる。マミは何とか避けるが、攻撃の手立てを見いだせない。
(……だったら)
今度は、無数のリボンを放出して、大口を開けた魔女に狙いを定める。
魔女の牙を、リボンが捕えた。口は開けっ放しで、魔女の動きは止まってしまう。
(これなら、避けられないでしょう)
- 151:1:2013/04/25(木) 22:24:43.71 ID:FZPh3Pup0
再び、瞬時に大砲を召喚。
「もう一発……ティロ・フィナーレ!!」
ドン、と魔弾が魔女の口内に発射された。開きっぱなしの大口からは、煙幕が立ち上った。
これなら、魔女だって一溜りも無い。全員がそう思った。
「……!?」
再び口の中から、ニュルリと蛇のバケモノが姿を現した。
最短距離で、マミの体に向かい喰らい付く。
「……きゃッ!?」
ギリギリで避けたが、牙で腹部に大きな傷を受けてしまった。
- 152:1:2013/04/25(木) 22:25:25.20 ID:FZPh3Pup0
(……しくじったわ)
傷口からは、大量の血が流れ出る。左手で傷を抑えるが、痛みも流血も引かない。
(……傷を手当てする余裕も無さそうね)
マミの脳裏を、嫌な予感がかすめる。
(……落ち着きなさい、巴マミ)
首を振るって、嫌な予感を振り払う。
目を凝らして魔女を睨む。
(追い込まれた時程、頭を冷やすのよ……)
マミは限界まで五感を研ぎ澄ます。
- 153:1:2013/04/25(木) 22:26:15.15 ID:FZPh3Pup0
固唾を飲んで見守るまどかとさやか。しかし、素人目から見ても、マミは苦戦している事は明白だった。
「……マミさん」
さやかは、何もできない自分を呪いたいとさえ思っていた。
「……マミさん」
まどかは、祈る様にマミから視線を逸らさない。
「マミの攻撃方法で、あの魔女を仕留めるのは厳しいかもしれないね。相性が悪すぎる」
そう言い放つキュウべえ。
「……ちょっと。そんな言い方無いんじゃないの」
少し頭に来たようで、さやかはキュウべえに突っかかる。
「事実さ。ただ、マミも伊達にベテランじゃないよ。
追い込まれた時にこそ、状況を打破する機転が求められる。それが出来なければ、戦いに生き残る事は不可能だからね」
キュウべえはそう告げた。
「……」
さやかは、何も答えない。ただ、今は見る事しか出来ないのだ。
- 154:1:2013/04/25(木) 22:27:03.54 ID:FZPh3Pup0
意を決したマミは、両手から再びリボンを繰り出す。
「……行くわよ!!」
今度は網目の様に、リボンが大きく広がった。図体のでかい魔女を、漁の様に魔女の体を絡める。
今度は、魔女の口は閉じたまま拘束されていた。
「……これなら、脱皮は出来ないわね!!」
再びマスケット銃を、大砲に変形させる。しかし、大砲の砲身は、さっきよりも極めて長い。
集中力を高め、砲身に魔力を込める。
- 155:1:2013/04/25(木) 22:27:41.41 ID:FZPh3Pup0
(破壊力じゃないわ……魔力を一点に集中させる)
再び込められた魔弾は、渦を巻いている。
「ティロ・フィナーレ……エボルツォーネ!!」
魔力を限界まで練り込まれた魔弾は、ライフルの様に貫通力を上げた代物だった。一気に放出されると、高速回転しながら魔女の胴体を一気に貫いた。
- 156:1:2013/04/25(木) 22:28:14.54 ID:FZPh3Pup0
「……今度は、復活出来ないでしょうね」
マミはそう言い切った。
同時に、魔女も息絶えてしまった様で、目から生気が消え失せていた。
(ごめんなさいね……。貴女もかつては、魔法少女だったのでしょ?
だけど、誰かを呪いながら生きるのは、きっと生前の貴女も望んで居なかった筈よ。天国でゆっくりとお休みなさい。後は、私達が何とかするわ……)
魔女の体が、グリーフシードに戻ると同時に、マミは胸の前で十字を切っていた。
- 157:1:2013/04/25(木) 22:29:05.15 ID:FZPh3Pup0
結界が崩壊すると、辺りは病院の駐車場に姿を戻していた。
すると、緊張の糸が切れてしまったように、マミは地面に片膝を着いてしまう。
「マミさん!!」
「大丈夫よ……ちょっと疲れただけ」
そう言って笑みを見せるが、マミの表情は披露困憊している。何よりも、魔法による治療が追い付いておらず、傷口はまだ塞がっていない。
「マミ。早くソウルジェムを浄化して、魔力を回復させた方が良いよ」
キュウべえはそう告げる。
「…………そうね。だけど、美樹さんと鹿目さんに話したい事があるのよ。
折角だから、私の家でお茶を飲みながらなんてどうかしら?」
マミはそう提案した。
- 158:1:2013/04/25(木) 22:29:46.93 ID:FZPh3Pup0
「……本当に、大丈夫なんですか?」
まどかは、心配そうにマミの顔を覗き込んだ。
「ええ。私は魔法少女だもの」
マミはそう言いながら、笑みを作っていた。
「……」
ただ、その笑みには何か奇妙な物を、まどかもさやかも感じていた。
今までの温和な笑みとは、どこか違う。何処か裏が有りそうな、暁美ほむらが時折見せる様な笑みであった。
- 159:1:2013/04/25(木) 22:30:21.47 ID:FZPh3Pup0
マミのマンションに呼ばれた、まどかとさやか。そして、キュウべえも同席している。
「適当に寛いでて。すぐにお茶の準備するから」
そう言って、マミはキッチンに向かった。
「また、マミさんの紅茶をご馳走になれるんだ……やった♪」
さやかはウキウキと心を躍らせる。
「さやかちゃんったら……。気持ちは解るけどね」
まどかも、満更でも無い様だ。
「……」
キュウべえは、無言で二人を見つめているだけだ。
- 160:1:2013/04/25(木) 22:31:29.32 ID:FZPh3Pup0
数分も経つと、紅茶の香りが部屋にまで漂ってきた。マミは自慢のティーカップと、紅茶の入ったポットをテーブルの上に置く。
しかも、お持て成しの為のプリンまで用意している。
ポットからティーカップに紅茶を注ぐと、紅茶の香りが鼻をくすぐる。
差し出されたプリンと紅茶に、まどかとさやかはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「……さぁ、召し上がれ」
「いただきます!!」
我慢できず、プリンをスプーンですくい上げ、一口頬張る。
「おいしい~♪」
「めっちゃ美味い~♪」
まどかもさやかも、舌鼓を打つ美味しさで、顔をニンマリとさせた。
「喜んでもらえて何よりだわ。
……さてと。ここで、本題に入りましょうか」
マミは打って変った様に、引き締まった顔つきになっていた。
- 161:1:2013/04/25(木) 22:32:06.80 ID:FZPh3Pup0
雰囲気を察して、さやかとまどかの表情も張りつめた様子に変わっていた。
「正直な気持ちを教えて欲しいわ。貴女達は、まだ魔法少女になりたいと思ってる?」
マミの意見は直球だった。
「……私は、正直良く解ってません。
どんな願いが叶うって言われても、叶えたい願いも解らないし……。マミさんの助けになるなら、契約してもいいかなって思ってますけど……。
でも、戦うのは怖いです。うやむやな気持ちで契約しても、多分上手くいかない様な気もしてます」
まどかはまだ迷っている様で、言葉も歯切れが悪い。
「あたしは、契約したいって思ってます。命を懸けてでも叶えたい願いも有ります。
それに、今日のマミさんが苦戦する所を見てて、あたしはどうして何も出来なかったんだろうって思いました。正直、それが悔しかった。これが、今のあたしの気持ちです」
さやかは、しっかりした口調で言い切った。真っ直ぐにマミを見つめた表情は、真剣な物だった。
- 162:1:2013/04/25(木) 22:32:37.44 ID:FZPh3Pup0
「……二人の気持ちは、良く解ったわ。助けたいと思ってくれる事は、とても嬉しいわ。
だけどね……だからこそ、私は契約には反対よ」
穏やかな口調だが、マミはきっぱりと言った。
「……どうしてですか?」
さやかは、残念そうに聞きただした。
「理由も、今から話すわ。
先日、私は暁美さんから、こんな話を聞かされたの」
マミはそう言って、ソウルジェムをテーブルの上に置いた。
- 163:1:2013/04/25(木) 22:33:10.51 ID:FZPh3Pup0
「このソウルジェムは、私の魂。これが無ければ、私の体を動かす事は出来ないの。言ってみれば、ソウルジェムが本体で、体は抜け殻。
ソウルジェムが無事な限り、血を抜かれても心臓が破れても、魔力が有れば復活できる。これが魔法少女の仕組みなの」
「……それじゃ、丸でゾンビじゃないですか!!」
さやかは、思わず声を裏返していた。
「的を得てる例え方ね。
それに、魔法少女の持つソウルジェム。これは、魔力を使う度に、穢れを溜めていく。そして、ソウルジェムが穢れきった時……」
マミは、さっきの魔女が落としたグリーフシードをテーブルに出した。
「ソウルジェムから、グリーフシードが生まれる。これが、魔法少女の終着点」
「……!?」
まどかもさやかも、動揺の余り声を出す事さえままならなかった。
- 164:1:2013/04/25(木) 22:33:44.54 ID:FZPh3Pup0
「……危ない目に会わせたくない、何て綺麗事は言わないわ。魔法少女が増えれば、魔女の数もそれだけ増えてしまう。
それじゃ、何の為に魔女を倒す魔法少女をしてるのか……。訳解らないでしょ?
魔法少女に契約してしまえば、後戻りは出来ないの。だからこそ、貴女達は引き返せる時に戻るべきなのよ」
諭すような優しい口調で、マミは厳しく突き放した。
「……キュウべえ。何で、魔法少女何て物作ったのよ」
さやかは、キュウべえを睨みつけた。
- 165:1:2013/04/25(木) 22:34:39.49 ID:FZPh3Pup0
「君達の感情を媒体として、宇宙の寿命を延ばす様にエネルギー回生する為さ。特に、相反する感情の変化は、大きなエネルギーを生み出すからね。希望から絶望とかね」
キュウべえは、さも当然の様に告げる。
「意味わかんない……。そんな事の為に、私達の命を弄んでるって訳!?」
「そんな事とは、人聞きが悪いね。この一秒の為に、宇宙のエネルギーは、どれ程消費されていると思っているんだい?
そもそも、宇宙がなければ君達は生きていく事さえ出来ないんだよ。むしろ、魔法少女が魔女になる事で、君達は生き延びられるんだ。
それを感謝される筋合いはあっても、恨まれる筋合いは無いよ」
「そんなの……あんまりだよ」
キュウべえの淡々とした態度を見て、まどかは悲観してしまう。
- 166:1:2013/04/25(木) 22:35:08.34 ID:FZPh3Pup0
「……これ以上、聞く事は無いわ。幾ら話しても、平行線を辿るだけですもの」
マミはそう言って、解説を打ち切った。
「……そして、これから話す事は、私の独り言よ」
「……」
マミの一つ一つの言葉に、皆静かに耳を傾けた。
- 167:1:2013/04/25(木) 22:35:51.06 ID:FZPh3Pup0
「二年前になるわ。
私は家族でドライブに出かけたの。だけど、私と両親は大規模な交通事故に巻き込まれた……。潰れた車の中で意識を失いかけてた時、キュウべえに契約を迫られた。叶えたい願いは有るか、とね。
私は、ただ助かりたいって答えたわ。それが、私が契約した経緯なの。
考える余地も無かったし、あの時契約していなければ、今私はここに居なかったでしょうね……。
どっちが良かったなんて、今となっては解らない。だけど、結果だけ見てしまえば、この現実を受け入れなくてはいけないわ。将来魔女になる事も……」
そう語るマミは、少し悲しそうに眼を伏せた。
- 168:1:2013/04/25(木) 22:36:20.82 ID:FZPh3Pup0
「……暁美さんは、こんな事を言っていたわ。
もし、私が魔女になったら被害を出す前に貴女が仕留めれば良い、とね。
開き直ってると言えばそれまでだけど、そんな事簡単に出来る事じゃない。あの子が、どれ程の修羅場を潜り抜けてきたのか、私には想像も出来ない。
だからこそ、私はあの子と手を組む事にしたのよ」
マミの口調は滑らかだった。
- 169:1:2013/04/25(木) 22:37:06.16 ID:FZPh3Pup0
「……じゃあ、マミさんは転校生の事を、もう信用しているって事ですか?」
「……難しい所ね。
私自身は、暁美さんの全てを信用している訳じゃ無い。でも、利害の一致が有れば、間違いなく背中を預けられる。
言葉では上手く説明できないけれど、彼女はそう言う存在。今は、間違いなくその時なのよ」
そこまで言い終えると、マミは紅茶に口を付けた。
「……マミさんは、これからどうするんですか?」
まどかは、思わず聞いてしまった。
「今まで通りよ。変えるつもりも、変わるつもりも無いわ。私は私のやり方をするだけよ」
マミの言葉は、凛々しく、力強かった。
- 183:1:2013/04/26(金) 21:12:24.12 ID:8E71IuRE0
5.策士
マミ達がお茶をしているのと、同じ時刻。ほむらは、あすなろ市に居た。しかも、喫茶店の窓際で、コーヒーを飲んでいる。
もっとも、のんびりしている訳でも無いが。
≪キュウべえ。巴マミの方は、無事かしら?≫
テレパシーで、最寄りのキュウべえに連絡を入れた。
≪見滝原の個体にアクセスした所、無事に魔女を撃破したよ。今の所、マミの家にまどかもさやかも居るよ≫
≪そう。それなら、問題無いわね≫
≪しかしだ。君は何故、巴マミが相性の悪い魔女と戦う様に仕向けたんだい?
まさか、わざと負ける様に仕向けたとつもりなのかい?≫
≪そんな回りくどい事する位なら、自分で殺してるわ≫
≪やれやれ……訳が解らないよ≫
≪解ってもらうつもりは無いの。また、後で連絡するわ≫
ほむらは一方的に電波を切った。
- 184:1:2013/04/26(金) 21:13:14.66 ID:8E71IuRE0
そのまま、暫しの間コーヒーブレイクをしていると、ほむらの座るテーブルに一人の少女が歩み寄った。
「……キュウべえから聞いたわ。貴女が、見滝原の魔法少女の暁美ほむらさんね?」
そう声をかけてきた少女。黒のロングヘアーで、端正で美形の顔付き。知的と言う言葉が、非常に似合う少女だった。
あすなろの魔法少女がようやく現れたのである。
「初めまして。まさか、売れっ子作家の御崎海香さんが、魔法少女だなんて思わなかったわ」
そう言って、ほむらはニヤリと笑みを見せた。
「……そんな事は、今は二の次。違う街の魔法少女が、あすなろに何の用かしらね?」
海香は、ほむらの向かいに座りながら、そう言った。極めて警戒をしているのか、ほむらを睨む様に見つめていた。
- 185:1:2013/04/26(金) 21:13:46.79 ID:8E71IuRE0
「そんなに警戒しないで欲しいわ。こういう時は、お互いを対等にしないと意味が無いでしょう?」
そう言いながら、ほむらは自分自身のソウルジェムをテーブルの上に置いたのだ。
「……」
海香の眉が、ピクリと反応を見せた。本人は、ポーカーフェイスを保ったつもりなのだろうが、ほむらはそれを見逃さなかった。
「……あら? もしかして、ソウルジェムの概要を知っていたりする?」
微笑を保ちながら、ほむらは海香を見つめていた。
「……ええ。知っているわよ」
海香の声のトーンは、下がる一方だ。
「それなら、話は早いわね。
貴女に……違うわね。貴女達に交渉がしたいのよ。そこの後ろに座ってる、魔法少女の二人も含めてね」
「……!?」
海香の顔は、明らかに動揺を見せていた。
- 186:1:2013/04/26(金) 21:14:22.53 ID:8E71IuRE0
「……何時気が付いたの?」
「貴女がこの店に入って来た時。そこの二人組と、僅かに目が合ったでしょ。その時に、すぐに逸らさなかったから、恐らく仲間じゃないかって疑ったわ。
確信をしたのは今だけどね。貴女の動揺した顔を見てからよ」
ほむらの説明を聞き、海香の眉間にしわが寄る。
「……本題に入りましょう」
そう言いながら、海香も自身のソウルジェムをテーブルに置いた。
- 187:1:2013/04/26(金) 21:15:06.35 ID:8E71IuRE0
「今から二週間後。見滝原に、ワルプルギスの夜が現れるわ。それを倒す為に、協力してほしいの」
「……貴女、本気で言ってるの?」
「ええ、本気よ」
その言葉を聞き、海香はほむらをジッと見つめる。
「そんな言葉を一々真に受けていたら、幾つ体が合っても足りないわ……」
バン、とテーブルの上に掌を叩きつけ、ほむらは海香を思いっきり睨みつけた。
「……この目を見て、本気かどうか判断しなさいよ」
海香は、背筋がゾクリとした。
抜身の刀を突きつけられている様な鋭い視線に、殺気に近い物を感じ取っていた。
- 188:1:2013/04/26(金) 21:15:45.25 ID:8E71IuRE0
(……この子、なんなの!?)
海香が過去に出会った魔法少女達の中でも、これ程恐ろしい物を感じた魔法少女は他に居ない。
(狂気とも、殺意とも違う……。だけど、何故この魔法少女に、こんなにも威圧されているの!?
ソウルジェムをテーブルに差し出すなんて、真実を知っているならどれ程危険な事かも、解る筈なのに……)
明らかに海香は、ほむらの気迫に呑まれていた。
- 189:1:2013/04/26(金) 21:16:21.59 ID:8E71IuRE0
「別に、貴女達を私の手下にしようとかって話じゃない。単純に、協力を要請したいだけなのよ。
それに、あの魔女が現れたら、この辺り一帯が崩壊する事は免れないわ。初見でどうにかなる相手じゃないのは、見た事の無い貴女でも解るわよね?」
「……それはそうだとしても。貴女は、そんな話を何処で手に入れたの? 正直、信用できるレベルの話じゃ無いわ」
「それは内緒よ。わざわざ、自分の手の内をバラす程、アホじゃないわ」
海香は、今一つ腑に落ちない。
「……一つ聞いて良い? もし、私達が協力を拒んだら、貴女はどうするつもり?」
その質問を受けて、ほむらは少し考える素振りを見せた。
- 190:1:2013/04/26(金) 21:17:09.00 ID:8E71IuRE0
「そうね……。
貴女達を拉致監禁して、生きていくのが嫌になる程痛めつけるわ。
そのまま、一人づつ絶望させて、魔女に生まれ変わらせる。そうすれば、私の為のグリーフシードは、難なく手に入るわ」
ほむらは、無表情を保ちながらそう告げた。
「……話にならないわ。そんな下衆に、協力をするなんて、反吐が出る……」
海香は吐き捨てる様に言い返した。
- 191:1:2013/04/26(金) 21:17:41.99 ID:8E71IuRE0
「……あすなろのプレイアデス聖団も、案外抜けてるわね。これ、何かしら?」
ほむらの手には、海香のソウルジェムが握りしめられていた。そして、テーブルに置いていた、紫のソウルジェムは既に無い。
「い、何時の間に!?」
「さて……今、貴女の命は私の手の中に有ります。私はこのソウルジェムをどうするべきだと思いますか?」
「ふざけるな!!」
「そうね。ちょっと、悪ふざけしすぎたかしら……」
ほむらは、海香のソウルジェムをテーブルの上に戻した。その途端、海香は引っ手繰るように、自分のソウルジェムを手に収めた。
- 192:1:2013/04/26(金) 21:18:41.71 ID:8E71IuRE0
「……何が目的なの」
海香の声は露骨に低く、怒りを抑えきれない様だ。
「さっきも言った通り、ワルプルギスの夜を撃破する事よ。その為に必要なのは仲間じゃない。
私が欲しいのは戦力よ」
「……」
「絶対に負けないだけの戦力を揃えて、確実に仕留められる戦略を使うのよ。
綺麗事じゃない。邪道でも、汚くても、私は構わない。ワルプルギスの夜を倒す為なら、悪魔にだって魂を売ってやるわ」
- 193:1:2013/04/26(金) 21:19:21.77 ID:8E71IuRE0
「……貴女の目を見ていれば、本気で言っているのは解る。それに……拒めば本気で殺すつもりでしょう。
だけどね……私達にも、プライドは有るわ。殺さない変わりに協力しろと言われ、はい解りました何て言う訳が無いでしょう」
「……それで?」
「……その話に乗るか反るかは、貴女の実力を見定めてからよ。貴女が私達を平伏せられるだけの力が有るかどうか……はっきりさせましょう」
淡々と口を動かす海香だが、腹の中は煮え滾っているに違いない。
「面白いじゃない……」
宣戦布告を受けて、ほむらはニヤリと笑みを見せた。
- 194:1:2013/04/26(金) 21:19:59.40 ID:8E71IuRE0
太陽が沈んで、街は夜の暗闇に染まっていた。あすなろ市の外れにある、資材置き場に到着したほむら。
そして、対峙するプレイアデス聖団の残党、昴かずみ、牧カオル、そして御崎海香。
「……生憎だけど、ちょっと痛い目を見て貰うよ。君は、ちょっと調子に乗り過ぎている」
普段は温厚なかずみも、ほむらに対して怒りを示していた。
「悪いけど、アンタには協力したくない。だから、全力で戦わせてもらうよ」
カオルも、臨戦態勢が整っており、即座に攻撃を仕掛けられる状態だ。
「今更後悔しても、遅いわ。でも、命だけは勘弁してあげる」
海香も武器を召喚し、ほむらに向けている。
一対三。端から見れば、極めて分が悪い。しかし、ほむらは不敵に微笑を浮かべている。
「……格の違いを教えてあげるわ。かかってきなさい」
- 195:1:2013/04/26(金) 21:21:01.35 ID:8E71IuRE0
ほむらの言葉を皮切りに、カオルは我先にと、攻撃を仕掛ける。
「カピターノ・ポテンザ!!」
一気に間合いを詰めて、ほむらの体を目掛けて蹴りを繰り出す。
(……なるほどね)
瞬時にバックステップを取って、カオルの攻撃を避ける。
「リーミティ・エステールニ!!」
しかし、避けた方向に、かずみの放った光線が飛び交う。
――シュン。
だが、かずみの放った光線は何も捉えていない。
「消えた!?」
カオルとかずみは、思わず動きを止めてしまった。
- 196:1:2013/04/26(金) 21:21:32.28 ID:8E71IuRE0
(……瞬間移動? だったら……動いた先は)
海香は、瞬時にほむらの動きを予測した。
「上よ!!」
その言葉に釣られ、全員が天井に目を向けた。
「正解よ。流石ね」
ほむらは、天井の梁に乗っていた。余裕があるのか、微笑を崩さないで見下ろしている。
「上に逃げても、逃げ場は無いよ!!」
かずみは、ステッキに魔力を込める。再び、光線で狙い撃つ考えだ。
「……残念ながら、私の勝ちよ」
ほむらは、確信した様に呟いた。
- 197:1:2013/04/26(金) 21:22:20.10 ID:8E71IuRE0
その刹那、パン、と爆発音が響いた。花火が発射された音だ。
しかも、一発では無い。色鮮やかな六尺玉やら、噴射式の花火。挙句の果てに、ロケット花火にネズミ花火。大小多数の火花が、三人の方向に向けて水平発射される。
「ちょっ……熱っ!?」
狼狽えながら逃げ惑うかずみ。
「ふざけんなよ、アンタ!!」
ふざけきった攻撃方法に、カオルは怒声を張り上げる。
「危ないでしょ!! これは駄目だって!!」
冷静な海香さえも、この花火の波に呑み込まれていた。
飛び交う火花を避けるが、花火の量は半端では無い。
- 198:1:2013/04/26(金) 21:23:10.26 ID:8E71IuRE0
「これも、オマケよ」
そう言いながら、ほむらは発煙筒を投げつけた。
焼けた火薬の匂いと、充満する煙で、三人とも標的を見失っていた。
「……煙い」
カオルは、服の袖で口元を抑える。
「あれ? アイツ、何処に消えた!?」
目に涙をためながら、海香は必死にほむらを探す。だが、煙の立ち込めた中では、見つかる物も見つからない。
「……うわっ!?」
今度は、突如として突風が吹き荒れ、かずみはスカートを手で押さえる。
ほむらが次に出した道具は、業務用の大型扇風機だった。立ち込めた煙と、火薬の匂いが一気に吹き飛んでいく。
- 199:1:2013/04/26(金) 21:24:22.89 ID:8E71IuRE0
「チェックメイトよ!!」
仕上げに、魔力を込めた網を投げつけて、三人を地引網の如く捉えてみせた。
「その網には、私の魔力を練り込んであるわ。簡単には逃れられないわよ」
捕えられた三人を見下ろしながら、ほむらは得意気に言い放った。
「……くそぉ。こんな筈じゃなかったのに」
かずみは、余程悔しいのか、顔を真っ赤にしてほむらを睨む。
「それに、今の状況なら……貴女達をこの場で殺す事さえも可能。言われなくても解るでしょ?」
「……」
ほむらの言葉に対し、カオルは何も答えない。
- 200:1:2013/04/26(金) 21:24:53.59 ID:8E71IuRE0
「……解ったわ。私達も手を貸しましょう」
海香は、そう告げた。
「……海香。本気で言ってるの?」
カオルは、海香に目を向けた。
「本気よ。貴女の固有魔法は良く解らない。だけど、もしそこに仕掛けてあった物が、花火なんかじゃ無く、兵器だったとしたら……。
私達は、三人纏めて木っ端微塵だったわ。それに、私達が三人揃ってこの有様。しかも、貴女はまだ本気を出していないんでしょ?」
「……!?」
海香の一言で、かずみとカオルは言葉を失う。
- 201:1:2013/04/26(金) 21:25:28.09 ID:8E71IuRE0
「あら? そう思う?」
ほむらは、すっとぼけた様に答えた。
「そうよ……私達の動きを、簡単に見極めてたわ。
はっきり言って、貴女に勝とうとすれば、魔力切れを覚悟して戦わなくてはいけない。そこまでする気は、私達には無いわ。
貴女……どんな修羅場を潜って来たの? そんな芸当、一朝一夕で身に着くものじゃない……」
「……そうね。嫌になる位に、死線は潜って来たわ」
ほむらは、うんざりした様に言った。
そして、三人に纏わりつく網を引っ張り、拘束から解き放った。
- 202:1:2013/04/26(金) 21:26:09.21 ID:8E71IuRE0
「解放したからって、闇討ちする様な真似はしないでね」
嫌味っぽく、ほむらはそう言った。
「そうしたいのは山々よ。だけど、簡単に闇討ち出来る様なら、とっくにやってるわ……」
海香は、冷静を装ってそう答えた。
「ふふ……頼りにしてるわよ。
それと、見滝原に来るなら、巴マミって魔法少女を訪ねた方が良いわ。私よりは、大分真面な魔法少女だからね。
では、ごきげんよう……」
そう告げると同時に、ほむらの姿は一瞬で消え失せていた。
- 203:1:2013/04/26(金) 21:26:38.67 ID:8E71IuRE0
「ちくしょう……」
落胆した様子で、カオルはうなだれていた。
「……」
どこか、釈然としないかずみは、無言を貫く。
「……あの子は、今まで見てきた魔法少女と明らかに違う。絶対に超えては行けない一線を、平然と超えているわ……」
海香は、ポツリと呟いた。
「彼女は、僕が見てきた魔法少女の中でも、極めつけのイレギュラーさ」
静まり返った資材置き場に、一部始終を見ていたキュウべえが、颯爽と登場した。
- 204:1:2013/04/26(金) 21:27:10.21 ID:8E71IuRE0
「……見てたの?」
キュウべえをジトッと見ながら、かずみはそう聞いた。
「そうだよ。君達が、如何にして暁美ほむらに立ち会うか、興味があったからさ」
「そんで、感想はどうなのよ?」
カオルは反射的に聞きただしていた。
「予想通りだね。
やはり、君達でも暁美ほむらに従わざるおえなくなった」
「……うるさい」
不服なのか、不機嫌全開でかずみは呟いた。
- 205:1:2013/04/26(金) 21:28:09.22 ID:8E71IuRE0
「事実さ。
特に、海香とカオルは、正直気が付いているだろう。認めたくはないだろうけどね」
「……」
キュウべえの言葉は、図星だったのか。反論が出てこない。
「君達二人と、同じタイプの魔法少女。そうだろう?」
「……解ってた。正直解ってたよ。あの子は、下手な魔女を倒すより、余程厄介なタイプだ……。
どんなに隠そうとしても、同種の匂いは隠せないね。その先にある道が、茨でも獣道でも突き進むタイプ。例え道の果てが地獄でもね……」
カオルは、そう答えた。
- 206:1:2013/04/26(金) 21:28:44.39 ID:8E71IuRE0
「確かに、あの子は強いし、頭も切れる。彼女の実力なら、例え一人でも、相当なレベルまで行けるでしょうね……。
だけど、キレすぎるナイフは嫌われる。一人でどれ程強くなっても限界は有る。そうなった時、あの子を待っているのは……呆気ない幕切れ。
間違いなく、あの子は破滅型の魔法少女よ……」
海香は、ほむらの事をそう評した。
「……カンナや、ユウリ。双樹姉妹……。
彼女達の破滅的な行動も、全てを知れば理解も納得も出来た。あの子の起こした行動も、意味が有ってやってるのかな……?」
かずみは、キュウべえに聞いた。
「少なからず、無意味なアクションは取っては居ないだろうね」
キュウべえの答えは、淡々としていた。それを聞き入れた、プレイアデスの残党は、何を思うのだろうか。
- 207:1:2013/04/26(金) 21:29:14.09 ID:8E71IuRE0
同じ日。風見野町。
「ゆま……何で魔法少女になんかなった?」
「だって……キョーコが……」
「だってじゃねぇ!! 言っただろうが!! 魔法少女になんかなるなって!!」
「……だって……だって……。オリコがゆったもん!! ゆったんだもん!!
ゆまは……役立たずじゃない!! 役立たずなんかじゃない!!
「…………」
- 208:1:2013/04/26(金) 21:29:40.96 ID:8E71IuRE0
「キョーコのいう事、何でも聞く!! 好き嫌いも言わない!!
だから……だから!!
ゆまを一人にしないで……」
「……バカだなぁ」
「……ぐずっ……ひっく」
「他人の為に魔法少女になったって……何にもなりゃしないのに」
「キョーコ? 泣いてるの……?」
「バーカ……泣いてなんかないよ」
そう呟くと、ポニーテールの少女は、小さな少女を抱き寄せた。
(オリコ……。何処の誰かは知らねーけど……この落とし前は、必ず着けてやる!!)
固い決意を胸に秘めて。
- 209:1:2013/04/26(金) 21:30:08.55 ID:8E71IuRE0
見滝原、某所。
「……第一段階は、完了ね。次は、貴女の出番よ……キリカ」
「織莉子……。君の頼みを、私が断る訳が無いさ。ちょっと、汚れる位何て、無限の中の有限に過ぎないからね……」
二人の魔法少女は、笑みを浮かべながら、紅茶に口を付けていた。
- 227:1:2013/04/27(土) 21:05:51.83 ID:8cRyPZpH0
6.籠絡
昨日あすなろ市の魔法少女三人に、無事交渉が成立したほむら。
交渉と言える内容かは微妙だが、一応協力を仰ぐことは出来た。
今度は、風見野の魔法少女にも協力を要請すべく、街に訪れていた。
(……過去の統計上、ゲームセンターに居る確率は高いわね)
午前中から、制服姿でブラブラしているほむらは、端から見れば家出少女同然。もっとも、本人が気にする訳が無い。
(居たわ……。だけど、あの小さな子は……)
そして、ゲームセンターでダンスゲームに興じる一人の少女に声をかけた。
- 228:1:2013/04/27(土) 21:06:37.28 ID:8cRyPZpH0
「……貴女が、佐倉杏子ね?」
「あんた……ちょっと……待ってろ。すぐに……終わるから」
ほむらに声をかけられが、その少女はダンスゲームを止める気配が無い。
「……そう。
良い話が有るんだけど、乗らない? もちろん、魔法少女に絡む事でね。
折角だから、そこのハンバーガーでも奢るわよ?」
その一言で、少女はピタリと動きを止めた。
「へぇ……。見ず知らずの人間に奢るとは、気前が良いな。新手のナンパか? ドッキリか?」
振り返りながら、佐倉杏子はニヤリと笑みを見せていた。
「違うわ、取引よ。
それに、そこの子も連れなんでしょ? 一緒に食べない?」
「ゆまも良いの?」
ほむらの言葉に、ゆまと名乗った少女は、目をパチパチとさせる。
「ええ。勿論いいわよ」
ほむらは、ゆまに向けて微笑んだ。
- 229:1:2013/04/27(土) 21:07:31.25 ID:8cRyPZpH0
窓際に席を取っているほむら。杏子とゆまは、反対側の座席に座った。
ほむらのトレーはコーヒー一杯だけだが、杏子のトレーにはビッグサイズのハンバーガーが、五つも鎮座している。なお、ゆまはお子様向けのおもちゃ付きセットである。
「さて。改めて、自己紹介するわ。
私の名前は、暁美ほむら。見滝原の魔法少女よ」
「へぇ……アタシは、佐倉杏子。まぁ、さっき名指しされたけど、一応な。んで、コイツが……」
「千歳ゆまだよ」
「そう。
じゃあ、本題に入るわね。ワルプルギスの夜……聞いた事有るわよね?」
ほむらの言葉で、杏子の顔が一気に強張った。
「わるぷるぎす……?」
ゆまは、首を傾げたままほむらを見ているが、構わず口を動かす。
- 230:1:2013/04/27(土) 21:08:34.88 ID:8cRyPZpH0
「今から二週間後に、見滝原にそいつが現れるわ。ワルプルギスの夜を討伐する為に、協力してほしいのよ」
「ちょっと待て……。色々聞きたい事が山ほど出来たぞ」
杏子は、鋭い目付きでほむらを見ている。
「何かしら?」
「まず、その情報を何処で手に入れた?
それに、見滝原には巴マミが居るだろうに、何でわざわざアタシの所にまで話を持ってきた?」
「情報源は秘密よ。先に手の内を見せる程、馬鹿じゃないわ。
それに、巴マミの強さは確かだけど……それでワルプルギスに勝てると思う? 伝説にまで名を残す魔女に、たかが一介の魔法少女で勝てる保証は無いでしょう。
一応、彼女の協力も得ているわ。だけど、私は貴女に仲間加わって欲しいと言う気は、全く無いの。ワルプルギスを討伐する為の、戦力が必要なのよ」
「……つまり、その時だけのチームを組むって事か」
- 231:1:2013/04/27(土) 21:09:18.01 ID:8cRyPZpH0
「そうよ。勿論、ただとは言わないわ……」
そう言い放ち、ほむらはカバンの中から、分厚くなった封筒を杏子に差し出した。
「……何だこれ?」
「現金で百万円入ってるわ。伝説の魔女を相手にするのなら、これ位の報酬は必要でしょ」
杏子は、目を白黒させていた。
「お前……こんな大金、どうやって手に入れた?」
「どこかの資産家の家から、拝借してきたわ。
警察の事なら大丈夫よ。これは、脱税して手に入れたお金みたいだから、盗んだ所で警察に届けられる訳がないの」
得意げに言い張ったほむらを見て、杏子は呆然としていた。ゆまは、何が何だかわからず、キョトンとしたままだ。
- 232:1:2013/04/27(土) 21:10:05.83 ID:8cRyPZpH0
「お前……滅茶苦茶だな」
「別に、何と言われても構わないわ。どうせ組むのなら、ドライな関係の方が揉めなくて済みそうでしょ。
私は正義の味方でも聖者でも無いわ。自分の目的の為に行動を取る、魔法少女よ」
ほむらの言葉を聞き、杏子はニヤリと笑みを見せた。
「アンタさ……この金だけ持って、アタシ達が直前になって逃げるとか考えてないのか?」
「勿論、考えてるわ。だけど、私の方の実害はゼロよ」
「……おもしれー奴だな。巴マミと正反対じゃねーか」
そう言うと、杏子はハンバーガーを一口かじった。
- 233:1:2013/04/27(土) 21:11:14.88 ID:8cRyPZpH0
「口先の言葉よりも、利益が有る方が当然良いでしょ。
ハイリスクを伴う事には、ハイリターンじゃ無ければ、誰もやりはしない。そうでしょ?」
バーガーをゴクンと飲み込んでから、杏子はケチャップの付いた口元を、ニヤッと笑わせた。
「……その通りだ。アンタの事、気に入ったよ」
「交渉は成立ね」
「ああ。アタシも、その話乗らせて貰うよ。だが……コイツは受け取れねぇわ」
杏子は、封筒をほむらに返した。
「あら? 必要ないのかしら?」
「いや……全てが終わった時に、改めて貰う。
それに、グリーフシードも、何個か追加してくれ。それだったら、アタシはアンタの手でも足にでもなってやらぁ。
安心しろ。そう簡単に逃げ出す様な、ヘタレじゃねーよ」
自信を漲らせて、杏子は不敵に微笑した。
- 234:1:2013/04/27(土) 21:11:55.40 ID:8cRyPZpH0
「フフ……。ここで、報酬をつり上げるつもりね。
良いわよ……条件に見合うだけの報酬は用意するわ」
ほむらも、杏子に同調する様に、口元をニヤリとさせた。
「お近づきの記だ……食うかい?」
そう言って、杏子はハンバーガーを一つ差し出した。
「……今は食欲が無いわ。第一、それは元々私が奢った物よ。その変わりに、今度何か奢ってもらうわ」
ほむらはそう言って、やんわりと断った。
「……善処する。
それとよ。協力する変わりに、情報が欲しい」
杏子の表情が、不意に険しい物に変わった。
- 235:1:2013/04/27(土) 21:12:45.15 ID:8cRyPZpH0
「何かしら?」
「白い魔法少女の、オリコって奴の事を探してる。何か知ってるか?」
「…………知らないわ」
ほむらは、険しい表情でそう言った。
「そうか。もし、そいつの事で、何か情報があったら教えて欲しいんだ」
「解ったわ」
ほむらは、そう言って席を立った。
「もう行くのか?」
杏子に言われて、ほむらは縦方向に頷く。
「ええ。まだ、やる事は有るのよ」
「おねーちゃん、ハンバーガーありがとーね」
ゆまは、笑顔で手を振った。
「ええ。ごきげんよう」
そして、ほむらはバーガーショップを後にした。
- 236:1:2013/04/27(土) 21:13:13.37 ID:8cRyPZpH0
「……ワルプルギス、か」
杏子は、少し憂鬱な面持ちになっていた。
「キョーコ? 食べないの?」
「いや。すぐに食べるさ……」
そう答えて、杏子は二つ目のハンバーガーに手を付けた。
- 237:1:2013/04/27(土) 21:14:04.35 ID:8cRyPZpH0
その日の夕方。
ほむらとキュウべえは、電波塔の上から街を見下ろしている。
「ねぇ、キュウべえ。美国織莉子と呉キリカと言う少女と契約したの?」
「ああ。美国織莉子は先日。呉キリカも、二週間前程にね」
「そう……。もし、今から私が行動を起こさなければ、貴女は後悔したかも知れないわね」
ほむらの言葉を聞に、キュウべえは疑問を抱く。
- 238:1:2013/04/27(土) 21:14:38.72 ID:8cRyPZpH0
「どういう事かな? 過去の時間軸で、出会った事が有るのかい?」
「そうよ。
恐らく彼女達は、鹿目まどかを殺そうとしてるわ。しかも、他の魔法少女も含めてね」
「それは、実に都合が悪いね。魔法少女が魔女になる前に殺されるのは、僕には不利益だよ」
「……だから、今から彼女達をこっちに引き込むわ」
「そんな事、出来るのかい?」
「まぁ、見てなさい。殺せばゼロだけど、生きてれば駒にはなる。
要するに、こっちに刃向わない様にすれば良いのよ……」
ほむらは、不気味な微笑みを見せていた。
- 239:1:2013/04/27(土) 21:15:07.23 ID:8cRyPZpH0
廃墟の様に、荒れた豪邸。
幽霊でも出てきそうな雰囲気だが、そんな者は居ない。ただ、変わりに魔法少女が住居している。
「ドロレス……ストロベリーカップ……銀世界……プリンセスダイアナ……えーっと。あれは何だっけかな?」
庭に植えられた薔薇を眺める、黒髪の魔法少女。呉キリカ。
「薔薇が好きなのね。もっと、庭に植えましょうか? キリカ」
紅茶を淹れながら、キリカを見ながら、微笑む魔法少女。美国織莉子。
「……あれ? 織莉子は、薔薇が好きなんじゃないの?」
「お父様が好きだったのよ」
織莉子が答えると、キリカは落胆した様に溜息を吐き出した。
- 240:1:2013/04/27(土) 21:15:37.87 ID:8cRyPZpH0
「じゃあ、この情報は記憶から消しておくよ」
「折角覚えたのに? 勿体ないわね……」
「イヤイヤ……勿体ないのは、私の頭の容量だよ。私には君以外の情報は必要ないのさ」
織莉子は、ふぅと息を吐き出した。
「キリカ……それでは貴女は無知な子供になってしまうわよ?」
そう言われ、キリカはピクリと反応を見せた。
「君は何時も私を子ども扱いするんだ。
たった121日と三時間年上だけでさ。だったら“君のお父様の好きな物が知りたいと”私は答えるべきだったの?」
「それは困るわ。
私はお父様を尊敬しているのに、貴女がお父様に興味を持ったら……お父様に嫉妬してしまうかもしれないわ」
「なんだい、矛盾してるなぁ。織莉子もワガママな子供なんじゃない?」
口を尖らせながらキリカが言うと、織莉子の眼つきは鋭くなっていた。
- 241:1:2013/04/27(土) 21:16:25.26 ID:8cRyPZpH0
「えぇ~……やだやだ。怒らないでよ!!
君に嫌われてしまったら、私は腐って果てるよ!!」
困惑しながら弁明するキリカだが、織莉子が睨んでいたのはキリカでは無い。
「……キリカ。そのまま動かないで」
織莉子は静かにそう告げた。
その瞬間、ズドンと剣が地面に突き立っていた。
そして、中庭を侵食していく異空間。織莉子が睨んでいたのは、それだった。
「ああ、前から思っていたんだよね。この家に有ると良いなって」
能天気に笑いながら、鎧を模した魔女を見つめるキリカ。
「ブルジョワは、鎧を置くのがしきたりなんでしょ?」
「それは初耳だわ……」
キリカの質問に、織莉子は苦笑いを見せる。
- 242:1:2013/04/27(土) 21:17:44.32 ID:8cRyPZpH0
魔女を目の当たりにしても、二人の魔法少女に動揺は無い。
「キリカ。紅茶に砂糖は何個入れる?」
それどころか、織莉子は変身もしないで、紅茶を淹れ始める。
「三個!! あと、ジャムも三つ!!」
キリカは、変身を完了させながらそう答える。そして、地面から高く飛び立って、魔女に斬りにかかる。
「丸でシロップを飲んでいるみたいね」
と皮肉を言いながらも、カップに注いだ紅茶には、言われた通りの数の砂糖とジャムが入れられる。
「またそうやって君は私を子ども扱いするんだ!!」
怒ってるのか不満なのか。叫びながら、キリカは魔女の体を斬り付けまくる。
「織莉子なんか……織莉子なんか……」
「嫌い?」
「……だいっ好き!!」
そう宣言し、キリカの爪は、魔女を一刀両断した。
止めの一撃で、魔女の息の根は止まっていた。コロリと、中庭にグリーフシードが転がり落ちる。
- 243:1:2013/04/27(土) 21:18:26.12 ID:8cRyPZpH0
地面に無事に着地すると、キリカと織莉子はティータイムの続きを楽しむつもりだった。
「そこの魔法少女!!」
今度の襲撃は、魔女では無い。しっかりと、声を張り上げていた。
「……!?」
「何だ!?」
織莉子とキリカは、声の方向に体を向けたが、そこには誰も居ない。
「……嘘!?」
「何がどうなって!?」
拳銃が、二人の頭に突きつけられていた。火薬の匂いが、鼻の奥を刺激する。
- 244:1:2013/04/27(土) 21:20:17.02 ID:8cRyPZpH0
「本来なら、二人ともこれでくたばってた訳だけど……。
魔法少女を狩ろうとしている魔法少女が、他の魔法少女に狩られてたら、世話が無いわよね?」
拳銃を構えた魔法少女は、冷たい声でそう告げた。
「……貴女、何故それを!?」
織莉子は動揺を隠せない。
「……お前、何のつもりだ!!」
キリカは鼻息を荒くして、捲し立てた。
「私の名前は、暁美ほむら。貴女達の同業者よ。それと、さっきのグリーフシードは貴女達に上げるわ」
「……随分と物騒なプレゼントですね。魔法少女ともあろう人が、魔女を使って襲撃するなんて……」
織莉子は皮肉を込めてそう答える。
「それは当然よ。
鹿目まどかの命を狙ってる以上、容赦しないわ!!」
- 245:1:2013/04/27(土) 21:21:07.64 ID:8cRyPZpH0
「……!?
私とキリカ以外に、知っている人は居ないのに!?」
織莉子の顔から、血の気が引いていく。
「何処で聞いていたんだ!! 私と織莉子しか、知らない筈なのに……。そもそも、私達をどうするつもりだ!!」
キリカは顔を真っ赤にしながら、言葉を荒げていた。
「どうするって言われてもね……。
もし、鹿目まどかを殺す事を諦めないのなら、この場で死体にして魔女の餌にでもなってもらうわ。
鹿目まどかの事を諦めるのなら、貴女達の命の無事は保障する」
ほむらは、淡々と言った。
- 246:1:2013/04/27(土) 21:22:21.08 ID:8cRyPZpH0
「ふざけるな!! あの娘を契約させたら、この世界は破滅してしまうのよ!!
そうなってしまう前にあの娘を殺すしか、世界を救う事は出来ないのよ!!」
キツイ言葉を吐き出して、織莉子は激昂していく。
「だったら、契約させなければ良い話よ。キュウべえと話は付けているのよ。
少なくとも、ワルプルギスの夜が襲撃する日までは、契約を迫らない様に交渉は成立しているわ……」
「……それじゃ、何の意味も無いわ!! 貴女は、鹿目まどかを護ろうとしている!!
それが、どれ程愚かな事か理解しているの!?」
「十分に理解しているわ。
だけどね、世界の人口全ての命と、鹿目まどか一人の命を天秤にかけるなら……私はまどかの命を取るわ!!」
ほむらは、大胆不敵な啖呵を切った。
- 247:1:2013/04/27(土) 21:23:23.39 ID:8cRyPZpH0
「狂ってるわ……」
織莉子さえもたじろいでしまう。
「話にならないね。君は……織莉子の敵かい?」
キリカは静かに呟く。
「どうかしら? 交渉次第ね。そもそも、頭に銃を突き付けているのに、そんなに強気で大丈夫?」
ほむらの挑発めいた発言に、キリカの怒りは沸点を超えていく。
「関係無い!! 織莉子の敵は私の敵だ!!
君を殺す事は、無限の中の有限の過ぎない!! 今すぐ死んで償え!!」
ブチ切れたキリカは、思いっきり爪を振り回す。
(……さてと)
ほむらの頭の中は、意外と冷静だった。むしろ、この展開は予想通りだったのだろう。
- 248:1:2013/04/27(土) 21:23:59.53 ID:8cRyPZpH0
振り回した爪は、ブン、と空を切り裂いたに過ぎなかった。
「あらら……随分と短気ね」
ニヤニヤと余裕を見せるほむらは、一瞬で十メートルほど後ろに下がっていた。
(……一瞬であそこまで後ろに!? この女……相当な実力の様ね!!)
織莉子も変身を完了させた。内心では、相当に警戒している様で、ほむらから目を離そうとしない。
「うるさい!! 死ね!!」
キリカは鉤爪を振り上げて、ほむらに向かい一直線に突っ込んで行く。
「キリカ!! 援護するわ!!」
そして、織莉子も浮遊する水晶玉を召喚し、ほむらに狙いを定めた。
- 249:1:2013/04/27(土) 21:24:40.47 ID:8cRyPZpH0
――シュン。
またしても、ほむらの姿は消えていた。
「……プレゼント・フォー・ユー」
織莉子の後ろに現れた、ほむらはそう呟いた。
その瞬間、キリカと織莉子は口の中に、何かが入っている事に気が付いた。
「……!?」
一瞬にして、二人の顔は真っ赤に染まり、額からは脂汗がにじみ出ていた。
「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「か……辛ぁぁぃ!!」
二人して、口を押えてもがき苦しむ。
- 250:1:2013/04/27(土) 21:25:21.31 ID:8cRyPZpH0
「今、貴女達の口の中には、ハバネロを五個づつ突っ込んであるわ。思いっきり味わって頂戴」
ほむらは、ニヤニヤしながら解説した。
非常にふざけた攻撃なのだが、甘党の二人に取っては地獄の苦しみに近いものだ。
「ふ……ふ……ふじゃけりゅな!!」
捲し立てるキリカだが、舌が回らず目からは涙が零れている。
「こ……これが貴女の戦い方と言うのですか!?」
織莉子も、涙目で抗議する。更に水晶玉を撃ち出すが、集中力が出ないので、狙いが定まらない。
「そうよ。意外と効果あるみたいね」
易々と避けながら、ほむらは得意気に言い張った。
「くそぅ!!」
キリカは再び爪で斬りかかる。
- 251:1:2013/04/27(土) 21:26:41.14 ID:8cRyPZpH0
――シュン。
しかし、瞬時にほむらは背後に回り込む。
「貴女達に勝ち目は無いわ。大人しく降参して、私の下に付きなさい」
その言葉は、打って変った様に冷たい声だった。殺気にも似た空気が、ほむらの周囲から放たれていた。
「……何が目的なのですか!? 鹿目まどかを守る事なの!?」
織莉子の口調は、明らかに焦っている。
「そうよ。鹿目まどかを契約させない事と、ワルプルギスの夜を仕留める事。
その為にも、貴女達の力が必要なの。勿論、拒否権は与えないわ。従えないのなら、ここで殺す……。
ちょっと、予知してみなさいよ。多分、自分達の死体の姿が見えるでしょうけどね!!」
ほむらは、織莉子の固有魔法まで言い当てて見せた。
- 252:1:2013/04/27(土) 21:27:59.15 ID:8cRyPZpH0
「……」
織莉子もキリカも、何も言えないで黙ってしまった。
(……この女、本気ね)
背筋に冷たい空気を、織莉子は感じてしまう。
何よりも、僅かな時間の間に見た未来には、頭の吹き飛んだキリカと、体中に銃弾を受けた自分の姿が写っていた。
(こうなったら……)
織莉子の目付きは、鋭く尖った。
(こいつは……危険すぎる!!)
キリカはほむらの持つ空気に、完全に呑まれていた。
しかし、織莉子の冷静な態度を横目で見て、あえて口は開かない。
- 253:1:2013/04/27(土) 21:28:37.99 ID:8cRyPZpH0
「さぁ……どっち?
ここで死ぬか、私に従うか……選びなさい!!」
ほむらは、二丁の拳銃の照準を、織莉子とキリカに併せていた。
「……解ったわ。貴女の言う事に、協力しましょう」
織莉子は即座にそう言った。
「織莉子……」
キリカは、不安げな様子で織莉子を見つめる。
「……解れば、それで良いのよ。頼りにしてるわ……お二人さん」
ほむらは、構えていた銃をポケットに仕舞う。
「それと……。
風見野町の佐倉杏子って魔法少女が、貴女達と会いたがってるわ。一度会ってみたらどうかしらね」
そこまで告げると、ほむらは再び姿を消してしまう。
- 254:1:2013/04/27(土) 21:29:35.19 ID:8cRyPZpH0
「……また消えたわね。奇妙なお人ですこと」
織莉子は脱力した様にうなだれた。
「でもさ、織莉子。あんな奴の言う事に、本当に従うつもりなのかい?」
少し不満そうに、キリカは問う。
「表向きは、そうね。
恐らく、暁美ほむらと正面からぶつかれば、私達の方が遥かに分が悪いでしょう。
さっきも、その気なら殺せると言うのに、わざわざ唐辛子を使う必要が有るとは思えないわ」
「……つまり、仲間になった振りをしといて、後で仕留める訳だね」
「その通りよ。加えて、暁美ほむらに近づければ、必然と鹿目まどかにも近づける事になるわ……。
逆にこれは、世界を救うチャンスなのよ」
「やはり、織莉子は天才だね。あの短時間で、そんな機転を利かせるなんて、私には出来ないよ」
感心しきりのキリカは、表情を明るく変えていた。
「フフ……ありがとう。
クーデターを起こすなら、突然火を点けてはいけないの。じっくりと、ガスを溜めこんでから、爆発させる……。
これからが、ガスの元栓を緩めるその時よ……」
織莉子は、冷たい目付きのまま、口元をニヤッとさせた。
- 255:1:2013/04/27(土) 21:30:38.87 ID:8cRyPZpH0
自宅に帰ったほむらを出迎えたのは、キュウべえだった。
「案外早かったね。その様子だと、上手く行ったのかい?」
キュウべえの問いかけに対し、ほむらの首は横に動いた。
「そういう訳でも無いわね。
彼女達は、確かに仲間になると言ったけれど……後で裏切る可能性は十分に有るわ」
「……そこまで解ってて、あえて見逃すのかい?」
「さっきも言ったでしょう。生きているなら、駒にはなる。
ただ殺すだけなら、猿でも出来るわ。こっちに刃向わない様にするなら、じっくりと手籠めにする必要が有るのよ」
「その様子なら、既に次の一手は考えている様だね」
「ええ。佐倉杏子と接触させる様に仕向けたわ」
「……彼女は、利己的な好戦主義。あまり、説得に向いた人物とは思えないけれど?」
「見ていれば解るわ。彼女の本質は、もっと別の物になるのよ」
ほむらは、無表情で告げるのだった。
- 267:1:2013/04/28(日) 00:52:03.31 ID:qvnF4G6N0
7.本音
見滝原市とあすなろ市の中間に位置する風見野町。
織莉子とキリカは、佐倉杏子を探すべく風見野に訪れていた。
「……さて、どうやってその佐倉杏子って魔法少女を探すんだい?」
キリカは辺りを見渡しながら、織莉子に問う。
「とりあえず、魔女が現れるまで待ちましょう。恐らく、結界が出来上がれば、必然と鉢合わせる事になるでしょう」
織莉子は、そう読んでいた。
- 268:1:2013/04/28(日) 00:52:34.36 ID:qvnF4G6N0
そのまま時刻は経過していく。結局、辺りが暗くなるまで徘徊したが、魔女の反応は無い。
「こういう時に限って、中々出てこないんだよね……」
落胆気味に、キリカはぼやいた。
「仕方ないわ。時間も遅いから、そこのお店で晩御飯でも食べましょうか」
そう言いながら、織莉子は目の前のうどんチェーン店を指差した。
「うどんかぁ……。うどんより、甘い物の方が……」
キリカがそうリクエストした瞬間、運悪くソウルジェムが結界の反応を示した。
「……マジかぁ」
「タイミングが悪いわね……」
がっくりと肩を落とすキリカと織莉子。しかし、気を取り直して、結界の方角へと駆け出した。
- 269:1:2013/04/28(日) 00:53:11.95 ID:qvnF4G6N0
人気の無い路地裏には、結界が出来上がっていた。
「不安定な結界だね」
少々ご機嫌斜めのキリカは、武器をかざして何時でも戦闘に移れる姿勢だ。
「……キリカ。あの使い魔を斬りましょう」
織莉子は、真剣な目つきで指示を出した。
「任せて……」
キリカは、織莉子のマジな目つきに、ピンと来るものが有った。
(……多分、見えたんだろうね)
そして、キリカは使い魔に向かい、地面を蹴った。
標的向けて振るった鉤爪は、ガキンと弾き返された。
「……なるほどね」
キリカの口元が、ニヤリと変化した。
- 270:1:2013/04/28(日) 00:54:07.14 ID:qvnF4G6N0
「ちょっとちょっとー……アンタら何してんの?
あれ、使い魔だよ。グリーフシード持ってる訳無いじゃん」
赤い長髪を、ポニーテールに纏めた魔法少女が、キリカの前に立ちはだかる。
「そんな事は、百も承知さ。
私は使い魔を狩りに来たんじゃないんでね……」
キリカは、その魔法少女を鋭く睨みつけた。
「……アンタら、よそ者か。だったら何の用事だ? 縄張りでも奪いに来たのか?」
風見野の魔法少女の眼つきも、鋭く研ぎ澄まされた。
「暁美ほむらって魔法少女に聞きました。佐倉杏子という魔法少女が、私達に用事があるとね……」
後ろに立っていた織莉子は、そう告げた。
「だったら、その佐倉杏子はアタシの事さ。
すると、アンタらのどっちかが、オリコって魔法少女か?」
杏子の表情は、一気に険しくなり、あからさまな嫌悪感を示していた。
「如何にも……。私が、美国織莉子です」
杏子は織莉子を睨みつけた。
- 271:1:2013/04/28(日) 00:54:33.24 ID:qvnF4G6N0
「よそ見してる場合かな?」
今度は、キリカが鉤爪を振り上げた。
「ちぃ!!」
バク転で間合いを広げて、再度槍を構え直した杏子。
「どうやら、そいつを問い詰める前に、アンタを黙らせなきゃいけねーな」
「……アンタじゃない。私は、呉キリカ。織莉子には、指一本触れさせない!!」
キリカは、間合いを詰めるべく、杏子に向かい特攻を仕掛ける。
(……速ぇ!?)
ガキン、と一発目の鉤爪は防いだ。しかし、二発目も迫りくる。
- 272:1:2013/04/28(日) 00:55:14.35 ID:qvnF4G6N0
「……散りなぁ!!」
(……バカが!!)
爪を大きく振り被ったキリカだったが、腹部にズドン、と槍の柄が深く突き刺さった。
「ぐぅ……」
一瞬動きが止まったキリカに、杏子は更に追撃の手を加える。
「……うらぁ!!」
ズバッと、胴体を斬りつけ、更にキリカの体を蹴とばした。壁にまで弾き飛ばされ、キリカは地面にへたり込んでしまう。
「どーしたよ? その程度か?」
「抜かせ……」
そう言って、再び立ち上がるキリカ。しかし、息は乱れて、流血は夥しい。
- 273:1:2013/04/28(日) 00:55:44.48 ID:qvnF4G6N0
「……キリカ、下がりなさい。私が直接、お相手しましょう」
織莉子は足を一歩前に踏み出した。
「最初っから、そーしやがれ。アタシの用が有るのは、アンタだからよ」
杏子は織莉子に向けて、槍を構えた。
「……くたばりなぁ!!」
織莉子に向け、真っ直ぐに突っ込んで行く杏子。
対照的に、織莉子は微動だにしない。
(……これは、牽制。本命は……あの槍は多節根になる事ね)
槍を右に回避すると、予知の通りに槍は体の周囲に絡みつこうとしていた。
- 274:1:2013/04/28(日) 00:56:15.62 ID:qvnF4G6N0
「甘いですね」
織莉子は、左手を杏子の横っ面に突き出した。
「……!?」
「飛びなさい」
ドン、と杏子は横っ面から弾き飛ばされた。
(……いってぇ……アイツ、何しやがった?)
杏子は再び立ち上がるが、想像以上にダメージは大きく、足元はふら付く。
「……ジャグリングしてるんじゃ有りませんよ?」
余裕を見せる織莉子の周囲には、四つの水晶玉が浮遊していた。
(……あの妙な球が、武器って訳か)
杏子は、再度槍を構えた。
- 275:1:2013/04/28(日) 00:56:57.70 ID:qvnF4G6N0
「キリカを傷つけた代償は、償っていただきましょう」
そして、織莉子は四つの水晶玉を、杏子に向けて撃ち放つ。
(……舐めんな!!)
ドン、と杏子の体に、深々と水晶玉が突き刺さった。
「……!?」
しかし、杏子は倒れない。気合だけで、織莉子の攻撃を凌いで見せたのだ。
「足元がお留守だな!!」
しかも織莉子の足元に、多節根化した槍の柄が絡みつかせ、動きも封じ込める。
「……しまった!?」
織莉子は、水晶玉を召喚しようと試みたが、時既に遅し。
- 276:1:2013/04/28(日) 00:57:35.64 ID:qvnF4G6N0
バキィ、と織莉子の顔面を思いっきりぶん殴った。思わず倒れ込んだ織莉子の体に、杏子は馬乗りになって胸倉を掴む。
「てめぇ……何のつもりだ!!」
杏子は、鬼の様な形相で織莉子に問い詰めた。
「……何の事で?」
「とぼけてんじゃねーよ!!
何で、ゆまを魔法少女になる様に仕向けやがった!!」
「ああ……あのおチビさんの事ですか」
織莉子は不敵に笑みを見せていた。
「答えろ!! このまま、ぶっ殺されたいのか!!」
掴んだ胸倉を揺する杏子は、怒りの余り冷静さを失っていた。
「死ぬのは……貴女ですよ!!」
織莉子は、そう言い切った。
- 277:1:2013/04/28(日) 00:58:49.63 ID:qvnF4G6N0
(……!?)
奇妙な気配を感じ、杏子が横に視線を向けた時だった。
鉤爪を振りかざしたキリカが、既に目の前にまで迫り来ていた。
「それには、及ばないわ」
――カチン。
鉤爪が斬り裂いたのは、地面だけだった。
「……え?」
呆気にとられるキリカ。
「どうなってるのですか……?」
壁際に寝させられている織莉子は、呆然と動けない。
「何が起きやがった……」
杏子は、道路に立ち尽くすしかなかった。
「……少し、落ち着きなさい」
ほむらは、髪をかき上げながらそう言った。
- 278:1:2013/04/28(日) 01:00:11.42 ID:qvnF4G6N0
「……暁美ほむら」
織莉子は、ほむらを睨みつける。しかし、ほむらは気に留める様子は無い。
「おい……何のつもりだ?」
杏子も、ほむらを睨みつけている。
「言ってたでしょ? 美国織莉子を探していると。見つけたから、貴女と会う様に伝えただけよ」
ほむらの淡々としていた。
- 279:1:2013/04/28(日) 01:01:42.42 ID:qvnF4G6N0
「……そうかい。だけど、何でこの場にアンタまで現れたんだ?」
杏子は、何処か不満げだった。無論、織莉子とキリカも同様の様だ。
「そりゃ、貴女達全員は私の協力者なの。下手に揉め事を起こして、死なれるのは困るのよ」
「……アタシが、こいつらと手を組むのか? 何の冗談だ?」
杏子は、苛立っていた。
「……私達も同感だね。
こんな奴と手を組まなくても、ワルプルギスの夜なんて……」
パン、と銃弾がキリカの頬をかすめた。
「口答えは許さないわ。私が求めているのは、仲間じゃ無くて戦力よ。仲良くしろだなんて、一言も言って無いでしょう。
だったら、納得のいく様に、話し合いでもしましょうか」
ほむらは、冷たく言い放った。
(……この女、本気で狂ってるわ)
織莉子は内心で、毒づいた。
「と、その前に……使いなさい」
そう言って、ほむらはグリーフシード三つ取り出し、一人づつに投げ渡した。
「……?」
「言ったでしょ。死なれては困るとね……」
言われるがまま、三人ともソウルジェムの浄化を始めるのだった。
- 280:1:2013/04/28(日) 01:02:48.87 ID:qvnF4G6N0
ほむらの提案を受け、一同は人気の無い公園に場所を変えた。その際、ゆまとキュウべえも合流。
織莉子とキリカ、杏子とゆまが対峙する様に位置を取る。ほむらとキュウべえは、少し離れた位置から、様子を見る格好だ。
「……さて。答えて貰おうか……。
なんで、ゆまを契約するように仕向けた?」
真っ先に切りだしたのは杏子だ。
「……私達の世界を救う為ですよ」
織莉子は、悪びれる様子も無くそう言った。
「何だそりゃ? 英雄気取りのつもりか?」
「ええ。
あれを……解き放ってはいけない。その為の計画の、第一歩に過ぎないのですよ」
織莉子の言葉に、杏子の表情は怒りに染まって行く。
「計画の為なら、後の連中はどうでも良いって言いたいのか?」
「……その通りですよ。
もっとも、そこの狂い切った悪魔のせいで、その計画も頓挫してしまいましたけれどね」
織莉子は嫌味たっぷりに、ほむらを指差した。
- 281:1:2013/04/28(日) 01:03:54.12 ID:qvnF4G6N0
「大体、あれって何だ? ワルプルギスの夜の事か?」
「違うわ……。
見滝原にある魔法少女の候補が居る。その少女が、契約した暁には……最悪の魔女が生まれる……。
世界の崩壊を示しているのよ……」
織莉子は、顔面を真っ青にしながら、そう言った。目からは涙が溢れ出し、体中はガタガタと震えていた。
「織莉子!!」
ふら付いた織莉子の体を、キリカが肩で支えた。
「……話がみえねーよ」
杏子は、織莉子の豹変っぷりに戸惑いを隠せない。
「……ソウルジェムが、どす黒く濁りを溜めきると、グリーフシードが生まれるわ。
つまり、魔女は魔法少女の慣れ果て……」
ほむらは、横から言葉を投げる。
- 282:1:2013/04/28(日) 01:04:49.82 ID:qvnF4G6N0
「……!?
お前……冗談にしては笑えねーぞ?」
「事実よ。私も、貴女達も……ゆくゆくはそうなってしまうかもしれないわね」
冷徹な言葉に、杏子はほむらに凄まじい剣幕で歩み寄る。そのまま、胸倉を掴んで、ほむらを睨みつけた。
「てめぇ……何様のつもりだ!!
ただの事情通ですって自慢したいのか!! 何でそんなに得意気に喋ってられるんだよ!!」
「離しなさい……」
ほむらは、冷たい視線で杏子を睨み返した。
「……!?」
杏子の地肌に、鳥肌が立つ。
「離せっていってるのよ? 聞こえないの?」
「……!?」
静かだが、恐ろしく冷たい一言だった。ほむらの言葉に従うしか、杏子は出来なかった。
- 283:1:2013/04/28(日) 01:05:35.68 ID:qvnF4G6N0
(……コイツは)
杏子は、ほむらの気迫に押し返されていた。無言の圧力は、今まで戦ってきたあらゆる魔女よりも、恐ろしい気配を持ち合わせていた。
「……少し頭を冷やしなさい。
魔法少女が魔女になる運命は、覆せない。でもね……やり方によっては、有意義になるのよ」
「有意義だと!?」
「そう。
魔法少女が魔女になる時、宇宙の寿命を延ばすエネルギーが生まれる。それが、キュウべえが魔法少女を生み出す理由よ」
「……」
「魔法少女が自分自身に限界を感じてしまえば、魔女になる事を避けられない。
だとすれば……知り合いの魔法少女に仕留めて貰えば良いんじゃない?
そうすれば、少なくとも他の魔法少女は延命できるし、キュウべえにも利益は有るわ」
杏子は、ほむらの胸倉を、再び掴み取った。
- 284:1:2013/04/28(日) 01:06:29.01 ID:qvnF4G6N0
「……お前は、何のつもりだ? アイツらの手先か?
魔女になる事まで、受け入れろだと? ふざけた事抜かすのも、大概にしやがれ!!」
「じゃあ……他に方法が有るの?
魔女にならない為の方法でも知ってるの? 魔女を魔法少女に戻す方法でも知ってるの? 知らないでしょう?
拒絶したいのは、魔法少女なら皆同じでしょ!!
グリーフシードが無ければ、私達は一年も生きては行けない。だったら、妥協して延命出来る様にするしかないんじゃないの?
感情に任せて理想論を語るだけなら、馬鹿でも出来るわ。今できる範囲で、何かをすれば良いんじゃないの?」
「…………」
「先の運命ばかり見てて、今出来る事を見失っては、何の意味も無いわ。
もし、私が魔女になったら、遠慮なく殺してくれて構わないわ。
少なくとも、巴マミとあすなろ市のプレイアデス聖団の魔法少女達には、それで話を付けたのよ」
ほむらの口調は、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
- 285:1:2013/04/28(日) 01:07:02.80 ID:qvnF4G6N0
「……」
杏子は何も答えられない。それは、キリカと織莉子も同じだった。
そして、これまで沈黙を続けていた、ゆまは静かに口を開いた。
「ねぇ……キュウべえ?
ゆまたちは、いつかは魔女になっちゃうの?」
「そうだよ。いつかはね」
「それって、今すぐにでも魔女になるの?」
「ソウルジェムが濁らなければ、魔女にはならないよ。常に穢れを取り除けば、魔法少女のままさ」
「そっか……。だったら……」
――ゆまの“いつか”は“今”じゃないよ。
ゆまははっきりと言った。
- 286:1:2013/04/28(日) 01:07:56.66 ID:qvnF4G6N0
「……フフ。貴女達よりも、あの子の方が強いかもしれないわね」
ほむらは、笑みを浮かべていた。
「……ち。らしくねーわ」
杏子の表情は、吹っ切れた様にさっぱりとしていた。
「決心がついた様ね。私に協力してくれるかしら?」
ほむらは、さっきまでは打って変った様に、表情を明るくしていた。
「ああ。アタシの“いつか”も“今”じゃねーよ」
そう言って、杏子はニヤリと笑みを見せた。
- 287:1:2013/04/28(日) 01:08:46.89 ID:qvnF4G6N0
そして、ほむらが視線を、織莉子とキリカに向ける。
「……貴女達は、どうするのかしら?
私に近づいた振りをして、後からまどかを狙う何て目論見は読めているのよ。
それだったら、最初から私と一緒に鹿目まどかを契約させない様に、手段を取る事だって出来るんじゃない?」
ほむらの問いに、織莉子は意を決して口を開く。
「……良いでしょう。貴女の覚悟は、解りました。
私達は、鹿目まどかに手は出しません。約束します。
しかし……万が一にも、鹿目まどかが契約する事になれば……その時は、貴女の思い通りには動きません」
織莉子は凛とした表情で、ほむらを見つめる。
「私の意志は、織莉子に一存している。
織莉子の意見は、私の意見も同じさ」
キリカも、決心が固まっていた。
- 288:1:2013/04/28(日) 01:09:30.50 ID:qvnF4G6N0
「……ふふ、当てにしてるわよ。また、何かあれば連絡するわ。
では、ごきげんよう」
そう言い残し、ほむらは公園から立ち去った。
残された四人の魔法少女を眺め、ここまで沈黙していたキュウべえが、満を持して言葉を出した。
「君達も、暁美ほむらに着くんだね。もっとも、それは僕自身にも言える事だけどね」
そう漏らしたキュウべえの喉元に、杏子は槍を突きつける。
「……仮に、お前を殺せばどうなる?」
「意味は無いよ。僕は一個体に過ぎないさ。
一つの携帯電話を破壊しても、他の携帯電話に影響は無い。それと同じ理屈さ。すぐに別の個体が現れる」
「……ちぃ。無意味って事か」
杏子は吐き捨てながら、槍を仕舞う。
- 289:1:2013/04/28(日) 01:10:08.98 ID:qvnF4G6N0
「それと、もう一つ付け加えておくよ。
君達は僕を信用出来ないと思っているだろう。だが、利用はしようとしている。それ位は、僕にも解る」
「何が言いたい?」
「だけど、それは暁美ほむらでしか出来ない芸当だから、君達は何もしない方が無難だよ。
彼女以外の魔法少女を生み出したのは、この僕さ。君達のデータは、僕達が管理している以上、どんな手段に出るかは簡単に解る。
君達は、時が来るまで、暁美ほむらを傍観しておく事をお勧めする」
キュウべえはそう忠告をした。
「……どう言う意味だ?」
杏子は、表情を苦くしながらそう問う。
「後々、本人から聞けるさ。
彼女は、とびっきりのイレギュラー。君達の理解を超えている存在だからね」
キュウべえはそう告げて、その場から消え失せた。
- 290:1:2013/04/28(日) 01:11:01.87 ID:qvnF4G6N0
「……意味がわかんねぇ」
杏子はポツリと言葉を溢す。
「……ただ、彼女は私達の理解を明らかに超えているのは、確かなのでしょうね」
そう呟いた織莉子は、ふぅと溜息を吐き出した。
「何でも、構わないさ。私は、私に出来る事をするだけだよ」
キリカは、はっきりとそう言った。
「キョーコ。ゆまたちにも、世界を救えるのかな?」
ゆまは、屈託の無い笑顔でそう言った。
「どーだろうな……」
杏子は笑みを見せて、ゆまを見た。
「……」
織莉子は無言のままだった。
「……悪かったな。さっきは、ぶん殴ってよ」
杏子は、少し照れながら謝罪を入れた。
「いえ……問題は有りません。私にも、落ち度は有りますから……」
そして、織莉子も謝罪を、一応は受け入れた。
- 291:1:2013/04/28(日) 01:12:08.45 ID:qvnF4G6N0
公園を離れ、帰宅途上のほむら。そこに、キュウべえが追い付いた。
「……暁美ほむら。
君は、最初の約束を覚えているのかい?」
キュウべえは、そう言葉を投げる。
「勿論、覚えているわ。何人集まっても、ワルプルギスの夜に挑むのは、私一人よ」
「おかしな事を言うね。
だったら、何故君は戦力をかき集める様な真似をしているのさ?」
キュウべえに聞かれ、ほむらはふぅと、溜息を吐き出した。
「じゃあ、ワルプルギスの夜に、私はやられました。だから、後はどうなっても知りません。
そんな事出来る訳無いでしょう。
私の集めてるのは、私が死んだ後の保険みたいな物よ」
「じゃあ、君は何かい?
自分が負ける前提で、戦おうとしてるのか……」
「あくまで、可能性の問題よ。
確実に勝てる保証が無い以上、その後の事まで手を打つ必要が有るわ。ワルプルギスの夜を、確実に仕留める為にね」
ほむらは、ニヤリと笑う。
(……本当に、彼女は何を狙っているんだ?)
キュウべえは、ほむらに底知れぬ気味悪さを覚えていた。
- 306:1:2013/04/28(日) 20:50:52.70 ID:qvnF4G6N0
8.声
さやかは、トボトボと帰宅途上だった。
「……はぁ~」
普段の明るさは何処へ消えたのか。さやかの面持ちは暗い。
(……こんなタイミングで、そりゃ無いよ)
さやかは、事の発端を思い返していた。
- 308:1:2013/04/28(日) 20:51:21.93 ID:qvnF4G6N0
仁美に何時も寄るファーストフード店に呼び出された事が、事の発端だった。
「仁美。話って何?」
さやかは何時ものノリで椅子に座る。しかし、仁美の方は何時ものノリでは無く、実に真剣な面持ちだった。
「私……以前からさやかさんに、秘密にしてきた事が有るんですの」
仁美は凛とした声で、さやかに告げた。
普段と違う仁美の雰囲気に、さやかは思わず息を飲んでしまう。
「私、以前から上条恭介君の事を、お慕いしてましたの」
ドクリ、とさやかの心臓が高鳴ってしまう。
「……そ、そうなんだぁ。
まさか仁美がねぇ……。アイツも隅に置けないなぁ」
笑ってごまかしたつもりなのだろうが、さやかの笑みは明らかに引きつっていた。
- 309:1:2013/04/28(日) 20:52:15.72 ID:qvnF4G6N0
「さやかさんは、上条君と幼馴染でしたわね?」
「うん……まぁ、腐れ縁って言うか……」
「本当に、それだけ?」
仁美にそう言われると、さやかは思わず口を噤んでいた。
「私、もう自分に嘘はつかないって決めたんですの。
さやかさん。貴女はどうですか? 本当の自分の気持ちに向き合えますか?」
「な……何の話をしてるのさ……」
「さやかさんは、私の大切なお友達です。ですから、抜け駆けするような真似も、横取りするような真似もしたくありません。
私は、次に上条君のお見舞いに行ったときに、告白しようと思いますの」
「……」
「一日だけお待ちします。それまでに、後悔なさらない様に決めてください。
上条君に、気持ちを伝えるべきかどうかを」
そう言い切り、仁美は席を立った。そして、さやかに一礼してから、ファーストフード店を後にした。
(……)
さやかは、呆然とトレーに乗った飲み物を見つめるしか出来なかった。
- 310:1:2013/04/28(日) 20:52:49.93 ID:qvnF4G6N0
どうにか気を取り直し、その足で恭介のお見舞いに向かったが、今一つ顔に覇気は見られない。
病室の扉の前で、大きく深呼吸。
(……何時もの通り。何時もの通りに行こう)
そして、さやかは意気揚々と病室に入って行くのだった。
「やっほー、恭介。お見舞いに来たよ」
「……さやか」
無理に明るく振る舞うさやかだが、恭介の顔には元気の欠片さえ見えない。
- 311:1:2013/04/28(日) 20:53:32.90 ID:qvnF4G6N0
「今日も、CD買ってきたんだよ」
そう言って、カバンからCDを取り出す。
しかし、それを見た途端に、恭介の表情は一気に曇ってしまう。
「……さやかは、僕を虐めているのかい?」
「……え?」
唐突な一言に、さやかは凍りついてしまった。
「何で、今も僕に音楽を聞かせるのさ……」
「だって……それは恭介が音楽が好きだから……」
「もう、聞きたくないんだよ!! 自分で弾けもしない音楽何て!!」」
錯乱した様に、恭介は右手でCDプレイヤーを弾き飛ばした。
- 312:1:2013/04/28(日) 20:54:01.53 ID:qvnF4G6N0
「恭介ぇ!!」
さやかは、咄嗟に恭介の右手を押さえつけた。
「……治るよ。諦めなければ、いつかきっと……」
「諦めろって言われたのさ……」
恭介の声は、涙交じりだった。
「……今の医学ではどうしようも無いって。
バイオリンは諦めろって言われたんだ……。僕の右手は……僕の指は……もう動かないんだ……」
恭介の一言が、さやかの心にズシンと伸し掛かった。
「ゴメンね……恭介」
そして、逃げだすように病室から立ち去っていった。
- 313:1:2013/04/28(日) 20:54:43.30 ID:qvnF4G6N0
さやかは河川敷に座り、呆然と川の流れを見つめていた。
(……もし、恭介の右手を治す事と引き換えに、私が魔法少女になるとすれば? それなら、恭介は振り向いてくれるのかな?
だけど……それって仁美に対してフェアなの? それに、魔法少女ってゾンビになるのに、それで抱きしめてとか、言えるの? 魔女になるかも知れないのに……魔法少女になるの?)
頭の中にグルグルと、あらゆる考えが思い浮かぶ。
(……最悪じゃん。
あたし……こんな状況なのに、自分の身が可愛いって思ってる)
そんな自分に、嫌悪感を抱いていた。
「はぁ~……あたしって嫌な奴だぁ」
ぼやき口調で立ち上がり、さやかは重い足取りで、自宅へ向かう。
- 314:1:2013/04/28(日) 20:55:13.18 ID:qvnF4G6N0
その筈だった。
――ねぇ? 今の自分が醜いって思う?
突然、聞こえてきた声。さやかは立ち止まってしまう。
「何よこれ……?」
――君の望む世界は……ここじゃないよ。
「何……? 何なのよ!?」
――さぁ行こう。私達の素晴らしい世界へね。
それが、さやかの耳に届いた時。
さやかの意識は、飛んでいた。
- 315:1:2013/04/28(日) 20:55:41.92 ID:qvnF4G6N0
まどかはマミのお茶会にお呼ばれした後、自宅へと向かっていた。
(さやかちゃんも来る筈だったのに……どうしたんだろ)
携帯電話を取り出すが、メールの返信も着信も無い。まどかは、連絡の付かないさやかの身を心配していた。
そんな時。
(……あれは!!)
大通りを歩くさやかの姿を見つけたのだ。
「さやかちゃーん!!」
大慌てで、さやかに駆け寄るまどかを見て、さやかはニヤッと笑って見せた。
「さやかちゃん、今日はどうしたの? マミさんのお茶会に来ないし、連絡も全然してくれないし……」
「ゴメンねー。だけどさ、その変わりに、今からとってもいい所に連れて行ってあげるよ」
そう言ったさやかを見て、まどかはある種の予感を感じた。
- 316:1:2013/04/28(日) 20:56:10.21 ID:qvnF4G6N0
(このさやかちゃん……おかしい)
無論、良い予感ではない。
「ねぇ……一緒に行こうよ」
そう言って、さやかはまどかの手を、ギュッと握りしめた。
「……う、うん」
言われるがまま、まどかはさやかに付き添うしかなかった。
- 317:1:2013/04/28(日) 20:56:39.00 ID:qvnF4G6N0
街外れの廃工場に、多くの人が集まっていた。
中年の男性や、主婦らしき女性。それに、若いカップル等。集まった人間に、共通点は無い。
「俺は、ダメなんだ……。こんな小さな工場すら、満足に切り盛りできなかった。
こんな時代に、俺の居場所何て、有る訳がねえんだ……」
中年男性は、そう嘆きながら、バケツに液体を並々注ぎ込んで行く。
すると、今度は主婦らしき女性が、別の容器からバケツに何かを入れようとしていた。
(……あれって、洗剤?)
- 318:1:2013/04/28(日) 20:57:36.98 ID:qvnF4G6N0
まどかの脳裏に、ある言葉が過ぎる。
(いいか、まどか? こういう塩素系の漂白剤は、他の洗剤と混ぜたら、とんでもなくヤバい事になる。
猛毒ガスで、あたしら家族全員あの世逝きだ。絶対に間違えるなよ)
以前に、母親から教えられた事だった。
「ダメ!! それを入れたら、皆死んじゃうよ!!」
慌てて駆け寄ろうとするが、まどかの腕をさやかが掴んで離さない。
「邪魔しちゃダメだって。
アレは神聖な儀式なんだよ。あたし達は、これから新世界に旅立つんだからさ」
さやかは、恍惚な笑みを見せていた。
その言葉に、周囲から拍手が沸き起こる。
「離して!!」
まどかは、強引に腕を振り解いた。
そして、バケツを引っ手繰って、窓の外へ思いっきり投げ捨てた。
- 319:1:2013/04/28(日) 20:58:18.62 ID:qvnF4G6N0
(よかった……これで一安心……)
そう思ったのも、つかの間だった。
(……じゃない!?)
周囲の全員が、まどかを睨みつけている。
ただならぬ雰囲気に、まどかは逃げ出す以外に選択肢が無かった。
一番近くのドアを潜り抜け、即座に施錠する。
(……出口が無い!? ここって物置……?)
キョロキョロと見渡すが、逃げ道は無い。更に、ドアをゴンゴンと叩きつける音が、まどかにプレッシャーを与える。
(どうしよう……どうしよう……)
ドアから離れるが、もはやまどかはパニック状態に陥っていた。
- 320:1:2013/04/28(日) 21:01:22.39 ID:qvnF4G6N0
刺される様な視線を感じ、ゆっくりと振り向いていく。
(……これ……まさか!?)
まどかの周囲は、見れた物では無い、歪んだ空間に支配されている。
耳に纏わりつく奇妙な声は、この世の物と思えない。
【箱】の魔女“H・Nエリー・キルスティン その性質は【憧憬】
箱に座る魔女は、まどかをじっくりと見定める。
食いいる様に見つめられ、まどかは動けないままだ。
(これって……私に罰が当たったのかな?
私が弱虫だから……こんな目に合うのかな?)
魔女の結界の中で、確実にまどかの心を虫食んでゆく。
(私は……死んでしまった方が良いんだ……)
目の前の景色が、グニャリと湾曲していく。
(どうして……私は生きているの……?)
まどかの意識は、途切れそうだった。
- 321:1:2013/04/28(日) 21:02:06.08 ID:qvnF4G6N0
ドン、と派手な爆発音で、まどかはハッとした。
「……すぐに助けるわ!!」
その声の主は、まどかも良く知っている。
(……ほむら、ちゃん?)
まどかは、少しだけ意識が戻った気がした。
箱の魔女と対峙する、ほむら。
(……良くも、私の友達を危険にさらしたわね)
その表情は怒りに染まり、鬼気迫る物を感じさせる。その体からにじみ出る感情は、純粋な殺意。
「……覚悟しなさい」
ほむらの気迫は、魔女さえも飲み込もうとする。
――カチン。
魔女は、ただならぬ気配に、思わず逃げようと試みていた。
- 322:1:2013/04/28(日) 21:02:36.67 ID:qvnF4G6N0
結界が一気に収縮していく。
「手遅れよ……」
ほむらが呟いた時だった。
ドン、と再び爆発が起きていた。爆風が吹き荒れ、熱風が頬を撫でた。
乱れた髪をかき上げ、ほむらは一点をジッと睨みつけた。
そこには、グリーフシードが転がり落ちている。
魔女を確実に消した事を確認し、ほむらはまどかへと駆け寄った。
「……まどか!! まどか!!」
ほむらは、まどかの体を抱き起す。
「ほ……ほむらちゃん」
良く知った顔を見ると、まどかの瞳から大粒の涙が、ポロポロと零れ出した。
- 323:1:2013/04/28(日) 21:03:16.03 ID:qvnF4G6N0
「ほむらちゃん!! 怖かった!! 怖かったよー!!」
ほむらに抱き着き、まどかは感情を一気に爆発させた。
「大丈夫よ……。もう、大丈夫だから」
ほむらは、優しく抱き寄せながら、まどかを諭した。
「ごめんね……」
一しきり泣いていたまどかが、少し落ち着いた事を見て、ほむらはホッと胸を撫で下ろした。
「問題無いわ。それよりも、美樹さやかを連れて、ここから逃げるわよ」
ほむらの表情が、一気に引き締まった。
- 324:1:2013/04/28(日) 21:03:59.89 ID:qvnF4G6N0
「うん……もう大丈夫だよ」
そう言いながら、まどかは立ち上がろうとするが、足が震えて立ち上がれない。
「その分じゃ、大丈夫では無いわね」
そう言って、ほむらはまどかに肩を貸した。
「……うん。ごめん」
まどかは、支えられてようやく立てる状態でしかなかった。
ドアを開くと、さっきまで集団自殺を試みようよした人々が、地面に横たわって気絶している。
「これって、魔女に操られてたからなの?」
「いいえ。催涙スプレーを、これでもかって位に噴射したわ。お蔭で、もう一個も残って無いの」
「……」
まどかは、リアクションを取れなかった。
「それより、美樹さやかも連れていかないと。ぼやぼやしてると、警察が来て面倒になるわ」
ほむらは、気絶しているさやかの体を担ぎ上げた。
「さて……逃げるわよ」
ほむら達は、足早に廃工場を後にした。
- 325:1:2013/04/28(日) 21:04:31.02 ID:qvnF4G6N0
さやかが目を覚まし、最初に見えたのは、心配そうに顔を覗き込んでいる、まどかの顔だった。
「まどか……?」
「さやかちゃん!! 良かったー!!」
さやかが上半身を起こすと、まどかは思いっきりさやかの体に抱き着いた。
「ちょっと!? 何が何だか解らないんだけど!?」
困惑するさやかを余所に、まどかはしがみ付いて離れない。
「ようやくお目覚めね。気分はどうかしら?」
次に声をかけてきたのは、ほむらだった。
「て……転校生までいるの?」
「そうよ。そもそも、ここは私の家だもの」
「……へ?」
さやかは、ポカーンと口を開けて固まる。
- 326:1:2013/04/28(日) 21:05:14.69 ID:qvnF4G6N0
「さやかちゃんは、魔女に操られてたんだ。だけど、ほむらちゃんが助けてくれたんだよ」
まどかは、さやかにそう告げた。
「……そう……だったんだ。ごめん……迷惑かけたね」
バツが悪そうに謝るさやか。
「問題無いわ。そんな事より、聞く事が有るの」
ほむらは、引き締まった表情に変わり、さやかにも緊張感が伝わる。
「あなた……今、相当精神的に参ってるでしょ?」
ほむらの言葉を受けて、さやかの顔色は悪くなる。
「図星の様ね」
ほむらは、ヤレヤレと溜息を吐き出した。
- 327:1:2013/04/28(日) 21:06:40.84 ID:qvnF4G6N0
「な、何で断言できるのさ……」
焦っているのが丸解りのさやかに向けて、ほむらは自分のソウルジェムをかざした。すると、僅かだがソウルジェムが反応を見せた。
「……やっぱりね。貴女は、魔女の口付けを受けたのよ」
「魔女の……口付け?」
「そう。魔女が自分の結界に人間を取り込む時には、ターゲットに紋章を残すの。紋章自体は消えているけど、魔力は僅かに残ってるわ」
ソウルジェムを指輪に戻すと、ほむらは解説を続けた。
- 328:1:2013/04/28(日) 21:07:22.45 ID:qvnF4G6N0
「魔女の口付けを受ける人は、例外無く精神的にダメージを負っている人ばかり。
マミからも聞いているかも知れないけれど、病院だとか交通事故の現場だと廃墟だとか。
そう言った、負の感情を持ち合わせやすい現場だと、魔女の餌食になる事が多いのよ」
「……」
さやかは、何も答えられなかった。
「話してみなさい」
ほむらにそう言われても、さやかは口を閉ざしたままだ。
「……さやかちゃん。私達にも、話せない事なの?」
不安げに口を開いたまどかだが、さやかの様子は変わらない。
「ま、無理に聞く必要も無いけれどね。ただ、一つだけ助言させて貰うわ」
「……?」
ほむらが改めて真剣な表情になると、さやかは無言でほむらに視線を向けた。
- 329:1:2013/04/28(日) 21:08:05.04 ID:qvnF4G6N0
「私は、自他ともに認める、悪人よ。
味方を作る事は苦手だけど、敵を作るのはすごく得意なの」
「……自慢げに、それを言うか?」
さやかは、呆れた様子で突っ込んだ。
「だけど、無理して味方を作ろうとして、良い人のフリをして……。それって、本当の自分自身なのかしらね?
偽った自分を演じても、すぐにボロが出てくるわ。それだったら、最初から本心をさらけ出してしまえば、良いんじゃないかしらね」
「…………」
「意地汚い部分も、悪い部分も含めて、それが私。
開き直って、諦めてしまうと、意外と楽になる物よ。結局、一人で抱え込める限度は、たかが知れているのよ」
ほむらの言葉を聞き、さやかは何を思うのか。
- 330:1:2013/04/28(日) 21:08:52.37 ID:qvnF4G6N0
「それ位の考えでなければ、魔法少女を続けられないわ。
私は正義の味方でも、聖者でも無い。綺麗事を並べたって、それで強くなれる訳がないのよ」
ほむらの言葉を聞き、さやかは吹っ切れた様に、フッと笑みをみせた。
「……アンタは、確かにクズだわ」
さやかは、改めてそう言った。
「そうね。その通りよ」
「だけど……その汚い部分を隠そうともしてない。
真似する気はないけれど、ある意味凄いと思うわ……」
呆れながらも、さやかは感心していた。
「おだてたって、何も出ないわよ」
「いや、誉めてないから……」
さやかは、普段のペースを取り戻しつつあった。
- 331:1:2013/04/28(日) 21:09:18.91 ID:qvnF4G6N0
「さて。そろそろ、時間も遅いし、帰った方が良いんじゃないかしらね」
ほむらに言われ、二人は改めて時計を見た。
「やば……門限が近いじゃん。帰らなきゃ!!」
さやかは、焦った様に立ち上がった。
「うん。私達、もう行くね」
門限の無いまどかは、さやかよりもマイペースだった。
「助けてくれてありがとうね、ほむらちゃん」
まどかは礼を言いながら、ほむらに手を振った。
「借りはちゃんと返すよ。また明日ね……ほむら」
そう言いながら、さやかも手を振った。
「ええ。二人とも、気を付けて帰りなさいね」
ほむらは、ドアの方へ向かう二人を見送るのだった。
- 332:1:2013/04/28(日) 21:10:01.72 ID:qvnF4G6N0
帰路に付いた二人は、薄暗くなった路地を歩いていく。
モチベーションが回復しつつ有るさやかを見て、まどかは少し安心した様だった。
「しかしなぁ……。アイツ見てると、悩んでた自分が馬鹿に見えてきたよ……」
さやかは、吹っ切れた様にそう言った。
「でもさ……助けてくれたのは事実なんだし。言う程、悪い人間なのかなぁ?」
まどかは、首を傾げながら、疑問を言う。
「それはそうだけど……。
でも、アイツ見てて、魔法少女になりたいとは思えなくなったわ。
そりゃああいう考え方の方が、魔法少女としては良いかも知れないけれど、人間としては最低だわ」
「アハハ……」
毒舌なさやかを見て、まどかは苦笑いをするだけ。
- 333:1:2013/04/28(日) 21:10:31.84 ID:qvnF4G6N0
「でも……良い面みせながら騙そうとする奴よりは、よっぽど信用出来ると思うよ。
マミさんも言ってたじゃん、背中を預けれるって。何となく、言ってた意味は良く解ったんだ」
「さやかちゃん……」
さやかは、ほむらの存在を認めていた。
(でも、その前に……。
明日、恭介と仁美にもう一度、話をしないとね……)
「さやかちゃん? どうしたの?」
「ううん。何でも無いさ」
まどかもさやかも、普段の笑みを取り戻していた。
- 342:1:2013/04/28(日) 22:22:10.85 ID:qvnF4G6N0
9.作戦会議
ワルプルギスの夜が襲来するまで、後三日。
ほむらは作戦会議を行う為に、今まで手籠めにした魔法少女達を呼び出した。
狭い部屋には、まどか、さやか、マミ、杏子、ゆま、織莉子、キリカ、かずみ、カオル、海香、そして、ほむらとキュウべえ。
一つのちゃぶ台を取り囲む様に、全員が着座している。
「改めて。ようこそ、我が家へ。
ワルプルギスの夜が襲来するまで後三日だから、ここで作戦会議を開くわ」
ほむらはそう言うが、各自の反応は薄い。
(……何で、私達まで呼ばれたんだろう)
未契約のまどかは、隣に座るさやかに、こっそりと耳打ちをする。
(あたしにも、解んない……)
同じく未契約のさやかも、戸惑うばかりである。
- 343:1:2013/04/28(日) 22:22:57.99 ID:qvnF4G6N0
「ま、これだけそろってりゃ、ワルプルギスの夜も怖く無いだろ?」
杏子は余裕が有るのか、危機感が無いのか。お気楽な声でそう言った。
「……と言いたい所だけど、生憎だけどワルプルギスと戦うのは、私だけよ」
ほむらは、断言した。
「……どう言うつもりなのですか?」
織莉子は、間髪入れず聞きただした。
「それを今から説明するわ。
まず、作戦会議をする前に、貴女達が一番気になっている事……。
私の正体を明かすわ」
その一言に、一同は息を飲む。
- 344:1:2013/04/28(日) 22:24:21.48 ID:qvnF4G6N0
「私は、この世界の人間じゃない。正確には、異世界から来た魔法少女なの。
元々居た世界は、ワルプルギスの夜と言う魔女に、滅茶苦茶に壊されて逃げる様にしてこの世界にやってきた……。
しかし、ワルプルギスの夜は、ただ一人取り逃がした私を追いかけて、この世界にやってくるの。
信じられない話かも知れないけれど、これが真実なの」
嘘をついていた。しかし、嘘の中に真実を混ぜて、嘘を信じ易くさせる。
より正確に言えば、肝心な部分を隠しているとも言える。
「……確かに信じられる話じゃないわ。
だけど、ワルプルギスの夜が現れると言う話が事実であれば、その情報を握っていても不思議では無いわね……」
海香はそう言って、追従した。
「そして、私の固有魔法は、時間停止。
一時的に時間を止める事で、相手に攻撃をする物。
と言っても、止めていられるのは五秒が限度だから、素早く動く必要も有るし多用もしにくいわ。
今まで、貴女達に仕掛けた攻撃を思い返せば、納得の出来るでしょ」
ほむらに言われると、全員がハッとした顔になった。と言っても、時間停止の制限の部分は嘘なのだが。
- 345:1:2013/04/28(日) 22:25:18.17 ID:qvnF4G6N0
「じゃあ、あの時のロシアンルーレットも、時間停止を使ってたの?」
マミは、呆然としてしまう。
「そうよ。仮に、あの時引き金を引いても、貴女は死ぬ事は無いようにしていたわ」
ほむらは、開き直った様に言う。
「……」
マミは、無言でほむらを睨む。
「イカサマも、バレなければテクニックよ」
ほむらは、堂々と胸を張ってそう言った。
「本当に、食えないお人です……」
表情を苦々しくする織莉子。
「何とでも言いなさい。今更、解った事じゃないでしょう」
ほむらは、得意げだ。
- 346:1:2013/04/28(日) 22:26:04.95 ID:qvnF4G6N0
「君の事は解ったよ。
だけどさ。だったら、一人で挑むつもりなのに、わざわざ戦力を集めたのさ?」
かずみは、ポッと出た疑問を投げる。
「ワルプルギスが来るのは、私のせいだもの。私にも責任は有るわ。
それに、私はこの世界の人間じゃないです。だから、私が死んだ後はどうなっても知りません。そんな事言えるかしら?
万が一の時に備えて、貴女達の協力が必要なのよ……ワルプルギスを確実に討伐する為にね」
ほむらの眼光が、鋭くなる。
「……暁美さん。
何故、一人で戦う事に拘るの? 今なら、皆で協力出来るチャンスでしょう?」
マミは、改めて聞きただす。
「元々、コイツとはそう言う話をしていたのよ……鹿目まどかに契約を迫らない事を条件にね」
ほむらは、キュウべえを指しながら告げる。
「わ、私?」
面を食らった様に、まどかは目をパチパチとさせる。
- 347:1:2013/04/28(日) 22:26:52.09 ID:qvnF4G6N0
「魔法少女の慣れの果ては、魔女。これは皆聞いてると思う。
問題なのは、その魔法少女の素質によって、魔女になった時の強さが変わる事。
素質の高い魔法少女であれば、魔女も強くなる。故に、最強の魔法少女は最強の魔女になってしまう。
まどか。貴女は、破格の素質を備えているわ。だからこそ、契約させる訳には行かないのよ」
一同の注目を浴びて、まどかはますます困惑する。
「……その通りです」
織莉子の一言は、凛とした声でそう言った。
「私の魔法は未来予知です。
その時、ワルプルギスの夜によって崩壊した街を見ました。そんな中、鹿目まどかが魔法少女として契約し、ワルプルギスの夜を意図も容易く倒す……。
しかしです……。その鹿目まどかのソウルジェムから、途方も無い大きさを誇る魔女も生まれてしまう……」
一しきり言い放つと、織莉子は顔を青ざめさせていた。
- 348:1:2013/04/28(日) 22:27:58.68 ID:qvnF4G6N0
「……そういう事よ。
今のまどかの素質は、例えて言えば軽自動車にロケットエンジンを積んでいる様な物。
途方も無い素質を備えても、それを体が受け入れる事が出来ず、魔力に振り回されてコントロールする事は不可能。
契約すれば、魔女化は確実と見てるわ」
ほむらは、真剣な眼差しでまどかを見つめる。
「……でもよ。そんな魔女化する事知ってて、契約する奴居るのか?」
杏子は、淡々と言った。
「確かに、今の段階なら、まどかもさやかも契約する事は無いと思うわ。
だけど……もしワルプルギスの夜に、全員揃って殺された時。彼女達は、何を思うのでしょうね?
そんな惨状を目の当たりにすれば、冷静でいられなくなるのは当然。
そもそも、この二人が契約する時が来れば、止めれる人は誰も居ないわ。キュウべえに言われるがまま、契約してしまうでしょう。
今、キュウべえが黙って見ている理由も、その一点に賭けてるんでしょうね」
ほむらは睨む様にして、キュウべえに視線を移した。
- 349:1:2013/04/28(日) 22:28:41.44 ID:qvnF4G6N0
「だけどさ。これだけそろってるんだよ?
流石に、伝説の魔女と言っても、この戦力で負けっこないよ」
カオルは自信を見せながら、左手で右の腕をポンと叩いた。
「……油断は禁物よ。慢心をすれば、自ずと隙が生まれるわ」
海香はカオルにそう釘を刺した。
「その通りよ。
だからこそ、絶対に負けない戦力で、絶対に倒せる戦術を使う必要が有るわ」
そう言いながら、ほむらはちゃぶ台の上に、見滝原市の地図を広げて見せた。
「これを見て頂戴」
全員が、地図を凝視する。
- 350:1:2013/04/28(日) 22:30:33.28 ID:qvnF4G6N0
「まず、私が単独でワルプルギスに特攻をかけるわ。
それまで、貴女達はこのビルの屋上に待機していて欲しい」
そう言いながら、黒いペンで、ビルを丸印で囲んだ。
「ちょっとちょっと。君が強い事も、単独で挑む事も解ってるけど……特攻するってどういう事さ」
キリカは、ほむらに視線を移した。
「簡単よ。ワルプルギスに向けて、全部の魔力と全ての武器を使って攻撃に集中するのよ。ただ、加減は出来ないから、下手に近づけば巻き添えを食らうでしょうね。
それに、ワルプルギスと戦った経験が有るのは私だけよ。
先手必勝の奇襲戦法で、可能な限りダメージを与える。それなら、後ろに控える貴女達の攻撃が通用しやすくなる筈よ」
ほむらは、真剣な目つきで地図にマーキングを付けていく。
「恐らく、そのペースで攻撃を仕掛ければ、この化学薬品の工場付近で、私の魔力はガス欠になる。
この地点までに、ワルプルギスを倒せなかった時が……貴女達の出番よ」
- 351:1:2013/04/28(日) 22:31:17.45 ID:qvnF4G6N0
「……丸で、自分を捨て駒にする様な作戦じゃない。
本気で言ってるの? 死ぬつもり?」
かずみは、不安げにほむらを見つめた。
「馬鹿言わないで。犬死する気は更々無いわ。
貴女も、私がどんな人間なのかは解ってるでしょう? このポイントに辿り着いたら、うまい具合に逃げるつもりよ」
ほむらは、ニヤリと笑みを見せる。
「……だと良いけれど」
マミは、今一つ不安を払拭しきれないでいる。
「お姉ちゃん……死んじゃだめだよ?」
ゆまも、ほむらを見て、心配そうに呟く。
「大丈夫よ。
だけど……万が一、余計な魔女が増えてたとしたら、迷わずに殺す。それだけは、約束して」
ほむらの言葉が、全員の心にズシリとのしかかる。
- 352:1:2013/04/28(日) 22:31:49.20 ID:qvnF4G6N0
「これは、街を護るとか、魔女を退治するとかって、生温い考えは必要ない。
まして、愛と勇気が勝つだとか、気合と根性で乗り越えるだとか、そんな綺麗な言葉は使えないわ」
ほむらは、大きく息を吸ってから、一言告げる。
「これは、負ける事の出来ない戦争なのよ」
そう断言した。
- 353:1:2013/04/28(日) 22:33:13.53 ID:qvnF4G6N0
「やれやれ……。君は本当にしたたかだね」
ここまで、一言も発さなかったキュウべえが、初めて言葉を出した。
「約束は守りながらも、言葉の中の隙を突く。限りなくアウトに近い部分で、セーフの領域を見出す何て、普通の考え方じゃ思いつかないだろう。
おまけに、その裏で上手く立ち回って、自分にとって有利な材料も出来るだけ揃えておく。本当に蛇の様な魔法少女だ」
キュウべえは、皮肉っぽく言う。
「何回も言ってるでしょ。
私は手段を択ばないわ。見抜けない奴が悪いのよ」
ほむらは、当然とばかりに言い放つ。
- 354:1:2013/04/28(日) 22:33:50.93 ID:qvnF4G6N0
「一つだけ、聞きたい。
万が一、僕が君を出し抜いて、鹿目まどかと契約していた。もし、そうなったら、君はどんな行動に出ていたのかな?」
「簡単よ。貴方にとって、一番不利益な行動を取っていたわ。
具体的に言った方が良いかしら?」
ほむらは、不気味な微笑を作る。
「……言わなくていいから。むしろ、言うな。アンタの冗談は、笑えないから……」
慌てた様に、さやかは横やりを入れた。
「フフ……。約束は約束よ。
ワルプルギスの夜の弱点を教えなさい」
ここに来て、ほむらは交換条件の要求を出してきたのだ。
「無理に聞いてこないと思えば、全員に聞かせるように仕向けてくる。本当に、君は狡猾だよ。
だけど、約束は約束だ。ワルプルギスの弱点を教えるよ」
キュウべえは、観念したのか。ワルプルギスの全貌を語り出した。
- 355:1:2013/04/28(日) 22:35:01.00 ID:qvnF4G6N0
「ワルプルギスの夜。
しかし、この名前はあくまで通称で、本名は今となっては解らない。
この魔女の最大の特徴は、複数の魔女の集合体である事。それが故に、魔力の大きさは計り知れない。
結界に身を隠さない事も特徴と言われるが、厳密に言えば結界を作れないんだ。
複数の魔女が集まってる事で、結界を打ち消し合ってしまっているからね」
「……一つだけ良いかしら?」
ほむらは改まった様子で、キュウべえに聞きただす。
「何だい?」
「貴方って……結構解説が好きね」
「データを取り出して、説明してるだけだよ。
では続けるよ。
また、ワルプルギスの夜は、舞台装置の魔女とも異名を持つ。
舞台装置の単語が示す様に、彼女の本体は剥き出しの歯車であって、体はあくまで装甲に過ぎないよ」
キュウべえは、饒舌な口ぶりで、ワルプルギスの夜を解説していく。
- 356:1:2013/04/28(日) 22:35:37.08 ID:qvnF4G6N0
「……見た事無いから、ピンとこないわ」
マミは、首を傾げながらそう呟く。
「そうね。大体、こんな具合ね……」
ほむらは、手に持っていたペンで、適当なチラシの裏にワルプルギスの絵を描いて見せる。
「あの魔女は逆立ちの状態で、出現してたわ。それで、足の部分が歯車になってるの」
そう言いながら、描いた物を見せる。
「……下手過ぎて、言われなきゃわかんねー」
杏子は、呆れた様子で突っ込んだ。
「うるさいわね……。美術は苦手なのよ……」
ほむらは、顔を赤くする。
- 357:1:2013/04/28(日) 22:36:10.07 ID:qvnF4G6N0
「解説を続けるよ。
今、ほむらが逆立ちと言っていたけれど、あれは本体を地面から遠ざけている。言ってみれば、防御の姿勢と言っていい。
つまり、あの歯車が地面に降り立ったときは、本気の攻撃を仕掛ける姿勢になる。
以前にほむらが見た状態は、恐らく本気には程遠い」
「……」
「だが、言い換えれば、本体で攻撃を仕掛けるという事は、防御を捨てるという事。
つまり……あの歯車。本体その物が、ワルプルギスの唯一の弱点となるのさ」
「なるほどね……」
ほむらは、ニヤリと笑みを見せた。
- 358:1:2013/04/28(日) 22:36:52.32 ID:qvnF4G6N0
だが、他の人物は釈然としない様子だった。
(……何故、キュウべえはあっさりと、ワルプルギスの夜の弱点を、全員に教えたのかしら?)
マミは、心の奥底から湧き上がる疑問に、戸惑いを隠せない。
(わざわざ教える必要が有るのか……? 不利益なら、黙ってれば問題無いだろうに……)
杏子も、それは同じだった。
(ゆまも、頑張れば役に立てるかな?)
奮戦を、心の中で誓うゆま。
(……仮に、ワルプルギスを仕留められないのなら。鹿目まどかだけでも、抹殺すれば問題は無いわ……)
不気味に、次の一手を考える織莉子。
(まぁ、何でも構わないさ……。その気になれば、織莉子と共に逃げれば良い)
キリカも同様だった。ぼむらや、他の少女は見捨てても構わないと、内心で思っている。
- 359:1:2013/04/28(日) 22:37:23.32 ID:qvnF4G6N0
(……キュウべえもそうだけど、あの子の反応も不気味だ)
かずみは、ほむらを横目で見る。
(勝ち目は有る筈。だけど……この違和感は何なんだろう?)
カオルも、不信感を拭い去れない。
(暁美ほむらも、キュウべえも、ギリギリの部分で駆け引きしてるわ……。キュウべえの狙いも、暁美ほむらの狙いも、全く解らない……)
海香さえ、神経が磨り減る思いだった。
(……何でか知らないけど、ほむらはもっと別の事を考えてる気がする)
さやかは、直感的にそう思った。
(ほむらちゃん……)
まどかは、ほむらをジッと見つめるだけ。
- 360:1:2013/04/28(日) 22:37:53.51 ID:qvnF4G6N0
ほむらは、満足した様子だった。
「そこまで聞ければ、対策は取れるわ。
皆。また、三日後に会いましょう。
それと、ワルプルギスが現れるまでは、近辺の地域に魔女は現れないわ。嵐の前の静けさって奴かしらね。
各自ゆっくりと、休んで頂戴」
ほむらは、そう言って作戦会議を締めくくった。
- 375:1:2013/04/29(月) 18:18:28.17 ID:6KYUystw0
10.日常
ワルプルギスの夜が襲来するまで、後二日。本日は日曜日である。
決戦に向け、各自の思いは如何なる物なのか……。
- 376:1:2013/04/29(月) 18:19:43.69 ID:6KYUystw0
御崎家。
筆が進まない海香は、ストレス解消に昼食を作っていた。
「……何かこう、サクッとアイディアは出ないのかしら」
包丁で食材を切り刻む海香の頭部には、見えない角が生えていた。
「そう言われてもねぇ……。
そもそも決戦前だから、そんなに切羽詰って小説書かなくても良いんじゃない?」
カオルは、自分の席に座りながら、そう言った。
「それは出来ないわ。私の、小説家としてのプライドが許さないの」
海香は、そう言い切った。
「……さいですか。
でもさ。一つ思ったんだけど、あのほむらって子を主人公にしたら、面白い小説書けそうじゃない?」
カオルはニヤニヤとしながら、海香をおちょくる。
「嫌よ。私が書きたいのは、恋愛とか青春なの。
あの子が主役じゃ、仁義無き戦いになってしまうわ」
海香は、即刻否定した。
- 377:1:2013/04/29(月) 18:20:41.68 ID:6KYUystw0
そんな中、かずみはまだ部屋に居た。
ベッドに寝たまま、天井を見上げていた。
(……解んない)
払拭できない疑問を、考え続けていた。
(あの子……。
上手く逃げるって言ったけれど……本当に逃げられるの? 一度は上手く逃げられても、もう一度逃げられる保証は無い。
そもそもあの子は、そんなに分の悪い賭けをする様にも思えない……)
かずみは、柄にもなく、難しい顔のままだ。
(……目的の為なら、手段を択ばない。そういうタイプは……)
かつて戦い、そして散って行った魔法少女達の姿が、かずみの脳裏をかすめていった。
「かずみー。ご飯出来たよー」
「うん。今行くよー」
カオルに呼ばれ、かずみはベッドから起き上がった。
- 378:1:2013/04/29(月) 18:21:13.51 ID:6KYUystw0
市民病院の屋上に、さやかと仁美。そして、恭介は居た。
「今日も良い天気だね」
晴れ渡った空を仰ぎ、さやかは笑顔を見せた。
「そうですね。上条君が無事に退院したら、何処かにお出かけしましょう」
微笑みを見せながら、仁美はそう提案を出した。
「うん。
その為にも、リハビリを頑張らないとね。僕の右手は、治らないけれど……また歩く事は出来るから」
恭介の顔は、憑き物が落ちた様に、すっきりとしていた。
- 379:1:2013/04/29(月) 18:21:48.48 ID:6KYUystw0
――数日前。
ほむらに諭された翌日。
さやかは、覚悟を決めて、恭介へのお見舞いへ向かった。
病室の前に立ち、跳ね上がりそうな心拍数を、抑えようとする。
(落ち着かなきゃ……。私が落ち着かなきゃ……)
大きく深呼吸。そして、意を決して扉を開いた。
「……よっ。看護婦さんかと思った?」
「……さやか?」
予想通り、恭介の面持ちは暗い。
しかし、何時に無く真剣な表情を見せるさやかに、恭介は少し面を食らっていた。
- 380:1:2013/04/29(月) 18:22:22.94 ID:6KYUystw0
「ねぇ……恭介。
少しだけ、話せない? どうしても、話しがしたいの」
「……僕は構わないけど」
恭介は俯いて、さやかから視線を逸らす。正直、気まずいと思っているのだろう。
「恭介。
恭介に取って、バイオリンを弾く事は、恭介の全てだったんだよね?
もしも、私の命と引き換えに、右手が治るとしたら……どうする?」
「さやか……ふざけているの?」
「答えて……恭介。
自分の望んだものが、他人を踏みにじってでも手に入るとしたら……そこまでしても、手に入れたい?」
さやかは、真っ直ぐに恭介を見つめ続ける。
- 381:1:2013/04/29(月) 18:24:07.42 ID:6KYUystw0
「……そんな事、僕には解らないよ!!」
恭介は、怒鳴る様に声を張り上げた。
「僕だって、自分がどうしたいのか、解らないんだ!!
バイオリンを弾く事が、僕の全てだったんだ……。今まで弾けた曲も、弾こうとしてた曲も……全て失ってるんだよ!?
そんな僕に、どうしてそんな質問をするんだよ!!」
バシン、と乾いた音が、病室に響いた。
さやかは、恭介の横っ面を引っ叩いたのだ。
「……!?」
恭介は、呆然とさやかを見つめる。
「恭介……どうして解らないの?」
さやかは、瞳に涙を溜めていた。
- 382:1:2013/04/29(月) 18:24:58.44 ID:6KYUystw0
「……どうして、バイオリンを弾く事に拘るの?
それが、恭介に取って掛け替えの無い物だったのは解ってる……。
だけど……無くした物を忘れられなくて、ずっとその場にしゃがみ込んでいるだけじゃない!!
後ろばかり見て、前さえも見えなくなって……。気が付いたら、周りの事も見えなくなってて……。
結局見えて居るのは、事故に合ったその事実だけ……。
イジけたまま、バイオリンも握ろうともしないで……無くした事のせいに全てしてるだけじゃない!!
どうして、進もうとしないの!! 右手がバイオリンを弾けなくても、動かす事は出来るじゃない!!
この、意気地なし!!」
泣きながら、さやかは叫んだ。そして、病室から飛び出して行った。
- 383:1:2013/04/29(月) 18:25:40.88 ID:6KYUystw0
「…………」
恭介は、俯いて何も出来ないで居た。
「か、上条君!? さやかさんと何かあったんですか!?」
入れ違いで、病室に入ってきたのは、仁美だった。
フルーツの盛り合わせを、棚の上に置き、慌ただしく恭介の元に駆け寄った。
「……し、志筑さん?」
「い、今さやかさんとすれ違ったんですの……。だけど、慌てて走って、何処かに行ってしまってて……」
仁美は、動揺しすぎて、パニック状態に陥っていた。
「志筑さん……お願いがあります……。
さやかを……さやかを追いかけてください!!」
「は……はい!!」
凄まじい剣幕で言われ、仁美はさやかを追う様にして、病室から慌てて退室した。
一人だけ残った病室で、恭介は右手を壁に打ち付けた。
「……僕は……世界一の愚か者だ」
悔しさを噛み締める様に、嘆いてしまった。
- 384:1:2013/04/29(月) 18:26:26.04 ID:6KYUystw0
仁美は、病院中を駆け回った。そして、さやかの姿を見つけたのは、結局屋上だった。
「……さ、さやかさん。ここに居たんですね」
壁にもたれて、力無くうなだれるさやかに、仁美はゆっくりと歩み寄った。
「仁美……。
あたしじゃ、やっぱり無理だったよ」
「え……?」
「恭介の奴さ……事故以来右手がダメになってたんだ。
バイオリンが弾けなくなって、アイツ落ち込んでて励ましてたけど、どうにもならなくてさ。
思い切って、立ち直らせようとしてみたけど……あたしは恭介を怒らせただけだった……」
さやかは、ポロポロと涙をこぼしていた。
「あたしって……ホントバカ……。本当にバカだよ……」
「そんな事有りません!!」
仁美は、はっきりと告げた。
- 385:1:2013/04/29(月) 18:27:08.39 ID:6KYUystw0
「さやかさんは、自分に向き合って……勇気を出した結果ですのよ?
今、上条君の病室に行った時……凄い顔で、さやかさんを探してくれとお願いされました」
「……え?」
「まだ、事情は掴めてませんけれど……上条君はさやかさんを必要としてると思います」
「……」
「それに……私では、上条君にそんな事は絶対に言えませんの。
幼馴染だからこそ……はっきりと物を言えるんだと、私は思います」
仁美は、さやかを真っ直ぐに見つめた。
- 386:1:2013/04/29(月) 18:27:42.26 ID:6KYUystw0
「……仁美って、お人好しだよね。
こんな状況で恋のライバルを励ますなんてさ……」
さやかは、笑みを作りながら、手の甲で涙をぬぐった。
「抜け駆けも、横取りもしたくないと、私は言いましたわよ?」
「ハハ……。何処かの誰かに、仁美の爪垢を煎じて飲ませてやりたいわ」
そう言って、さやかは笑みを取り戻していた。
「……そうですか。
それと、上条君に告白するのは、延期になりますね。フェアでは無いんですもの」
そう言いながら、仁美も笑顔を取り戻していた。
- 387:1:2013/04/29(月) 18:29:33.92 ID:6KYUystw0
――現在。
さやかは、澄み渡った青空を見上げたまま。
「さやか? どうかしたの?」
恭介は、そう声をかけた。
「ううん。何でも無いさ」
さやかはそう答えた後、フッと溜息を吐き出した。
「フフ。可笑しなさやかさんですね」
仁美は、温和な表情で見つめていた。
(……ほむらが言ってたみたいに、私達が契約するしか無くなった状態になったら……。
絶対にまどかには、契約させられない。
あたしが契約して……恭介や仁美を護るんだ。例え、ゾンビでもバケモノでも構わない。
あたしの願いで、ワルプルギスの夜を消し去るんだ……)
さやかは、万に一つの可能性になった時。
その身を捧げる覚悟を決めていた。
- 388:1:2013/04/29(月) 18:30:31.60 ID:6KYUystw0
杏子とゆまは、マミのマンションに訪ねてきた。
「よっ。遊びに来たぜ」
「マミお姉ちゃん、こんちわー」
インターホンを押さず、ドアを開ける杏子。
「あら? 随分と早かったわね」
そして、マミは微笑みを見せながら出迎えた。
「まぁね。魔女が居ないなら、アタシら暇だしさ」
杏子はさっさと上がり込もうと、ブーツのチャックを下ろした。
「平和がいちばんだよ!!」
ゆまは、エッヘンとばかりに、そう言った。
「ふふ。本当にそうね。さ、上がって待ってて。もうすぐケーキが焼けるから」
「よっしゃ!!」
「やったー♪」
杏子とゆまは、遠慮なしとばかりにリビングに向かい、マミはキッチンに向かった。
- 389:1:2013/04/29(月) 18:31:20.45 ID:6KYUystw0
テーブルを囲み、魔法少女三人でお茶会を楽しむ。
「本当に、この平和が続けば良いのにね……」
そんな中、マミはポツリと呟いた。
「でもよ。魔女が出なきゃ、アタシら生きられねぇんだ。あんまり平和すぎるのも、考え物さ」
ニヤニヤしながら、杏子はそう言った。
「それもそうだけどね。
本当に、ワルプルギスの夜が来るのかしら?」
「そりゃ、アイツしか解らん話だ。
だけどさ……。アイツに、その話を持ちかけられた時にさ。アタシは、昔にマミと話してた事を思い出したんだ……」
杏子は、少しもの思いにふける様な表情を見せる。
- 390:1:2013/04/29(月) 18:31:51.96 ID:6KYUystw0
「キョーコ?」
ゆまは、口元にクリームを付けたまま、杏子を見た。
「ねぇ、ゆまちゃん。
私達、昔は一緒に戦ってたのよ」
マミは、ゆまに視線を向けた。そのまま、ティッシュで口元を拭いた。
「そうだったんだ」
ゆまは、表情を躍らせる。
「ああ……随分前だけどな」
ふぅ、と息を吐き出して、杏子は再び口を動かす。
- 391:1:2013/04/29(月) 18:32:59.72 ID:6KYUystw0
「ほむらの奴に協力を求められた時だ。マミの事を聞いた時は、正直信じられなかった。
正義の味方なんて物を本気でやってる魔法少女が、あそこまで滅茶苦茶な魔法少女に協力する。何かの間違いかと思った。
でも、ソウルジェムの事を全て聞いて、納得がいったよ。しかも、魔女に生まれ変わった時の約束までしてる何て、思いもしなかったわ……」
噛み締める様に、杏子は独白する。
「そうね……。その話を聞いた時、私は死にたいと思った。だけど、自分の命を自分で終わらせる。それが、本当に怖かったの。
後で、イカサマだった事を聞いたけど、あの時の暁美さんは……間違いなく本気の眼をしてた。
もし、知らなければ、ある意味幸せだったかも知れないけれど……生き抜く事は出来ないでしょうね」
マミは瞳を閉じて、そう答えた。
- 392:1:2013/04/29(月) 18:33:38.34 ID:6KYUystw0
「やらしさも汚らしさも、剥き出しにしてる。
それが、暁美ほむらの強さかもしれねーわ。ただ、あそこまでは出来ねーし、やりたくねー」
杏子は、笑いながら断言した。
「それは、同感ね……」
マミも笑みを見せていた。
「ねーねー、二人とも。
ゆまはほむらお姉ちゃんみたいになれるかな?」
「それは、絶対に止めなさい!!」
ゆまの言葉に、二人は同時に突っ込んだ。
- 393:1:2013/04/29(月) 18:34:11.38 ID:6KYUystw0
美国邸。
「うーん、織莉子の作ったホットケーキは、世界一だよ」
キリカは、そう言いながら、特性ホットケーキを頬張る。皿から溢れそうな程のシロップをかけたホットケーキに、味もへったくれも無いのだが。
「おかわりはまだまだ有るのよ。幾らでも、焼いてあげるわ」
満面の笑みを見せながら、織莉子はそう言った。
その言葉を聞くと、キリカは持っていたフォークを、テーブルの上に置いた。
- 394:1:2013/04/29(月) 18:35:00.63 ID:6KYUystw0
「どうしたの?」
「私は織莉子に出会えなきゃ、もっと下らない人生を送っていただろうね。
何もかも詰まらなくて、そこに有るのは退屈だけ。エネルギーの発散の仕方さえ解らない、いじけた子供のままだっただろう。
改めて言わせて貰いたいんだ……ありがとう」
キリカは、深く頭を下げた。
「キリカ……頭を上げて。お礼を言うのは私よ」
織莉子の表情は、キリッと引き締まった。
「私は、キリカが居なければ、とっくに壊れてたでしょう。
私が私である。その意味を、知る事が出来たのだから……。
私の夢を叶える為には……隣に貴女の存在が必要なの」
「……もちろんだよ。一緒に行こう」
織莉子の問いに、キリカは力強く答えた。
- 395:1:2013/04/29(月) 18:36:19.15 ID:6KYUystw0
まどかの自宅。
部屋で、パパの特性のココアを飲みながら寛いでいた。
「本当に……私は世界を滅ぼせる力が有るのかな?」
自問自答するが、一人でその答えが出てくる訳が無い。むしろ、そんなお伽話を、真に受けろと言う方が無理である。
(だけど……ほむらちゃんやマミさんは、私を護ってくれた。
そして、魔法少女にならない様に、手を打ってくれたんだ……)
残り少なくなったココアを、全て飲み干す。
(皆、きっと街を護ってくれるよ……)
そう信じていた。
ただ……まどかは、ほむらと出会う前に、一度見たあの夢の光景が、頭から離れなかった。
- 396:1:2013/04/29(月) 18:38:21.96 ID:6KYUystw0
ほむらのアパート。
ほむらが黙々と武器の整備をしている間、キュウべえは無言で見続けていた。
「……ずっと見てる割に、喋らないのね。気味が悪いわ」
耐えかねて、ほむらはポツリと呟く。
「過去に、ワルプルギスの夜に対して、複数回挑んだ魔法少女は居ない。
君は、あらゆる情報を握り、あらゆる戦術を繰り出そうとしている。
そこで聞きたい。
ワルプルギスの夜に勝てると思ってるのかい?」
「……負けるつもりで戦う馬鹿は居ないわ」
キュウべえに向け、ほむらははっきりと言いのけた。それ以上、会話が進む事は無かった。
- 397:1:2013/04/29(月) 18:38:58.81 ID:6KYUystw0
そして、二日後の明朝。
見滝原市全域に、避難勧告が発令された。
- 416:1:2013/04/29(月) 21:00:13.23 ID:6KYUystw0
11.決戦
「見滝原市全域に、避難勧告が発令されました。
住民の方は、速やかに避難所に移動の方をお願いします」
アナウンスが、町中に響く。
暴風が吹き、黒く分厚い雲が、空を覆う。
嵐来たるその日は、世界の命運を握っている事を、知る人は一握りだけ。
- 417:1:2013/04/29(月) 21:01:23.22 ID:6KYUystw0
避難所に退避しているまどかは、窓の外の荒れた天候を見続けていた。
「……まどか。やっぱりここに居たんだ」
「さやかちゃん……」
後ろから声をかけてきたのは、さやか。表情には不安がにじみ出ていた。
魔法少女以外で、この嵐の原因を知っているのは、この二人だけである。
「皆……戦ってるのかな?」
まどかは、振り絞るような声だった。
「解んない……。
だけど……マミさんもほむらも居る。理由は色々だけど、魔法少女達で力を合わせてるんだ。
あたし達が信じなきゃ……」
気丈に振る舞って、さやかはそう言った。
「そうだよ……そうだよね……」
まどかも、力の無い笑みを作って、そう答えた。
- 418:1:2013/04/29(月) 21:02:43.85 ID:6KYUystw0
魔法少女達が控える、ビルの屋上。
誰も声を出す事が出来ない。緊張感が張りつめ、胃から中身が飛び出しそうな気分だった。
冷たい暴風に耐えながら、有る一点を見続ける。
離れてても解る程強大で、酷く歪んだ禍々しい魔力。
一か所から、溢れんばかりに滲み出ている。
マミは、震えた声で、一言だけ放った。
「あれが……ワルプルギスの夜……」
- 419:1:2013/04/29(月) 21:03:48.19 ID:6KYUystw0
立ちはだかる魔法少女は、暁美ほむらただ一人。
世界の終焉を、何度も見てきた。免れない崩壊と、変えられない運命に、逆らい続けてきた。
「ここが私の戦場よ……」
空間の歪みから、魔女が姿を現していく。
――5
心臓が高鳴る。
――4
体中が震えだす。
――3
汗腺から汗が噴き出てくる。
――2
己の全てを使い。
――1
暁美ほむらは挑む。
――開演
- 420:1:2013/04/29(月) 21:05:17.73 ID:6KYUystw0
「キャハッハッハッハ……キャーッハッハッハ……」
【舞台装置】魔女 ???(通称:ワルプルギスの夜) その性質は【無力】
笑い声を上げながら、宙を舞う巨大な魔女。ワルプルギスの夜が、ついに姿を現した。
――カチン。
同時に、ほむらは盾に魔力を込めて、時間を止めた。
(……どんな攻撃力の有る武器を使っても、本体を撃ち抜けなきゃ話にならない!!)
取り出したその兵器は。
――カチン。
再び時が動き出す。
- 421:1:2013/04/29(月) 21:06:59.11 ID:6KYUystw0
「キャハハ……?」
ワルプルギスの体と本体である歯車を接続する軸には、ガッチリと二本の太いワイヤーが絡みついていた。
「……大型兵器ならぬ、大型重機よ!!」
二台の大型クレーン車を使い、軸からガッチリと拘束。
400トンもの重荷を落ち上げるクレーン車二台で、地上から全力で引っ張る。これでは、ワルプルギスの夜とは言え簡単には動けない。
「ここからよ!!」
更に、バズーカー砲にロケットランチャー。現代兵器を次々に取り出し、ワルプルギスの本体に向けて構える。
- 423:1:2013/04/29(月) 21:08:21.06 ID:6KYUystw0
ドカン、と爆炎を上げ、砲弾やミサイルが次々と命中。本体の歯車を、的確に攻撃していく。
しかし、動けないワルプルギスも、使い魔を次々と生み出す。
そして、ほむらに向かい一斉に襲い掛かる。
「うぐっ……!!」
魔法少女の影は、弓矢でほむらの腹部を貫く。
更に、別の影は、ほむらを背中から叩き斬った。予想外の位置からの斬撃で、ほむらは弾き飛ばされた。
「……まだよ。まだまだ……!!」
痛みを食いしばり、立ち上がる。
- 424:1:2013/04/29(月) 21:09:37.16 ID:6KYUystw0
再びミサイル砲を担いだ。そして、ワルプルギスの本体を狙い、トリガーを引く。
ドン、と歯車から爆炎が立ち上った。
(使い魔に構ってられないわ……。
アイツを……ワルプルギスの夜だけを狙い撃つ!!)
使い魔の攻撃を無数に受けながらも、ほむらは攻撃の手を緩めない。
丸で、弓矢を受けながらも、死して立ちはだかった弁慶の様に。
- 425:1:2013/04/29(月) 21:11:04.20 ID:6KYUystw0
ビルから、激戦を見下ろす魔法少女達。
自然と作っていた握り拳は、小さく小刻みに震える。
「神風特攻だなんて、レベルじゃないわ……。
あんなバケモノ相手に、一人で挑む何て無謀よ……」
海香は、戦慄の余り背筋が凍りつく。
「見てらんねぇよ……。いくら何でも、あんなやり方じゃ体がもたねぇぞ!!」
杏子は、今すぐにでも向かいたい衝動を抑えきれない。
- 426:1:2013/04/29(月) 21:11:45.59 ID:6KYUystw0
「……どうして。どうして、あんなにして戦うの!!
私達も居るのに……」
かずみは、半泣きで叫ぶ。痛々しいまでの玉砕戦法は、見ている心を絞め付けた。
「ちくしょぉ……。
構うもんか!! 行こうよ!! これじゃ、作戦だって通用するか解らないだろ!!」
カオルは、腹が立っていた。この状況下で動かない自分に。
「ゆまも行くよ!!
あのままじゃ……お姉ちゃんは死んじゃうもん!! ゆまが行って、お姉ちゃんを治さなきゃ!!」
もはや、我慢は出来なかった。約束違反と言えど、ほむらの元へ向かう。
そうするつもりだった。
- 427:1:2013/04/29(月) 21:13:04.91 ID:6KYUystw0
しかし、行こうとする先に、鉤爪からの斬撃が飛び交った。床に何本かの傷跡が走る。
「生憎だけど、ここは行くべきじゃないね」
キリカは、淡々とした様子で言った。
「戦術を編み出したのは彼女。
この状況は、彼女が作り出した事ですよ。手助けする必要がありますか?」
織莉子は、うっすらと笑みを見せながらそう告げた。
「てめぇ……。
信用する気は無かったが、裏切るつもりか?」
杏子は、槍を構えだして、織莉子とキリカを睨みつけた。
「私達は、ワルプルギスを倒し、その後に鹿目まどかを殺す事が目的。ただ、その為に手を組んだだけ。
彼女が生きようと死のうと、知った事では有りません。
むしろ、彼女が居なければ……私達の計画は、確実に遂行できるのですよ?」
織莉子は、当然とばかりに言い張る。
「織莉子と私の狙いは、その一点さ。
本人も言ってたじゃないか。仲良くしろとは言って無い、とね」
そして、キリカも追従した。
- 428:1:2013/04/29(月) 21:14:02.43 ID:6KYUystw0
この土壇場での裏切りに等しい行為は、織莉子とキリカが逆転を狙った故の物。
元々、組んでいた訳では無いが為の、悪い部分を露呈してしまったのだ。
――シュン。
複数の黄色いリボンが、瞬時に飛び交った。
仲間の魔法少女達を、次々と拘束していく。
「…………」
一言も話さず、マミは全員を睨みつけた。
「何だよ……。何で、アタシ達まで捕まえるんだよ!!」
不服とばかりに、杏子は捲し立てた。
- 429:1:2013/04/29(月) 21:15:48.19 ID:6KYUystw0
しかし、マミは無言のまま、屋上の鉄柵にまで歩み寄った。
――ゴン!!
太い鉄柵を、マミは思いっきり蹴りつけた。
グニャリと、飴細工の様に曲がった鉄柵を見て、一同はゴクリと息を飲む。
「……貴女達は、黙って見てる事もできないの?」
マミは、今まで誰にも見せた事の無い、怒りの表情で全員を睨みつけながら、冷たい声で静かにそう言った。
この中で、一番怒っていたのはマミだった。
温厚な人間が怒ると後が怖いと言われるが、マミはまさにそうだった。では、何に対して怒っているか?
ベテランの癖に、何もしていない自分に。
自らの計画の為に、他の人間を切り捨てようとする仲間に。
約束も、ろくに守れない仲間に。
そして、身勝手な事ばかりして、単身で挑む仲間に。
何もかもに、怒り狂っていた。
(……暁美さん)
ただ、見守る事だけ。それが、今出来る、たった一つの選択肢だった。
- 430:1:2013/04/29(月) 21:16:56.46 ID:6KYUystw0
残りの武器も少ない。
身体能力の強化に全ての魔力を注ぎ込んで、使い魔の攻撃を耐え凌ぐ。時間停止を使っていないとは言え、魔力の消費は極めて早い。
しかし、使い魔の数は増える一方。
(……もう少し……もう少しの辛抱よ!!)
大型の武器はもう無い。
ライフルで、歯車を撃ちまくる。的確に撃ち抜くが、先程の武器に比べても威力は数段落ちる。
食い止めるクレーン車も煙を上げ始め、エンジンはオーバーヒートしている。
魔力を回復させる時間も無い。
- 431:1:2013/04/29(月) 21:17:34.32 ID:6KYUystw0
ほむらは、解っていた。もう、自分の限界が近い事を。
(そろそろ……本気を見せなさいよ……)
それでも、一心不乱にワルプルギスを攻撃し続ける。
「ねぇ……ワルプルギス!!」
キレた様に、ほむらは叫んだ。
その時だった。
- 432:1:2013/04/29(月) 21:19:07.73 ID:6KYUystw0
ブツン、とクレーン車のワイヤーがぶった切れた。勢い余って、クレーン車が横転し、建物の群れに突っ込んだ。
そして……。
「…………」
ワルプルギスの夜は、笑いを止めた。
ゆっくりと、姿を反転させていく。
歯車を地面に落とし、正立の姿をついに見せたのだ。
力無き魔法少女を、全力で仕留める為に、本気を出す。
ほむらを見下ろす様に、ワルプルギスが立つ。
「本体にあれだけ撃ち込まれれば、そりゃ怒るわよね……」
しかし、ほむらの眼に、諦めの色は無い。
(ここからが正念場よ……)
手に持っていた機関銃を、盾の中に片付けた。
- 433:1:2013/04/29(月) 21:19:48.44 ID:6KYUystw0
使い魔の動きは、格段に活発になる。
ほむらに狙いを定め、何十体の魔法少女の影が迫りくる。
(……ここからよ!!)
怪我を追って、動きの悪い体を、強引に動かす。
応急処置を施す魔力も残っていない。そんな悠長な真似をすれば、使い魔の餌食になるだけ。
(……予想より引き延ばせた。後は、上手く誘い込むだけよ!!)
ほむらは、撤退する予定のライン。科学薬品の工場に向けて、駆け出した。
- 434:1:2013/04/29(月) 21:20:43.45 ID:6KYUystw0
影魔法少女達は、ほむらに再三攻撃を仕掛ける。
「くっ……!!」
命中や致命傷は避けながら、ほむらは全力疾走。
ジグザグに走り回り、狙いを定めさせない。
ドン、とワルプルギスの放った光線が、アスファルトに大穴を空けた。
(今の状態であれを受けたら、一溜りも無いわ……)
冷や汗をかきながらも、ほむらは回避し続ける。
- 435:1:2013/04/29(月) 21:21:29.40 ID:6KYUystw0
そして、塀を飛び越えて、工場の敷地内に侵入。
影魔法少女達も、次々と飛び越えてくる。
(……あそこよ!!)
ほむらの眼に写ったのは、薬品を貯蔵する、野外に接地した巨大なタンク。
看板には「危険物第1類」と示されている。
「……これで、一発逆転よ」
ほむらは、小さく呟いた。
- 436:1:2013/04/29(月) 21:23:17.41 ID:6KYUystw0
ドカン、と建物を破壊しながら、ワルプルギスの夜も、ほむらを追いかけてきた。
あれだけ大量に居た影魔法少女の姿は、全て消えていた。
ワルプルギスの夜は、直々に暁美ほむらに止めを刺すつもりだ。
(……とっておきは、最後の最後に使う物)
ほむらが、盾から出したのは、ダイナマイト。
(……私が初めて魔女を仕留めたのも、自作のパイプ爆弾だった……)
しかも後ろに控えるのは、可燃性の化学薬品のタンク。
(……これも、何かの因果なのかしらね……)
どれ程の大爆発が起きるか等、語るまでも無い。
(砂時計も落ち切った……。戻れないし……止められない……)
そして、ワルプルギスの夜は、目の前に壁の如く立ちはだかっていた。
(でも……思い残す事は何も無い……)
溜めこんだ魔力を、ワルプルギスは放出しようとしている。
(幸せになってね……まどか……)
同時に、ダイナマイトの信管にも、電気が走った。
(……ざまあみろ……インキュベーター!!)
- 437:1:2013/04/29(月) 21:23:56.72 ID:6KYUystw0
――ドオォォォォォン……。
薬品工場から、途轍もない火柱が立ち上った。
爆発、炎上。工場の敷地全てが、真っ赤に燃え上がる。
待機していた者は、衝撃波を受けて、姿勢を乱す。
今までの突風では無い。爆発の熱風が、体中を撫でた。
- 438:1:2013/04/29(月) 21:25:20.47 ID:6KYUystw0
本気の自爆特攻。
ワルプルギスの夜は、どでかい火柱に包まれた。
「あ……暁美さん」
マミは、呆然と上がった火柱を見つめていた。
「うそ……だよ……ね」
ゆまはポロポロと、涙を溢れさせた。
「ば……バカ野郎……。上手く逃げるんじゃねーのかよ!!
あんな爆発の中で、たった五秒じゃ一溜りもないじゃねーかよぉ!!」
杏子は、感情をむき出しにして叫んだ。
「そこまで……そこまでしなくてもいいじゃんよ!!
何で……何でなの……?」
かずみは、地面にへたりこみ、火柱を直視出来ない。
「あんなの……技でも何でもないよ……。犬死するつもりは無いって言ってたのは……自分だろ……」
カオルは、首を横に振る。
「彼女は……最初からこのつもりだったのね……。死ぬつもりで……それで居て、仕留められなかった時に、私達に託す……。
馬鹿よ……。手段を択ばないにしても……自分まで犠牲にしてたら……何にもならないじゃない!!」
海香は、この現実を受け止めきれない。
- 439:1:2013/04/29(月) 21:26:47.95 ID:6KYUystw0
「……」
キリカは、一言も喋らない。ただ、立ち上る煙を、目で追いかけるだけ。
(……何故なの?)
織莉子は、大量の冷や汗を、背筋に感じていた。
(……さっきまで見えて居た世界の終焉が見えない……!?
未来が……変わってる!?
厄災が降り注がない……何故なの!?
暁美ほむらは……何をしたと言うの!?
鹿目まどかから……最悪の魔女が生まれない!?)
その予知は、確実に未来を示していた。
(あの子が……暁美ほむらが出し抜こうとしてたのは……私達じゃない……)
困惑の余り、体中が震える。
- 440:1:2013/04/29(月) 21:27:34.20 ID:6KYUystw0
暁美ほむらの本当の狙いに気が付いた時、織莉子は体中の震えを、抑える事が出来なかった。
(キュウべえだ……)
青ざめた顔で立ち尽くすしか、織莉子は出来なかった。
- 441:1:2013/04/29(月) 21:28:25.48 ID:6KYUystw0
そして、契約請負人がその姿を見せた。
「ワルプルギスの夜は、完全に消滅したよ。
このゲームは、暁美ほむらの一人勝ちの様だね」
キュウべえは淡々と言ってのけた。
「ゲームですって……?」
マミの静かな声には、怒りが滲んでいた。
「元々、鹿目まどかの契約を賭けて、僕と暁美ほむらは話を通していたんだ。
だが、彼女一人で、ワルプルギスの夜を倒したんだ。僕は鹿目まどかと契約する事は、未来永劫無いだろうね」
キュウべえは理屈っぽい答えを述べた。
- 442:1:2013/04/29(月) 21:29:44.99 ID:6KYUystw0
ズバン、と地面を槍が抉った。
キュウべえは、辛うじて避けていたが、杏子はキュウべえを睨みつけたまま。
「今すぐに消えろ……。何体出てきても、潰し続けるぞ……」
杏子は、即座に斬りかかれる姿勢で、キュウべえに槍を向けた。
「ヤレヤレ……。無造作に潰すのは、コストの無駄だからね……。
エネルギーの回収は、まだまだ先送りになりそうだから、節約に越したことは無い。君達とは、暫く会わない方が良さそうだ……」
吐き捨てる様に言い、キュウべえはその姿を消していた。
昼前には避難指示が解除され、市民達は自分達の家に帰宅する事が出来た。
ただし、大爆発を起こした薬品工場の消化作業は、夜を徹し行われる事となった。
- 443:1:2013/04/29(月) 21:32:01.17 ID:6KYUystw0
美国邸。
ソファーに座り、織莉子は呆然と天井を見上げていた。
「キリカ……。
未来は変わったのよ……」
力の抜けた声で、織莉子はそう言った。
「……どういう事だい?」
キリカは、無表情のまま聞き返した。
「暁美ほむらは……最初から解ってたのですよ。
どういう手を使ったのかは解りませんが、降り注ぐ厄災を回避出来る手段を見つけていた……」
「……」
「私達では、敵わない訳だわ……。
全て、彼女の掌の上で、私達も……キュウべえさえも踊らされていただけ……」
織莉子の言葉を聞き、キリカは静かに言葉を出す。
「……織莉子。
君はこれから、どうするんだい?」
「解らないわ。
ただ、鹿目まどかを殺す必要も無いのなら……見滝原に留まる理由も無い」
「そうかい……」
キリカは、それ以上の事を聞かなかった。
美国織莉子と呉キリカの両名は、その日を境にして、見滝原市からこつ然と姿を消してしまう。
そして、その後の消息は、一切不明である。
- 444:1:2013/04/29(月) 21:32:42.16 ID:6KYUystw0
マミに呼ばれ、まどかとさやかは、マンションを訪ねてきた。
しかし、暗い表情のマミを見て、まどかとさやかは感じる物が有った。
「……マミさん。ほむらちゃんは……?」
まどかは、決死の覚悟で聞いた。
だが、マミの首は横に動いた。
「う……嘘ですよね……。
ほむらは……殺しても死なない筈ですよ……。あんなにずる賢くて、しぶとくて……。
そんな奴が……死ぬ筈無いですよ!!」
さやかは、涙交じりの声を張り上げた。
- 445:1:2013/04/29(月) 21:34:10.51 ID:6KYUystw0
「暁美さんは……命懸けで……魔女と戦ったの。
自らの命を絶ってまで……魔女を倒したのよ……。彼女は口先だけじゃなかった……。
目的達成の為に……手段を択ばなかったのよ。自分自身の命と引き換えにしても……」
マミはそう語った。
自然と涙が込み上げてきた。拭っても拭っても、涙を抑える事が出来なかった。
「マミさん…………。
ほむらちゃんが……私達を護ってくれたんですよね!!」
泣きながらまどかは言った。
そして、マミの首は縦に動いた。
「マミさん……マミさーん!!」
まどかはマミに抱き着いた。涙が枯れる位の勢いで。声枯らす位の大声で。まどかは泣き続けた。
さやかも、すすり泣いていた。抑えようとしても、抑えられない感情を爆発させるしかなかった。
- 446:1:2013/04/29(月) 21:35:23.01 ID:6KYUystw0
三人とも、どれ位の時間を泣いていたのか、解らない。
日が傾いて、西の空がオレンジ色に染まり出していた。
まどかは、真っ赤な目で真っ直ぐにマミを見つめた。
「ほむらちゃんは……私の最高の友達です……胸を張って言えます。
だから……私はほむらちゃんの分まで、生きようと思います!!」
固い決意を、まどかは伝えた。
それから数日もすると、魔法少女達は元の縄張りへと戻って行った。
しかし、今回の出来事を切っ掛けにし、見滝原市、風見野町、あすなろ市。
この三つの街を縄張りとする魔法少女達は、同盟を作る事となり、その名を轟かせる事となる。
- 447:1:2013/04/29(月) 21:36:04.68 ID:6KYUystw0
エピローグ
ある日の深夜。
一人の魔法少女が、鉄塔の上から街を見下ろしていた。
「全く……。
僕がまんまと、一杯食わされる羽目になるとはね。
後にも先にも、僕を出し抜いたのは君だけだよ……」
彼女の少し後ろで、キュウべえはぼやいた。
「……言ったでしょ?
利用できるものは、何でも使う。情報もその一つなのよ……」
少女は。
暁美ほむらは、ニヤリとしながらそう言った。
- 448:1:2013/04/29(月) 21:37:07.50 ID:6KYUystw0
服の右袖は、風に煽られパタパタと揺れ、右目蓋は傷ついて閉じたまま。
痛々しい傷を負いながらも、残った左目で街を見つめ、左腕で髪の毛をかき上げた。
「二つ想定していなかった事が、僕には有る。
一つは、君がワルプルギスの本体を、確実に攻撃出来る技量を持っていると思わなかった」
キュウべえの言葉に、ほむらは何も反応しない。
「もう一つは、君が最後まで、本当の狙いを隠し抜いてた事だ。
何かを隠している事は解っていた。だけど、何を隠していたかが、僕には読めなかった」
ほむらは、無言で髪の毛をかき上げた。
- 449:1:2013/04/29(月) 21:37:51.74 ID:6KYUystw0
キュウべえは、なおも言葉を続ける。
「君の魔法と、鹿目まどかの因果がリンクしている事は、君が教えてくれた。
しかし、君の時間停止と時間遡行の魔法は、一か月だけの限定的な物だとは、教えてくれなかった。
まさか、魔法の効果が切れると同時に、絡みついた因果の糸も解けるなんて、想像もつかなかったよ。
そんな重要な事を隠す何て、君も人が悪いよね」
キュウべえは、ぼやく様にそう言った。
「聞かれなかったから、答えなかっただけよ」
しかしほむらは、当たり前の如くそう返した。
- 450:1:2013/04/29(月) 21:41:14.41 ID:6KYUystw0
「更にそこまで考えた上で、自らの行動と言動で撹乱し、その事実に目を生かせない様にしつつ、大きく時間を稼ぐ。
恐らく、自分がワルプルギスを倒せなかったとしても。
鹿目まどかの因果だけは、消える様にしていたんだろう。
しかし、万が一にもだ。
鹿目まどかの因果が消えなかったら、君はどうするつもりだったんだい?」
キュウべえは、ほむらに聞きただす。
「教えないわ。
自分の手口を教える程、馬鹿じゃないのよ」
ほむらは、その一点張りだった。
- 451:1:2013/04/29(月) 21:42:13.56 ID:6KYUystw0
「全く。本当に、君は蛇の様さ。
狡猾な手段で相手をハメる。嘘の中に真実を混ぜて、信憑性を高める。
味方にも、全ては教えないで、肝心な所はボヤケさせる。まどかの素質の高さは、彼女達には永遠の謎だろう。
時間遡行の事実を隠して、無駄なプレッシャーを与えない。
その挙句、死んだ様に思わせておいて、実はしぶとく生きているだなんてね。
これ程、切れ者の魔法少女は、他に居ないよ」
「……これでも、ギリギリまで考えて出した選択よ。
あの爆発の時だって、炎の中に巻き込まれ、逃げきれるタイミングはギリギリだった。
工場を飛び出してから、何とか回復はしたけれど、魔力はグリーフシードを丸々四つも使い切った。それでも、右目と右腕はどうしようも無かったのよ。
実際、生きてるだけでも儲け物よ」
- 452:1:2013/04/29(月) 21:43:13.38 ID:6KYUystw0
「しかしだ……。
生きているければ、まどか達に会う事も出来る。それなのに、会う気は無いのかい?」
「無いわ。
私は、あの時死んでいるの。二度と表側で生きていく事は出来ない。
この先厄介な出来事に巻き込まれても、今回の様に上手く出来る保証は無いわ。それだったら、私は死んでいる事にした方が、絶対に良いのよ。
私の為にも、彼女達の為にもね」
「やれやれ。君の行動は、本当に解らないね」
キュウべえは、そう言いながら、空を見上げた。
「貴方には絶対に解らない事よ」
ほむらは、ふぅと溜息を吐いた。
- 453:1:2013/04/29(月) 21:45:42.14 ID:6KYUystw0
「だったら、君はこれから、どうするつもりなんだい?」
「これからの私は、裏の世界を生きていくわ。
別に、捻くれて流されるがままに、裏の世界に行く訳じゃ無い。
一つの道標に辿り着いた時。そこから、また新しい道を歩いていく事は出来るの。
それがどんな道であれ、私の意志でその道を生きて行くわ。
だから、陰ながら、まどか達の幸せを祈らせて貰う。
私に出来る事は、それ位かしらね」
ほむらは、はっきりと断言した。
「……生き続ける事が、可能だと思ってるのかい?」
キュウべえに聞かれ、ほむらははっきりとした口調で言った。
「当然よ。
この先、何か有るか解らない。だけど、何が何でも生き抜くわ。
その為だったら……」
ほむらは、力強くそう言った。
――手段は択ばないわ
ほむら「手段は択ばないわ」 FIN
- 455:1:2013/04/29(月) 21:50:51.18 ID:6KYUystw0
これにて、完結です。
過去に書いたまどマギSSで、良くも悪くもここまで反響の大きい話は無かったです。
色々と、賛否両論とか、言い分も有るでしょうが、自分の中ではベストを尽くしました。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
質問が有れば、それなりには答えるつもりです。
- 457:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2013/04/29(月) 21:56:26.25 ID:c4rxy8EPo
乙
みててわくわくしたわ
- 466:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2013/04/29(月) 22:22:09.07 ID:Hmo6hCUAo
自分に対しても一切の甘さを見せなかったほむらさんマジかっけー
渋いラストだったわ
乙でしたー!
転載元
ほむら「手段は択ばないわ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1366515270/
ほむら「手段は択ばないわ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1366515270/
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